東方幻影人   作:藍薔薇

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第91話

「散符『真実の月(インビジブルフルムーン)』」

 

宣言と同時に放たれる弾幕は美しい球体を描く。その姿は名前の通り満月のよう。

 

「…ちょっと多くない?」

「そう?お姉様より少ないけど」

「比べる対象が…」

 

二人の喧嘩に付き合ったときよりは薄い気がするけどさぁ…。しかし、弾幕は直進弾。異様なまでに細い隙間を予測し、僅かにずれようとしたら弾幕が消えた。

 

「…消えるだけ?いや、そんなはず」

 

代わりに現れるのは、移動を阻害するような位置に配置されてゆく妖力弾。とりあえず邪魔な場所に配置されたのだけ打ち消す。そして柱を複製し、ブン投げようとしたその時。さっき消えた弾幕が復活した。

 

「…面倒な」

「どうする?」

「…吹き飛ばす、と言いたいけれど…」

 

両腕には模倣「マスタースパーク」を放つ予定で妖力を充填していたが、この状況で放ったところで、どうせ避けられる。相手の弾幕を撃ち消して終了だろう。廊下全部を埋め尽くせば、つまり回避不可能の一撃を加えるつもりなら当たるだろうけれど、それはなしだ。

 

「とりあえず、一発貫くか」

 

片腕に充填されていた妖力を大体二十分割にし、その一つを指先に出す。貫通性を求め、可能な限り細く、鋭く。そして、螺旋状に回転を加える。

狙いは面積が広く当てやすい胴体。投げるつもりだった柱を盾にし、その陰から射出する。

 

「…やっぱ駄目か」

 

球体を模した弾幕を貫いて優曇華さん目がけて飛んでいった妖力弾は、いとも容易く避けられ、奥の壁を半ばまで貫いた。

次の一撃を用意しようとしたところで新たな弾幕は放たれる。その弾幕は先程の比ではないほどに濃い。…大丈夫かな、わたし?

柱の陰でやり過ごそうと思ったら、今までとは違うことが音になって伝わってきた。ベキャッと樹が凹む音で。…やばい。簡単に折れる。

盾にすることを諦め、半分も残っていない柱を射出する。予想はしていたが、弾幕に削り取られ、うどんげさんに届くことはなかった。

 

「手加減なしってのは本当ですね…」

「うん!楽しくなってきた!」

「そうですか?ま、どうにかする手段でも考えますか」

「じゃあ私が!禁弾『カタディオプトリック』!」

 

相手の弾幕が消えたのと同時に宣言し、壁を反射する弾幕を縦横無尽に放つ。壁を、床を、天井を跳ね返りながらうどんげさんへと向かう妖力弾。しかし、再度現れた弾幕と丁度打ち消し合ってしまう。

その分避けるのは楽になったのだが、当てられない。近付けばいいのだろうけれど、それも容易いことではない。

もっと弾速が必要だ、と思う。しかし、そんなことをフランさんに言ったら相手に更なる警戒を与えてしまう。…よし、わたしが勝手に加速させよう。

ナイフを複製し、跳ね返る妖力弾に直接ぶつける。ナイフに押し出され、速度を引き継ぐように加速した妖力弾だが、駄目だった。問題なさそうに避けられる。

さらに数本複製し、追加で加速させるが、意味はなかった。

 

「ッ!…まずっ!」

 

それどころか、ナイフで当てることに意識が向き過ぎた所為か、避けられたかもしれない弾幕に被弾してしまう。しかも、敷き詰められたように濃い弾幕のため、複数個同時に。咄嗟に腕で顔は守ったが、かなり痛い。血も出てくる。

 

「大丈夫!?」

「…大丈夫じゃない、何て言ってられます?」

「…そうだよね」

 

壁を複製し、押し出す。弾幕に飲み込まれてすぐに粉微塵になってしまったが、一秒にも満たない安全な時間が出来た。その隙に傷口を撫でるように妖力を流して無理矢理治癒させるが、痛みは残る。動きも悪くなっているだろう。…まだ一回目とはいえ、あちらもまだスペルカードを一枚残してる。

それにしても、さっきから黙っているうどんげさんが怖い。語る言葉もない、って言われている気がして何だか嫌な気分になる。…それでもいい。どうせ、お互いに求めている結果は相手の求めていない結果だ。

 

「…フランさん、すみませんがわたしはちょっとでも気を抜いたら被弾しちゃいそうです。…任せてもいいですか?」

「分かった!任せて!」

「それじゃあ、よろしくお願いしますね」

 

フランさんを残し、さらに後方へ下がる。この位置なら避けられるだろうと思う距離まで。その位置は、あと五歩も後ろに進めば曲がり角に到達する距離。これだけ下がれば、球体を描く弾幕の隙間もそれだけ広がる。余裕があるわけではないが、圧倒的に避けやすい。

弾幕が消えよう現れようと関係ない。わたしはこの位置で避け続けるだけだ。飛来してきた弾幕を『幻』で打ち消し、強制的に空間を作り出す。数瞬の隙を見出しても食いつかない。そんなことして被弾したくない。

