「あー、負けた負けた」
「痛ったた…、何だよアレ…」
「…おい、敗者より勝者のほうが傷ついてるぞ」
確かにそうだ。わたしは被弾した三ヶ所以外傷はない。三ヶ所目が被弾した瞬間、当たりそうな弾幕は全て打ち消したからだ。
対して萃香さんは、咄嗟に両腕で防御はしたようだが、守れたのは胴体と頭部。それ以外の場所はかなり傷ついている。かすり傷とかではなく、血が多少出てきているくらいには。
「あんな隠し玉がさー、あるとは思わなかったけどなー…」
「隠してませんよ。球体ですけど」
「あんな物騒なモンいつも持ち歩いてるのか?」
「物騒とは失礼な。わたしにとっては極めて安全な複製ですよ」
「あんな小さいのがあの威力…、おー怖っ」
「普段なら使いませんから」
「私とは異常かい?」
「いえ、強者とやり合うことは日常ですね。二回目からは日常になりますよ、きっと」
「スペルカード戦に強者も弱者もないって言ってたけどなー、紫が」
「飽くまで弱者が強者に勝つことが出来るってだけですよ。可能性の話です」
何処にでも居そうな子供でも、石ころを投げて偶然当たれば勝てるかもしれない。そういうルールなのだ。
わたしが思うには、人間が妖怪に勝つために作られたルール、であるが。
「おーい、話してないでさっさと傷見せろ。とりあえず止血するから」
そう言う妹紅さんの指先には小さな炎が憩いよく噴出し続けている。
「…あんまり任せたくないですが…」
「ちょっとくらい我慢しろ」
「ッ、熱つぅ…」
妹紅さんに傷口を見せると、そこに炎を当てた。皮膚が焼ける感覚がした、と思ったらもう離されていた。どうやら血を固めるつもりだったらしい。
「ほら、そっちもだ」
「いーよこんくらい大丈――熱ッつい!」
「いーや、問答無用だ」
萃香さんの腕や脚が一瞬で燃え上がる。…血は止まったみたいだけど、大丈夫なのかな?
「はは、血は止めておいた方がいい。失い過ぎると面倒だからな」
「…そうですねー」
慧音の言葉でちょっと嫌なことを思い出す。妖力枯渇以外で死にかけた稀有な出来事。
そんなことをボンヤリと考えていたら、頭を叩かれた。ちょっと痛い。
「まどかー!何負けてるんだよー!」
「ちょっとチルノちゃん!いきなり叩いたら!」
「わたしだって負けるときは負けますよ、チルノちゃん」
「悔しくないのか!?私はいつも負けたら悔しいのに!なんで…!」
「負けて悔しいのは得られたものがないから。わたしはさっきので負けて得たものがあったので悔しくないですよ」
「…よく分かんない…」
過剰妖力噴出による加速。緋々色金の複製による炸裂の威力。これだけでも十分である。
「さっきの言葉、私が前に似たようなこと言ってなかったか?」
「ええ、言ってましたよ。いつだったか、寺子屋の子供達に」
大ちゃんがチルノちゃんにお話ししているのを横目に、萃香さんのほうを見る。
萃香さんは傷口の塞がった腕を撫でながら妹紅さんに目を遣ると、言葉を投げかけた。
「そうだ人間」
「ん?なんだ?」
「どうだい?やるか?」
「んー…、ま、たまにはいいか。やってやろうじゃないの」
「お、いいねえ」
ケラケラ笑いながら瓢箪を仰ぎ、その場で構えを取る。妹紅さんも間合いを軽く計りながら距離を取り、肩を力を抜いた自然体になった。
そしてわたし達は被害を受けないようにかなり離れることにする。チルノちゃんが何か言ってるようだけど気にしない。
「ふぅ…、これだけ離れれば大丈夫でしょ」
「あっちはもう始まってるみたいだな」
そう言われて見てみると、炎を振り撒いている妹紅さんと爆発する妖力弾をばら撒く萃香さんが見えた。
「不死『火の鳥―鳳翼天翔―』!」
妹紅さんから鳥を模した炎が火の粉をまき散らしながら萃香さんへ飛翔する。こっちまで熱気が来るほど。ていうか滅茶苦茶熱い。
