東方幻影人   作:藍薔薇

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第7話

勝負は付いた。私の勝利だ。緊張を解くように、ゆっくりと長く息を吐く。目だけを動かしてアイツを見てみると、眠るように気絶している。服もかなりボロボロだ。

 

「幻香っ!」

 

声がしたほうを向くと、紫色の魔法使い――たしかアイツはパチュリーと呼んでいたか?――が飛んできた。表情だけで相当心配していることが分かる。そして、アイツの元へ駆け寄った。

アイツとのスペルカード戦は、なんとも言えない感じがした。弾幕の間を縫うような回避が出来ずに、大きく避けていた。隙が生まれたと思い攻撃すれば、どうせ被弾になるのに左手で顔を防御しようとした。このあたりで「ああ、コイツ初心者だわ」と分かった。だが、アイツは何処からともなく本を出し、防御して見せた。

1枚目のスペルカード、魔符「スターダストレヴァリエ」を放ったときは、この弾幕ならどんなに大きく避けても当たるだろ、と軽く考えていた。しかし、避ける際に有利な遠距離への移動を素早く判断してみせた。それを見てすぐに弾幕の量を増やしたが、アイツはスペルカードを使って、一瞬でほとんど全てを掻き消して見せた。今まで数多のスペルカードを見てきたが、あんなスペルカードは見たことがない。結局時間切れになり、被弾させることは出来なかった。

「初心者なのに被弾しない」。咄嗟の防御、被弾しないための判断力、スペルカード。アイツから『才能』を感じるには、これだけで十分だった。だが、私は才能で自然と上がっている奴に、努力で勝利したい。これは霊夢を見ていつも思っていることだ。ついでに、私と同じ顔をしている奴が才能を持っているのは相当腹が立つ。だから、アイツを本気で叩きのめした。

すると、霊夢がこちらに飛んできた。顔がニヤついているが、何か面白い事でもあったのか?

 

「遅いじゃないの」

「あー、悪かったな」

「結構本気出しちゃった感じ?」

「…そーだな」

 

正直に言いたくないがそう言うと、霊夢は腹を抱えて笑い出した。こんなに笑うのは珍しい。

 

「アイツ、幻香だっけ?あれで初めてなんだってさー。そんなのに本気とか」

「……そうかよ」

 

どうやら私の見立ては正しかったようだが、初めてのスペルカード戦であれだけ健闘して見せたアイツは、やはり私と違って才能ってやつを持っているんだろう。少し、嫉妬してしまう。

 

「しかも最後に油断して一発くらっちゃって」

 

霊夢が私の右肩を指さしながら言う。指差すところは、最後の最後に、恋符「マスタースパーク」の中を通ってきた1発の弾が被弾した場所だ。服の布を少し破り、肌がわずかに露出してしまっている。

正直、本気を出してからは一発の被弾もせずに終わると思っていた。実際、アイツの弾幕は直進追尾妨害炸裂とバリエーション豊かな弾幕を張っていたと思ったら、いきなり全部が炸裂弾に変わり、また元に戻った。そんな弾幕は全部避けきり、妖力スタミナ共に尽きたと思ったアイツに、止めを刺すつもりで放ったスペルカード。大抵の弾幕ならかき消してしまうほどの魔力の濁流。それを難なく突破した妖力弾に被弾してしまったのだ。悔しさで歯噛みしてしまう。が、力を抜いてゆっくりと口を動かす。

 

「勝てば英雄さ」

「そうかもね」

 

霊夢はそう返して、アイツを護るように抱きかかえているパチュリーのほうを向く。

 

「さて、貴女、紅い霧の首謀者を知ってるかしら?」

「ええ、知ってるわ」

 

チラリと意識を喪失しているアイツを見てから続きを語る。

 

「レミィ。レミリア・スカーレットよ」

「そう」

「分かったならさっさとここから出てって」

「そう怒るなって」

 

こちらを睨んできたパチュリーを落ち着けようと少しだけ思い放った言葉は、ものの見事に無視され、言ったときには顔がこちらに向いていなかった。既に意識はアイツにしか向いていない。

気づいたら、霊夢はもう大図書館から出て行ってしまった。慌てて後を追いかける。

 

「生きてるわよね、幻香?」

 

そんな囁くような声が背中から聞こえた。

 

 

 

 

 

 

とりあえず生存しているか、軽く検査する。

 

「脈拍は――ある。呼吸は――してる。体温は――少し低いかしら?」

 

生存確認。安静させるためには、横にしなくてはいけない。スペルカード戦後で、普段使わない筋肉が悲鳴を上げているが、何とか抱きかかえて布団のある位置へ移動する。そして律儀に畳んであった布団を広げて、そこに寝かせる。横に全く同じと言いたくなる布団が畳んであったが、どちらが本物かは分からなかった。だが、今はそんなことはどうでもいい。

 

「確かあのあたりに意識の覚醒を促す魔導書があったはず…」

 

記憶を頼りに本棚を探し、1分も経たずに目的の本を見つけ出す。その場でページをめくり、目的の呪文を見つけてから幻香の元へ戻る。そして横に座り、呪文を唱える。

 

