東方幻影人   作:藍薔薇

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第92話

『足りナイ。もッと壊ソ?』

 

 

 

 

 

 

「鏡符『幽体離脱・集』」

 

おねーさんが異常なまでの『幻』を出し、その弾幕の複製を全てぶつけたスペルカード。あの規模の弾幕を避けるのは無理があると思う。わたしも、もしかしたらお姉様も。

そんな数の暴力に飲み込まれた兎の眼が一瞬真っ赤に光った気がした。

 

「…え?」

 

そして、おねーさんが傾いた。脚が崩れ、そのまま横に倒れる。床に叩きつけられる前に支えたけれど、その体に意思があるようには思えなかった。

…どうして?本当に倒れちゃったよ?また妖力枯渇?けど、さっきあの金属を摘まんで回収してた。けれど、それでも足りないくらい使ったの?

 

「ねえ、おねーさん!おねーさんったら!」

 

肩を掴んで強く揺すり、叫ぶ。無駄だと分かってる。分かってるけれど、こうせずにはいられない。

おねーさんの眼は開いたまま。焦点は合わず、何も映していない、意思無き眼。

 

「きゃっ!」

 

その眼を見て唖然としかけたところで、おねーさんの服から鋭く細い何かが大量に飛び出した。その拍子にバラバラとこぼれ落ちるたくさんの針と三本のナイフ。ズタズタになった服から飛んで行ったものは百本くらいの針。兎が横になって倒れている上の天井に甘く刺さる。そして、わたしと兎の間に壁が隙間なく現れた。

壁から爆裂音が響いた。続けざまに六回。音がしたほうに思わず目を遣ると、あれ程の弾幕が放たれてもほとんど壊れなかった壁に大穴が開いていた。その大穴は向こう側まで真っ直ぐと見ることが出来、その奥には誰かがいるように見える。…もしかして、あれが姫様?

 

「…絶対に、行かせませんよ」

 

壁の向こうから声が聞こえた。掠れ気味だけど、強い意志を持った声。

 

「決めるのは、私です、から…」

 

立ち上がる音が聞こえてくる。しかし、明らかに遅い。あれだけの弾幕を喰らってまだ動けることに少しだけ驚いた。

 

「幻香さんの、意識の波長を、限りなく、零にした…」

「…何、言ってるの?」

「覚めることは、ない、です…。私か、お師匠様しか、治せない…」

 

意識の波長?波長を零?何を言っているのかさっぱり分からなかった。だけど、一つだけ分かったことがある。おねーさんは、この兎に何かされたってことだけは。

 

「姫様のところには、絶対に、行かせない。…申し訳ないですが、幻香さんは、人質です。…姫様に会わないなら、明日にでも、治します」

「…ふざけないで」

「保証は、します。ですが、信じるも、信じないも、…貴女次第です」

 

ふと、おねーさんが最後に私に言った言葉を思い出した。『倒れたらわたしは放っておいて先に行ってもいいですからね?』。そう言われたけれど、私にはとても出来ない。出来るわけがない。

だって、目の前に、一枚向こう側に、おねーさんをこうした奴がいるんだよ?

だけど、それも出来ない。今は抑えないと、きっと暴れ出す。いや、絶対に暴れ出す。向こう側の兎を壊して、もしかしたら殺しちゃって、周りのものもまとめて全部壊す。おねーさんは笑って許すだろうけれど、きっと私に恐怖する。それは、嫌だ。それに、そうしたらおねーさんが目覚めないかもしれないんだ。それは、もっと嫌だ。

そんな時、壁の向こう側から、カツン、と音が鳴った。何か硬い物が落ちる音。一回では収まらず、ジャラジャラと響き渡る。

 

「ぐっ…、これは、針…?」

 

さっきの針が落ちてきたのだろう。…多分、おねーさんの最後の足止めだ。

だけど、私にはどうすればいいのか分からない。姫様に会う?兎を潰す?それとも、大人しくする?…分からない。全然分からない。

 

「ねえ、どうすればいいかな…。おねーさん」

 

おねーさんに訊ねても、いつもみたいに返ってくることはない。

そのはずだった。

急に上半身だけが持ち上がる。おねーさんの背中から見える翼が私に触れると、シャラリ、と音を響かせた。

 

「おねーさんっ!」

「なっ、どうして…!」

 

そのままフワリと軽く浮き上がりながら、おねーさんは立ち上がった。…あれ?おねーさんってこんなに小さかったっけ?いや、小さいっていうより、同じくらい…。

 

「ねえ、おねーさん?」

 

返事がない。どうして?

