飛び始めて既に一時間は経っただろうか?何だか少し暖かくなってきたような気がする。飛び続けたから、というわけではなくここら辺の気温が他のところより高く感じるのだ。
しかし、そんなことを感じてもやることがない。暇なのでレティさん、化け猫、アリスさんとのスペルカード戦を思い返して、何か工夫出来そうなこととか活用出来そうなところを探してみる。……うん?
「霊夢さん」
「何よ」
「そういえば、道中で霊夢さん何もしてないような」
「……アンタ達が勝手にやるからでしょう?」
確かにそうかもしれない。だけどねえ、わたしがやったときは霊夢さんと魔理沙さんが勝手に決めた事なんだよ?それに――。
「流石に何もしないで黒幕だけー、なぁーんて虫がいいと思いません?」
「…分かったわよ。次邪魔する奴が出たら即行でブッ倒すから」
「いやー、霊夢さんのスペルカード見てみたかったんですよねー。楽しみだなー」
「よく言うわ」
「おい、ちょうどいい奴が来てるぜ。春だ春だって連呼してる奴」
そう言って魔理沙さんが指差すほうを見てみると、確かに「春ですよー!」と言いながらフヨフヨと飛んでいる妖精がいた。あれってもしかして春告精?
「霊夢さん、きっとあの子何か知ってますよ」
「何故かしら?」
「春が来ることを教えてくれる妖精、だと思うからです」
「アンタ、妖精の人脈が広いの?」
「いいえ、全く。だけど、これまで聞いてきた話を纏めるとそうなるんですよ。ささ、霊夢さん。あの子から何か訊き出すんですよ」
「うるさいわねえ、分かったわよ」
袖口に手を突っ込んだかと思ったら数枚の札を取り出し、そのまま妖精の元へ飛んで行った。
「ちょっとそこの妖精!」
「ん?誰?」
「悪いけれどアンタがこの異変の情報を知ってそうだからね!」
「異変?どんな?」
「春を奪うか冬をばら撒く異変よ!この辺りだけが僅かに春になってるからその近くを飛んでいるアンタは何か知ってるでしょう!」
確かにこの辺りは暖かいけれど、春になっているとは?
「幻香さん、あれを」
「え?あ…」
ちょっと考えていたら、咲夜さんがすぐに察したようで、耳打ちをしつつ一本の木を指差した。そこを見てみると、一つだけだが今にも花開きそうな蕾がある桜の木があった。よく気が付くなあ…。
「えー?この辺りに春が来たから来ただけなんだけどなあ。まあいいや。邪魔されるのはあんまり好きじゃないの。これ以上邪魔するなら――」
「スペルカード戦、ね」
「なぁんだ。分かってるじゃん。時間かけたくないから被弾一回、スペルカード一枚でいいでしょ?」
「そんなのじゃ本当に即行よ?」
「そっちがねっ!春符『シャワーブロッサム』!」
霊夢さんから距離を取るように勢いよく後退しながら舞い散る桜吹雪のような弾幕を放つ。うーん、普段一緒になって遊んでいる子達よりも弾幕が圧倒的に濃く感じる。
「妖精ってあんなに強かったっけ?」
「さあ?春だからじゃないか?」
「じゃあ冬の時がチルノちゃん一番強い時ってことかな」
「氷の妖精だろ?そうかもな」
風に揺れる花びらのように不規則に揺れる弾幕を軽々しく避けている霊夢さんは流石だとしか言えない。時折札を投げつけているが、どういう原理か知らないが春告精に向かって飛翔している。それを見て春告精は慌てて避けているが、今にも当たりそうである。
「あの札、便利ですね」
「妖怪は触れたら滅茶苦茶痛いって話だぜ」
「うわ、わたし使えないじゃないですか」
「使うつもりだったのかよ…」
札に書かれている模様や文字に意味があるのか、紙自体に意味があるのか、書くために使っているものに意味があるか、もしかしたらそれら全部に意味があるのか。
わたしの複製だとどうなるのだろうか?ただの紙切れと同じようなものになるのか、それともちゃんと飛ばすことが出来るのか。…まあ、多分紙切れになるかな。
「もうっ!さっさと散ればいいのに!」
「そう?ならそうするわ。霊符『夢想封印・散』」
そう宣言した霊夢さんからかなり大きめで色とりどりの光弾が複数個浮き出て、桜吹雪を散らしながら春告精へと襲い掛かった。
「うきゃあ!」
「ふう。私の勝ちね。さあ、喋ってもらうわよ」
「痛ったた、乱暴だなあ…。春を奪っているのも冬をばら撒いてるのも知らないよ」
「ちょっとアンタ。知らないって言ってるわよ?」
「えー…。『きっと』って言ったじゃないですか。わたしのせいにしないでくださいよ」
「アンタが行けって言ったんでしょうが」
「それを信じたのは霊夢さん、貴女ですよ」
「アンタねぇ…」
おおう、そんな目でわたしを見ないで!袖口から取り出したその札を今すぐ仕舞って!そしてその投げつけようとしている姿勢を止めて!
