「チルノに勝ちたい」
「…はい?」
やることもなく、いつもの樹に向かって石ころの複製を投げていたら、突然リグルちゃんがわたしの目の前に降りてきた。そして言った。こんな朝早くから突然何を言っているんだろう?
「そもそもよくわたしがここにいるって知ってましたね」
「大ちゃんから聞いた」
確かに、大ちゃんはここにあるわたしの家を知っている。魔法の森という比較的迷いやすそうな場所だが、無事に到着出来たことにホッとする。
「で、どうしていきなりそんなことを?」
「…チルノに勝てないから」
うん、非常に分かりやすい。しかし、勝てないからってどうしてわたしのところに来るんだろう?何処か人気のないところでコッソリと努力を重ねればいいと思うんだけど。
「最近、チルノがメキメキ強くなってさ。でっかい氷をぶつけたり、弾幕を凍らせたり、湖の表面を滑ったり…」
「へー、湖を滑るんですか。うーん、涼しそう…」
「勝ったらいつも言うんだよ。『まどかは凄いんだ』って。『凄いこといっぱい知ってる』って」
「ちょうど夏なわけだし、火の精霊よりも水の精霊にお願いしようかな?」
「だから私も幻香に何か学ぼうと思って来たんだ」
「けど、聞いてくれるかなぁ?何度やっても聞いてくれないし…」
「…ねぇ、聞いてた?」
「聞いてましたよ。つまり、負けるのが悔しいんでしょう?」
一目見たときから劣等感は感じていた。誰に対してどうしてそう感じているかは分からなかったけれど、チルノちゃんに対して負け続けて感じていたんだね。
「と、いってもねぇ…。近づけば氷塊、弾幕は凍らせる。滑ることで接近も退避も容易。なかなか難しい」
「…幻香ならどうするの?」
「氷塊は相殺。氷は穿つ。滑るのは阻害弾で移動を制限して当てる」
「…どれも難しそう」
「誰しも向き不向きがあるんだから、長所を伸ばすのも、短所を補うのも自由」
「いきなり何言ってるの?」
しかし、短所を補うのは難しい。長所を伸ばすほうが簡単だ。
リグルちゃんの長所。虫を使役出来る。比較的軽い身のこなし。すぐに思いつくものはこの二つ。これを使ってチルノちゃんに対抗する…。
「リグルちゃん」
「何?何か思いついた?」
足元に落ちていた石ころをリグルちゃんに見えないように自由落下。リグルちゃんの額に指先を向け、地面に着く瞬間の速度で指先に複製し、発射する。
「っ!うわっとぉ!」
「うん。避けれるよね」
「いきなり何するんだ!」
「これが避けれるなら氷塊なんて大きなもの、簡単に避けれるでしょう?」
「え?」
対抗する必要なんてない。避けるのだって、立派な戦術だ。
「さ、特訓ですよ」
◆
「よいしょっと…。うーん、意外と重いなぁ…」
「ほ、本当にやるの?ねぇ?」
わたしは今、手頃な大きさの岩を複製し、握りやすいように削り取ったものを持っている。大きさはチルノちゃんの氷塊「グレートクラッシャー」と同じくらい。
複製「巨木の鉄槌」はすぐに振り下ろしているから、あれだけの重さでもあまり問題はなかった。だけど、今回は握り続け、振り回さないといけない。氷と違って岩は重いのだ。
「やるに決まってるでしょう?大丈夫ですよ」
「全然大丈夫じゃないでしょ!?」
「チルノちゃんと比べたら振りが遅くなりそうですし」
「そういう問題じゃないし!当たったらどうするのさ!」
「…名誉の負傷?」
「不名誉だよっ!」
まあ、名誉だろうと不名誉だろうと傷は傷。どう思うかは本人次第。まあ、こんなことで出来た傷に名誉も不名誉もないと思うけれどね。
「まあ、やらないと特訓になりませんし。ちょっと振る練習してからにしますから」
「…分かった。ここまで来たらやってみせる」
うん、いい目つきだ。やる気もあるみたいだし、わたしはそれに応えるだけ。
持ち上げて振り下ろしたり、肩に担いで薙ぎ払ったりするが、岩の重さに体が振り回されてしまう。わたしが岩を使うのではなく、岩にわたしが使われているような感じだ。
…あ、そうだ。
「ちょっと失礼」
「いきなり何――うわっ!?」
岩を置き、リグルちゃんの手を握り、複製。過剰妖力はそれなりに入れた。意識が僅かの奥に押しやられるような違和感を感じながら動かしてみる。リグルちゃんの
