東方幻影人   作:藍薔薇

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第67話

「うげっ」

「はい到着」

 

背中から落ちたが、どうにか雀酒は死守し、そのまま周りを見回す。開けた草原で、周りには木々が生い茂り、薄らと霧がかかっている。森林の中に空いた空洞のような場所だ。その真ん中には、数々の酒瓶と思われるものが置かれている。…何処ここ?

近くにある複製は、わたしの所有物を除けば、みりん、包丁モドキ、八雲紫の複製(にんぎょう)二体、樹、そして酒瓶。

 

「さ、そのお酒をとっとと渡して頂戴」

「あー、ここまでしてくるとは予想外ですよ…」

 

諦めて雀酒を投げ渡す。

 

「全く、余計な手間掛けさせる…」

「宴会に持っていくお酒を奪っていく貴女に言われたくないですよ…」

「言ったじゃない。このお酒は宴会に必要だって」

「ここで秘密の宴会でも開くんですか?」

「何を言ってるのかしら?博麗神社でに決まってるじゃない」

 

…ちょっと待った。誰かを嵌めるために使用して、そのまま持ち帰るつもりだったのか?

 

「…自分で買えばいいのに…」

「必要だったのよ」

 

わざわざ宴会参加予定者からお酒を奪わないといけない理由…。

 

「宴会参加者全員からの敵意を得るため」

「正解」

 

予想の一つが当たっていたらしい。持ち帰るつもりなら、処分することは出来ない。つまり――、

 

「これから嵌める予定の相手に対して『貴女のせいにする』と言うつもり」

「あら、分かってるじゃない」

 

冤罪。八雲紫がやろうとしていることはそれだ。

宴会に持っていく予定のお酒をこのまま返さなければ、参加者全員が総出で相手を叩く。…多分、八雲紫も一緒に。下手したらわたしも。いや、相手は『お酒を無尽蔵に飲む』人なんだ。なら『コイツが飲んじゃったんだ』って言えば、逃げれる…かも。

 

「だけど、どうしてわざわざわたしを?必要ないでしょ」

「まあ、そうね」

「だったら」

「興味があるのよ」

 

興味?…そういえば、さっき『そこまで精密な創造』って言ってたっけ。

 

「その創造の能力に。…予定とは違うけれど、まあ許容範囲かしら?」

「それにしてはやけに気に食わない顔してますね」

「貴女がそんな顔をしているからよ」

「自分の顔、嫌いですか?」

「何を言ってるの?大好きよ」

 

…つまり、この鏡写しの顔が、わたしの性質が気に食わないと?…わたしだって好きでこんな顔してるんじゃないよ。

八雲紫を視界から外し、使う予定のない複製、八雲紫二体と樹を回収する。八雲紫が投げたであろう包丁モドキが足元に刺さったので、それも回収する。

 

「だけどね、貴女は勘違いをしている」

「…何かしら?」

「『創造』なんて、大層な能力じゃないよ。もっと不便で、もっと使い勝手が悪くて、もっと使い物にならない能力」

「……………」

 

酒瓶の山に目を遣り、そのうちの一本、どぶろくと呼ばれていたものを右手に複製する。

 

「わたしの能力は『ものを複製する程度の能力』。『創造』の足元にも及ばない、つまらない能力。精密な、何て言われても、わたしから見れば、まだ足りない。中身も、性質も、性能も、どれもこれも」

 

それでも、いつか『創造』の域まで昇華する時が来るかもしれない。わたしは、信じてるよ。妹紅さん。

 

「そう」

「だから、興味なんて持つだけ無駄ですよ。最低でも、今は」

「…まだ、許容範囲内ね」

 

そう言う八雲紫の表情は美しく、しかしそれ以上に残酷なまでに醜く歪む。口元は三日月の如く吊り上り、目付きは極限まで細く狭まり、その奥の眼光がわたしを射抜く。

しかし、その表情も一瞬のこと。気付いた時には、何処から見ても普通な微笑みになっていた。

 

「さて、お話はこのくらいにして、と」

「それで、その嵌める相手がいないみたいですけど?」

「これから呼ぶのよ」

 

目を閉じて耳を澄ます。意識して、自分と八雲紫の出す音は排する。かなり小型の四足の生物、多分鼠が少し。鳥も飛んでいる。虫もいる。だが、布が擦れる音のような、人特有の音は聞こえない。

音は諦め、目を開く。すると、いつの間にか周りにあった霧がやたらと濃くなっていた。

 

「何これ」

「霧を(あつ)めているのよ?」

「霧…、妖霧」

「そう言えばあの子も気にしてたわねぇ」

 

妖霧そのものが嵌める相手、ってことかな?霧になるような人、いや、もう妖怪で確定でよさそう。…吸血鬼?