そしてようやく三十秒。スペルカードが終了した。その瞬間にわたしは残り数秒のスペルカードを放っているフランさんの元へ飛んでいく。もうこんな後方にいる必要はないわけだし。

 

「…ふぅ。何とかなった…」

「むー、当てられない…」

「慣れてるみたいなこと言ってましたし、当てなくても勝てる。あちらがスペルカードを使い切れば、それで」

「使うか分からないじゃん…。あ、終わりだ」

 

確かにそうだ。このままスペルカードの宣言をせずに長引くなんてこともあり得る。

しかし、そんな心配は無用だった。

 

「月眼『月兎遠隔催眠術(テレメスメリズム)』」

「…使ってきた」

 

それだけの自信があるのか。…いや、どうでもいいか。つまり、避けきればいい。

左右から妖力弾が放たれる。より具体的には、壁から弾幕が放たれる。片方、右側の弾幕を打ち消し、左側に集中する。

 

「え?」

 

弾幕全てが止まり、透き通った。突然の出来事に困惑する。透き通った弾幕は前後に流れてゆき、わたしを突き抜ける。…当たらない?何で?いや、さっきまでと同じならこの位置はまずい!

透明度を失った弾幕が再び動き出す。わたしの両側には、数十個の妖力弾が。咄嗟に両側に壁を複製するが、平然と貫通した。壁の穴の位置から飛んでくる場所を予測し、『幻』で打ち消す。しかし、二つ間に合わず。一つは髪の毛を僅かに削り取り、もう一つは腕に被弾してしまった。…もう、複製で防御するのは無理らしい。

 

「絶望的だなー…」

「諦めるの早いよ!」

「わたしはそこまで強くないですから。諦めるのも手段ですよ」

「今それ言う!?」

 

誰も聞いてないだろうと思って小さく呟いた言葉は、フランさんには届いてたようである。残り二十八秒くらい。避ければいいとか思ったけれど、無理そう。

…しょうがないか。

 

「フランさん、倒れたらわたしは放っておいて先に行ってもいいですからね?」

「…何言ってるのおねーさん?」

 

あっちが手加減なしなんだ。

 

「わたしは制限なしですよ」

 

わたしの『幻』を安定して使える数は現在四十五個。それを超えるとズレが生じる。最速の妖力弾を放つはずなのに僅かに遅くなったり、大きさが僅かに変わったり、目標から少し外れたところに放たれたり、威力がちょっと変わったり、妖力弾に小細工を仕込み辛くなったり。そして、そのズレは多ければ多いほど酷くなる。三倍くらいになれば勝手に消えるのが出てくる。

 

「とりあえず、千個でいいや」

 

緋々色金を二つ回収し、わたし自身に収まり切らない妖力を含めてほぼ全てを使って『幻』を量産する。出したところで消えても気にせず増やし続ける。消えるより早く出せば増える。

この数になれば、速度は最速から最遅まで、大きさは米粒から顔より大きいほどまで、飛んでいくのは全方位、威力は最弱から最強、妖力弾は直進弾。

想像以上に妖力を使った。勝手に消える数が予想より多く、今もなお消え続けているため、それを補充するために出し続けている。

今までだんまりだったうどんげさんが、わたしに向かって口を開く。その眼は、明らかに狂人の見る眼だ。

 

「…貴女、本気ですか?」

「ま、貴女に当たるまでだ。うどんげさん?」

 

『幻』から放たれる弾幕はところ構わず放たれる。壁にも、床にも、天井にも、妖力弾にも、近くにいるフランさんにも、前方にいる優曇華さんにも、もちろんわたしにも。しかし、わたしに当たる妖力弾は全て回収するからわたしに被害はない。

 

「…そんな使い方したら死にますよ?」

「冥界ならもう行ったよ。それに、死にかけるなんてよくあること」

 

これだけの数があるが、うどんげさんに向かって進む妖力弾はどれだけあるだろうか。前方に放たれる、という大きな範囲ならきっと八分の一、百二十五個分くらいかな?もったいないような気がするけれど、残りは相手の弾幕を打ち消してると考えればいいか。

 

「…貴女、馬鹿ですか?」

「アハッ、まともじゃないって意味なら正しいですよ」

 

だってわたしは異常だから。

 

「鏡符『幽体離脱・集』」

 

視界に映る弾幕全てから新たな弾幕が生まれる。生まれた弾幕は確かにうどんげさんへと飛んでゆき、問題なく被弾した。

なのに、どうしてわたしの体は横に傾いているだろう。妖力は確かに大量に使った。だけど、まだ残っているのを感じる。『幻』も既に全部戻した。その分の妖力も戻ってきたはずだ。

なのに、どうして視界が赤いんだろう。赤い。赤い。赤い。赤。赤。赤。赤赤。待て。赤赤赤。まだだ。赤赤赤赤。意識が飛ぶ。赤赤赤赤赤。その前に。赤赤赤赤赤赤。複製、複製、複製。赤赤赤赤赤赤赤。複製、複製、複製。赤赤赤赤赤赤赤赤。複製炸裂、複製炸裂、複製炸裂。赤赤赤赤赤赤赤赤赤。複製炸裂、複製炸裂、複製炸裂。赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。

赤が黒に変わる寸前に、三人の声が聞こえた気がした。

 


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