「よっと!それなら、火弾『地霊活性弾』!」
軽く跳ね上がり、地面に拳を叩きつける。地面から湧き出る炎。さらにここら一体が熱くなる。これだけ離れてこの熱さなら、二人の場所はもっと酷いことになっているだろう。
そうだ、チルノちゃんに氷でも出してもらおう。そうすれば少しはマシになるかも。
「チルノちゃ――って倒れてる?」
「…アタイってば最強ねー…」
「ああっ、チルノちゃんが譫言を…!」
周辺に水溜りを作るほど水を滴らせながらチルノちゃんはグッタリしていた。氷の妖精は熱気にやられて溶けてしまいそうだ。チルノちゃんと大ちゃんは偶然居合わせただけだから、これ以上被害を負うのはあまりよくないだろう。
「大ちゃん!悪いけれどチルノちゃんをもっと遠くに!」
「え、はい!ほら、頑張るよチルノちゃん!」
「お、おー…?」
大ちゃんがチルノちゃんを抱えて飛んで行った。わたしは今やっている二人の結果を最後まで見ていたい。
「慧音は大丈夫ですか?」
「ああ、何とかな。そっちはあまり大丈夫そうに見えないが…」
「湖の水でも飲みながらゆっくり見ることにしますよ」
「そうか?なら私もそうしよう」
魔法の森でこんなことをしようとしていたかもしれないと考えると、霧の湖を提案してよかったと心から思った。
「不滅『フェニックスの尾』!」
「鬼火『超高密度燐禍術』!」
こっちのことが目に入っていないのか、尚も炎を撒き散らす二人を見ながら湖の水を掬う。前は冷たいと思った水は、何故か温く感じた。
◆
「なかなかやるなー!妹紅!」
「そっちこそな!萃香!」
魔法の森への帰り道。妹紅さんと萃香さんは炎よりも熱い友情で結ばれていた。きっと、強い者同士が惹かれ合うやつだろう。仲がいいのはいいんだけど、あんな炎を撒き散らすのはまた今度にしてほしい。
「うんうん、妹紅にも仲のいい奴が出来て私は嬉しいよ」
「妹紅さんもお酒かなり飲めますからね」
「ああ、私は普段あまり飲まないからな…」
「わたしは全く飲みませんから」
わたしと慧音の話は全く聞いていない二人は、はしゃぎながら瓢箪を回し飲みしている。わたしは瓢箪に一度も注ぎ足したのを見たことがないが、どういった仕組み何だか…。
「ああそうだ幻香」
「ん?いきなりなんです萃香さん」
「私家ないからたまにそっちに来るからよろしく」
「へー、家ないんですか…。え、家ないの?」
「まあなー。最近までは博麗神社にいたんだが追い出された」
「そりゃあねえ…」
霊夢さんは妖怪退治の生業にしているはずだ。流石に悪いことしてないなら気にしないだろうけれど、博麗神社に何日も泊めるほど寛容ではないだろう.
「わたしはいいですけど、どうせなら妹紅さんのとこに泊まったらどうです?」
「ん?私のとこにも来るぞ?」
「なあいいだろー?たまにだし」
「嫌とは言ってませんから。迷惑かけなければ」
萃香さんがたまに来る、か。
「慧音」
「ん、何だ?」
「今度からお酒も持って来てくれると嬉しいです」
お酒を探しに来ていたんだから、持っていた方がいいだろう。
慧音は少し考え、わたしに言った。
「…じゃあ私の仕事を今度からちょっと手伝ってくれないか?大丈夫だ。簡単な写生だから」
「仕事の報酬がお酒、ってことですか?」
「まあな。流石に無償では無理がある」
「ですよねー。これまでもかなりあったでしょう?」
「今までは問題なかったからそこはいい」
「その辺に生えてる茸とか売れませんかね?美味しいのありますけど」
「…どうだろうな。今度持って行ってみようか?」
「ぜひ」
ちゃんと無毒であることは調べてあるから、十個で一銭くらいにはなると思いたい。
家までの道中で茸を拾いながら歩く。それを見た萃香さんが何でもいいから拾い始めたが、その茸のほとんどが毒性だった。