東方幻影人   作:藍薔薇

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第57話

「ふむ、もう夜か」

「明るい時とは違った風情がありますね…」

 

昼ごろから始まった花見は、気が付けば既に夜。酒に酔った妖精達のスペルカード戦が上で繰り広げられているくらいには盛り上がっている。この勢いはこのまま朝日を拝むまで続きそうである。

ついでに妖精がわたしの頬を引っ張るのも続きそうである。そんなに珍しいか?自分の顔なんて鏡とか水面でいつも見てるだろうに。

 

「アタイ、いきまーす!」

「おらー!飲め飲めー!」

「チッ、チルノちゃん!?飲み過ぎは…!」

「妖精根性見せてみろー!」

「おぅ、見事な飲みっぷり…」

 

あの五人は元気そうで何よりだけどね…。

 

「おねーさんは飲まないの?」

「わたしはお酒飲まないことにしてるんです」

「嫌いなの?」

「飲まず嫌い」

 

代わりになるかは知らないが、残り少なくなった食べ物を口に入れる。相当量あったような気がするのだが、もうこんなに食べてしまったのか。朝まで持つかな…。それとももうお開きにするか…?けど、楽しそうだし終わらせるのはなあ。

そんなことを考えていたら、突然フランさんに背中を叩かれた。そして擦られた。わたしの背中に何かついてるのかな?

 

「何かついてましたか?」

「…ううん、何も。おっかしいなあ…」

「…?」

 

そう言うと、次は虚空、わたしの肩甲骨の横あたりを掴み始めた。気になる虫でもいたのかなあ?

そう考えながら、周囲を見渡す。

 

「…?おねーさん、何か探してるの?」

「あ、いえ。賑やかだなあって」

「そうだねえ…。とっても楽しくて仕方ない」

 

本当は探していた。フランさんが手を握るのを見ると、何処かが爆発するのではないかと邪推してしまう。見つからなくてよかった、と安心する。

疑うのはよくないって分かっているけれど、わたしは怖いんだ。彼女は何処か無理をしているって分かってしまうから。ただ抑えているだけだって、我慢しているだけだって、分かってしまうから。

だから、わたしは定期的にその矛先を逸らす。

 

「フランさん」

「なぁに?」

「上の勝負が終わったら一緒に遊びましょう。新しいスペルカードをたくさん考えたんです。きっと驚きますよ」

「え!?本当!?楽しみにしてるよ!」

「ええ、楽しみにしていてください」

 

溜まっているものは外へ出さないといけない。膿にしろ、不満にしろ、悪意にしろ、破壊衝動にしろ。じゃないと、どうなるか分かったものじゃない。

 

「まどかー!アタイもアタイもー!」

「え?じゃあ私も!」

「それなら私もー」

「今度は負けないぞー!」

「この流れに乗るしかない!行くよ!ルナ!スター!」

「え!?行くの!?瞬殺されたのに!?」

「今度は勝ーつ!」

「何処からそんな自信が出てくるのかしら…」

「あはは…」

 

スペルカード戦の約束を聞いていた皆から再戦の申し込みが…。約束事が一気に増えてしまった。ま、いつもそうして遊んでいるからあんまり約束って感じしないんだけどね。

 

「楽しそうだな」

「ええ、楽しいですよ。一昔前では考えられないくらいには」

「そういえばおねーさんって昔何してたの?」

「昔…?」

 

人間の里に運悪く嫌われる前は何してたっけ?ただほっつき歩いてたような…?いや、その辺で座っていたような…?いやいや、ものを複製していたような…?うーん、記憶に靄がかかったように曖昧だ。思い出せない。

 

「何してたんでしょうね」

「えー?覚えてないの?」

「すみませんね。過去は振り返れない性質だったみたいです」

「振り返らないの間違いじゃないのか?」

「そんな格好いいこと言えません」

 

本当に不思議だ。わたしの記憶ってどうなってるんだろう…。覚える価値のあることがなかったからだろうか…。

 

「ま、気にしても仕方ないか」

 

 

 

 

 

 

「さて、楽しくやりましょうか」

「うんっ!」

 

