東方幻影人   作:藍薔薇

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フラン視点。
大晦日の真夜中にて屋台で店主と語り合う小話。


年越し屋台

深夜、月明かりと提灯に照らされた大晦日の屋台。おでんと八目鰻のたれが香る中、私はグッ、グッ、と大きな盃に注がれた酒を一気に呑み干した。

 

「…ぷはっ!」

「呑み過ぎはよくないよ、フランさん」

「これが呑まずにいられるか、って話よ!」

 

空になった盃を持ったままで拳を屋台に振り下ろす。咄嗟に力は抑えたけれど、ミシリと嫌な音を響かせてしまった。申し訳ないとは思うけれど、物にでも当たらないと人間に当たりに行きかねない私がいる。だから、と言うのはおかしな話だけど、今回ばかりは許してほしい。

おでんの人参と大根の紅白からそのままとある人物を連想してしまい、私は二つまとめて口の中に放り込んだ。少し冷ましていたとはいえ、まだまだ熱い。けれど、火傷した口内は勝手に治っていく。

そんな私を若干頬を引きつらせながら見ていた店主であるミスティアは、一つため息を挟んでから言った。

 

「霊夢さんが『禍』を討った、って話?」

「そう!それよ!」

 

妹紅に事前に聞かされていたから衝撃はやや薄かったものの、お姉さんが霊夢に討伐された旨が記載された新聞を読んでから、落ち着いていつも通り過ごそうと思っても落ち付いてられない。

 

「夜中に幻想郷中を少し探し回ったけど、全ッ然見つかんないのよ…。おかげで魔理沙に捕まるし、本ッ当に散々!」

「それは大丈夫だったですか?」

「一応大丈夫。…ま、魔理沙も知らないってことが分かったからそれはそれかな」

 

以前、お姉さんが私達にほぼ無断で地底へと下りて行った際には私のリボンに書置きを残してくれた。けれど、今回はそういった類のものは一切存在しないのだ。縋れるものがないのは、私が思っていたよりも辛い。

無論、私はお姉さんが死んでいないと信じている。しかし、ただ何もせず信じて待つ、なんてやってられない。だが、結果として収穫はほぼ零。探してもお姉さんがいないことが分かっただけ。

空になっている盃をミスティアの前へ無言で突き出し、そこに新しく酒をトポトポと注いでもらう。その音を背景に、ミスティアは静かに話し始めた。

 

「…フランさんは訊きたくないかもしれないけどさ」

「うん」

「人里では年明け前に禍根が断たれて大喜び。馬鹿みたいに大はしゃぎしてるところもあるくらい。…そのくせに、ちょっと嫌なことがあれば未だに『禍』の仕業。本当、どうかと思うよ」

「ふぅーん…。そう言ってる割にミスティアはとっても落ち着いてるじゃん」

「そりゃあ、商売柄こういう私情は表にしないものだからね。一応」

 

そう言って微笑むミスティア。しかし、その微笑みは私が見てもすぐに分かるくらい上っ面だけだった。

そんなミスティアに注いでもらった酒を呑んでいると、ガサゴソと奥の方を漁るミスティアが一本の酒瓶を取り出した。

 

「気分を上げたいなら雀酒もあるよ?」

「…いい。流石に無理矢理上機嫌になっても虚しいだけだもん」

「あはは、だよねー…」

 

好意は嬉しいけど。いや、本当に悪いとは思ってるんだけどね。けれど、一回踊り狂ったくらいじゃあこの不安は晴れそうにないし、だからと言って常飲するのは鳥頭にも劣ると思う。それに、千鳥足にはなりたくないからね。

酒を半分ほど呑んだところでトン、と盃を置く。そして、私はミスティアを真っ直ぐと見詰めた。

 

「…で、ミスティアはどう思ってるの?」

「幻香さんのこと?」

「そ。お姉さんのこと」

 

訊いてみると、ミスティアは寂しげに笑った。そして、おでんの鍋をゆっくりとかき回していく。その手は徐々に遅くなっていき、やがてカタリとお玉を置いた。

 

「…まぁ、新しい友達が一人いなくなったのは寂しいよ。幻香さんは、よくも悪くも飛び抜けてたから。けれど、どんなに凄くても、どんなに強くても、死ぬときは死ぬんだなぁ、って改めて思い知った、かな」

「…思ったより、軽いね」

「封印されてたもの。もう二度と会えないかも、って覚悟くらいしてたよ」

「あ…っ。…そう、だよね」

 

