東方幻影人   作:藍薔薇

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第90話

「いやいや、何言ってるんですか?月の異変の黒幕は奥にいるお師匠様で…」

 

うどんげさんが何か言っているが、気にせず続ける。

 

「フランさん。飽くまで一つの手段ですから、選択権は貴女にあります」

「えっと、どういう事?黒幕ってこの奥にいるんじゃないの?」

「ええ。ですが、他にも怪しい人がいたんですよ。もしかしたら、その人も黒幕かも」

「…誰?」

「姫様」

 

その言葉を聞いたうどんげさんが激しく狼狽えたのが分かる。そりゃそうだよね。あれだけ会わせないようにしているんだもんね。

 

「だからこそ怪しい。わたし達に、先を行っている彼女達にも会わせなかった姫様なら、安全に異変を遂行出来る」

「あ、そっか!」

「ですが、飽くまで可能性。ほぼ確実に黒幕がいるけどレミリアさんがいる奥へ進むか」

 

左手でうどんげさんを通り越した奥のほうを指差す。

 

「黒幕の可能性はそれなりに高くてレミリアさんがいない向こう側へ行くか…」

 

右手で姫様と思われる方向を指差すのを見たうどんげさんが更なる反応を示した。

 

「ちょっ!ど、どうして――」

「『姫様がいる方向が分かるんですか』…ですか?何となく分かるんですよ。…フランさん。決めるのは貴女です。どちらへ行きますか?」

 

ここまで言っているけれど、姫様が黒幕の可能性なんてかなり低い。普通に姫様なんて呼ばれてるくらいだから安全なところに置いているだけってこともあるだろうし、霊夢さんの勘が黒幕を外すとは思えない。

だけど、フランさんの天秤は未だにユラユラと揺れていた。だから、考えた。悪いけれど、姫様には犠牲になってもらおう。わたしの勝手な都合で黒幕になってもらおう。

 

「繰り返しますが、フランさん。姫様が黒幕という確証はないです。飽くまで可能性」

「うん、分かってる…」

「ま、落ち着いて考えて答えが出たら教えてください。それまでわたしはあっちと遊んでますから」

 

フランさんの前を歩きながら後ろに手を伸ばし、防壁の代わりに壁を複製する。念のため三枚。

 

「さ、続きを始めましょう?うどんげさん」

「…貴女ねえ!」

「ま、誤っても謝れば済む。里の人間共とは違ってね」

「そういう問題じゃないんですよ」

「そういう問題なんですよ。どちらにしろ、決めるのは貴女じゃない」

「いいえ、決めるのは私ですよ。ここで貴女を倒せばそれでおしまいです」

 

わたしの眉間めがけて一発。そして、回避するだろう場所を予測した四発ずつの妖力弾が左右に遅れてくる。それに対し、目の前に柱を垂直に立てる。眉間に当たるはずだった妖力弾が柱を浅く削り、消えた。左右の妖力弾は当たることなく通り過ぎる。

柱をほぼ中心で切断し、下部を蹴飛ばしながら上部を掴む。飛んで行った柱は綺麗に避けられたが、その回避した方向に柱をぶん投げる。しかし、それも体を屈めてやり過ごされた。

 

「んー、やっぱ駄目かー」

 

放射状に飛来してきた弾幕を辛うじて避けながら、隙を窺う。が、それらしい隙は見当たらない。瞬きの瞬間を狙って一発放ってみるが、見事に打ち消された。

 

「懶惰『生神停止(マインドストッパー)』」

 

うどんげさんの宣言と共に、立方体の頂点の位置からわたしに向かって弾幕が放たれる。前後左右上下、全方向を囲む弾幕。しかも、かなり弾速が早い。視界に依存する鏡符「幽体離脱」は全方位からの弾幕に圧倒的に弱い。それを打開する手段を模索していたが、今ほどそれが欲しいと思ったことはないかもしれない。

とりあえずこちらに飛来する前に三本の柱を複製し、射出。左右の回避を封じつつ、その中心に一本。軽く跳ねて飛び越えられる。

 

「…こりゃまともにやったら勝てそうにないかな」

「なら降参してくれますか?そうすればみんな幸せですよ?」

「何言ってるんだかサッパリだね」

 

