年越しの大掃除で幻想郷縁起の鏡宮幻香を読む小話。
新年を清々しく迎える準備として蔵の掃除をしているのだが、この広さでは私一人では無理があったかもしれない…。しかし、他の者は別の場所の掃除を任せているし、この蔵に私以外が入ることは滅多にない。間取りを知っている者が手を付けるべきだろう。…そうとでも考えないととやっていられないのだ。
「んー…っ」
背伸びをしながらはたきをうんと伸ばし、上の段から埃を落とすべく動かしていく。すると、思っていたよりも埃っぽく、パタパタと叩いたところから大量の埃が舞い落ちてくる。
「けほっ、こほっ!」
若干の黴臭さを感じながら思わず咳き込んでいると、ふと幻想郷縁起が目についた。無論、私の代のである。
掃除の手を止めてそれを手にし、パラパラと捲っていく。
「色々と書いてきましたねぇ…。レミリア・スカーレット、西行寺幽々子、蓬莱山輝夜、八坂神奈子、比那名居天子…。はは、思い返せば懐かしい」
様々な異変があった。様々な事件があった。様々な変化があった。これを読み返していると、次々と思い返してしまう。
「…鏡宮、幻香」
そして、唯一自分自身が巻き込まれた異変の首謀者の項目に辿り着いた。
◆
災禍の鏡映し
鏡宮 幻香 Madoka Kaganomiya
能力 ものを複製する程度の能力
危険度 極高
人間友好度 極低
主な活動場所 魔法の森、妖怪の山など
目の前に不気味なほどに自分自身とそっくりな存在がいたら、それは鏡宮幻香であると考えたほうがいいだろう。この妖怪は人間に対する情は欠片ほどもなく、陰湿な性質と特異な能力を振りかざして肉体、精神共に滅ぼしにかかるため危険極まりない。
長髪で服装は無頓着であり、男性とも女性とも言い難い中性的な体つきをしている。しかし、前述したとおり、その容姿は見た者に左右されているため、あまり意味を成していない*1。
幻影人との関連性が濃厚だが、詳細は不明*2。
見た者を不幸にする性質を有し、間接的かつ無作為に被害をもたらす。不幸の度合いは未知数で、小銭を落とす、転んで膝を擦りむくといった軽度のものから、病気や骨折、あるいは命に係わる重度のものまで多種多様。
ものを複製する程度の能力を持ち、文字通りものを複製することが出来る。例えば、机からは机が、水からは水が、空気からは空気が創られる。また、複製の際の度合いはある程度自由に操れるようで、机から形状の要素だけを選んで複製、油から液体の要素だけを選んで複製、空気から特定の気体のみを選んで複製など、その応用性は高い。究極、頭の中にのみ存在するものを複製してしまうことさえ可能であるようだ。
―この妖怪に纏わる逸話―
・大規模感染症
幻香の存在が人間の間に大きく知れ渡った異変ならざる異常事態である。
人間の里に現れた途端、幼い子供や老齢の方々、さらには健常な若者までも見境なく病毒で侵した。近くにいた者の気分を害し、病を患わせ、そこから彼女の存在を見ていない別の者に病を移していった。
目的は不明であり、存在を知れ渡らせるにしては自らの名を名乗ることもなく、ただ人間の間で通称である『禍』の名が独り歩きするのみとなった。
・第二次紅霧異変
幻想郷が再び紅く深い霧に包まれ、事情には日の光も届かず、春なのに気温は上がらないという異変があった。この霧は吸うだけで気分が悪くなり、人間達は人里どころか家からもまともに出られなくなったであろう。
霧の原因は幻香であり、異変を起こせば博麗神社の巫女が現れるからという、過程と結果が逆転しているような動機により、引き起こされた異変である。
最終的には博麗神社に住む巫女が、彼女を封印することで解決した。
―目撃報告例―
・朝方に人里をふらついていた。慌てて逃げようとしたら足首を挫いてしまった。気味が悪いからさっさと消えてほしい(匿名)
一時期、人里に出没していた。大変危険である。
・霧の湖で妖精らと戯れていた(匿名)
・吸血鬼と笑い合っていた。あまりの恐ろしさに夢に出て来やがった。勘弁してほしい(匿名)
意外にも人間以外との仲は悪くないようである。
あるいは、多少なにかあったところで妖精はすぐに忘れてしまうため、妖怪は一種の刺激として受け入れてしまうため、気にしていないだけかもしれない。
・異変がある時にはいつも近くにいる気がするぜ。敵なんだか味方なんだかハッキリしてほしいな(霧雨魔理沙)
その異変自体を引き起こした直接的原因ではなくとも、遠因である可能性は否定出来ない。
まぁ、どちらにしても私達人間の敵であることは確実である。
―対策―
まず、人間の里の外を不用意に出歩かないことだろう。そうすれば、滅多なことがなければ顔を合わせる心配はない。
仮に遭遇してしまった場合は、気付かれているかどうかが問題である。もしも気付かれていないようなら、何食わぬ顔をしながら退散するといい。もしも気付かれているようならば、諦める他ないだろう*3。
生き延びた後も問題であり、何が起きるか分からない。お払いをしてもらうか、数日の間は日々の生活に細心の注意を払うしかない。
いくら腕に自信があっても、この妖怪に対しては勝負を挑まない方がいい。何故ならば、勝負を挑む前から既に被害を受けることは確定だからである。仮に勝利したところで、その後の人生がどん底に叩き落されてしまうであろう。
ただ、現在は博麗神社の巫女によって封印されているため、よほどのことがなければ遭遇することはないだろう。
◆
「…はぁ。嫌なことを思い出してしまいましたね…」
基本的に真実を書き記す幻想郷縁起だが、少なくともこの項目に関してはあまりいい気分になれない。事実以上に不安を煽る内容、事実以下に抑え込んだ内容、秘匿した内容…。ここに記載されている内容は極一部分でしかない。
しかし、私は編纂家。事実に手を加え、編集する者。事実をありのままを記載する者ではない。必要な時は、必要なことをするだけだ。
そして、鏡宮幻香の項目を読んでいると、ふとこの前受け取った新聞のことを思い出した。
「…まさか霊夢さんが自ら封印を解くとは思いませんでしたよ。長い間封印されるようなことを言っていたのに…」
私は就寝していたので見ていないのだが、寝ずの番で見張りをしていた者が博麗神社から伸びる漆黒の柱を目撃したという。その者はその手の知識が多少あるようで、あれは超高密度の妖力とのこと。喰らえば大抵の人間、妖怪はひとたまりもないだろう、とも。末恐ろしい話である。
もしもそうなると分かっていたのなら、何故封印を解いたのだろうか?その後の人生が不幸に満ちる可能性もあるのに、それでもなお相対する必要性はあったのだろうか?
「…まぁ、どうでもいいことですね」
きっと、それ相応の理由と覚悟があり、凄まじい攻防があったのだろう。しかし、関係者達は口を閉ざしており、詳しい話は聞けていない。だが、それでも僅かながら話してくれた内容、博麗神社に残された痕跡、新聞に記載された内容から多少の推測は出来る。
「…あぁ、そういえば追記が必要でしたね」
そして、私は蔵の掃除のことを放り投げて自室へと戻っていくのであった。
◆
ただ、現在は博麗神社の巫女によって封印されているため、よほどのことがなければ遭遇することはないだろう。
ただ、現在は博麗神社の巫女によって討伐されているため、決して遭遇することはないだろう。
もしも遭遇するとすれば、それは偽物である。