新たな世界で一ヶ月ほど経過した頃の小話。
大地を隆起させて即席で創った高山の頂上から世界を見下ろす。この前創った海のようなものを眺め、ふと、月にあった生命なき海を思い出す。確か、豊かの海だったか。それと同じように、あの海モドキも生命が一切棲んでいない。塩すらない。ただ沈降した大地に水を張っただけなのだから。
「…はぁ。いざ創る側になるとこんなに難しいとはなぁ…」
思わずため息が漏れる。どれだけ時間が経ったかは数えていないから分からないが、それなりの時間を使っているだろう。しかし、未だに地形と環境を創るので四苦八苦しているのが現状だ。
悔しいが、元いた世界はかなり完成されていたと実感してしまう。生命の成長と進化は単純なようで複雑怪奇だ。原子の結合と分離は嫌になるほど緻密な法則に支配されていた。輪廻転生は非常に神秘的だ。生態系も、原子も、魂も、エネルギーも、何もかもが循環し続けていた。
「とりあえず、参考に出来そうなことは出来るだけ拾っていこうか」
全力でぶん殴りたかった神だったが、こうして同じような立場になると案外凄い存在だったと思えてくる。悔しいけど。非常に悔しいけど。
まぁ、いいところは使わせてもらうとしよう。悪いところは、…場合によるかな。
「はぁっ、はぁっ…。主様ぁーっ!」
「香織?」
次は何に手を付けようかなぁ、と考えていると、両腕に以前何となくで創った犬と猫を足して二で割ったような試作生物を抱えた香織が山を登ってきた。この高さを登るのは結構時間が掛かる気がするが、何かあったのだろうか?
「またヘカーティアが来ましたか?」
「…い、いえ、そういう、ことじゃ、ないんです、けどね…?」
呼吸を整えながら否と答えられ、わたしは軽く首を傾げる。たびたび勝手にやって来る彼女ではないのならば、一体何の用だろうか?
香織の腕から跳び出した名前を付けていない試作生物がわたしに擦り寄ってくる。そしてウォンと甲高く鳴いた。生物種を一つ創るのも食性やら他種との関係やらで苦労するのだ。…まぁ、これを創るときはそんなこと考えていなかったが。
特に理由なくわしゃわしゃと試作生物の頭を撫でていると、香織がズイッと顔を近づけてきた。
「あのですねっ」
「…はい、何でしょう?」
「私、主様にお願いがあるんですっ」
「…はぁ、お願いですか」
「私、同志が欲しいんです!今すぐにでもっ!」
同志、志を同じくする者。あるいは、同じ仲間。互いに同じ種類のもの。…えぇと、つまり、魂を持った知的生命体を創ってほしい、ということなのかな?一応、この試作生物にも魂はあるんだけどなぁ…。知的生命体か、と言われると違うだろうけど。
「それはまた突然ですね…」
「…駄目ですか?」
「こんな殺風景な世界に誕生しても殺生なだけだと思うんですけど。いわゆる文明を発展させるにしても、今の世界にはあまりにも何もなさ過ぎる。現状、石器くらいしか作るものないですよ?…いや、石器すらも怪しいかなぁ。鉱物類創ってないし。さらに言えば、動物も植物も創ってないから、やることがない。探せばあるかもしれませんが、せめて選択肢を広げてからでもいいと思いませんか?せっかく知的生命体なんですから、考えるものが出来るだけ多いほうがいいと思うんですよ。だから、まだ早いんじゃあないかな?」
見渡す限り広がっているこの世界はまだつまらない。だから、友達を招待するにはまだ早い。そう感じる間は知的生命体を創るのは止めておこうかな、と考えているのだ。
そういう意味を込めつつ軽く説明を兼ねて言ったのだが、香織は納得してくれなさそうだ。少しむくれている。
「そ、そういうことじゃなくてですねっ」
「じゃあ、どういうことか説明してください。検討しますから」
試作生物の顎を撫でながら問う。半端な理由だったら知らん。
しばらく見詰めていると、意を決したらしい香織は口を開いた。
「…私、友達が欲しいんです。主様とずぅっと二人きりなんて、寂しいじゃないですか…」
「まるでわたしが相手じゃあ嫌みたいな言い方ですねぇ…。悲しいなぁ」