周囲の弾幕が一瞬止まった。軌道が僅かに傾き、曲がりだす。ただでさえ全方位弾幕は苦手なのに、さらに曲がるか。

…正攻法じゃ敵わない。元の実力の格差が大きすぎる。

だからこそ手段を、奇策を考える。

 

「鏡符『幽体離脱・纏』!」

「はい!?」

 

視界に映る弾幕を纏い、『幻』四十五個全てを打消弾用に変更しながら突貫する。鏡符「幽体離脱・滅」では全て消し飛ばしても、うどんげさんに肉薄するまでに新たな弾幕に被弾してしまう。しかし、打ち消して身を護るための防御型なら届く。

この距離なら、靴から噴出する推進力も含めて約三秒。わたしの近くで妖力弾が互いを打ち消し合う音がとめどなく響く。しかし、気にして動きを止めれば間に合わない。

走りながら柱を一本複製し、うどんげさんの少し上目がけて射出する。そして、遥か後方の柱三本を炸裂させる。その音に反応して後方を向いた彼女の目の前に壁を複製する。これで後方と上方の退路は断った。左右なら、技術で何とか出来る。

わたしの周囲を回る妖力弾もほとんど消えた。が、もう十分な距離だ。右腕はもう打ち出せる。

床に思い切り足を踏みしめ、妖力を流す。瞬時に周囲の形が浮かぶ。そして、目的の形を知り、複製する。

 

「オラァ!」

 

限界まで引き絞った右腕を鳩尾にブチ込む。抉り込むように捻じることも忘れない。吹き飛ばす際に壁が壊れやすくなるように、細い筋を無数に描くように霧散させる。目的通り壁を砕きながら吹き飛び、頭に被っていた薄紫一色の壺を割りつつ頭から落ちる。

 

「ゲホッ、ゴホッ…」

「スペルカード、止まっちゃいましたよ?大丈夫ですか?」

「…誰がやったのよ、誰が!」

「わたしですよ?」

 

平然と聞こえるように答える。

 

「まともに勝てないから奇策を練る。邪道を選び、非常識を求め、掟破りの一撃を与える。…こうでもしないとわたしは勝てないんですよ」

 

弾幕が消えるなんてふざけてる。樹が飛んでくるなんて聞いてない。殴る蹴るとか弾幕ごっこじゃない。スペルカード宣言時に不意討ちされるなんて有り得ない。視界を潰されるなんて非常識。

不意を打ち、隙を作り、一撃を加える。勝てそうにないならいつもそうしてきた。勝てそうでもいつもそうしてきた。

 

「ま、被弾は被弾ですからね。もう後はないですよ?」

 

突如、後方から爆音が響いた。振り返ってみると、三枚の壁が中心から爆発し、音を立てて崩れていた。

 

「決めたっ!」

 

その奥で無邪気に笑うフランさんがいた。わたしは未だに蹲っているうどんげさんを放っておき、フランさんのもとへ歩み寄る。

 

「姫様のほうだとお姉様に会わないから叱られる心配も少なくなるけど黒幕じゃないかもしれない、だよね?…なら、姫様のほうに行くよ!言いつけを守らなかったってバレたくないし」

「いいんですか?黒幕じゃないかもしれませんよ?」

「いいの。黒幕のほうに賭けるから。奥の黒幕はお姉様たちに任せるよ」

「もし、黒幕じゃなかったらすみませんね。大丈夫。一緒に謝ってあげますから」

 

フランさんの天秤は新しいものに置き換わり、姫様へ傾いた。奥の黒幕へ多少の興味はあるだろうけれど、それを打ち消す程に姫様へ興味を持っている。

しかし、うどんげさんは黙っていないだろう。まだ痛むだろう腹部を抑えながら立ち上がる。

 

「…絶対に、通しませんよ」

「知ってます」

「奥に行くならまだ許せましたけれど…」

「うん。知ってたよ」

「姫様のところへ行こうって言うなら、もう手加減はしません」

 

眼が今までよりも数段強く赤く輝く。その眼を見ていると、気分が悪くなってくる。が、この手段を思い付いた時からそうなることは予想済みだ。

 

「…行けますか、フランさん?」

「当然!」

 

さて、もう隙が出来ることはないだろう。不意を打つなんて出来ないだろう。近付くなんて以ての外だ。本気のうどんげさん相手に、わたしはどこまで戦えるかな?

 


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