「フランさん!十時の方角へ!」
「分かった!」
フランさんに指示しながら人間の里を大回りするように林を駆け抜ける。わたしの袖を掴んでいるからか、フランさんは普段よりも遅い。それでもわたしにとってはかなり速い。いつもよりも早く脚が動いているような、大股になっているような感じがするが、それでも何とか合わせることが出来ている。しかし、わたしの最高速度ギリギリに合わせてくれているつもりなのかもしれないけれど、このまま走り続ければいつかこけてしまいそうである。
「一時、いや一時半の方角!」
「おねーさん!これだとちょっと遅いからもうちょっと加速していい!?」
「………まあ、多分…?」
そうだ。わざわざ普段と同じように走る必要もない。つまり、走るのはフランさんに全て任せて、わたしは地面に出来るだけ脚を付けないように、跳躍するなり飛翔するなりすればいいかな。…出来るかな?
「ならいくよ!」
とか考えていたらフランさんは走ることを止め、袖から手を離してわたしの手を握る。そして僅かに浮かび上がり、わたしの思考を丸ごと吹き飛ばすような速度で地面すれすれを飛翔した。手首が物凄く引っ張られ、取れてしまうのではないかと錯覚してしまう。
一瞬頭が真っ白になってしまったが、さっき考えたことを実行する。つまり、移動はフランさんに任せて、わたしも飛翔する。
「二時の方角!」
「見えたっ!あれが迷いの竹林!?」
「そうですね!着いたら一度止まりましょう!」
「え、どうして!?」
「…場所が分からないと、すぐ迷っちゃいますから」
「むー、面倒だなぁー!」
そんなことを言われても迷うものは迷うのだ。鬱蒼と竹が生えているが、それ以外に目立つものがない。さらには深い霧がかかることも多い。そのため、今どこにいるのか分からなくなりがちだ。それに、結界だか幻術だか知らないけれど、真っ直ぐ進んでいるつもりがいつの間にか曲がっていたりするから困る。
「よし、到着!」
竹林に入り、フランさんは地面をガリガリと削りながら無理矢理着地する。わたしも同じように着地しようと思ったけれど、脚がどうにかなりそうな速度だと思ったので、フランさんの手を外し、空中で減速する。
「…ここが、迷いの竹林?」
「んー、わたしが通ったことがあるところじゃないような気がするなぁ…」
永遠亭のお世話になったときに通ったところとは違う気がする。軽く周りを見渡してながら記憶の中から引っ張り出すが、どうも合致しない。
「まあ、竹は成長早いから通ったことがあるところでも違って見えても仕方ないか」
「どのくらい早いの?」
「確か一日に四尺、一メートル二十センチくらいだったかな?」
「うわ、私と同じくらい…」
「わたしには一尺くらい足りませんねー」
しかし、こんなに身長が違うフランさんに引っ張られるってどうなんだろう?まあ、吸血鬼は力も速度も桁違いだし、しょうがないか。
「ま、行きますか」
「おねーさん、迷ったりしない?」
「どうでしょうね…。本気でこの異変を解決されたくない、って考えているならこの迷いの竹林で止めないといけないわけですし」
結界や幻術の類があるなら、普段より強化されていてもおかしくない。無かったとしても、今回の異変のためにそれらを施しても何ら不思議ではないのだ。
「…とりあえず、方角だけでも分かったらいいなぁ…」
地面に手を当て、妖力を流す。頭の中に竹林の形が浮かび上がるが、まだ足りない。もっと遠くまで流れろ、わたしの妖力。
実は、今までこんなに広範囲を知ろうと思ったことはない。慣れていないからか、わたしの妖力感知能力の限界からか、遠くに行くほど形が曖昧にぼやけていくのを感じる。
「大丈夫?おねーさん…」
「……多分、見つけた」
しかし、ぼやけていてもあんなに大きな建物が迷いの竹林に永遠亭以外にあるわけがない。…まぁ、建物っていうより四角いようなぼやけた何かを感じただけなんだけど。しかし、かなり遠いなぁ…。曖昧になるにつれて距離感もよく分からなくなってしまったけれど、かなり遠いことは分かった。