「そういうことじゃないですよっ!?」
慌てて訂正しているけれど、そのくらい分かってるよ。冗談だって。
…まぁ、香織はそんなつまらない世界にいる知的生命体なんだよなぁ。わたしはこの世界を創ることが出来るけれど、香織にそんな能力はない。そこにいることしか出来ない。…そう思うと、結構酷いことをさせているよなぁ。何もしないをさせている。
これから一人創るとすれば、その被害者が一人増えるわけで…。けれど、たった一人しかいない現状も悲惨だよなぁ…。どうしまじょうかねぇ…。
「…分かりました。創りましょう」
「本当ですかっ!?ありがとうございます、主様っ!」
少し考え、お望み通り創ってあげることにした。どちらの方がいいか、なんてわたしには分からない。けれど、少なくともわたしはいないよりいた方がよかったから。
輝くような笑顔を浮かべている香織に試作生物を投げつけつつ、一応一本釘を刺しておく。
「ただし、どんな子になっても文句言わないでくださいよ?」
「はいっ!」
さて、香織はわたしが創った体にほぼ真っ新な無垢の魂とある程度の知識を入れて創ったものだ。同じように創れば同じようなものが出来上がるはず。…ただし、性格がどうなるか分からない。全く同じになるかもしれないし、違うものになるかもしれない。
ま、あれだ。創れば分かる。容姿はある程度香織と違うものにしよう。黒髪黒眼の少女である香織に対し、白髪灰眼の少女でいいかな。
「…え、と」
「うわぁ…っ」
「はじめまして」
若干戸惑いの色が見える少女。それを見て感無量、といった風で悶えるのを押さえているように見える香織に思わず小さなため息が漏れそうになるのを飲み込んだ。
キョロキョロと周囲を見渡す少女を見ていると、香織とは違う性格になったみたいだなぁ、と思う。そして、灰色の瞳と目が合った。
「…貴女が、私の、主様…?」
「…まぁ、そういうことになりますね。貴女の名前は、真白にしましょうか」
「真白。…私は、真白?」
「えぇ、真白です」
名付けが安直過ぎる気がするけれど、今までだってそんなものだったから許してほしい。
おっと、同志の紹介もしておかないとね。わざわざお願いされたことだったんだから。
「で、こちらは香織」
「私、香織だよっ!これからよろしくねっ!」
「…え、と。うん、よろしく…」
二人の若干ぎこちない握手を見届けてから、わたしは二人で好きにしているといいと伝えてから山を飛び下りる。…まぁ、好きにしろと言われても、こんな殺風景な世界では困る気がするが…。
平坦な大地に降り立ち、遠くの地形を思い付くままに変動させる。先程考えた鉱物類もどうにかしないとなぁ…。石英とか、鉄鉱石とか、金鉱石とか、その他諸々。何処にどのくらい含有させようか、何てことを考える時間は意外と楽しい。ただし、それを実際にやるとなると話は別だが…。
「おや?」
わたしと違ってゆっくりと歩いて山を下りたらしい二人が、わたしの元へ向かってくるのを感じた。…ただし、何やら不穏が雰囲気と共に。
「私が主様の一番ですっ!」
「…違う。私、負けない」
…え、何でこうなってるの?二人で何を話してたの?というか、一番とか二番とか考えたことないんですけど。創った順番なら香織が一番だろうけれど、そういう意味じゃないことくらいは分かる。
そんなことを考えていると、急に二人は立ち止まった。そして、お互い向き合った姿勢で睨み合う。しばらく二人の様子を窺っていると、開始の合図もなく同時に跳び出し、互いの拳をぶつけ合った。それを皮切りに殴る蹴る撃つ投げる…。
「どうしてああなった…」
「何あれ修羅場?」
「…急に湧いて出ないでくださいよ、ヘカーティア」
「あらあら、いいじゃなぁい」
突然現れてすぐけらけら笑い始めるヘカーティアを軽く睨んだが、すぐに二人に視線を戻す。一進一退の攻防。創った側からすれば見た感じ、かなり長くなりそうだということが分かってしまう。二人の性能は容姿と性格以外ほぼ同じなのだから。
…とりあえず、二人に破壊されていく地形をどうするかを考えておこうか。はぁ。