東方幻影人   作:藍薔薇

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第64話

「お邪魔してるわぁ」

「……………………………はい?」

 

翌日の昼前。起きたらスキマ妖怪がわたしの家の中で椅子に優雅に座っていた。…どういうこと?

 

「ところで話が変わるけど、貴方、何かお酒を持っていたわよね?」

「…話始まってないですよ。まあ、持ってますが」

「雀蜂」

「雀酒ですよ。お酒なのに蜂って…」

 

何言ってるんだこのスキマ。

 

「で、それがどうかしたんですか?」

「それを戴きに参りましたのよ」

「みりんで我慢してくれます?」

「ならそれも戴くわぁ」

 

戴くのかよ、調理酒なのに。酒なら何でもいいのか。

 

「参加する人の中に入ってなかったような気がするけれど、貴女が無尽蔵に飲む人ですか…」

「私じゃないわよ。飲むのは」

「だったら今からでも魔理沙さんに言って参加すればいいじゃないですか。いちいち奪う必要なんてない」

「必要なのよ。これからね」

「宴会で、でしょう?」

「ええそうね」

 

ああ、そうか。コイツは何か企んでいる。白々しい肯定からは虚偽しか感じない。

 

「とりあえず、みりんどうぞ」

「ええ、ありが――」

 

手に取ったのを確認してから、即破裂。

みりんを手に取るフリをして複製。あまり入らないと思ったら、予想以上に入った過剰妖力を全て炸裂弾に。ガラス片が飛び散るが、どうせわたしには当たらない。というより当たったら回収される。

 

「くっ…!」

 

まるでダメージを受けていないように見えるので、ちょっと悲しくなりつつ突進。障害となるものは全て複製。布団、机、飛び散ったガラス片とみりん、椅子。触れたと同時に回収する。

破裂したことの反射的行動で、左目を閉じている。だから、死角となる左半身を狙う!

右腕を引き絞り、軽く握る。距離はあと一歩半。

 

「がっ!?」

 

突然、左脚が止まった。いや、違う。左足首が固定されている。何もない空間が避けて出来たスキマに挟まれて。

 

「おぉ怖い。だけどその程度の攻撃、見切れないとでも?」

「…そうですね」

 

複製、ではなく創造。見るからに不完全な包丁。薄紫一色で、斬れるかどうかも怪しいシロモノ。しかし、硬さは十分。その刃を指で挟み、滑らせる。これなら――、

 

「はいそこまで」

「なぁ!?」

 

刃の部分を削りながら回収して無理矢理斬れるようにした包丁モドキを一瞬で奪われた。わたしの手元に現れたスキマから伸びた手に。

 

「…わざわざ左足を斬り飛ばす必要なんてない。その雀蜂とみりんを戴ければそれで」

「ふざけるなよスキマ。何が戴くだ」

「紫よ。八雲紫。スキマなんて呼ぶな」

「ああそうかい。で、その酒で誰を嵌めようとしているの?」

「…さあ?何のことかしら?」

 

思い付きで言ったけれど、そうなんだ。誰か嵌めようとしてるんだ。どうやるかなんて知らないけれど、無尽蔵に飲む人を嵌めようとしていると思う。

だけど、こんなのは八雲紫の表情と雰囲気から予想した想像だ。もっと情報が欲しい。

 

「わたしから奪う理由は?」

「私の高いお酒を零したから」

「古臭いこと持ち出しますねぇ!」

 

忘れてたよそんなこと。飲みたくなかったんだからしょうがないじゃん。絡み酒なんてするから悪いんだよ、多分。

 

「それで、お酒は何処かしら?教えてくれれば離してあげないこともない」

「…そことそこ」

 

そう言うとすぐにスキマから手を伸ばして取った。その手には確かに雀酒と書かれた瓶とみりんと書かれた瓶が握られている。

しかし、あんなワイングラス一杯分程度零したからって酒瓶二本分はちょっと酷くない?

