大図書館から出て、廊下を歩いて数分。フランさんに会った。…物凄く不機嫌な顔で今にも壁を殴りそうな感じの。
「…あ、おねーさん」
一瞬表情が緩んだが、すぐに元の不機嫌そうなものに戻ってしまった。一体何があったんだろう?
「どうしました?」
「…酷いのよ。お姉様がね」
「…?レミリアさんが?」
「そう」
壁に背中を預け、コツコツと踵を壁にぶつけて始めた。…あ、壁にひびが。
「お姉様がね!勝手に私のお菓子を食べたのよ!」
「…お菓子?」
「そう!」
その不満が噴出し、右腕を思い切り壁に叩きつける。バギャァ!と言う嫌な音を発して壁に大きな穴が開いた。
…レミリアさん、お菓子抜きにすると壁を壊されることを危惧していなかったっけ?それなのに何してるの…。
「この怒り、どうしてくれようかしら…!」
「そんな苛ついてたら駄目ですよフランさん」
「だって…!」
親指に軽く人差し指をひっかけ、フランさんの額に人差し指を弾く。
「痛っ」
「怒りは爆発的な力を生む反面、視野を狭める。そんな状態だと出来ることも出来ませんよ」
「…むぅ」
ふくれっ面になってしまったが、とりあえず怒りが少しは収まった。さて、どうしようかな?
「フランさんはどうしたいですか?」
「復讐」
「物騒ですね…」
「一発や二発じゃ気が済まないわ」
「じゃあ好きなだけ当てちゃいましょうか」
「え?」
幻想郷には争い事を解決するのにちょうどいいものがある。
「レミリアさんにスペルカード戦を申し込みましょう。ルールはそっちが決めてください。わたしも付き合いますよ」
◆
レミリアさんの部屋に一人で向かう。一つは、スペルカード戦の申し込みをするため。もう一つは、何故フランさんのお菓子を食べたのかを訊くためだ。そのために、フランさんにはレミリアさんをコテンパンにするための作戦を考えてて、と言って部屋に帰した。
「お邪魔します」
「誰ー?」
「だらしないですね…」
「うっさい」
机に突っ伏している人にだらしないと言って何が悪い。
「フランさんに頼まれてスペルカード戦の申し込みに来ました」
「あー、やっぱり怒ってた?」
「かなり」
「やっちゃったかしら…」
「なら食べなければよかったのに」
「間違えたのよ」
「ふーん」
間違えてフランさんのお菓子を食べた?…代わりに自分のを上げれば許されたかもしれないのに。
「悪いけれど私の分も食べてたのよ」
「二人分食べたんだ…」
「ホールのケーキを出されて一人で全部食べただけ」
「そしたらフランさんの分と一緒に出されていた、と」
「今度から咲夜にはちゃんと切り分けておくように言ったわ」
今後のことより今のこと。とりあえず、フランさんの些細な怒りを受け止めてあげて欲しいと伝えると、仕方なさそうに頷いてくれた。
「けど、手加減なんかしないわよ?」
「その理由は?」
「そんなことしたらもっと怒るのよ、あの子」
「………どうしよ」
手加減なしの吸血鬼同士のスペルカード戦に付き合うって言っちゃったよ。わたし、大丈夫かなぁ…?
◆
約束の時間。場所は非常に豪華なカーペットが敷かれたかなり広い部屋。…壊れたりしないか心配だ。
スペルカード戦といっても、軽い、それこそ妖精同士がするような優しい喧嘩を想像していた。しかし、フランさんの表情はやる気に満ち溢れ、レミリアさんも不敵に笑っている始末。…わたしみたいな弱っちい妖怪が、しかも残っている妖力量が少ないのに参加して大丈夫かな?
