「あるとき、里には病が蔓延していました」
「それが何なの?」
「そんなときにやってきた妖怪がいました。その妖怪は、その病の原因になりました」
「…なりました?でした、じゃなくて?」
「間違ってなんてないですよ。原因になったんです。…されたんです」
「………それが、おねーさんなの?」
「まあ、そうですね。詳細を知りたいなら、好きなだけ訊いてください。答えられるだけ答えますよ」
少しは考えると思ったけれど、すぐに返答が来た。
「つまり、誤解なんだよね?」
「まあ、わたしにとっては」
「じゃあ、何で解かないの?」
「解く必要がなかったから。わたしが里に入らなければ済むと思ってましたからね」
しかし、現実はどうだ。減ったと思っていた過激派も、また増え続けている。いつ飛び出すか分からない。
「それに、誤解を解く、って言ってもわたしの話なんか誰も聞いてくれませんよ」
「そんなこと…」
「あるんですよ。それに、あちらにとっては誤解ではない。正解なんですよ。九十九人がそうだと言えば、鴉は白くて夏は寒い」
「…よく、分かんない」
「分からないと駄目なんです。知ってもいいことないですけどね」
知らなきゃよかった、と思ったことはない。しかし、知ってよかったとは思えない。
「幻香ー!」
「ちょっと待ってー!」
次の質問が来る、と思っていたら突然、後ろから聞いたことがある声が二人。
「リグルちゃん、ミスティアさん…?」
「花見にいた妖怪、だよね?」
「ええ、そうですが…」
振り返ってみると、服のところどころが破け、傷ついているように見える。リグルちゃんは腕に一ヶ所刺し傷、ミスティアさんは浅いとはいえ脇腹が服ごと斬られている。出血は既に止まっているようだが、かなり目立つ傷だ。
「どうしたんですか?」
「どうしたも何も、月を眺めていたらいきなりスペルカード戦挑まれてボコボコだよ!」
「月を見ながら歌を歌ってたら怪しいとか言われて急に…!」
「…いつ頃ですか?」
「んー、一時間くらい前?」
「私もそのくらいだと思いますけど…」
月を見ていた二人の妖怪がスペルカード戦を挑まれ、ボコボコにされた。真っ先に思いつくのは、月の異変に気付いた誰かがやったというもの。
「誰に?」
「レミリアとその従者だよ!」
「幽霊二人に…」
「お姉様が!?」
ミスティアさんの言う幽霊二人。わたしが知っている幽霊は西行寺幽々子と魂魄妖夢――彼女は半分人間だが――だけ。特徴を訊いてみれば、一人は二本の刀を持ち、もう一人はとても優雅な幽霊とのこと。…うん、あの二人ですね。
「フランさん、レミリアさんは咲夜さんと一緒に出て行ったんですね?」
「うん、そうよ。一時間とちょっと前に出て行ったわ」
「時間は大体合ってる。つまり、月の異変に気付いて活動しているだろう人が四人も…」
いや、もう霊夢さんは動いているだろう。魔理沙さんもそれに釣られて動いているかもしれない。他にも、もっと多くの人が動いているかも。
「月?どこかおかしいの?」
「んー、あ。リグル、ちょっと欠けてる」
「え?……んー、んーー……あ、本当だ!」
月がおかしいことに気付いた二人には悪いけれど、少し放っておく。
レミリアさんは一時間以上前に出て行った。しかし、真っ直ぐと黒幕のところへ行ったとは思わない。月をどうにかするなんて大規模なことを遣れる人は限られるだろうけれど、それが誰かなんて分からないと思う。
そこまで考えたところで、フランさんに肩を軽く揺すられた。
「ねえ、おねーさん」
「何か分かったことでも?」
「分からないことならあったよ…」
そう言って、月を指差した。満月であるはずが欠けている、偽物だと思われる月を。
「…月って、止まるの?」
「止まりませんよ。常に動き続けているはずですが」
「じゃあ、おかしいよ。だって、私が紅魔館を出たときから、全然動いてない」
「はい?」
月が、動いていない?