 

「フランさんとレミリアさん以外に吸血鬼が?」

「惜しい」

「…じゃあ何です?」

「本人にでも聞いて頂戴」

 

霧が一ヶ所に萃り、形を成してゆく。薄い茶色の長髪に真紅の瞳。紫の瓢箪と三角錐、球体、立方体の物体を鎖で繋いでいる。そして、最も目立つものはその頭の左右から身長と不釣り合いに長くねじれた二本の角。

コイツが、八雲紫が嵌める、酒を無尽蔵に飲む、妖霧の犯人。

 

「さぁ、そろそろ遊びはお終いよ」

「あれ~紫~、どうしたの?」

「みんなを操って萃め続けるのもいいけど……。いい加減にしないと、そろそろ誰かが気付くわ」

「連中が気付く訳が無いでしょ?それに気が付いたとしてもねぇ。私は鬼よ。何にも恐れる事は無いわ」

 

二人が、わたしのことなんか眼中にないように話を進める。それは何だか悔しいので、話に割り込ませてもらおう。

 

「たった一人で全員に勝てるの?」

「何を企んで――へえ、こんなとこにお仲間がいるとはね。ここにいるのは私だけだと思ってた」

「……仲間?」

 

彼女ってドッペルゲンガーなの?こんな角が生えてるものなんだ。知らなかった。わたしには生えてないよ。

そんなことを考えているうちに話は戻る。

 

「今日の宴会にはある筈のお酒が無いのよ。このままお酒を宴会に持っていかなかったらどうなるかしら?」

「二人が殺されるんでしょ?」

「あら、そうかも知れないわね。でも、私は貴女が全部飲んでしまったと言う。幾らなんでも私一人で飲める量じゃないしね」

「そこのボーッとしてるのなら飲めるでしょ?」

「残念ながらお酒を頑なに飲まない子だからねえ。…ね?」

「え?あ、そうですね…?」

 

ごめん、話聞いてなかった。ちょっと視線が痛い。

 

「そこにどう見てもお酒が好きそうな萃香が居るの。素敵ね。全員を敵に回す事になるわ。私も彼女も貴女も」

「勝手に巻き込まれてる…」

「いつもながらやり方が汚いよ」

「さぁ、貴女はもうみんなの前に姿を出すしか無いわ。そうすれば貴女の能力もバレる。もう、宴会は自由意志ね」

 

ふむ。彼女の能力で宴会は開かれていたのか。…人に影響を与えるって感じかな?魔理沙さんが宴会を開いているみたいだし。

 

「でも~、みんなの前に出ても、私らはみんなの敵のままじゃないの?そのお酒は紫が奪ってきたんでしょ?」

「あら、そうかも知れないわね」

「わたしも被害者ですよ…」

 

わたしの呟きは二人に届かなかったようである。

 

「でも大丈夫。貴女の瓢箪を宴会で出すのよ。幾らでもお酒が湧くのでしょう?大喜びよ」

「もっといい方法見つけたんだけど」

「おいそれとバックれるのかしら?」

「全部紫の所為にするの」

「お、非常に分かりやすい」

 

こっちは冤罪じゃないからね。これは上手くいく。皆して被害者だし。

 

「と言うか、最初から紫の所為の様な気もするけど。そのお酒と一緒に連中に送りつけてやるわ!」

「じゃ、あとよろしく」

「はぁ!?ちょっ!ふざけんな!」

「貴女のその意地の悪い奇策とせい…格に期待してるわよ?」

 

そう言ってスキマの中に逃げてしまった。…逃げてよかったのか?

 

「うわ、バックれたよ…」

「はぁ…、しょうがないか…」

 

八雲紫の代わりに、何とかしないといけないんだろうなあ…。わざわざお酒をそのまま置いて行くあたり、わたしの逃げ場まで奪われている。しかし、このままただボコられてわたしの所為にされて、なんて悲しすぎる。

…ついでにわたしも嵌められた気がする。

 

「ま、紫じゃなくてもいいか。コイツの所為にして送りつければいいや」

「…やっぱり」

「仮にも鬼なんだ。酒嫌いを隠せば何とか…」

「…鬼?」

 

そういえば、さっきも言ってたような?つまり、ドッペルゲンガーって鬼なの?…いや、そんなわけないか。

さて、皆のお酒を護るため、わたしの安全を守るために、コイツを何とかしないとなぁ…。

 


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