東方幻影人   作:藍薔薇

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美鈴視点。
災禍異変後のとある夏の頃の小話。


私とお嬢様と大きな恩

「ふぅんっ!」

「ぐ…ッ!…なんのォッ!」

「お、いいねぇ!」

 

その小さな拳から繰り出された重い一撃を両腕を交差させて防御し、受け止めた拳を両腕を解き放ちながら弾き飛ばし、その隙に回し蹴りを叩き込む。が、私の右脚は上半身を大きく後ろに逸らされて躱されてしまった。そして、そのまま数回後転して大きく距離を取られてしまう。

私は呼吸と気を整え、僅かに揺れた闘気を立て直す。対する萃香さんは瓢箪から酒を煽る。さて、次はどう出るべきでしょうか…。

 

「…相変わらず暑苦しいわね、貴女達は」

「あぁ、パチュリー様。お出掛けですか?」

「えぇ」

 

次の手を考えていた私に水を差してくる声がして振り返ってみると、照り付ける太陽に辟易ながら歩くパチュリー様だった。

 

「今日は数日空けると思うから、妖精メイドが妙なことしないように咲夜に伝えといてちょうだい」

「分かりました。しっかりと咲夜さんに伝えておきます」

 

妹様がフランさんに変わってからというもの、大図書館を空ける機会が多い傾向にある。絶縁されたにもかかわらず、お嬢様が心配しているに違いない。

門から出て行くパチュリー様を見送り、さて再開しようと振り返ると、萃香さんが若干不機嫌そうに眉をひそめ口をへの字に曲げた顔で私を見上げていた。

 

「ったく、空気読めよなぁ…」

「はは…。なんかすみません」

「そうぶうたれるなよ、萃香。ほら、機嫌直せって」

 

少し遠くで私達の組手を見物していた妹紅さんが、萃香さんの頭をわしゃわしゃと揺さぶる。萃香さんはすぐさま軽く拳を突き出し、それを妹紅さんは軽く受け止める。そして、二人で笑い合った。

そんな言葉のない会話を見ていると、萃香さんがドカリと腰を下ろしながら私を見上げて言った。

 

「ま、今日はこのくらいでいいだろ」

「えぇ、そうしましょう。萃香さん、ありがとうございました」

「おう、これからに期待してるからな」

 

萃香さんに深く頭を下げて礼をし、門の横に立つ。そして、闘気と共に細く息を吐き出した。

極めれば極めるほど、次の一段が高くなっていく。しかし、どれだけ高くとも次があるなら上って見せよう。

 

「ところで、美鈴よ」

「なんでしょうか、妹紅さん?」

 

少しずつだが着実に成長している実感と共に胸に拳を当てていると、隣で壁を背にくつろいでいた妹紅さんに声を掛けられた。

 

「前にも訊いたがよ、どうして門番なんかしてるんだ?」

「前にも答えましたが、お嬢様に恩があるからですよ」

「それだよ。その恩、ってのが気になるんだ。不躾な問いなのは分かってるんだがなぁ」

「はは。別に構いませんよ。聞かれて恥ずかしい話でも、…いえ、少し恥ずかしい話ですね。あの頃の私は若かったもので…」

 

そう言いながら、私は妹紅さんの視線から目を逸らしながらポリポリと頬を掻く。あれは、若気の至りというか、何というか…。改めて思い返すと結構恥ずかしいですね、これは…。

思わず苦笑いをしながら口を開いたり閉じたりしていると、言い難いことを察したらしい妹紅さんは歯切れの悪い口調で言った。

 

「あぁー…、言いたくなけりゃあ無理に答えなくてもいいんだぞ?」

「いえ、せっかく組手をしてくれているのですから、このくらいは答えますよ」

「ん?何か面白そうなこと話してんじゃん。私も聞いていいか?」

「いいですよ、萃香さん」

 

酒を呑みながら近寄ってきた萃香さんに頷きながら、私はあの頃のことを思い返す。んー、何処から話せばいいだろうか…。

 

「まず、私には人外の血が流れています。父母や祖父母の代よりもっと昔のことで、その血は大分薄れていましたが、私にはかなり濃く浮き出ていたそうです」

「ま、だろうな。どんな血統かは知らんが」

「実は私もまだ知りません。これまで知ろうともしませんでしたから。…若かった頃はもっと」

 

そう言いながら、私は若かった頃の自分を思い返し、顔から火が出そうになる。…あぁ、あの頃の私は何て馬鹿なことを考えていたんでしょうか…っ。

 

「元々武闘家の家系でして修行をしていたのですが、その濃く浮き出た血が私を誰よりも早く成長させ、そして誰よりも強くしてしまったんです…。一月足らずで兄弟子姉弟子を一撃の下で打ち負かし、一年もあれば師であった祖父を超えてしまったんですよ…」

 