複製の動きを止め、チルノちゃんの対策について言っておく。
「チルノちゃんは近づいてきたらまず氷塊『グレートクラッシャー』を使う」
「…うん。いつも喰らっちゃう」
「見て分かる通り、それを避けるための特訓です」
「それは分かるよ」
「チルノちゃんの場合は宣言の前に腕を振り上げておき、宣言と共に氷塊を作り、振り下ろす」
「振り上げることもあるよ?薙ぎ払ったりも」
「そこら辺は腕を見れば大体分かるからいいんですよ。話を戻します。ですが、今回の特訓は最初から氷塊を模した岩が出ているから、避けやすいと思う」
「…どうだろ」
「まあ、いくら言ってもやってみないと分かりませんよね」
複製を再稼働。岩を持ち上げ、リグルちゃんの前に立たせる。対するリグルちゃんは、軽く伸びをしてから力を抜き、避ける対象である岩を見ている。
「さて、やってみましょうか」
「よし…、頑張る」
岩を持ち上げ、勢い良く振り下ろす。それに対して、離れるように後方へ跳んだ。
「慣れてきたら、横方向に避けて空いている脇のほうに弾幕を放つ、なんてのもいいですね」
「薙ぎ払いなら?」
「急上昇して弾幕を放つ」
「振り上げなら?」
「横に避けて弾幕を放つ」
そこまで言うと、リグルちゃんが目を瞑り、腕を組んだ。きっと、頭の中で動きのイメージをしているんだろう。
「…出来そうな気がする」
「なら、やってみましょうか。…弾幕は放つ振りにしてくださいね?」
「え?何で?」
「もう一度創るのが面倒だから」
◆
繰り返すこと十数回。大分動きがよくなった。具体的には、腕を振り下ろした瞬間に回避出来るくらい。きっと、反射神経がいいんだと思う。至近距離からの石ころも避けれてたし。
「ふぅ…、疲れたぁ…」
「お疲れ様。水でも飲む?」
「飲む」
家に戻りコップに水を入れ、渡す。そして一気飲み。
リグルちゃんも成長したけれど、わたしも複製の操作に慣れてきた。前に比べれば、格段にいい動きをしていると思う。
「これでチルノの氷塊は避けれそう」
「相手の動きを見て、安全圏に回避して反撃。これが重要ですよ」
「幻香もやってるの?」
「してますよ。反撃出来ないことのほうが多いですけど」
「何で?」
「相手が強過ぎるから」
「…幻香より強いの?」
「まともにやったらまず勝てませんよ」
信じられないような顔をされても、実際にそうなんだから仕方ない。妖夢さんとか萃香さんとか。
「リグルちゃんは目がいいみたいですから、相手の攻撃を避け続けて、隙を見つけて攻撃するのがいいかもしれませんね」
「わたしのスペルカードはどうすればいいの?」
「そこまで面倒は見れませんよ」
「ケチ」
「そう言われても思いつかないからしょうがない」
リグルちゃんのスペルカードはわたしとは全く系統が違うものだ。つまり、魅せるスペルカード。わたしのスペルカードの中にそんな美しいものはない。
「それと、避ける練習をするだけだとチルノちゃんに勝てるとは限りませんよ?」
「え?…あ」
「弾幕を凍らせる。チルノちゃんの最も厄介なところですね」
「…どうしよう」
「見てきた感じだと、正面からの弾幕は問題なく凍らせるんですよね」
「…横とか後ろからなら?」
「どうでしょうね」
問題なく防御出来そうな気がする。うーん、貫通以外に突破する方法…。
「リグルちゃん」
「何?」
「光の三妖精と一緒に特訓するのはどうですか?」
「何で?私より弱いよ?」
「氷は熱に弱く、光を通す。凍らせるのが間に合わないくらいの熱を持たせるのはサニーちゃんが出来そう」
「それにあの三人なら光を使った弾幕を放てるかもしれない、ってこと?」
「まあ、妖力弾とは違うものを放てるかどうか分かりませんけどね」
「よーし!やってみる!ありがとね幻香!」
そう言って、わたしの返事も待たずに飛んで行ってしまった。
「…行っちゃった」
やる気があるのはいいけれど、返事くらい聞いてほしかった。
「まあ、リグルちゃんなら蛍の光なんかを利用して出来るかな?」
飛んでいくリグルちゃんの表情は、とても明るいものだった。最初に見た劣等感は、もう感じない。
なら、大丈夫だろう。
「さーて、水の精霊水の精霊っと…」