霧の湖の少し上を浮遊し、周りを確認する。とりあえず、投げるのに手頃な樹をいくつか見つけておく。
「さーて、始めるとすっか」
「ええ、始めましょう」
「スペルカード戦は別名『弾幕ごっこ』なんだろ?殴る蹴るはなしにしようか」
「そうですね。わたしも久しぶりに殴る蹴るをしないスペルカードをしてもいいでしょう」
「…何だ、してもいいのか?」
「ルールにはしてはいけないとは書かれてませんから」
「けどしない。せっかくの初陣だ」
『幻』展開。現在最大数四十二個。最遅と最速の追尾弾用、直進弾用を各八個ずつ。残りの十個は打消弾用に待機。準備は万端だ。
「何だそれ?」
「…これですか?」
「そそ。そのフヨフヨしたの」
「『幻』と名付けてます。勝手に弾幕を張ってくれる便利なものですよ」
「んー、そういうのは考えてなかったなぁ…」
何と、こんな便利なものを使わないのか、と考えたけれど、フランさんも使ってない。自分で弾幕を放つ余裕があるからだけど。わたしにそんな余裕はない。
「まどかー!頑張れー!」
「がんばってくださーい!」
「無理はするなよ」
「おう、行って来い」
岸のほうで観戦している四人の声援を受け取りながら、萃香さんのほうを向く。
「…どう始めるんだ?」
「前触れもなく始まるときもありますけれど、審判がいればその人に任せることも。今回はお互いに納得出来そうなものでいいんじゃないですか?」
「任せた」
「任されました」
拳程度の大きさの石を複製。
「これを落としますから、その音で」
「よし分かった」
軽く投げ上げ、わたしと萃香さんの間を落下する。腰に手を当て、仁王立ちをしている萃香さんを見ながら、わたしがどう動くかを頭の中でイメージする。
ボチャリ、と鈍い音が響いた。
「ほいっと」
両手から一つずつ投げ出された橙色の妖力弾。…こんなのを放つか、普通?つまり、何かある。近づかない方がいい。
「ハァッ!」
と、誰もが考える。だからわたしは近づく。
靴にある僅かな過剰妖力を放出し、一気に加速する。二つの妖力弾の間をすり抜け、萃香さんに肉薄する。待機してある『幻』を全て後方に待機させ、何かあるだろう妖力弾の対応の準備をさせておく。そして残った『幻』で萃香さんの攻撃。
「よっと」
体を僅かに動かし、わたしの放った十六の最速妖力弾は掠りはしたものの、当たることはなくそのまま通り過ぎた。そして後に来る十六の最遅妖力弾も危なげなく避ける。
そして後ろから爆裂音。その音が聞こえてすぐに待機させていた『幻』から後方へ弾幕を放つ。運よく打ち消したからか、元から被弾する距離じゃなかったかは分からないが、わたしの背中に被弾することはなかった。
「あの状況で近づくなんて自殺するようなもんだろ?命は大切にな」
「死なない試合なんですよ。少しくらい無茶させてください」
「ま、確かにそうだ。だけどなー、避ければ勝てるとか言ってたのにそれはどうかと思うよ」
「確かにそうですね。わたしも舞い上がってたみたいです」
仕切り直すようにお互いに離れる。わたしは靴に妖力を注ぎ、萃香さんは瓢箪を仰ぐ。
「ふー。早速一枚。鬼気『濛々迷霧』」
宣言と同時に萃香さんが霧のように消えてしまった。そして、さっきまでいた場所には煙のようなものと小さな妖力弾が大量に現れる。…うん?この煙、近づいて来てない?
