新世界創造に行き詰っている様子の小話。
雑に創った正方形に腰を下ろし、頭の中で生態系を構成していく。とりあえず、食物連鎖を中心にして考えてみようか。日光や土から栄養を得る植物があり、植物を捕食する草食動物があり、草食動物を捕食する肉食動物があり、動植物の死骸を分解する微生物などがあり、分解されたものを得る植物へと戻る。
ただ、一概にもそうであるとは言えない生物も存在するため、あくまで大きく考えて、の話であるが…。それを考えていると頭がこんがらがってくる。
「…とりあえず、簡単なものから創ってみるかなぁ」
植物創ろう。しかし、単純に植物と言っても多種多様。植物の中でも生存競争を生き残るために様々な進化を遂げている。どれから創ればいいものやら…。
パッと思い付いた葉っぱを創り、それを少しずつ変形させていく。こういう形一つとっても、中々難しい。…よし、こんな形の葉に成長するようにしようかな。えぇと、種子の形状からどうやって成長し、種子を増やし、繁殖していくんだっけ…?
「うぐっ!…ぐっ、げほ…っ」
「よ-しっ!もういっぱぁーつっ!」
そうやって悩んでいると、わたしの目の前を真白が吹っ飛んでいくのが見えた。思わず目を向けると、地面を数回跳ねながら転がっていくのが見え、そんな転がっていった真白を追いかけていく香織の姿があった。…相も変わらず、何やってんだあの二人。
真白が吹っ飛んできた逆側を見遣ると、また無残に破壊された地形の数々があった。せっかく隆起させた山の上半分が見事に粉砕されてしまっている。いい感じに創ったつもりの滝があった場所が見る影もない。…あれ、もういっそ放っておこうかなぁ…。
「あーら、大変そうねぇ」
「…また急に何の用ですか、ヘカーティア」
「ヘカテーでもいいのよ?」
「それはまたの機会に」
呼び名なんて今はどうでもいい。今は植物について考えてるんだよ。しかも、その数は膨大だ。そんな時に相手をしている余裕はほぼない。
「…で、暇じゃないから帰ってほしいんですが」
「釣れないわねぇ…。思い悩んでる後輩に助言の一つや二つくらいしてあげようかなぁー、って気紛れに思って来たのにぃ」
そう言われ、手に持っていた笹の葉に似た何かを握り締めた。助言?いや、貰えるものは貰っておきたいけれど…。その前に、一つ不安な要素がある。
「貴女、自分の世界は持ってない、って言ってませんでした?」
「持ってないわよ?けれど、それとこれは別でしょう」
「…創造主に対する助言が未経験者に出来るんですか?」
「これでもたくさん見てきましたから」
…まぁ、見ている側だから分かるものもあるか。そう思い、わたしは体をヘカーティアに向けた。相変わらず奇抜な服を着ているなぁ、と思いながら見上げていると、その手にはいつの間にかわたしが先程創ったばかりの笹の葉のようなものが握られていた。
笹の葉のような何かを表裏両面じっくりと観察され、そしてそれをわたしの目の前に突き出してきた。
「これが貴女の創りたかったものなのかしら?」
「…まぁ、今は。それも一要素ですし」
「なってないわねぇ…」
やれやれ…、とでも言いたげに両肩を持ち上げながら首を左右に振られた。地球と月が両側の手にそれぞれ乗っているあたり、若干狙っている気もする。…しかし、なんだろう。物凄く苛つく。
そんな内心は表に出さずにだんまりを決め込んでいると、ヘカーティアの人差し指の先端がわたしの目にビシッと突き出された。
「一番創りたいメインを創りなさい!オードブル、スープ、ポワソン、ソルベ、ヴィヤンドゥ、デセールは飽くまでメインを引き立てるためのものよ!」
「コース料理は食べたことないので、その比喩はあまり分からないんですが…。まぁ、具体的には?」
「貴女が元いた世界は幻想郷を創るために創られた世界よ。世界の原点が幻想郷の中心にあったでしょう?」
「…は?」
ヘカーティアが挙げた具体例がわたしの思っていたよりもブッ飛んでいて、思わず首を傾げてしまう。いや、まぁ、確かに世界の中心点とも言える原点は幻想郷内にあったけれど。…えぇ?本当に?