ミスティアはお姉さんが封印されていなくて、地底で過ごしていたことを知らないんだ。どうして気付かなかったんだろう。私とミスティアの間にあるズレ。

 

「…けれど、こうも思ってる」

 

頭の中が大きく揺れている中、ミスティアがお玉を手に取りながら言葉を続けた。

 

「もしかしたら、飛び抜けて、突き抜けて、誰も届かないところまで到達して…。私達の想像もしない場所で笑ってるかも、なぁんて思ってる私がいるの。それが幻想郷か、天国が地獄か、はたまた別の何処かかは分からないけれど、ね」

 

クルクルと鍋を回しながら、そう答えてくれた。ただの想像だ。ただの空想だ。ただの妄想だ。けれど、私と事情が異なっているにもかかわらず、私と同じように心の何処かではお姉さんが生きていることを信じてる。

それが分かって、私は少し嬉しかった。

 

「そっか」

「あ、いい笑顔」

「そう?」

「うん。とっても」

 

そう言われ、私は空を見上げた。月と星が夜空を飾っている。この夜空を、お姉さんも見上げているだろうか?それとも、見ていないのかな?…まぁ、どっちでもいいか。

 

「あ、そろそろ新年だよ」

「そうなの?」

「そうだよ。今年は屋台で年越しだね」

 

唐突にそう言われ、私は思わず振り返った。すると、やけに高価そうな置き時計を見せられ、その時刻は十一時五十八分を指している。私も懐中時計を開いてみると、ほとんど同じ時刻を差していた。…そっか。今年ももうお終いかぁ…。

 

「じゃあ、たくさん頼んじゃおっかなぁー」

「いいよー。どれを注文する?」

「全部」

「全部ね。…え、全部!?」

 

冗談で言ったのだけど、本気にしてしまったみたい。すぐに訂正しておすすめを頼み、私は二つの時計を眺める。チク、タク、チク、タク…。一秒ごとに針が進んでいく。もう少しで今日が終わる。今年が終わる。

カチリ、と三本の針が十二を指した。チク、タク、チク、タク…。一秒ごとに針が進んでいく。今日が始まった。今年が始まった。

 

「あけましておめでとう、フランさん」

「おめでと、ミスティア」

 

今年はどんな年になるかなぁ?楽しいこと、嬉しいこと、いっぱいあるといいな。悲しいこと、辛いこと、少ないほうがいいな。…ま、嫌な運命なんてぶっ壊すけどね。

それと、お姉さんは何処にいるのかな?…私、待ってるから。だから、帰ってきて。お願いだから。

 

「はい、八目鰻の串焼き」

「ありがと」

 

受け取った八目鰻を口にし、いつもと変わらず肉厚な旨味を感じ取る。おすすめと言うだけあって、また自慢の一品だけあって、とても美味しい。

 

「ところで」

 

一本食べ切り、次の一本に手を伸ばしたところで、ミスティアが急に私に顔を近づけてきた。とても近い。鼻と鼻がぶつかりそうなくらいだ。

 

「お金、あるの?」

「ないよ?」

 

首を傾げながら即答すると、身を引いたミスティアはまた頭を抱え始めた。

 

「またなの…?」

「うん。だからツケ?ってやつで」

 

そう言ってケラケラ笑うと、眉間にきつく皺を寄せながらミスティアは私をジットリと見詰めてくる。

 

「…貴女が払わないのは勝手だけど、この代金は誰が代わりに払ってくれると思ってるの?」

「妹紅」

「そうよ、妹紅さん。焼き鳥売って稼いでる妹紅さん。…あのさ、自分で払おう、って気はないの…?」

「お金、どうやって作るか分かんないもん」

 

盛大なため息がミスティアから漏れ出た。何度言われても、お金の作り方が分からない私には払う術がない。そんな私にも品物を提供してくれるミスティアはとても優しい。

…けれど、今日は何やら雰囲気が違う気がする。

 

「これ、食べ終わったら私のお手伝いね」

「えっ、お手伝い…?」

「そ。お手伝い。ちゃんと働けば、キチンと対価を支払うわ。せっかく新年なんだから、新しいことに挑戦しましょ?」

 

この後、今日のお代分を支払うために数日間ミスティアのお手伝いをする羽目になった。けれど、これはこれで悪くないかな、とも思うのでした。

 


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