向こう側からおねーさんが創った壁を壊すために放っただろう弾幕の被弾する音が響く。が、あれ程の攻撃を喰らって、いつもと同じようなものが出せるとは思えない。実際、貫通出来ていた妖力弾はその壁を貫くことが出来ていない。

 

「…おねーさん?ねえ、どうしたの…?」

 

こちらを振り向きもしない。その代わりなのか、右手を壁に向かって伸ばし始めた。その右手にはキラリと光る何かが浮かび上がる。

その光る何かをそのまま握り潰した。そして、派手な音と大量の屑を撒き散らしながら目の前にあった壁が爆ぜた。…見たことのある光景。何度も見てきた、何度もやってきた、最近はあまり見ていない光景。

 

「…何で…。おねーさんが…?」

 

その能力は、私と同じだ。ものの『目』を掌に移し、それを潰すことでものを内側から破壊する能力。『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。お姉様にも咲夜にも誰にも見えない『目』がどうしておねーさんに?…いや、その前にどうしておねーさんがその能力を…?

そんな疑問を抱くけれど、おねーさんは止まらない。再び右手を開き、その上に『目』を移す。その『目』はもう一つ奥の壁の『目』。

 

「『無用な破壊は駄目だ』って言ったのはおねーさんでしょ!?ねえ、止めてよ!」

 

そんな私の叫びを、おねーさんは聞いてくれなかった。再び壁が爆ぜる。…どうしよう。ねえ、どうすればいいの、おねーさん…?

 

「一体、何が…」

「うるさい!黙ってて!元はと言えば貴女がッ!」

 

いや、今は兎なんてどうでもいい。それよりおねーさんだ。止めないと。そうしないと次の破壊が起こる。

 

「おねーさんごめんっ!」

 

次の壁の『目』を移した右手の『目』を潰す。内側から爆ぜるのを見ると、気分が悪くなってくる。ああ、また壊しちゃった、って罪悪感を感じてしまう。あの時に感じた快感だとか解放感なんて何も感じない。

右手の上にあった『目』がスゥ、と戻るのが見えた。普段は一瞬で潰せるから気にしていなかったことだけど、移した『目』は留めようと思わなければ数秒しか留められないからだ。つまり、今のおねーさんはとにかく潰すことしか考えてない、と思う。

しかし、破壊が止まるわけではなかった。右手を破壊したら、すぐに左手に同じ『目』を移して潰したから。また壁が爆ぜる。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい…っ!」

 

咄嗟に左手の『目』も潰した。おねーさんの両手は無くなった。これで無効化出来たはず…。

 

「…嘘」

 

甘かった。私の考えが甘かった。私の能力を使った時点で考えるべきだったかもしれない。グチュリ、グチュリと肉が蠢き、右手がほぼ治りかけている。左手も同じように肉が生え始めた。この再生能力は、まさしく吸血鬼。

敵と認識したからなのか気紛れなのか、私には分からないけれど、おねーさんがこちらを向いた。血のように紅く、何処までも深く、それでいて何を見ているのか分からない目。

そして、軽く開いた口の中にある『目』。あれは私の『目』だ。

止められない。止めるためには頭を破壊する。つまり、おねーさんの死だ。けれど、止めないと私が…。

目を閉じる。私はきっと死ぬ。死ぬ瞬間に思い浮かべたのはお姉様と、おねーさんだ。二人の笑顔を思い出す。ああ、短いのか長いのか分からないけれど、四百九十五年地下室で幽閉されてたけれど、楽しい生涯だった、と思う。…さよなら、おねーさん。

…。

……。

………。

…………あれ?

けれど、私の死は何時まで経っても訪れることはなかった。

目を開くと、おねーさんの後ろから一人の人がいた。その人は、後ろからおねーさんの上顎と下顎を掴んでいた。『目』は既に消滅していた。

 

「あらあらあらあら…。大変なことになってるわねぇ…」

「え…?誰?」

 

その人は、下半身が無かった。…いや、よく見たら空間が裂けている。そこから上半身だけ出しているみたいだ。その裂けた空間の向こう側には紅白の服を纏った人が見えた。

 

「ちょっと紫!何よそ見してるのよ!」

「そうカリカリしないの」

「するわよ!アンタに言われてわざわざこんなとこに来てるのに、言ったアンタがそれでどうするのよ!」

「オイ霊夢!危ないぞ!」

「チッ!ああもうっ!」

 

霊夢と魔理沙だ。きっと、お姉様も咲夜もいるんだろう。どうしてか分からないけれど、黒幕のいるだろう場所とここが繋がっている。

 

「霊夢ー。急用が出来たから私は帰るわねー」

「ハァ!?ふっざけんじゃないわよ!」

「それじゃあねー」

 

紫、と呼ばれていた人はそう言うと下半身を裂けた空間から出し、空間が閉じた。それと同時に、おねーさんが倒れた。

 

「なっ!おねーさんっ!?」

「…今は、応急処置くらいしか…。切り離すのは無理、か。大人しく消化してもらうしか…」

「何言ってるの!?応急処置?消化?そんなことよりおねーさんをどうしたの!」

「貴女のおねーさん、幻香は悪いけれどまだ覚めないわ。それに、今は起こさない方がいい…。また暴れさせたいなら別だけど」

「…どういうこと?」

 

私の問いかけに答えることなく、紫と呼ばれた人は空間を裂き、何処かへ行ってしまった。

…何が起こったの?おねーさんって、何者なの?

 


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