「やっぱり近づいて来てる!」
わたしの元へ一直線に近づいてくる煙。その煙が通った場所に置かれる妖力弾。その妖力弾は全く動く気配がない。つまり、阻害を目的とした弾幕。
「とりあえず、避けるしかないかな…?」
『幻』からはなった弾幕は素通りしたので、このスペルカード中被弾しないものと考える。
常に逃げ道が出来るように気を付けて移動するが、煙がかなり速い。そこら中に弾幕が置かれ、わたしの行動範囲を削っていく。…まずいかな。流石にこの量は多すぎる。スペルカード終了間際にこの弾幕を全て解き放つなんてことになったら、わたしはただでは済まない。
「やばっ」
そんなことを考えていたら、通る場所を誤った。行き止まりだ。既に二十秒経過している。仕方ない、わたしも一枚使うか。
眼を見開き、出来るだけ多くの弾幕を視界に収める。…これだけ消せば残り時間避け続けるくらいなら大丈夫そう。
「鏡符『幽体離脱・滅』」
視界にある弾幕が全て複製され、その全てが相殺して消え去る。あとは解き放たれないことを願おう。もし解き放たれたら、…何とかするか。
逃げ続けること約十秒。辺り一面の弾幕が消え去り、わたしの後ろを執拗に追いかけていた煙が集まっていく。そして、元通り萃香さんになった。
「追い詰めたと思ったらそんなの持ってたのかー。いやー、予想外予想外」
「避けるだけじゃわたしは負けちゃいますから」
「当たらなければいいんだもんなー」
「ええ。美しいかどうかは知りませんけれど」
「見た目派手だからいいでしょ?」
「そう言ってくれるとわたしは嬉しいですよ」
不意打ち気味に『幻』から弾幕を放つが、瓢箪を仰ぎながらサラリと避けられてしまう。お返しに投げられた一つの爆裂するだろう妖力弾を打消弾で爆裂する前に相殺する。
顔を急にこちらに向けたと思ったら、口から炎を吐いてきた。過剰妖力を足元から放出し、遠ざかる。
「夏に炎とか止めてくださいよ…」
「この程度で音を上げるなよ?」
「温度なら馬鹿にならないほど上がりましたよ」
萃香さんが吐き出した炎は予想以上に大きく、ここら一体が急に熱くなってきた。さっきの倍は汗が出てきているように感じる。
萃香さんにとっても熱いのか、頭をガシガシと掻き始める。そして髪の毛を掴んだと思ったら、数本引っこ抜いた。
「鬼符『豆粒大の針地獄』。驚くなよ?みんな私だ」
「…はい?」
空を舞う髪の毛がとても小さな、手の平サイズの萃香さんになった。
その一人一人がおらーとかくらえーとか言いながらわたしに向かって弾幕を放つ。
一人の弾幕は極僅か。しかし、軽く見て三十はいる。塵も積もれば何とやら。これだけあると避け辛い。
「はっはっは、どうだ?可愛いだろ?」
「ええい、鬱陶しい!」
『幻』から放たれる最速の直進弾。そのまま小さな萃香さんを一人潰した。ぎゃー、とか言ってるが気にしない。
「うわ、酷いなー」
「どうせ増えるんでしょう?」
「まぁね。それに潰れてももう一度萃めれば元通り」
「うわー、面倒だなー」
そう言いながら指先から妖力弾を放つ。狙いは眉間。しかし簡単に避けられる。
避けたり潰したりすること数秒。いつの間にか囲まれてしまった。
「さあ、どう避ける?」
「避けない」
「降参か?」
「いや、全部消す」
『幻』を後方に配置し、順番に放たせておく。これで後方からの被弾の確率は減るだろう。
わたしの右腕は既に淡く光っている。
「模倣『マスタースパーク』ッ!」
膨大な妖力が迸り、小さな萃香さん達を消し飛ばしながら萃香さんを襲う。
「うおっと!あっぶなぁ…」
「…やっぱ避けますよねぇ…。ま、ちょっと通りますよっと」
まとめて消し飛ばした場所を抜け、開けた場所へ移動する。後方の『幻』を全て前面に出し、萃香さんと小さな萃香さん達めがけて弾幕を放つ。
結局お互い被弾することなく、お互い二枚ずつスペルカードを使った。さて、どうするか…。
そう考えていたら、萃香さんが突然口を開いた。
「埒が明かないな」
「どこかで聞いたような言葉ですね」
「そう思うか?」
「ええ、何せ言ったのわたしですから」
「全くだ」
原始的で野蛮な殴り合いを終わらせるために言った言葉。しかし、今は違う。現代的で美しい弾幕ごっこ。言ったのはわたしではなく萃香さん。
さて、どう来る?
「『百万鬼夜行』。私の最後のスペルカードだ。避けてみせな」
宣言と同時に放たれる圧倒的な弾幕。避けれるのかどうかが怪しくなるほどの密度。少しでも気を抜いたら被弾してしまう。いや、気を抜かなくても被弾してしまうかもしれない。
『幻』から放たれる弾幕は全て相殺されてしまい、萃香さんには届かない。しかし、打消弾としての機能はあるため、僅かだが避けやすくなる。
「痛ッ!」
だけど、どんなに集中していても当たるときは当たる。
「おいおい、まだまだ序の口だぞ?」
「……………」
「だんまり、か。ま、しょうがないよなー」
徐々に増えていく妖力弾。体を掠めるように飛んでいく弾幕にヒヤヒヤする。緊張で張り裂けそうな心臓が鬱陶しい。圧倒的な弾幕の前に、萃香さんの姿も見えない。
「――ッ!」
「これで二つ。ほらほら、避ければ勝てるんだろう?」
…ああ、こりゃ負けたな。とてもじゃないけれど、避けれる気がしない。
だけど、やっぱり、三対零は嫌だな。胸元にあるものを一つ摘まみ取る。確かな硬さを指先に感じる。パチュリー曰く、圧倒的不変性を持つ金属。その複製。これなら、この弾幕の中を突き進むことが出来るかな?
「複製『――」
指先から放たれる緋々色金。目の前の妖力弾を何の問題もなく貫き、その先にいるだろう萃香さんのもとへ駆け抜ける。
わたしの半分だ。一発くらい、当たるよね?
「――炸裂緋々色金』」
周りの弾幕を掻き消すほどの爆発。同時にわたしの腕にも被弾する。
さて、勝負はどうなったかな?