 

「ちょっと時間経っちゃったから多めに、ね」

「…ちょっと増え過ぎじゃないですか?」

「そうね。一八.二〇九一五二六九〇八一二一四九八七六一六――」

「もういいですよ!」

 

大体十八倍ってことが分かれば十分だから。そもそも本当かどうかも分からないけれど。

 

「確かに戴いたわ。まさか貴女が参加するなんて思ってもなかったわ」

「渡してから言うのも悪いんですけど、そのお酒ないと霊夢さんに酷い目に遭わされそうなんで返してほしいですね」

「大丈夫よ」

「何処が大丈夫ですか。わたしが酷い目に遭ってもって意味だったら嫌なんですけど」

「そうじゃないわよ。今夜は誰も持ってこないから」

「……は?」

 

そしてスキマを開けたと思ったら、そのまま家から出て行ってしまった。…扉から出入りしないんだ。

 

「…一体、何のために…?」

 

さて、僅かに得られた情報から予想しよう。ちゃんとした理由がないと何だか嫌だ。つまらない理由で奪われたなんて考えたくない。

まずは『まさか貴女が参加するなんて』と言っていたから、わたしが参加することは予想外だったということになる。それを知っているのは魔理沙さんと咲夜さんとフランさん。それと、咲夜さんかフランさんから情報が伝わっていればレミリアさんとパチュリーも。場所を提供するんだし、霊夢さんにも伝わっていそう。

次に『今夜は誰も持ってこない』ということは、宴会参加予定の人全員からお酒を奪うということではないだろうか?宴会が行われないという意味だと、そもそも持って来る場所がないから持って来ようがないと思うし。

最後に、八雲紫の表情と雰囲気から予想した想像だが、誰かを嵌めようとしている。お酒を無尽蔵に飲む人を。しかし、どうやってその人を嵌めるか?

宴会を中止にして、は違うか。どうせ三日置きに行われるんだ。一回くらい潰れても関係なさそう。それに、さっきの発言と矛盾していそうな気がする。

その酒を処分して罪を擦り付ける、は候補になるかも。上手くやれば霊夢さん辺りを引っ張って来れる。しかし、何故本人がやらない?あのスキマを使えば不意討ちだろうと闇討ちだろうと容易だろう。

その酒を一人で飲み干す、のは一応候補。無尽蔵に飲む人の分まで飲めばある意味嵌めれている、かな?私の分まで飲みやがってー、みたいな?…微妙。

 

「…駄目だ」

 

今持っている情報だと、これがわたしの限界だ。見落としや思い違いは普通にあるだろうけれど、それを見直すための情報もない。

 

「さて、どうしようかな…」

 

参加予定者は、パチュリー、咲夜さん、レミリアさん、霊夢さん、魔理沙さん、アリスさん、妖夢さん、幽々子さん。この八人に、八雲紫がお酒強奪するつもりだ、と伝えるくらいしか対策は思い付かない。伝えるついでに、何か情報を得られれば嬉しい。

しかし、この中ですでに奪われている可能性が高い人はパチュリー、咲夜さん、レミリアさん、霊夢さん、魔理沙さん。残りの三人のうち、アリスさんしか場所を知らない。じゃあ、彼女の家に行くか。

いや待て。同じ魔法の森に住んでいるんだし、次の標的は彼女なのでは?けど、八雲紫はスキマを使って移動した。そのスキマの有効範囲が分からない。何処からともなくお酒を取り出していたし、かなり広いかも。

 

「…考えても仕方ない、かな?」

 

全員がすでに奪われている可能性があるが、全員奪われているわけではない。なら、一番奪われていなさそうな人のところに行けばいいか。

 

「…霊夢さんだよなぁ、やっぱり」

 

真っ先に思い付いたのは霊夢さん。特に理由はないけれど、勘というやつだ。

 

「さて、行く前にちょっと確認っと」

 

本棚の下段に入っている本を一気に引き抜く。その重さは、本だけとは思えないほどの重さだ。

 

「…よし。盗られてなかった」

 

表紙から背表紙にかけて何冊も穴が開いており、その中には雀酒と書かれた瓶が収まっていた。複製ではないことも分かる。中身も抜かれているようには見えない。蓋を開けて臭いを嗅いでも、お酒特有の臭いを感じる。本物だろう、と確認し終えたので、そしてそのまま本棚に仕舞う。

簡単に渡すと思った?渡すわけないじゃん。ミスティアさん曰く、伝説のお酒だよ?そこら辺に置いとくなんて不用心だ。

 

「さて、霊夢さんのところにでも行きますか」

 

途中で参加予定者に会えたら、ついでに伝えよう。…まあ、こんなところから博麗神社に行っている人なんていないと思うけれどね。

 


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