東方幻影人   作:藍薔薇

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第75話

やることもなく時間は流れ、今日が何日かが分からなくなってきた。いつものように石ころの複製をいつもの樹に手首だけで軽く投げる。その途中でボンッという音と共に急加速し、一ヶ所だけある樹皮が削れた場所に当たる。

 

「あー、何しようかなー…」

 

食料は昨日採った。精霊魔法はまた今度。抽出は少し面倒だし、この辺の毒性植物は大体終わった。爆発物はすぐに湿気てしまい保存が利かないので却下。体術は相手がいないとつまらない。妖力量はそこまでの量がないから緋々色金は無理。スペルカード戦は一昨日チルノちゃんとやった。

…うーん、誰か来ないかなー。来ないなら紅魔館に行って大図書館の本でも読もうかな。

 

「――ッ!」

 

足音。二足。二人。こっちに近付いてくる。…一応隠れておこう。

ちょっと遠くのほうの樹を自分に重ねて複製。弾かれる前に触れている部分だけ回収し、空気と視界を確保するための細かい穴を作るために霧散させる。

…よし、出来た。音を立てないように注意すれば、見た目はその辺にある樹だ。余程のことがなければバレることはないだろう。

 

「珍しいな、妹紅」

「気が向いたんだよ」

「はは、お前らしい」

 

この声は…、何だ、慧音と妹紅さんか。…そういえば、今日は慧音が来る日だったような?日付感覚が無くなるって怖い。

一応二人の姿を確認してから、樹を回収する。それにしても、やっぱりこれはきつい。密着することになるから物凄く暑い。それに、穴はかなり小さく作っているから息苦しい。最後に、動かないでいるのは神経を使う。

 

「おはようございます。慧音、妹紅さん」

「ん、おはよう幻香」

「よ、元気にしてたか?」

「ええ。元気にしてましたよ」

 

体調に不良はない。暇だったけどね。

 

「前無くなりそうだと言ってたみりんと塩だ。とりあえず、これくらいあればいいだろう?」

「私は鳥一羽。さっき捕まえた」

 

小さめの瓶と袋、それにかなり立派な鳥。鳥は既に血抜きが済んでいるようだ。首のあたりが切られている。

 

「二人とも、ありがとうございますね」

「何、気にするな」

「気にすることねーよ。昼飯はこれの内臓でいいか?」

「内臓は腐りやすいですからね」

 

軽いおしゃべりをしながら家へ向かう。

慧音の寺子屋の生徒は、わたしが慧音と普通に話していたのを見ていたからか、わたしが本当に禍なのかと疑っている。しかし、親は全員がそうだと疑わないから、どっちを信じればいいかよく分かっていないようだ。実際に会って確かめたいという勇気ある子までいる。しかし、わたしが里に行くと門番から里中に知らせが回ることになりそうなので無理だ。

妹紅さんは蓬莱山輝夜という人と決闘をしたらしい。お互いに命を賭けた戦い、だそうだ。まあ、実際に命を賭けているわけではないだろう。そういった意気込みという意味だと思う。…何故か言葉を濁していたが。ちょっと誇張したのかな?

 

「ん?」

「どうした妹紅?」

 

わたしの家が見えてきたと思ったら、突然妹紅さんが足を止めた。僅かに目を凝らし、わたしの家のほうを睨む。

 

「…一人、か」

「襲撃者か?」

「んー、盗人かな。金属同士がぶつかる音、引出しを開いてる。これは、ガラスかな」

「…わたしの家からもの盗んでも大抵のものは消えるんですけどね」

「毒液あるんだろ?それじゃないか?」

「瓶は複製。飛び散りますよ」

「そもそもこの魔法の森に来てまで盗人とは…」

 

確かにそうだ。一応、人間には有害な場所。胞子を吸い込むだけで体調不良を引き起こし、最悪死に至る。妖怪でも下手したら危ない。そんな危険地帯で?

