新世界の舞台が整った矢先の出来事の小話。
開けた大地に横たわり、薄い雲が流れる空を見上げる。小鳥が歌いながら空を舞い、遥か高みには自ら薄紫色に発光する尾の長い鳥が羽ばたいている。顔の横で最初期に創った試作生物が眠っている。微風が心地いい。
思い付いたものを好きなように創り続けた。世界を創った。大地を創った。空を創った。海を創った。太陽を創った。天候を創った。鉱物を創った。植物を創った。草食動物を創った。肉食動物を創った。分解者を創った。個を創った。群を創った。この世界の繁殖の法則を設定した。季節の巡りを設定した。他にも、様々なものを創り、色々と設定した。
「主様っ。私はこんなに大きな獲物を仕留めましたっ!」
「私、もっと大きい。…ね、主様?」
「私の方が大きいですー!」
「違う。…ほら、長い」
…さて、わたしが遠方に創って生息させた巨大肉食動物が二頭並べられているではありませんか。この二頭は一応、あそこ周辺の食物連鎖の頂点付近にいる強者なんだけどなぁ…。残念ながら、香織と真白には敵わなかったらしい。二頭仲良くお亡くなりである。
のっそりと起き上がり、香織が仕留めたらしい丸々と太った獣と真白が仕留めたらしい強靭な尻尾を持つ獣のそれぞれの体積を把握する。…ふむ、意外と似たり寄ったりだなぁ。全体の百分の一以下の差だし、これはもう誤差でいいんじゃないかな?
「一応、真白のほうが大きいけど」
「…勝ち」
「大した差じゃないし、誤差でしょ誤差」
「…むぅ」
実質引き分けを言い渡し、若干むくれる真白とあからさまにホッとした香織を見遣り、わたしはまた横になる。さっきの間に起きたらしい試作生物が、わたしの頬に顔を摺り寄せてきた。…ちょっとくすぐったい。
試作生物の顔をわしゃわしゃと撫でてあやしていると、突然日陰になった。見上げてみると、ニヤニヤ笑っているヘカーティアと目が合う。…また来たのか。
「あらあらぁ。今回も引き分け?」
「そうですね」
「あの子達ったら健気ねぇ。もう百回くらい続けてるでしょ?」
実際はヘカーティアが言うよりも遥かに多く、このような勝負はわたしが把握している数だけで既に四桁に迫ろうとしており、勝敗はほぼ五分五分。なお、引き分けは七割を超える。正直、ここまで来ると多少勝利を重ねても大差ないような気がしてくる。別に、どっちかが勝ってほしいとも思わないが…。
そんなことを思いながら、あの二人が仕留めた獣をどうするか話し合っているのを見ていると、ヘカーティアはグルッと世界を見渡していた。
「んー、舞台は十分って感じかしらん?」
「…まぁ、そうですね。そろそろ知的生命体をある程度の集団で創ってもいいかな、とは思ってますよ」
「それを眺めていたいのー?」
「いえ。わたしはこんなものを創ったんですよ、ってちょっと自慢したいだけかな」
あと、全部自分で創るのは少しつまらないから、知的生命体達がどんなものを作っていくのか見てみたい、とも思っている。…さて、どんな容姿と能力を持った知的生命体にしようかなぁ、なんて考え始めた矢先のこと。
「ッ!?」
世界が崩壊する音がした。即座に起き上がって破壊された方角を向く。
「…え?」
その正体を視認し、わたしは思わず呆けた声を出してしまった。信じられない。なんで、貴女がここにいるんですか…?
「…風見幽香」
「フフ。殺しに来ちゃった」
四季のフラワーマスターが、わたしの世界に大穴を開けて襲来してきた。どうやって、よりも、どうして来た!?わたし、きっと貴女より弱いですよ!?化けて出てないですし!どちらかと言えば、貴女のほうが出て来ましたよね!?
