東方幻影人   作:藍薔薇

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第89話

「…ここを曲がれば」

「兎?」

「ええ。どうします?」

 

角を曲がる前に立ち止まり、周辺を見回す。何か使えそうなものってないかな?…目立つものは壺くらいか。何に使えるんだか。ま、壁と柱があるからそれで問題ないか。

 

「決まってるよ。速攻撃破」

「ですよね。じゃあ短期で討ち取りますか。…出来ればですけど」

「出来るよ!私とおねーさんなら!」

 

そんなフランさんの言葉を聞きながら、両腕に妖力を充填させつつ角を曲がる。その先には、壁に背を預けて休んでいるように見えるうどんげさんがいた。被弾痕が数ヶ所ある。

足音に気付いたようで、こちらに顔が向く。気だるげな表情が一瞬で引き締まる。

 

「これで五組目か…。けれど遅かったわね。全ての扉は封印したわ。もう姫は連れ出せ…、って月の兎!?」

「…はい?」

「月の兎ってさっきの妖怪兎と何が違うの?」

「さ、さあ…?すみませんがさっぱり…」

 

それよりも気になるのは『姫』だ。永琳さんも『姫様』と言っている人物がいるとは知っていたが、もしかして、お行儀よく座っている長髪の人のことかな?それくらいしか永遠亭に触れている人いないし。

 

「って、何だ。幻香さんじゃないですか…。脅かさないでくださいよ」

「やあ、久し振りですね」

「あれ?おねーさん知り合い?」

 

初めて会ったときは月の兎と勘違いしなかったのに、今はした。つまり、今回は月の兎が何か関係があるということだと思う。丁度良く偽物の月が昇っているし。

 

「ま、積もる話は特にないのでさっさと目的を。黒幕に会わせてください」

「奥に黒幕がいるんでしょ?月の異変の!」

「ああ、貴女達も気付いてたんですか…。ちょっと意外。ですが、これ以上通したらお師匠様に叱られてしまうので駄目です」

「なら叱られてください。大丈夫ですよ。辛いのは一瞬ですから」

「いや、貴女は知らないでしょう!?」

 

もちろん知らない。だけど、これでも結構叱られることが多いからね。今までの経験から、そこまで長く叱られることはないと思う。長くても半日くらいじゃないかな?

 

「ま、タダで通せなんて言いませんから。どうせ他の人達ともしたんでしょう?スペルカード戦」

「…ええ、しましたけど」

「ならそれで。ルールはそっちで決めてくださいな」

 

ルールの決定権を譲り、その僅かな時間に思考を巡らす。さて、どうしたものか…。何かいい手段はないだろうか。

 

「では、前に来た方々と同じもので。スペルカードは五枚で、被弾は三回」

「珍しいね。数がズレるなんて」

「ふっ、被弾なんて滅多にしないのでこうなるんですよ」

「…その自慢げな顔、撃ち抜いてあげますから楽しみにしててください」

 

『幻』展開。最速の直進弾用を四十個、標的付近で炸裂する炸裂弾用を五個。合計四十五個。…足止めくらいにはなってくれたらいいな。

 

「フランさん、レーヴァテインはなしです。基本が木造だからわたしがヤバい」

「分かってる!それ以外ならいいでしょう?」

「ええ、もちろん。多少の破損は仕方ない」

 

そう言っておくが、周辺がそこまで壊れていないのが気になる。さっき言っていた『封印』が関係しているのかもしれない。しかし、そんなことはどうでもいい。重要なのは既に四組とスペルカード戦をしているのに廊下や壁がブチ抜かれることがなかったということ。つまり、多少の弾幕なら気にせず放てるってことだ。

 

「どうせだから、貴女達にも見せてあげるわ。月の狂気を」

「月の狂気?何それ?」

「ごめんね。私知らない」

「月は人を狂わすの。上も下も、右も左も、既に方向が狂って見える。月の兎である私の目を見てもっと狂うがいいわ!」

 

そう言ったうどんげさんの赤い目が妖しく光る。…うげ、廊下がさらに歪んで見えてきた。

ちょっと不安になってきたので、試しに壁を一枚目の前に複製してみる。視界に依存するわたしの複製がどうなるか分かったものではないからだ。結果はまともな一枚壁。形を把握していたからかも。

 

「ちょっとおねーさん!いきなり出さないでよ!」

「すみませんね。ですが、使えるか分からないと後で困りますから」

 

その壁からくぐもった音が数発響く。んー、少し抉れてるけど、そんな簡単に貫かれることはなさそう。

このちょっとの時間で考えるけれど、なかなか思いつかない。この二つの問題を同時に解決する手段なんてあるのだろうか?

