東方幻影人   作:藍薔薇

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第93話

それから、様々なことが一気に起きた。

まず、朝が来た。今まで止まっていた時間を取り戻すように月が動き出し、日が昇った。その動きを、おねーさんが壊した壁を通して見ていた。日光が廊下に、私に、倒れているおねーさんに降り注ぐ。ジリジリとした嫌な痛みが私を襲い、日陰に隠れた。吸血鬼に、私になっていたと思うおねーさんが大丈夫か心配になったが、何ともないようで安心した。

次に、おねーさんが創った壁が吹き飛んだ。

 

「こんな壁あったっけ?」

「いや、無かったはずだぜ?」

「貴女達、そんな壁の前で倒れてるのは無視するの?」

 

粉塵の中から次々と現れる人々。霊夢、魔理沙とアリス――だと思う――、お姉様と咲夜、知らない剣士と幽霊、そして奇抜な服を着た人。そんな中で、魔理沙が真っ先に私に気付き、声をかけてきた。

 

「よっ。ちょいと遅かったな。残念だがもう終わっちまったぜ」

「…ううん、いいの」

「ああそうかい。…ところで、一人で出てきていいのか?」

「えっと…おねーさん、と」

「幻香と?」

 

魔理沙はおねーさんの姿がない事に違和感を覚えたのか、軽く見回しているようだけど、それは仕方がないことだと思う。今、おねーさんは私の後ろで倒れている。その場所は日光が差しているから、そのままにせざるを得なかったのだ。…無理すればこっちに持ってくることくらい出来る気はするのだけれど、下手に動かすのはよくないかもしれないと思ったから、そのままにしている。ごめんね、おねーさん。

 

「おわっ!急に何だよ!」

 

未だに見つけられていない魔理沙を誰かが押し退けた。誰がやったかは、押し退けるときに出した手で分かった。

 

「…お姉様」

「ちょっとフラン!どうしてそこにいるのよ!」

「…いいでしょ、私がどこで何をしてたって」

「いいわけないでしょう!?貴女は…!」

「うるさいよ」

 

重く、低い言葉が響いた。自分自身が出したとは思えないほど低い。一瞬だけど怯んだお姉様の視線から逃げるように、おねーさんの元へ。だけど、日光に当たらないギリギリまでしか近づけない自分に腹が立つ。

 

「今は、放っておいてよ」

「放って、って…」

「お嬢様。…今は、時間が必要かと」

 

向こう側で何か言い合っている気がするけれど、もう私の耳には入らない。

胸にポッカリと空虚な穴が開いたようだ。今まで当たり前にあったのが抜け落ちたような、そんな感じ。今までおねーさんが倒れることなんてよくあった、と聞いた。私の目の前で倒れたことだってあった。だけど、どうして今に限ってこんなことを感じるんだろう。

手を伸ばす。日光に触れた指先が燃え上がるような熱さを感じ、すぐに引っ込めてしまう。この程度ならすぐに治るけれど、この穴は埋まりそうにない。

 

「おねーさん…」

 

そう呟いた時には、もうほとんどの人がいなくなっていた。きっと、帰ったのだろう。

ボーッとおねーさんを眺めていたら、誰かが視界に入ってきた。奇抜な服を着ていた人。背中に何十本も針が刺さっている兎を抱えながら、私に話しかけてきた。

 

「…ちょっと聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」

 

 

 

 

 

 

病室。二つのベッドにはおねーさんと、針が丁寧に抜かれて止血を施された兎が横になっている。おねーさんの横にある椅子に座るよう言われたので、座っている。ふと窓を見上げてみると、既に茜色の空が広がっていた。

 

「…ふぅ。こんな短期間で三回もここに来たのは初めてかもね…」

 

妖怪は特に、と永琳と名乗った医者は小さく付け加えた。部屋の隅にある机の前で座る永琳はさらに続ける。

 

「前と明らかに違うのは命の危険はないって所ね」

「…分かるの?」

「そりゃあ、ね。ま、どこかの誰かさんが介入したみたいだけど」

 

誰が介入したかは知っている。だけど、おねーさんがああなったことに関係があることは話したくなかった。話した方がいいのかもしれないけれど、口に出すとまたおねーさんがああなって破壊を再開するんじゃないかって、そんな幻想がチラつくから。

