花見は夜明け前に解散した。持ってきた食料も飲み物もなくなっちゃったからね。
「…うぐぅ、食べ過ぎた…」
けど、流石にあの量を二人で分けるとか無謀だった…。まあ、他の子も要らなそうだったから結局二人で食べるしかなかったわけだけど。
「…起きないと」
日の当たり方から考えて、もう既に昼過ぎ。いつまでも布団に入ってるわけにもいかない。
しかし、いくら昨日、いや夜明け前まで食べてたとはいえ、何もお腹に入れないのはよくない気がする。
とりあえず布団から這い出て、乾燥茸を五個ほど掴み取り水にブチ込んでおく。調味料も少々。戻している間に着替えを済ませ、その後すぐにスープモドキを食べる。
「…不味」
…まだ戻り切ってなかった。内側が乾燥してて変な感じ。それに調味料の味ほとんどしないし…。
◆
口の中でふやかして茸を咀嚼しながら、外へ出る。今日の目的は既に決まっている。妖力枯渇対策だ。
方法についても考えてある。手ごろな大きさの石ころを複製すればいい。その時に過剰に妖力を入れる。完成したそれをネックレスとかにして肌身離さず持ち歩けばいい。
それらしい紐はあとで考えるとして、今は石ころだ。指で摘まめるくらいの大きさがいいと思っている。あと、角張っていないで触り心地がいい石ころじゃないと、普段から首に下げているときに角張った部分が刺さって痛そうとか、出来れば身に着けてて違和感のない色をしていてほしいとか。鈍色は嫌だな。
「あー、見つかんないなぁー…」
ま、簡単に見つかるとは思っていないけどね。けれど、妥協出来そうなものはいくつか見つかったので拾っておく。ちょっと大きいけれど橙色で丸い石とか、手頃な大きさで白色だけどちょっと角がある石とか、ちょっと小さめで角がないけれど灰色の石とか。
あ、そういえば花見に食料をかなり持って行っちゃったから備蓄が少ないんだった。ついでに茸でも拾っておこうかな。
猛毒茸、麻痺茸、錯乱茸、催眠茸、美味茸、劇毒茸、笑茸、食用茸、毒茸、無味茸、致死茸、不味茸などなど。…やっぱり食べれない茸のほうが多いなぁ。
「…お」
思わず声が出てしまった。自分が思い描いていた大きさにほぼピッタリ、真球とまではいかないが角のない球体、僅かに青を帯びた白色の石ころ。まさに目当ての品物。…石ころだけど。
「さて、複製複製っと」
右手で摘まみ、空いている左手に複製。
「…あれ?」
…妖力が減った気がしない。いや、ほとんど減っていないだけだ。まるで普段の複製と同じ感じ。妖力を入れようと躍起になるが、全然入らない。回収してみても、やっぱり妖力量が少ない。おっかしいなぁ…、前はかなり入ったのに。
この石ころが特別駄目なのでは、と思い妥協品でも挑戦してみたがやっぱりほとんど入らない。
つまり、石ころと人、春では何かが違うということだ。真っ先に思いついたのは生物か非生物かだけど、春って生物か?花びらの形をしてたけれど、あれって本当に植物だったのかな…。
そもそも人と春の共通点が見つからない。というより、春がどういうものなのか全く分からないから共通点を見つけようがないと言った方がいいのかもしれないけれど。
「…パチュリーに訊こ」
分からなかったら知ってそうな人に訊く。あれだけの知識があれば何か分かるかもしれないし。
◆
「――と言うことなんですけれど」
「対策は考えてたけれど出来なかった、と」
「…まあそうですね」
いつものように椅子に座って本を読んでいるパチュリーに相談しに来た。長椅子の端に座って続きを聞くために耳を澄ます。
「ねー、何の話してるのー?」
「わたしが死なないために必要なことですよ、フランさん」
「そっか。なら頑張らないとね」