「さて、歩いて行きますか…」
「え、飛ばないの?」
「定期的に方角確認しないと分からなくなっちゃいますから…」
既に見えているところだけでも、さっき浮かんだ形と違って見えるのだ。真っ直ぐ生えていたような気がする竹が遠くのほうではユラユラと揺らぎ、グニャリと曲がって生えているように見える。これは相当だな…。
◆
「…んー、またちょっと曲がってる…」
「え…本当?私達真っ直ぐ進んでたはずだよね…?」
「わたしもそのつもりなんですけどね…」
数分歩き、立ち止まって妖力を流す。それの繰り返し。非常に地味で、思いのほか妖力を喰う作業。しかし、確実に近づいている。あと十回かそこらで到着出来る気がする。
「よし、この方角ですね」
「それにしても誰もいないね…」
「いや、いるにはいるみたいですよ。妖怪兎が」
二回ほど前、明確な形が浮かぶ範囲に妖怪兎の形が浮かんだ。動物の形ではなく人型だったが、頭に大きな二つの耳があったので、多分そうだろう。因幡てゐがそんな感じだったし。
「それよりもわたしが気になるのは、この先にあるんですよね…」
「何があったの?」
「大量の弾痕。抉れた地面。破裂したような竹。綺麗に斬られた竹。薙ぎ倒された竹林。それに、竹に刺さったナイフ三本」
「…お姉様と咲夜が誰かと交戦した…?」
「咲夜さんがわざわざ竹にナイフをブッ刺しておく趣味があるなら別ですが、それはないでしょうし」
「そんな趣味、私も聞いたことないよ…」
聞いたことがあったら困るけど。それよりも、わたしが気になったのは交戦相手だ。綺麗に切断された竹があるから真っ先に妖夢さんだと考えたけれど、永遠亭の妖怪兎が刃物を扱っている可能性も否定出来ない。…まあ、可能性は低そうだが。
「確かこの辺に…、お、あったあった」
地面が無残にも抉れてしまっている。これは、弾幕によって生じる弾痕だろう。そのまま進んでいくと、交戦跡地が見えてきた。
「いやぁ、凄いですね…」
「これ、多分お姉様のスペルカードの神槍『スピア・ザ・グングニル』の跡だと思う…」
フランさんは、何かが通った跡のように両側に薙ぎ倒された竹林を指差しながらそう言った。流石の威力だ。直撃なんかしたくない。
わたしは斬られた竹数本に目を向ける。そして、その切断面を注目した。
「…切断面が僅かだけど濡れてる。霧は出てないし、特に湿った感じもない。つまり、昔斬られたってわけじゃない」
「それがどうしたの?」
「切断面が滑らかで、真っ直ぐ。途中で止まったような跡もない。それに、数本の切断面が綺麗に揃っている。軽いナイフを使っている咲夜さんがここまで綺麗に竹を斬れるか?」
「…斬れないと思うし、そもそも斬る理由がないと思う」
「つまり、刃渡りが長い刃物を持った相手と交戦していた。その刃物を持っている人は、かなりの業物を所持しており、その扱いが非常に良い。つまり、熟練者であると推測出来る」
「それがどうかしたの?」
「まあ、特に意味はないです」
しかし、これで妖夢さんと交戦した可能性が急上昇した。つまり、レミリアさんと咲夜さんが、妖夢さんと幽々子さん相手にスペルカード戦をしたと考えてもいいだろう。
「ま、これだけ腕の立つ人と交戦したならスペルカード戦も長引いたかもしれませんね」
「…どうかなー」
「妖夢さんはともかく、幽々子さんもって考えるとどうでしょうねー…」
「おねーさん、お姉様が誰とやったか分かったの?」
「可能性が一番高いってだけですよ。確定したわけじゃない」
しかし、これだけ荒れていれば一瞬で片付いたとはいかないだろう。
少し竹林の奥へ進み、咲夜さんが普段所持しているはずの銀製のナイフを見つけ、その三本を引っこ抜く。今度返してあげよう。
さて、道草もこのくらいにしておこう。地面に手を当て、妖力を流す。そして、未だに曖昧な形だが、最初に比べれば大分マシになった永遠亭の形を見つけ、その方角を確認する。
「フランさん、ここに用がないなら行きますよ?」
「うん、もう用済み。行こう!」