「お姉様!今日という今日は許さないわ!」
「その程度で心を乱すなんて器が小さいわ。同じ吸血鬼として恥ずかしい」
「ハッ!私に負けて三日もいじけてたくせに!」
「なっ!それは、その、あの、そう!演技よ演技!簡単に騙されるなんてまだまだね!」
…絶対今考えたな。目がこっちを向いてない。明後日のほうを泳いでいる。
フランさんはというと、やっぱり嘘だと分かっているようで、全く聞いていないようだった。
「行くよ、おねーさん!」
「それなりに頑張りますよ」
「駄目よ!お姉様をコテンパンにするんだから!」
「…全力でいかせてもらいますね」
「その意気だよ!」
ルールは単純。スペルカード五枚、被弾五回。フランさんと私はスペルカードも被弾も共有する。フランさんに作戦を言われたのでそれに従うけれど、…足引っ張らないようにしないとなぁ。
前触れもなくフランさんが駆け出し、スペルカード戦が始まった。
「禁弾『カタディオプトリック』!」
そう言うと、大型の妖力弾を次々と放つ。その軌跡には中型、小型の妖力弾が追随する。…やっぱり濃いなぁ…。
『幻』展開。追尾弾用を二十個。速度は超低速から最速まで規則なしに。残りの二十個は待機。状況に応じて直進弾や阻害弾、打消弾などに変えていこう。
「その程度!」
「甘いよお姉様!」
壁にぶつかって、壁を破壊して終わりだと思ったが、意外にも壁はほぼ無傷で跳弾した。跳ね返る弾幕。閉鎖空間で真価を発揮するスペルカード。
跳ね返った弾幕を辛うじて避けたレミリアさんは、スペルカードを宣言した。
「紅符『スカーレットマイスタ』!」
「うわっ!」
真っ紅な弾幕が室内を染め上げる。当たらないのが精いっぱいだよ本当に!早速待機している『幻』の十個を打消弾用にし、無理矢理安全圏を作る。しかし、これほどの弾幕。打ち消すのは惜しい。
「鏡符『幽体離脱・散』」
「…!うわっと!」
うげ、やっぱりこれだけの量だと妖力を結構持ってかれる。あと一回くらいなら出来るだろうけれど、もう一回は無理そう。
フランさんの作戦一つ目。鏡符「幽体離脱」を弾幕が濃い時に使う。
それにしても、これだけ一気に増えたのに躱せるのか…。あ、フランさんの弾幕の複製が跳弾した。
「嘘っ!ぐっ!」
「ナイス!おねーさん!」
背中に思い切り被弾。
「よくもやってくれたわね…」
「アハッ!お姉様服ボロボロ!」
「お気に入りだったのに!もー!」
「…そんな服着なきゃいいのに」
そんなわたしの呟きは頬すれすれを掠めた弾幕によって掻き消されてしまった。おっと、被弾したからってスペルカードが止まるとは限らない。大抵は途切れちゃうものだけどね。
…ああ、地上で避けるのはちょっと無謀だったかも。既にそこら中が抉れて凸凹になっちゃってるし。
「次ッ!禁忌『フォーオブアカインド』!」
「前と同じようにはいかないわよ!紅符『ブラッディマジックスクウェア』!」
速攻の一撃を躱し、レミリアさんを中心に弾幕が花開く。おっと、急に崩れないでほしい。被弾したらタダじゃ済まないことは確定なんだから。
「アハッ!」「お姉様!」「お菓子の仇!」「食らえ!」
「四人に分かれたところで、何も変わらない!」
そう言うと的確に、一人ずつ潰すつもりのようだ。…ついでにわたしも。あ、一人やられた。偽物みたいだったけど。
被弾、というわけではないが当たるつもりではなかったようだ。その眼は、このまま一気に決めるつもりの眼だ。
「こうなったら!」「レーヴァテイン」「六刀流で!」
「ちょっ!それは流石に洒落にならないわ!」
「わたしも一本出しますので七刀流になりますよ?」
「そうすれば勝てるのに痛い目見る
慌てふためいても仕方がない。わたしはフランさんに従うだけ。作戦二つ目。レーヴァテイン九刀流。しかし、一人やられてしまったので二本減ってしまった。
実は、最初から勝つつもりなんかない。レミリアさんのコテンパンにするためだけに申し込んだんだから。これが最後の作戦。勝利よりもコテンパン。
「「「禁忌『レーヴァ――」」」
「複製『レー――」
突然、物凄い音を立てながら扉が勢い良く開いた。
「…騒がしいと思ったら、何をしているのですか、お嬢様、妹様」
「お姉様をコテンパンにするの!」
瞬間、部屋中にナイフが出現。刺さることも掠ることもなかったけれど、かなり危ない軌道だった。わたし達三人は誰かが提案するまでもなく、スペルカード戦を止めた。
咲夜さんが部屋を見渡す。穴の開いた壁。抉れに抉れた床。今にも崩れそうな天井。もう使い物にならなさそうなカーペット。その他、復元不可能そうな装飾品。
「…喧嘩はそこまでにして、どうしてこうなったか私にしっかりと言ってください」
そう言い放つ咲夜さんの表情は、当分夢に出てきそうなものだった。当然、悪夢に出てくることになるだろう。
しっかりと話した結果、わたし達はかなり怒られた。…二時間くらい。それに加え、レミリアさんは明日のお菓子が抜きになった。