戦々恐々としていると、春告精が何故かわたしを見詰め始めた。
「うん?貴女ってまどか…?」
「はい?確かにそうですけど…」
「あー!やっぱり!大ちゃんが言ってた通り!」
大ちゃん…。妖精を纏めているって話は聞いたけれど、どうしてわたしの名前が出てくるんです?最近新しい友達が出来たって自慢でもしてたの?それならわたしも少し嬉しいけど。
「ねえ、アンタの妖精の人脈って狭いんじゃなかったの?」
「知らない間に有名人になってた気分です…」
「里じゃ知らない奴はいない有名人だろ?」
「そんな不名誉な名で知られたくないですよ…」
「紅魔館でも知らない人はいませんよ?」
「そうですか…」
紅魔館で働いている妖精メイドさん達も皆知ってるんだ…。そんなに会ってないような気もするんだけど、知らないところで話題に上がっているのかもしれない。
「『今日もパチュリー様に負けたみたい』って」
「チェスの話で盛り上がってるんですか…?」
「それと妹様とのスペルカード戦はいつも楽しみにしているそうですよ?私もお嬢様も窓から鑑賞させてもらってます」
「いつの間にか見世物になってる…」
夜になったら庭でやっているスペルカード戦。一度も勝ったことがないのを見ていて楽しいのだろうか?それとも無謀な挑戦と笑っているのか?…何だか不安になってきた。
そんなわたしをよそに春告精が霊夢さんを押し退けてわたしの元へ飛んできた。
「いつか会えたらと思ってたけれど、こんなとこで会えるなんて嬉しいなぁ!」
「どういう紹介かは知りませんが、わたしも嬉しいですよ」
「よろしくね、まどかさん!私はリリーホワイトって言うの!春が来たらまた会いに来るね!」
「よろしくお願いしますね」
「うん?あれ?…なぁんだ!もう来てるじゃん!」
「はい?」
わたしのどこに春が来ていると言うんだろう?
「頭じゃないか?」
「魔理沙さんは黙っててください」
「そこの二人にもちゃんと来てるよ!」
どうやら魔理沙さんと咲夜さんにも来ているらしい。三人の共通点。あ、もしかして――。
「ちょっと、私は?」
「来てないみたい。あ、そうだ!まどかと一緒にいるってことは友達でしょう?だったら私の春を分けてあげる!」
「え…これって…!」
そう言ってリリーさんがポケットから出したのは、やはりあの花びらだった。そして霊夢さんに無理矢理渡す。
「あ、そうだ。この先にもっと春が集まってるんだよ!私はそこに行くから!じゃあねー!」
「あ、さようなら」
手を振って別れを告げていたら、背後から僅かに威圧感を感じ、振り返ってみると霊夢さんが花びらを強く握りしめていた。
「どうやら本当にこの先に春を奪った黒幕がいるみたいね」
「ああ。誰がどうしてこんなことをしてるか知らんが奪い返してやるぜ」
「お嬢様も待っていますし、さっさと片付けましょうか」
そう言ってわたし達はリリーさんが飛んで行った方向、雲の上へと目を向けた。