どうしたものか、と頭を悩ませていると、風見幽香を見ているヘカーティアの顔色がすこぶる悪いことに気が付いた。
「どうかしましたか?」
「ちょっと!どうしてあの神殺しが貴女なんかを追ってくるのよ!?」
「神殺しぃ?」
「彼女は貴女の元の世界の神を殺した張本人よ!下手したら私も殺されるわ!」
「…あ、そうですか」
もしかしたら、わたしが創造主になってしまったから追って来たのかもなぁ、なんてことが思い付いてしまった。そうではないと思いたい。けれど、わたしが何をどう思おうと、こうして風見幽香が現れた事実からは逃れられない。
是非ともお帰り願いたいなぁ、と考えていると、ザっとわたしの前に香織と真白が立ち塞がった。ビリビリとした敵意が風見幽香に向かっているのが伝わってくる。
「主様っ!ここはわた――」
「…任せて、ある――」
「邪魔」
目の前で二輪の真っ赤な花が咲いた。ペチャリ、と生温い何かが頬に付着する。手に取ってみると、それは肉片であった。誰のかは分からないが、きっと二人のどちらかだろう。
香織と真白が木端微塵になって死んでいた。酷く呆気ない最期である。…え、あんなあっさり死んじゃうの?
「――ハッ」
「――ぇ?」
「…あら」
まぁ、認めないけどさ。目の前に浮かぶ二つの魂に肉体を創り直した。死んだと思ったら生き返った、といった気分だろう。その通りだよ。わたしが生き返らせた。
二人の方を両側に押し退けながら一歩踏み出し、風見幽香を見上げた。随分な威圧感だ。けれど、不思議とどうとも思わない。
「用件は?」
「挨拶よ。鏡宮幻香」
「幻禍だ。…まぁ、いいや。…へぇ」
悪いとは思うけれど、記憶把握させてもらった。表層のみ把握し、本気で挨拶しに来たらしい。ただし、普通の挨拶ではないことは確かなようだが。
もう少し深い層を把握しようかな、と思ったのだが、わたしの薄く浸透させていた妖力が弾かれた。…どうやら、これ以上把握させてはくれないらしい。
「フフ。貴女のこと、気にしていたのよ」
「…心臓潰したくせに?」
「死んだらそれまで。けれど、こうして生きている。私の心臓を創って、ね」
…どうやら、バレていたらしい。しかし、それならどうして見逃してくれたんだろうか?
そんなことを考えていると、急に風見幽香の嗜虐的笑みが深まった。
「小さな芽吹きを垣間見たのよ」
「芽吹きぃ?」
「そして、今は花開く寸前の蕾。さて、どんな花を咲かせてくれるのかしら?」
「開かないし、咲くつもりはない」
そう言い終えた瞬間、目の前に日傘が迫ってきた。真っ直ぐと眉間に突き刺さる刺突を横に跳んで躱し、日傘を複製しながら接近して思い切り振り下ろす。が、片手で掴み取られてしまった。…んー、力が足りない。全然。もっと力が必要だ。
即座に日傘を回収して跳び退ると、先程までわたしがいた世界が日傘によって破壊されていた。その衝撃がわたしの全身を叩き、思い切り吹き飛ばされる。…うげ、いざ目の前で見せられると滅茶苦茶だ。三次元じゃ飽き足らず、全次元軸にまで伝達し、そして世界が耐え切れず壊れてしまうほどの破壊力。夢想天生なんか関係ないわけだ。
両脚で着地し、右手を固く握り締める。そして、わたしは嗤う風見幽香に言った。
「アハッ。悪いけど、生憎今は暇じゃない。それに、今日は挨拶なんでしょう?…だから、一発全力で来い。受け切ってやる」
「フフフ…。言うわね。けれど、確かに挨拶。…いいわ、魅せて頂戴」
お互い同時に飛び出し、拳を放つ。だが、その拳がぶつかることはなく、風見幽香の拳は世界に叩きつけられ、そしていとも容易く崩壊させた。
しかし、破壊の衝撃は一切伝わってこなかった。
「手加減してくれてありがとうございました」
「…フフ、蕾のままも悪くないわね」
わたしの拳は世界を創り続けていたのだ。風見幽香によって世界が破壊された傍から新しく創り、世界を補修し続けて衝撃を打ち消したのだ。…まぁ、本当に全力なら今のわたしでは到底敵わないだろう。今は、だが。
「さて、挨拶も済んだから帰ってくれませんか?」
「そうするわ。けれど、その前に」
トン、と日傘で大地を突いた。瞬間、風見幽香を中心に色とりどりの花々が咲き乱れた。おいおい、簡単に創りやがって…。
「花が潰えたら、また来るわ」
二度と来るな。