 

「じゃ、仕切り直しますよ?」

「うん!」

 

右手で壁に触れ、回収する。それと同時にフランさんが突撃するが、うどんげさんが指先から放つ妖力弾は相当早い。んー、フランさんよく近づけるなぁー…。

 

「波符『赤眼催眠(マインドシェイカー)』」

「…あれ?」

 

弾幕がぼやけて二つに増えてるような…?

 

「うわっ!」

「危なっ!」

 

増えた!絶対増えた!ついでにズレた!ああ、またぼやけて増える…!…ちょっと落ち着こう。弾速はかなりある。しかし、避けれないほどではない。…正直、ミスティアさんの能力のほうが厄介だ。

 

「それじゃあ私も!禁忌『クランベリートラップ』!」

 

フランさんの周囲を回る何か。四つのそれがうどんげさんを囲み、そこから弾幕が次々と放たれてゆく。

 

「この程度!」

「アハッ、このくらいは避けれるかー」

 

そう呟くのを聞きながら、わたしは真っ直ぐとうどんげさんの元へ走り出す。フランさんのスペルカードの中に飛び込むわけだが、何回か見ているんだ。多分、大丈夫。

右手に持つのは一本のナイフ。射程圏内に入ったと同時に躊躇なく肩へ突き出す。

 

「うわっ!それは流石にどうかと思いますよ!?」

「知りませんね。もしかしたら貴女の所為で狂っちゃったのかもね?」

「そんなわけないでしょ!」

 

左手に新しく創り、それを撃ち出す。が、一発の妖力弾に弾かれ、遥か後ろのほうへ跳んで行ってしまった。が、そんなことは気にせず次々と創り出す。指先で挟んで軽く投げたり、こぼれ落ちるものあるけど。

 

「ああもう、貴女達は何処からそんなに出てくるんですか!?」

「あー、本当に何処から出てくるんでしょうね」

「自分のことなのに分からないのか!」

 

そこら中にばら撒かれるナイフ。床に先端が僅かに刺さるが、すぐに傾いて倒れてしまう。非常に頑丈な床だなー。

ま、このくらいで十分かな。

 

「複製『炸裂ナイフ』」

「…!?」

 

うどんげさんが飛び上がったが、気にせず足元に落ちているナイフを全て炸裂させる。中心から爆裂させるのではなく、上の方へ弾けるように。

 

「くっ!」

「ナイス!おねーさん!」

 

打ち消すように妖力弾を放っていたが、さすがにこれだけの数は無理だったようだ。細々とした妖力弾に被弾した。

 

「何ですかコレ!爆弾!?」

「失礼な」

 

爆弾とか言わないでくださいよ。わたしの妖力塊をそんな物騒なものにしないでください。

 

「仕方ない!次!狂符『幻視調律(ビジョナリチューニング)』!」

 

うどんげさんとわたしを遮るように弾幕が放たれる。この距離だと避けれるのも避けれないので、靴の過剰妖力を噴出して一気に後退する。

 

「…うわ、今度はぶれる…」

「ちょっと変な気分…」

 

ぼやけたかと思ったら、今度は横へぶれてゆく。基本は単純な直進弾なのに、急に動かれると避けにくい。それに、何だか頭も痛くなってきた気がする…。

それでも何とか避けきり、大きく息を吐く。目を瞑り、強く目頭を押さえてぼやけた視界が治ることに期待するが、そんなことはなかった。…しょうがないか。うどんげさんが何かしてるみたいだし。

次の弾幕が来ないことにちょっと違和感を覚えていたら、急にうどんげさんが喋りだした。

 

「正直、意外ですよ」

「…何がです?」

「幻香さんが。だって、あんな大怪我するような妖怪なのに、ここまで出来るなんて」

「失礼な。そんなことどうでもいいからさっさと――」

 

唐突に思い付いた。どうでもいい、か。

 

「どうしたの、おねーさん?」

「…これだ」

 

このスペルカード戦が始まる少し前から、一つのことを考えていた。

 

「ねえ、フランさん」

 

それは、フランさんの中で今も天秤の上で揺れている二つのいいことと悪いことを解決する手段。『フランさんとレミリアさんが対峙しない』と『黒幕に対峙する』を同時に解決する手段。

黒幕を、永琳さんをどうでもいいと切り捨てることで辿り着いた手段。

 

「奥にいる黒幕なんて放っておいて別の黒幕を追いましょう?」

「…え?」

「はい?何言ってるんですか幻香さん…?」

 


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