 

「…幻香狙いだとしたら?」

「里の連中は知らないはずだろう?」

「どうでしょうね、知ってる人は知ってますし」

 

慧音と妹紅さんはもちろん、霊夢さん、魔理沙さん、紅魔館の人達、霧の湖の遊ぶ妖精妖怪達、妖夢さん、八雲紫。軽く思い付くだけでこれだけいる。

 

「どうする?」

「妹紅さん、行けます?」

「よし分かった」

 

この中で最も戦闘能力が高いのは妹紅さんだ。余程の相手じゃなければ問題ないだろう。

もし、里の人間だったら引越し確定だ。魔法の森は二度と使えないだろう。…新しい住処に出来そうなのは迷いの竹林か紅魔館かな?

妹紅さんを見送り、慧音を共に木の陰に隠れる、さて、どうだ?

妹紅さんが扉を勢いよく開けた。…うん?中に入らないの?もしかして、会話してる?それらしく腕動かしてるし。

あ、戻ってきた。…軽く頭を抱えながら。

 

「…酒を探しに来た鬼、だとさ。鬼なんて眉唾物だが…」

 

…もしかして萃香さん、かなぁ?あの瓢箪があればお酒には困らないだろうに、どうしてわたしの家に入ってお酒を求める。湧き出るお酒がいつも一緒だと思うから、たまには別の味を求めるだけなのかもしれないけれど。

 

「…多分知り合いです」

「本当か?騙されてないか?」

「最低でも、本人と八雲紫はそうだと言ってましたね」

「あの賢者が?…なら信じられる、か?」

「誰だ?八雲紫って」

「スキマ妖怪」

「知らね」

 

とりあえず、三人でわたしの家へ向かう。そして、開けっ放しの扉から中を覗くと、棚の置かれている毒液を一つ一つ覗いている萃香さんがいた。

 

「ん?おー、やっと会えた!よ、幻香」

「…おはようございます萃香さん。…で、何の用です?」

「酒とお前」

「ここにみりんならありますよ?」

「あれは甘すぎるから嫌だ」

 

飲んだことあるのかよ。…そういえば宴会でみりんが減っていたけれど、料理に使われたんじゃなくて萃香さんが飲んだの?

 

「おい幻香、みりんは飲み物じゃ…」

「…それしかお酒無い」

「確かにそうだが…」

 

萃香さんに聞こえないように小さな声で慧音を会話する。口元は出来るだけ動かさないことと出来るだけ短くすることがコツだ。

妹紅さんは未だに警戒しているようで、わたしの前からあまり動こうとしない。

 

「もう一つは?」

「お酒じゃないほう?」

「そうだ」

「スペルカード戦しに来た。その為にわざわざ紫の長ったらしい説明を聞いたんだからな」

「…はぁ?」

 

萃香さんがスペルカード戦?つまり、スペルカードルール覚えてきたの?

 

「どうしてわたしなんかと?」

「いやー、最初の相手はお前とって決めてたからな」

 

ちゃんとした決着を現在の決闘で、と付け加えた。

妹紅さんもわたしと慧音の中に混ざり、小声で話し始める。

 

「なあ、あれは追い出したほうがいいのか?悪意はなさそうだが…」

「確かに悪気は無さそうだ。しかし、何というか…」

「まあ、悪い人じゃないですよ多分。最低でも里に連れて行くつもりはない」

「おーい、三人で何話してんだー?私も混ぜろよー」

「貴女がどんな人かって話ですよ」

 

とりあえず、二人を連れて中に入る。椅子は普段使うことはないが、一応四人分ある。

全員に水を渡してから、わたしは鳥の羽を毟る。二、三回毟ると突然、鳥の羽が一気に全部抜けた。…何事?