ルールはいつものように三枚スペルカード三回被弾。

それにしても、スペルカード戦をしているときのフランさんは本当に楽しそうに嗤う。

あちらは押し殺していた狂気が少し見え隠れし、こちらは今まで気にしていなかった恐怖を押し殺す。

だから多少のことでは動作が強張らなくなってきたのはいいことなのか悪いことなのか…。きっと、恐怖に対して問題なく活動出来ると取ればいいこと、恐怖に対して鈍感になったと取れば悪いことだろう。

 

「禁忌『レーヴァテイン』!」

「ッ!複製『レーヴァテイン』!」

 

ああ、やっぱり。前にお願いしたことを忘れちゃうくらい溜まってたんだ。

横薙ぎに振り回されるレーヴァテインを受け止める。いつもよりも強い。押されてる。なので、その流れに合わせてわざと吹き飛ぶ。

体勢を整えながら、次の攻撃の動作を見る。突進しながらの斬り上げと予想。舞い散る炎の範囲も予想し、かなり大きめに回避する。

無防備に晒された背中に一突き。しかし、急速反転したフランさんの刀身に防がれる。

まあ、防がれることは分かっていたので、すぐに引き戻し、右側に振り回すような回転斬りで追撃。これも同じように防がれる。

傍から見れば、とても派手な殺陣が繰り広げられているように見えるに違いない。しかし、わたしにとっては死と隣り合わせの三十秒である。とにかく早く終わってほしい。

 

「アハッ!アハハ!アハハハハッ!」

「はは、ははは…」

 

狂ったように笑いながら、乱雑に振り回されるレーヴァテイン。乾いた笑いをあげながら、防ぎ、往なし、躱し、隙を見て攻撃を繰り返す。

 

「あっ、時間切れ…」

「ホッ、時間切れ…」

 

ふぅ、何とか乗り切った。両掌が火傷したけれど、この程度なら問題ない。妖力で無理矢理治癒出来る。

さて、このスペルカードはフランさんに大義名分を与えて、破壊衝動を発散するためのもの。だけど、わたしが壊れたらいけない。周りも壊しちゃいけない。ならどうするか?

 

「鏡符『多重存在』」

 

代わりに壊れてもいいものを創り出せばいい。わたしにはそれが出来るのだから。

今までなら複製「巨木の鉄槌」の樹木や複製「身代人形」の複製(にんぎょう)、鏡符「幽体離脱・静」もしくは鏡符「幽体離脱・妨」で創った妖力弾なんかを壊させていた。

だけど、本当は人型で動いているほうがいいに決まってる。ほら、フランさんも凄く嬉しそうな顔してる。今にも壊したそうな顔してる。

自分の意識が押し込められる感覚。しかし、適応能力が高いのか、あまり気にならない。二体より多く出す気にはなれないけれど。

とりあえず、一体目を突撃させる。

 

「ていっ!」

 

ぐちゃり、と一体目の頭が吹き飛ぶ。

一体目を爆破させ、二体目を突撃させる。そして再複製。

 

「とぅっ!」

 

バキリ、と二体目の胴体が変な方向に折れ曲がる。

二体目も爆破させ、三体目を突撃させる。そして再複製。

 

「はっ!きゅっ!たぁっ!アハッ!アハハッ!アハハハハ!」

 

みちり、と腕が吹き飛ぶ。爆破、突撃、再複製。パンッ、と胴体が空っぽになる。爆破、突撃、再複製。ドドド、と弾幕を食らい穴だらけ。爆破、突撃、再複製。スパッ、と手刀で頭から二等分。爆破、突撃、再複製。ブチッ、と足刀で首切断。爆破、突撃、再複製。ぐちゃっ、と頭が蹴り飛ぶ。爆破、突撃、再複製。バキッ、と四肢がおかしな方向へ曲がる。爆破、突撃、再複製。ぶぉん、と思い切り投げ飛ばされる。爆破、突撃、再複製。ボンッ、と突然破裂。突撃、再複製。バババ、と弾幕で四肢が引き飛ぶ。爆破、突撃、再複製。

そして時間切れ。ちょっと妖力使い過ぎたかも…。

 

「おねーさん!今のとっても驚いた!」

「それは、何より、です、ね…」

「それでね!とっても面白かった!」

「でしょうね…」

 

わたしの複製を壊すたびに顔が破顔していくのを見れば誰でも分かると思う。

 

