人差し指に親指を引っ掛け、その親指の爪の上に石ころの複製を乗せる。勢いよく親指を弾き、石ころを撃ち出すと同時に過剰妖力を噴出。樹皮が不自然に抉れたところに被弾する。
「…これだけ精度があれば実戦でも使えるかも」
地面にある石ころを複製しまくって、相手に向けて吹っ飛んでいくスペルカード。名前は未定。妖力弾ではないから不意打ちにはなりそうである。
しかし、石ころは軽いし壊れやすいから弾幕には不向きな気がする。それに、そもそも石ころなんかを飛ばしても美しくも派手でもない。極めて地味なスペルカードになりそうである。正直言えば、そんなことするくらいなら『幻』に任せた方が楽である。
「ま、アイデアとして頭に残すくらいかな?」
結局アイデアばかりが溜まり、実際に使われるのは極一部。きっとこのアイデアは使われることはないだろう。
さて、今日は誰も来なそうだし霧の湖へ行こう。四日くらい前に萃香さんとスペルカード戦をして以来、外出してなかったし。
◆
「お、チルノちゃんとリグルちゃんが遊んでる」
「ちょうどよかったじゃん、幻香。始まってすぐだからさ」
「おはよう幻香ー」
「おはようございます、ミスティアさん、ルーミアちゃん」
ミスティアさんの横に座り、霧の湖の上でスペルカード戦をしているチルノちゃんとリグルちゃんを見る。その近くで、大ちゃんが審判をしている。
二人とも弾幕を放っているが、どちらも被弾することなく、徐々に距離を詰めている。距離が近ければそれだけ被弾するまでの時間が短くなる。しかし、それは自分も同じ。自分にとって適した距離を取るのが基本だ。まあ、わたしの場合はスペルカードが特殊だから視界にさえ収まっていればどの距離だろうと問題ない。
けれど、今回の場合リグルちゃんは挑発の意味を持って近づいていると思う。ちょっとニヤついてるし。一方のチルノちゃんはスペルカードの間合いに入れるためだろう。
「んー、あと二歩、いや一歩半かな?」
「何の距離?」
「チルノちゃんがスペルカードを使うだろう距離」
予想通り、チルノちゃんが歩幅一歩半ほど進んだところで腕を振り上げながらスペルカードを宣言した。
「氷塊『グレートクラッシャー』!」
「ッ!っとぉっ!」
「あれ!?」
お、リグルちゃん避けれたじゃん。よかったよかった。特訓の成果は出ているようだ。自然とわたしの頬も綻ぶ。
「ん?その顔、幻香何か仕組んだ?」
「ちょっと助言を」
「やっぱりね」
再び振り回すには少し時間がかかる。その隙に弾幕を放ったが、その弾幕は凍り、停止する。うーん、流石に熱や光を使った弾幕は完成出来なかったか…。
しかしそこで終わらなかった。なんと、凍った弾幕を蹴飛ばしたのである。氷は儚く砕け、中に納まっていた弾幕が活動を再開する。そしてチルノちゃんは被弾した。
「リグルちゃんが氷を蹴った…」
「何驚いてるの?」
「まさか体術を使うとは…」
それでも怯むことなく氷塊を薙ぎ払う。それを勢いよく後退して避けた。リグルちゃん成長したなぁ…。
そのまま回転し、氷塊をブンブン振り回すチルノちゃんに驚き、弾幕を放つがチルノちゃんに被弾する前に氷塊に打ち消されてしまう。そのまま近づいていくチルノちゃんから逃げ回るリグルちゃん。
あれは上か下から放てばいいような気がするんだけど…。リグルちゃんは落ち着きを失ってしまったからか、そんなことは思い付かなかったようで、逃げ続ける一方だ。
「目、回りそう…」
「チルノはああいうのに強いよ?誰が一番回り続けられるかで一番だったし」
「…そんな遊びしたんですか」
「三十秒くらい回っても真っ直ぐ走れてたし」
「それは凄いの?」
「さぁね?私には分からないや」
回りながら近付くのは普通に飛ぶよりも圧倒的に遅く、このままだと時間切れで終わってしまいそうである。
しかし、そのまま回り続けて終わるつもりはなかったようで、チルノちゃんは氷塊を手放した。あれだけ回り続けて勢いがついた氷塊をリグルちゃんに向けて。突然のことに驚き硬直してしまったリグルちゃんに思い切りぶつかった。うわ、痛そう…。
「お互い被弾一だね。だけどリグルはスペルカードを使ってない」
「あの当たり方だと強制終了してもおかしくないような…」
「いや、続けるみたいだよ?大ちゃんも止めてないし」
本当だ。少しふらついていたけれどすぐに体勢を立て直し、チルノちゃんへスペルカードを放った。
「喰らえチルノ!蠢符『ナイトバグトルネード』ッ!」
わたしにはとても出来ない、美しい弾幕。規則性を持ち、統一性を持つ弾幕。『幻』の放つ弾幕に統一性を持たせてみようと考えていた時期もあったけれど、結局諦めてしまった。
…そう言えば、さっきからルーミアちゃんがだんまりだ。どうしたんだろ?