 

「へえ、美味そうじゃん」

「生で食べるつもりはないですけどね」

 

そう言いながら包丁を手に取り、腹を開く。内臓を乱雑に取り出していると、肩を掴まれた。

 

「よし、私が調理するから幻香は座ってろ」

「あれ慧音?このくらいわたしがやりますよ」

「いいから座ってろ」

「…はい」

 

わたしの調理はそんなに駄目か。

後ろを振り向くと、苦笑いをしている妹紅さんと瓢箪を仰いでいる萃香さんがいた。

 

「流石にどうかと思うぞ…」

「よく分かんないけど任せた」

「…まあ、慧音がやりたいならどうぞ…」

「うむ、任せろ」

 

そう言うと、手際よく解体を始める。そして、すぐに火打石を使って水を沸かし始めた。

手を軽く洗ってから座る。萃香さんに聞いておきたいことがいくつかあるし、調理が完了するまでの時間潰しにもなるだろう。

 

「スペルカード戦は食べてからにするとして、何処でやります?」

「ここじゃ駄目なのか?」

「ちょっと障害物が多すぎるかと」

「まあ、ある程度広いほうがやりやすいしな」

 

鬱陶しいほど樹が乱立している魔法の森でやるのはあまりよくないと思う。わたしの家の近くにはそこまで開けた場所はない。

 

「なら広いとこなら何処でもいいや」

「じゃあ霧の湖で。スペルカードと被弾は」

「両方とも三。それが基本なんだろ?」

「まあそうですね」

「まずは基本に則ったほうがいいからな」

 

スペルカード三枚。萃香さんがどんなスペルカードを使ってくるか分からないが、楽しみだ。…死ぬことはないだろうから。

 

「おい幻香、茸と調味料勝手に使うぞ」

「どうぞー」

「お、なかなかいい臭い」

 

確かに、美味しそうな臭いが漂う。おかしいなぁ…、どれもこれもわたしの家にあるもののはずなのにどうしてここまで違うんだ…。

 

「それにしても、こんなとこに住んでるとはなー。結構探したぞ?」

「悪かったですね、こんなとこで」

「まあ、理由は聞いたよ。最初は里に居ると思ったからな」

 

瞬間、緊張が走る。隣に座る妹紅さんが僅かに腰を浮かしたが、すぐに座り直した。

 

「…で、どうします?わたしを連れて行けば里の人間共は喜びますが」

「するわけないじゃん。そんなことしたらつまらない」

 

それに、と強い光を帯びた目でわたしを射抜く。

 

「仮にも鬼である私に勝った相手だ。そんなことしたら私は私を許せない」

「…信用しますよ」

 

何せ、嘘が嫌いだと言う人だから。

 

「とりあえず、そういうつもりはないんだ。そう私を睨むなよ人間」

「…悪かったよ、疑ってな」

「あんたもそれなりの実力者っぽいし、後でやるか?」

「考えとく」

 

妹紅さんは警戒を解き、水を一気に飲み干す。そしてもう一杯水を注ぎ、また飲み干した。

とりあえず、緊張が解けてよかった。二人がギスギスしていたら、わたしも居心地が悪い。

料理が出来るまで色々なことを話した。里の現状、最近あった面白かったこと、これまでの武勇伝。どれもこれも楽しめた。

 

「さあ、出来たぞ」

 

そう言うと、鳥と茸のスープをよそってくれた。…うわ、わたしのスープモドキとは大違い。

 

「お、やっぱ慧音は上手いな」

「ふふ、そう言ってくれると私も嬉しい」

 

萃香さんは既に食べ始めていた。いただきますくらい言ったほうが…。

 

「おい」

「うん?私?」

「『いただきます』も言えないのか、お前は」

「えー、いいじゃんかよー」

「駄目だ。肉にも魚にも野菜にも果物にも茸にも命がある。その命をいただくんだから、それぞれの食材に感謝してだな――」

「あー、悪かった…。いただきます…」

「――また、食事に携わった人への感謝もだ。料理を作った人、配膳をした人、野菜を作った人、魚を獲った人など、その食事に携わった人達への感謝を――」

「…紫よりはマシかな?」

 

慧音のお説教は長い。しかし、それよりも面倒だと言う八雲紫の長ったらしい説明がわたしはちょっと怖くなった。

 


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