わたしの隣に座るフランさんが囁くような声で話しかけてきたので、同じように小さな声で返事をする。
「…フラン。いつもなら部屋で遊んでる時間じゃない?」
「おねーさんが来る気がしたから部屋を出て廊下歩いてたら見つけたの」
「『大図書館へ行く』と言ったら『じゃあ付いてく』と言ったのでそのまま」
「分かりやすい説明をありがとう」
そう言うと、目を瞑った。きっと今の彼女の頭の中はものすごい速さで思考しているに違いない。
数秒後、目を開き結論を口にした。
「そもそも『春』を見た事ないから分からないのだけど」
「あれま、残念」
「昔読んだ書籍に似たようなものなら載ってたわ」
「…昔にもあったんですね」
「貴女の言う春に合わせて解釈すれば『高いエネルギーを保有する。そのエネルギーを使用して環境に変化をもたらす』ってところかしら」
「前に見せてもらった緋々色金みたいな?」
「最初の部分はね」
人と春の共通点がハッキリした。『エネルギーを保有している』こと。人には霊力、魔力、妖力、神力など様々なエネルギーを、春は環境を変化させるようなエネルギーを持っているということだ。わたしが拾った石ころにはそういったエネルギーがなかったということだろう。
「つまり、そういうものを複製すれば出来る…?」
「前は出来なかったけれど今は出来るんでしょう?…やってみる?」
「そりゃあやってみますよ」
もし出来なかったとしても構わない。それならまた別のもので試すだけだし、他の方法を考えてもいい。今は試行錯誤の時間だ。
「さ、これでいいかしら?」
「おお、前のより小さいですけれど」
「目当ての形状でしょう?」
「ええ」
大きさも形も求めていたものに近い。非常に硬いので、紐を通せるかは知らないけれど。
右手に持ち、左手を開く。そして複製。
「…あれ?」
突然、壁に叩きつけられた。痛みはない。あれ、脚が地面に着かない。重力がおかしい。本棚が壁にくっ付いている?机も椅子もだ。あ、パチュリーが壁に垂直に立ってるなんて凄い。フランさんもだ。…いや違う。これは壁じゃない、床だ。床に倒れたんだ。どうしてだろ。視界が、揺らぐ。霞む。真っ白。明滅。駄目だ、思考が、おかしく、なって、き、た。ねむい…。くらい…。さむい…。
…意識を失う直前、声を聞いた気がした。
◆
「幻香ッ!?」
「おねーさんっ!?」
右手の緋々色金と左手のその複製が床に零れている。幻香が倒れた。複製が完了したと同時に倒れた。
「ねえ!大丈夫!?ねえ!ねえったら!」
「…ちょっと退いてフラン」
肩を掴んで揺らしているフランにちょっと退いてもらい、軽く調べる。
呼吸は、浅いがしている。脈拍は、あるけれど弱い。体温は、普通だけどこれから下がってもおかしくないかも。複製完了と共に倒れたことも加味して、妖力枯渇と思われる。
…妖力枯渇対策の為に妖力枯渇になったら意味ないじゃない…。
「どうしようどうしよう…!何も壊してないのに倒れちゃった…!なんで、どうしてっ!」
「落ちついてフラン…。幻香の妖力が無くなっただけ」
「妖力が無くなる…って死んじゃうってことじゃないの!?」
「…だから今から意識の覚醒を促す」
前は身体的にも妖力的にも危機的状況だった。今回は妖力だけだから前よりマシ、と思いたいけれど、どちらにしろ死にかけていることには変わりない。
「いつ起きてもいいように、すぐ近くに置いていたから」
この意識の覚醒を促す魔導書の効果は、自己治癒能力の飛躍的向上。つまり、自然生成される妖力が格段に加速する。
「――――――――――」
声ではない音が大図書館中に響く。前は問題なかったんだから、今回も問題ないはず。お願いだから、こんなことで死なないで…!