首を傾げたままでいると、ヘカーティアは気にすることなく話を続けていった。
「まぁ、一口に幻想郷と言っても既に数える気が失せるくらいあるわよん。どれが幻想郷の原典か、と問われても私には分からないけど。それぞれの神が、別の神が創った世界を真似て、あるいは自己流に手を加えて、私だけの世界を創ってる。似たような世界は探せばいくらでもあるし、まるで似ていない世界も探せばいくらでもある。けれど、どれもほぼ共通しているのは、神が創りたい世界を創っている、ということ。だから、最低限の舞台を創ったら自分の創りたいものを創ればいいのよ」
「…最低限、とは?」
「それは貴女が決めるべきことよ。少なくとも、貴女が元いた世界の神は馬鹿みたいに膨大な時間を掛けて下準備を整えた慎重派だったのだけどねん」
「…具体的に、どのくらいの時間を?」
「ざっと百三十七億年くらい。…ま、そんな時間掛ける神も珍しいわよぉ?」
百三十七億年…。気が遠くなる数字だ。一体、わたしの全人生を何倍すればいいのでしょう…。しかもそれが下準備。あぁ、駄目だ。あまりの長さで想像もしたくない。
頭の中がよく分からないもので埋め尽くされていくのを感じていると、ペシペシと頬を叩かれた。
「おーい、聞いてるかしらぁー?」
「え、あ、はい、一応」
「たった七日で世界を創った神もいる。百億年以上掛けて世界を創った神もいる。幾多の世界を同時に創った神もいる。世界が自己増殖するようにした神もいる。自分が遊ぶために世界を創った神もいる。他の神と競うように世界を創った神もいる。神の手を一切借りずに回る世界を目指した神もいる。世界の創り方は神のみぞ知るなのよん」
神のみぞ知る、ね。全く、その通りだ。
しかし、一つ気になることがあった。
「じゃあ、その一要素を創るのは舞台作りの一環じゃあないですか?」
「…じゃあねーん」
「おい」
…言うだけ言って逃げやがった。いや、まぁ、別にいいんだけども。
まぁ、そうだなぁ。舞台作りにどれだけ時間を掛けるか、かぁ。あまり掛けたくないんだよなぁ…。友達、待たせちゃってるし。
「それじゃ、創るとしますか」
呼んでも恥ずかしくない世界。当面は、これが目標かな。そう思いながら、先程思い浮かべた植物を足元に生やしながら歩いていく。ひとまず、何種類か創ってみよう。そして、一度生態系を完成させよう。それから欲しいと思ったものを追加していく方向で。
「あが…ッ!?」
「ぶふっ」
その矢先、わたしの目の前に香織が落ちてきた。その衝撃で地面が大きく抉れ、せっかく創ったばかりの植物が土ごと捲れて何処かへ飛んでいく。…まぁ、あれはあれで遠くに繁殖してくれる、ということで。
「痛ったた…」
土煙の中、傷だらけの香織は立ち上がって真上に浮かんでいる真白を真っ直ぐと見上げた。…いや、その前にわたしの目の前に落ちたという事実に気付いたほうがいいと思うよ。あの速度で落下してくる貴女にぶつかったら痛いから。
そう思いながら香織の背中を見詰めていると、真白との戦闘に集中していた香織はようやくわたしの存在に気付いたらしく、バッと振り返った。
「って、主様!?少々お待ちを!これから私が一番の従者であると証明して見せますのでっ!」
「…そんなのどうでもいいから。ほら、余所行って余所」
「ど、どうでもっ!?」
どっちが一番の従者とか考えて創ってないから。それよりも、わたしが弄った地形を大量破壊するのをどうにかしてほしい…。遠くの方はあまり弄ってないから、是非そっちで暴れてほしいものである。