「じゃあ次は私!禁弾『スターボウブレイク』!」

 

突如現れる虹を模したかのような七色の弾幕。しかし、その形はすぐに崩れ、矢の如く降り注ぐ。…まずい。密度がかなり濃い。

深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。落ち着いたところで『幻』展開。視界に映る弾幕に向かって進み、打ち消すのを目的とした相殺弾用を十個。

これは、自分の意思で撃って相殺させることが出来て、相手に向かって追尾する妖力弾が放てるなら、勝手に撃って相殺させることも出来るだろうと考えて編み出したものだ。避けるのではなく打ち消すことで被弾を避けるのはいかにもわたしらしい。一応、出来るかどうかは確認済み。

相殺させて無理矢理作った隙間を抜ける。それでも少し楽になる程度で、気合いを入れないとすぐに被弾してしまいそうである。頬を掠める妖力弾に冷や汗が出るのを感じながら意識を集中させる。

 

「むぅ…、前はボコボコ当たったのに…」

「ふふ、わたしだって成長するんですよ。若いですから」

「私だってまだまだ若いんだからー!」

「四百九十五年以上生きててどこが若いんですか!?」

 

吸血鬼にとっては幼子の部類に入るような年齢なのかもしれないけれど…。

それと、この言葉で分かった。もう十分発散されている。当分は大丈夫だろう。そして、いつかは溜めることなく、抑えることなく、我慢することなく、発散することなく、生きていけるようになってほしい。

さて、幕引きだ。

 

「鏡符『幽体離脱・集』!」

「ッ!きゅっ!」

 

密度が濃い分、襲い掛かる複製も多くなる。これなら被弾させれるかなー、と思ったけれど駄目でした。全部まとめて破裂されてしまった。

 

「あー、負けちゃったなー…」

「うぅー、おねーさんにいつもスペルカード使い切りで勝ってる…」

 

しょげているところ悪いけれど、わたしはとにかく被弾しないことばかり考えているんだ。相手に勝つよりも自分が満足いく勝負、というのも少しだけ考えている。まあ、勝てそうなら勝ちに行くけどね。

 

「使えるものは使わないともったいないですからね」

「使い切ったら負けるのに?」

「使わずに終わる方が嫌ですから」

「そっか…。そうだよね!やれることは徹底的に、だよね!」

「それはちょっと違う」

 

 

 

 

 

 

「次はアタイ!」

「いや、私だー!」

「ミスティアー、私と一緒にやるー?」

「いいよ?今度は勝つよー!」

「行くよ!ルナ!スター!」

「お、おー!」

「ええ!」

「…何してるんだか」

 

フランさんとの勝負が終わって降りてみたら、チルノちゃんとリグルちゃんは喧嘩、ルーミアさんとミスティアさんは手を組み、サニーちゃんとルナちゃんとスターちゃんは円陣を組んでいた。

 

「ねえおねーさん」

「何でしょうフランさん」

「次は誰とやるの?」

「…全員?」

「え!?一対七!?本当!?」

 

…言い方間違えた。訂正しようにも、期待に満ちた目で見られたらそれはしにくい。というより、出来ない。機嫌は損ねたくないから。

 

「え、あ、そ、そうですね…」

 

やる気に満ちた七人の元へ歩く途中で「幻香」と慧音に呼び止められた。声音と表情から心配していることが分かる。

 

「…大丈夫か?」

 

フランさんに聞こえないようにするためか、声を潜めて聞いてきた。

 

「さっきのスペルカード戦が?これからのスペルカード戦が?」

「さっきのだ。かなり危うく見えたぞ?」

「ええ、暑いのに寒気を感じるくらいには」

「…いつもあんな感じなのか?それなら――」

「いつもはあれ程じゃないんですよ…。心配してくれてありがとうございます」

「…付き合い方には気を付けろよ」

 

そして、声を元に戻して「ほら、行って来い」と言いながら、七人のほうへ背中を軽く押された。

さて、全員まとめて相手するために的確なセリフは、と。

 

「はい皆さん!一人ずつで来てもわたしがいつも勝ってるんですから、わたしに勝ちたいなら全員まとめてかかってきなさい!」

 

さあ、どうなることやら。

 


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