「おーい、ルーミアちゃーん?」
「……んくっ。なぁに?」
「…何食べてたんですか?」
「え?人間」
そう言って、そこまで大きくない乾燥した肉を見せびらかす。人間の肉、と聞いただけであまり美味しくなさそうに見えてくる。あんな奴らの肉とか食べたくない。
「…美味しいんですか?」
「美味しいよー?食べるー?」
「いえ、お断りします」
「そう?残念だなー」
全然残念そうには見えない顔で残った肉の半分の辺りを噛み千切る。
「ルーミアちゃんって人喰い妖怪だったんですね。知らなかったです」
「あれ、知らなかったの?」
「聞こうとも思ってませんでしたから。どんな妖怪だとか、どういう能力を持っているかなんて」
視界を真っ暗にする能力を持っている闇の妖怪。のんびりとした性格。これがわたしが知っているルーミアちゃんの主な情報。普段何処で暮らしているかとかどんなものを食べているかとかは聞いたことがない。
「たまーにだけどねー、食べたくなるんだよね。人間。そういうときには里の周りを探すんだー。それでねー、死にたてのとかー、捨てられたのを見つけて食べるの」
「へー、ところでその肉はどんな人間を?」
「えっとねー、赤ん坊」
ほんの僅かな興味に惹かれて訊いてみたことに、わたしはちょっとだけ後悔した。今朝食べたスープモドキが喉元にまで上がり、吐き出そうになる。
「どうしたんだー、幻香ー?」
「ちょっと、どうしたの幻香?」
「…大丈夫、大丈夫ですよ」
酸っぱいような苦いようなものを無理矢理飲み下し、息を整える。
かなり沈んでしまった気持ちを立て直すために、二人のスペルカード戦のほうに目を向ける。途中、目を離していたからどういう戦況なのかは分からないけれど、まだ終了はしていないようだ。
「これでおしまいだリグル!氷符『アルティメットブリザード』ッ!」
「これで最後だチルノ!蝶符『バタフライストーム』!」
どうやらお互いに最後のスペルカードを宣言するところだったらしい。氷の弾幕と蝶のように舞う弾幕が飛び交う。…ふぅ、ちょっと落ち着いた。
「本当に大丈夫?」
「…ちょっと嫌なこと考えちゃっただけですから」
「美味しいものを食べれば気にならなくなるよー、きっと」
それなら今日は肉を食べることはないだろう。
そんなことをボンヤリと考えていたら、リグルちゃんの弾幕がチルノちゃんの頭に被弾した。
「そこまで!被弾三回でリグルちゃんの勝ちです!」
「よっしゃー!勝ったー!チルノに勝ったー!」
「チクショー!負けたー!リグルに負けたー!」
どうやらリグルちゃんが勝ったみたいだ。
リグルちゃんがこっちを向いて、わたしが見ていたことに気付いたのか、満面の笑みで大きく腕を振ってくれた。こっちも軽く手を振り返す。
よかったね、勝ちたいって願いは叶ったよ。