「――――――――――」

 

声ではない音が大図書館中に響く。どうか、早く目覚めて欲しい。そして、あのコロコロと変わる表情をまた見せてほしい。

 

 

 

 

 

 

暗転した世界に一筋の光が漏れ、意識が浮上し始める。温かくてフワフワとした感触を全身に感じながら、ゆっくりと体を起こした。ロッキングチェアに座って本を読んでいるパチュリーさんが目に入る。

 

「おはようございます…?」

 

すると、パチュリーさんの顔がこちらに向き、手に持っていた本を机に置き、こちらに駆け寄ってきた。

 

「よかった、目覚めたのね?」

 

そう言っているパチュリーさんの眼元が少し光っている。心配させてしまったかな…。けれど、パチュリーさんが元気そうで何よりだ。

 

「私のためにあんな無茶して…」

「それは、ごめんなさい…」

 

確かに、妖力スタミナ共に枯渇し切ってしまったのは事実だ。その後、気を失ってしまったのも。ん?そういえばどのくらい眠っていたのだろう?

 

「あのー、そういえば、今っていつなんですか?」

「今日は――月――日よ」

 

うわあ、あれから二日も経ってるじゃないですか。さっきまで気にしていなかったけれど、窓から見える空がとても明るい。紅い霧はすでに晴れている。つまり、レミリア・スカーレットが退治されたということだろう。

 

「あの、レミリアさんは…?」

「レミィなら咲夜を連れて博麗神社へ宴会に行ってるわ。霊夢のことが気に入ったみたいね」

「誰ですか、その霊夢って」

「あの巫女のことよ。博麗の巫女」

「パチュリーさんは行かないんですか?」

「わたしはあんまり外に出たくないし、貴女が心配だったから断ったわ」

「わざわざありがとうございます…」

 

霊夢って、あの紅白巫女のことか。つまり、既に和解しているということだろう。

その宴会は霊夢さんや霧雨さん、十六夜さんにレミリアさんが仲良くお酒を飲み交わしていることだろう。

霧雨さんに挑発したのは、パチュリーさんのためだ。わたしとしては仲良くしたい。同じ魔法の森に棲んでいるわけだし。

あ、そうだ。

 

「あの、わたしのスペルカード戦、どうなりました?3-0なのか3-1なのか、気になるんですけど!」

「3-1よ。あの魔法使い、結構悔しがってたわよ?」

「最後の弾、当たったんだ…。嬉しいなあ」

 

そのまま談笑をしていたら、妖精メイドさんが食事を持ってきてくれた。布団から這い出て、畳んである複製した布団を妖力として回収する。正直、まともに動くための妖力が少し足りなかったから仕方ない。服装を見てみると、相当ボロボロになってしまったメイド服だった。新しい服が欲しい…。

食事をしてから、複製したままほっといていた多数の本と上下に分断された本棚を回収した。うん、もう十分な量の妖力を得られた。妖力もあるし、新しい服を創ろうかな。妖精メイドを呼び止めようと思ったが、パチュリーさんの服にしようかな。わたしはパチュリーさんと友達になりたい。友好を示したいけれど、今出来るのはこれくらいしか思いつかない。

パチュリーさんの元に戻ってからお願いをする。

 

「パチュリーさん。その服、貰ってもいいですか?」

「え?ええ、いいわよ」

 

一瞬驚いたが、意味が分かるとすぐに表情を戻して笑顔を浮かべた。裾のあたりを掴んで何枚も重ね着しているだろう服をまとめて複製する。ついでに髪を留めているリボンも創り、最後に、三日月の飾りの付いた帽子を創る。

それら全てを持って本棚の裏へ行く。ボロボロのメイド服は妖力として回収した。そして、一枚ずつ重ね着をして、髪を結ぶ。最後に帽子を被れば完成だ。メイド服より遥かに着やすかった。

本棚から出てから、腕を広げて見せびらかす。

 

「じゃーん。どうですか?」

「ええ、良く似合ってるわよ。服まで同じだと、鏡から飛び出てきたみたい」

 

私は少し嬉しくなって、頬が緩む。

そういえば、かれこれ何日くらいお世話になったんだろう?えーっと、眠っていた時も含めれば、3泊4日。うわ、結構長く泊まらせてもらってしまった。これ以上長居するのは悪いかもしれない。

 

「あ、そろそろわたしは帰りますね」

「大丈夫?さっきまで倒れてたのに」

「妖力は十分回収しましたので、多分大丈夫ですよ」

「そう…。無理はしないでね」

「はい、分かりました」

 

歩いて出入口の扉の前に立つ。壊されていたと思ったが、もう修理されているようだ。

扉に手を触れたときに、一つ思いついた。友達になるために出来ること。これだけでもいいんだ。

わたしはパチュリーのほうを振り向いて口を開く。

 

「また、遊びに来てもいいですか?パチュリー」

「――!ええ、いいわよ幻香。またね」

 

そう言ってお互いに微笑む。パチュリー自身が鏡写しのようだと言っていたんだ。今、全く同じように微笑むことが出来ていると疑わなかった。

 


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