 

「ところで、うどんげを針だらけにしたのは貴女達かしら?」

「うん」

「何枚もの壁を壊したのも?」

「うん」

「…理由は?」

「姫様に会うため」

 

そう言った瞬間、永琳の顔が僅かに歪んだ。

 

「どうしてそうなったのかしら?」

「私が黒幕に会いたかったから」

 

続けて、と刃のように鋭い声が響く。永琳が私を睨んでいるけれど、睨み返す気にはなれない。ただ、言われたままに、淡々と続けた。

 

「月の異変の黒幕に会いたかったから。だけど、黒幕は二人いるって言ってた。月の偽物を出した黒幕と、月を止めた黒幕。皆は貴女を黒幕として扱ったけれど、もう一人は蔑ろ。だから、誰が黒幕に成り得るか考えたの。そこで出たのが姫様。誰も近寄らないなら、安全に異変を行える。だから怪しい」

「それは、貴女が?」

「おねーさんが。今思えば、多分私の為に、だと思う。お姉様の後なんて嫌だって思ったから、考えてくれたんだと思う」

 

そう言うと、永琳はフフフ、と嗤い出した。

 

「それなら勘違いもいいところよ。貴女の言う『月の偽物を出した黒幕』は私、『月を止めた黒幕』は全く関係ないもの」

「じゃあ、ごめんなさい。姫様って人にそう伝えといて。私達の勘違いで勝手に黒幕にしてごめんなさい、って」

「優しいのね」

「ありがと。…けれど、違う。本当に優しいのは私じゃない。その言葉は私じゃなくておねーさんにあげるべき言葉だよ」

「あら、そう?」

「…誤っても謝れるなら、誤解のままにしないで済むから。…よく分からないけど、おねーさんが言ってた」

 

間違いは正されるものだと思ってた。私も間違っていたから、四百九十五年間地下室に閉じ込められた。お姉様曰く、捻じ曲がった性格だとか壊れた道徳だとか破滅の運命だとか色々言ってたけれど、それがある程度正されたから出してもらえた、と思う。同じように、時間をかければどんな間違いも正されると思ってた。けど、どうやら違うらしい。

…いや、もしかしたらどんなに時間が掛かっても無駄だったのかもしれないな、と今更思い付く。私が正されたのは、おねーさんに会ったから、スペルカードルールを知ったから、魔理沙と全力で遊んだから、かもしれない。そんなきっかけがないと、駄目なのかもしれない。そう考えると、おねーさんが言っていたことも何となく分かってきた、ような気がする。

 

「ところで、おねーさんっていつ起きるの?貴女なら治せるって言ってたけど」

「悪いけれど、分からないわね。妙な介入さえなければ明確に答えられたんだけど」

「…今すぐ、って無理なの?」

「無理ね。そんな急に起こすのは危険よ」

「いきなり零にするのは大丈夫なのに?」

「…そこに関しては優曇華にちゃんと言っとかないといけないわね」

 

姫様のところへ行こうとする者を絶対に通すな、と言っていたらしい。そこの兎は、それを忠実に守ったと言える。しかし、ここまでするとは思ってなかったとか。

 

「まあ、保証はするわ。私の医者としてのプライドをかけて」

「本当?」

「ええ。だけど、ちょっとだけ頼みたいことがあるの」

「…何?出来ることなら、何でもするよ」

「ちょっと対価を、ね。大丈夫、法外なものを頼むつもりはないわ。貴女の髪の毛よ」

 

頼まれたものは、意外なものだった。どうしてそんなものが欲しいのだろう?

 

「ちょっと吸血鬼について興味が湧いてね。出来れば皮膚片とか血液とかもあれば嬉しいけれど」

「うん、いいよ。それで、おねーさんが助かるなら」

 

どの程度取られるのか、と考えたけれど、本当に極少量だった。髪の毛は根元から二、三本。皮膚片は殆ど垢と思えるほど。血液は二滴もない。…本当に、どうしてそんなものが欲しいんだかさっぱり分からない。

 

「ありがとう。これで、知りたいことが分かると思うわ」

 

そう言う永琳は、何故かとても険しい顔をしていた。

 


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