「じゃあ、やっぱり偽物なんじゃないですか?」
「私もそうだと思う。…ねえ、これも含めて月の異変なのかな?」
「……そうかもしれませんね」
しかし、そうではないかもしれない。月が動かないことと、月が欠けていること。同じ人がやっているかもしれないが、片方を誰かがやって、それに便乗するように別の人がやっている可能性も僅かだがある。
しかしそんなことはどうでもいいか。一人にしろ二人にしろそれ以上にしろ、黒幕を探せばいい。そして、それは早ければ早いほどいい。フランさんはレミリアさんよりも早く解決したいのだから。
「さて、フランさん。不可視の人間の里へ行きましょう。今いくことが出来る不思議な場所はそこくらいですからね。…リグルちゃん、ミスティアさん。申し訳ないですけれど、わたし達は行きたいところがあるんです。怪我もしたみたいですし、もう休んでいてください」
「確かにしたけど、このくらい…!」
「リグル、邪魔したら悪いよ…」
「う…、分かった。幻香、また今度ね」
「すみませんね、無理言って」
二人に別れを告げ、フランさんと共に人間の里があった場所へ向かう。
「ねえ、おねーさん。さっきの続きなんだけど」
「…何ですか?」
「じゃあ、何で魔法の森に住んでるの?」
「常人は入ろうとしないから」
「それでも、少し飛べば着くような場所だよ?歩いてもそこまでかからない」
「そうですね。最初に住み始めたときはそこまで考えてませんでしたし」
「今は違うんでしょ?もっと安全な場所があるよ。…そうだ!一緒に紅魔館に住まない?そうすれば人なんかまず来ない。私もおねーさんと毎日会えて嬉しい!どう!?」
その言葉を聞いて、少し笑ってしまう。
「むー、何で笑うの?」
「ああ、すみません。レミリアさんも同じようなこと言ってたんですよ」
「お姉様も?」
「ええ。そしてこう答えました。『候補の一つとして考えておきますね』と」
住み慣れたから離れたくない、というのもある。慧音達と離れたくない、というのもある。紅魔館に住みたくないと言うわけではないのだが、それよりも今ある家の方がいいと思ったのだ。
「今のところ、里の人間共はわたしの住処を知らないようですし、外に出てまで討伐しようと思ってる奴もまだ出てくることはないでしょう。なら、わざわざ動かなくてもいいかな、と」
「待って。討伐?どういうこと?」
「病の原因にされ、不幸を呼ぶ者にされ、今では里に起きた不吉なことが全てがわたしの所為。災厄の権化。見るだけで魂を削り、生気を奪う。そんな危険な妖怪、放っておくわけないでしょう?」
「…出鱈目じゃん」
「そうですね」
「全部出鱈目じゃん!全部間違ってるじゃん!」
「それでも、あちらにとっては全部真っ当で、全部正しいんですよ」
「何で間違ってるって気付かないの!?ちょっと考えれば――」
「分からないんですよ。この誤解は解けない。模範解答は存在せず、ほぼ全員が同じ解を求めた。つまりそれは正しい解なんですよ。赤で修正を加えることがない真っ白で白々しい解。問いただすことも、問い改めることも出来ない解。何故だか分かりますか?既に解けている解をもう一度解く必要がないからですよ」
「……意味、分かんないよ」
「分かってください。今は分からなくても、いつか」
そこまで言うと、フランさんは口を閉ざした。月をボンヤリと眺めながら、フラフラとわたしの前を飛ぶ。きっと、頭の中がいっぱいになってしまったのだろう。月の異変と、わたしの現状で。
しかし、そんなフランさんを待ってはくれない。わたしの記憶が正しければ、もう人間の里はすぐそこだ。