あの頃の私は、能書きばかり垂れる祖父が嫌いだった。そんなことを言っているが、結局私よりも格段に弱いではないか、と。

 

「はぁーん。そりゃ凄い。正直羨ましい気がするな」

「そんだけ血の影響が強いとなると、大体どんな血か割れる気がするんだが。もしかすれば、鬼の血でも混じってるかもな。ははっ」

 

そう言って萃香さんは笑っていますが、何となく違う気がするんですよね…。具体的な根拠はないのだが、不思議とそう直感する。

 

「そして、私は『私よりも強い者に会いに行く』と言って、一人で外へ旅立ったんです…」

「…お前、そりゃ流石にないんじゃないか…?」

「そう思いますよね…?私もそう思います…。しかも、誰も私に敵うはずがない、何て余裕かましてたんですから。あぁ、あの頃の自分が恥ずかしい…っ!」

「はっはっはっ!で、その一人旅はどうだったんだい、美鈴さんよ?」

 

豪快に笑われるといっそ清々しい。呆れている妹紅さんも、この際だから昔の私を笑ってほしい…。

 

「長い間、負けなしでした。時に闘技場に飛び入りで出場して勝ち残り、時に依頼されて悪党共をなぎ倒し、時に私に挑んできた者を返り討ちにし…。どんどん自信がついて、やはり私は間違えていなかったと思い上がって…」

 

そう、あの頃の私は若かった…。最初に出鼻をくじかれればまだよかったかもしれないけれど、幸か不幸かそうはいかず、私が挑んだ相手も私に迫り来る敵もバッタバッタとなぎ倒して勝ち続けてしまう。積み重なっていく勝利が私を驕り高ぶらせていく悪循環。

 

「そして、ある時ですね…。私はとある人外に挑み、完膚なきまでに負けてしまったんです…」

「へぇ、そりゃ凄い。どんな奴なんだ?出来ることなら、一度手合わせ願いたいものだが…」

「吸血鬼、お嬢様の母ですよ。で、死にかけた私の血を全て吸い尽くそうとされた手を止めたのが、幼い頃のお嬢様なんです」

「ふぅん。そのレミリアに生かしてもらったのが恩か?」

「いえ、少し違います」

 

確かに、私がこうして生きているのもお嬢様のお陰だ。けれど、そうではない。

 

「生かされた理由は、お嬢様に気に入られたからです。ですが、私は塞ぎ込んでしまいまして…。たった一度の敗北ですが、あの頃の私にとっては、これまで積み上げ続けてきた勝利を一瞬で瓦解させてしまう衝撃です。私一人では立ち直れませんでした」

「…若い頃のあんたの支えがなくなったんだな。強者であることの自信が、根元から折れちまったわけか」

 

それはもう、ポッキリと。これまでの私の全てが否定されてしまったような気分だった。失意、そして絶望感。底のない闇の中に落ち続けていくような感覚。

そんな私に、幼いお嬢様は付き合い続けてくれた。拒絶しても、否定しても、口を利かなくても、ずっと。…まぁ、その理由はいも、…フランさんを止めることが出来る運命を視たからだそうだが。

 

「それからお嬢様と紆余曲折あったのですが、突然吸血鬼狩りの襲撃がありましてね。それなりに関係が深くなっていたお嬢様に迫る銀の刃を、咄嗟に片腕で防いだんです。そして、私はお嬢様を背に迫り来る吸血鬼狩りと戦ったんです」

「勝てたのか?」

「…辛くも。…お嬢様といも、…フランさんしか守れませんでした…」

 

次々と襲い掛かる吸血鬼狩りを倒していったのだが、その時の私は今までより体が軽く感じ、強い力を感じた。片腕に銀の刃が突き刺さって使いものならなかったにもかかわらず、不思議に思ったものだ。

けれど、今ならその理由が分かる。あの時の私の背にお嬢様がいたからだ。技術も身体も十分だった私に欠けていたもの。心。祖父が散々言っていた、心技体。それの意味が、その時にになってようやく知ったものだ。

だから、お嬢様が私を必要としたように、私にもお嬢様が必要だった。そうして私を更なる高みへと引き上げてくれた。

 

「背中に守りたい者がいて、私は武闘家としてより強くなれた。お嬢様がいて、だから私がいる。…とても辛い過去ですが、私はそれを機に生まれ変わったと思うんです」

「今のお前がいるのがレミリアのお陰、ってわけか。…そりゃあ大きな恩だな」

「えぇ、とても。返し切れるようなものではありません」

 

最後に思い返すは、息絶えようとしていたお嬢様のご両親の遺言。『レミリアとフランを頼む』。だから、私は今日もここでお嬢様を背に守り続けている。…ただ、フランさんを守れなくなってしまったことを、お詫びしなくてはならないだろう。

次の満月の夜に謝罪しよう。雲一つない青空を見上げながら、私はそう誓った。

 


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