昼食を食べ終え、廊下を通った兎に食器を渡して一息つく。すると、突然扉が大きめの音を立てて開いた。
「よう」
「…魔理沙?」
「よかったのか?かなりいい酒飲めたのに」
「いいんだよ。私だけ楽しむなんて、ね」
夜通し続いた宴会は、昼になる頃にようやく解散となったそうだ。確かに騒がしい音も聞こえなくなったし、何より参加していた本人がそう言うのだから、そうなのだろう。
「いやー、相当綺麗な酒だったぜ?あれは上物だ」
「…ふぅん」
「オイオイ、反応薄いな…。傷付くぜ」
「そんなお酒の話、今は興味ないよ」
そういえば、どうしておねーさんはお酒飲まないんだろう?飲まず嫌いだって言ってたっけ。もったいない。
「まあ、時間潰しくらいにはなりそうかな」
「そうかい。じゃあ聞くか?」
「祈るくらいしかやることないし、雑談みたいな感じに聞き流せるくらいがいいな」
そう言うと、僅かに考えるように視線が上を向いた。それもすぐに戻り、軽く笑みを浮かべながら口を開いた。
「じゃ、続けるか。綺麗ってのは見た目じゃなくて、いや見た目も綺麗なんだがな。味が綺麗なんだよ」
「味、ねぇ」
「いやー、最初は水かと思ったぜ。味が薄いわけじゃないのにな」
「へぇ。…いつか、飲んでみてもいいかも」
そんなお酒でも、きっとおねーさんは飲まないだろうなー、とボンヤリ考えていると、話を切り替えるように声色が少し重くなった。
「…で、いつ起きるって?」
「さあ。分からないってさ」
「これでもう四日だろ?前は翌朝には起きたもんだけどなぁ」
「…そうだね。半日くらいで起きたって聞いたよ」
私達が言っているおねーさんが倒れた理由は、妖力枯渇だ。生命維持に必要な分を除いて消費、もしくはそれすらも削って倒れた。だから、妖力が自然に回復するなり、付加させるなりすれば戻った。
だけど、今回は原因が違うと思う。優曇華と呼ばれた兎が意識の波長とかいうのをほぼ零にしたから。さらに、紫と呼ばれた人が言うところの応急措置をしたから。無理矢理起こすことも出来なくはないらしいけれど、危険が伴うから自然に起こした方がいいと言われた。
「実はなー、レミリアにお前を説得出来ないかって頼まれたんだよ」
「それ、言っていいことなの?」
「さぁな。ま、言うなとは言われなかったしいいだろ」
それより、一週間経ったら無理矢理連れ戻すって言ってなかったっけ?ああ、そうか。放っておいてくれるとは言ってなかったか。お姉様自身が来ないだけマシと言うべきなのか、どうなのか。
「で、どうだ?」
「説得って言うならそれらしい言葉がないと、ね?」
「そりゃそうか」
…今から考えるんだ。せめて一つや二つ考えておいた方がよかったと思うよ。
「…よし。わざわざここにずっといる必要もないだろ」
「おねーさんが起きたときに私がいるようにしたいの」
「お前なら往復するのもそこまで時間もかからんだろ?起きたら来るでも十分だろ」
「そうかな?…そうなのかな?私にはよく分からないや」
「それにしても辛くないか?」
「…辛いよ」
「じゃあ、無理する必要もないだろ」
…確かにそうかもしれないね。お姉様に言われたときは突っぱねたけれど、魔理沙に言われると少しだけ揺らいでしまう。
「多分…責任、かなぁ」
「ん?」
「私が一人で出てきたから、おねーさんと一緒に行こうと思ったから。そう考えなければ、考えても行動しなければ、おねーさんはこうならなかったと思うんだよね」
「そりゃそうだ。けどなぁ、そんな『もしも』なんて考えるだけ無駄だろ?そんな無駄なこと考える暇があったら、今どうするかだ」
「ふふっ。説得する人が言う言葉じゃないよね、それ」
「当たり前だろ?頼まれたけどな、やるとは言ってない」
「やったじゃん」
「やらないとも言ってない」
「何それ」
「どうでもいいのさ。お前がその場の流れで決めたわけじゃないって分かれば」
「…ありがと」
自分で考えて、そうしたいと思ったから待ってる。それを魔理沙に言われると、少しだけホッとする。認めてくれる人がいるっていうのは、いいことだ。それが友達なら、尚更。
そんなことを考え、おねーさんを見ようとしたところで、トントンと扉を叩く音が響いた。永琳ではない、誰か。
「誰?」
「幻香の知り合いだが…フランドールか。悪いが、入っても大丈夫か?」
「いいよ。おねーさんも、きっと喜ぶ」
そう言うと、慧音が病室に入ってきた。魔理沙を見ると、少し首を傾げたけれど、あまり気にせずに椅子に座った。
「帰ってないと聞いて来てみれば、またこうなったか…」
そう呆れた口調で呟くけれど、その言葉から感じるのは、心配だと思う心。そして、僅かばかり安堵した心。
「里を消した奴がここに何の用だよ?」
「消してはないさ。それに、もう戻ってる。いつもと同じように、当たり前の姿にな。さて、何の用かだったか。そのくらいはすぐに分かるだろう?幻香の見舞いだよ。…ま、掛ける言葉は届かないだろうけれど、な」
「…そうだね。いつ起きるかも分からないって」
「そうか、残念だ。…しかし、生きてるんだろう?」
「生きてるよ。心臓も動いてるし、呼吸もしてる」
ならいい、と言いながら、持参してきた果実を机に並べた。瑞々しく、香りもいい。そして、何故か野菜も並べた。食べにくいと思うけれど、調理せずに食べられるものばかりである。
「…何これ?」
「食べたければ食べてもいいぞ?二日くらいは置いておいても大丈夫だろうが、早い方がいい」
「お、そうか?なら遠慮なく」
「いいの?おねーさんの見舞い品でしょう?」
「いいんだよ。付添いの人にも食べてもらうのは普通だ」
先生をしているらしい人にそう言われると、そうなんだ、と言う気がしてくる。まあ、いいって言われてるし、魔理沙も食べてるし、私も少しくらいいいのかな?おねーさんが食べれないのに私が食べるのは少し気が引ける。けれど、おねーさんなら食べてて、と言う気がする。それに、起きたら私が食べたのと同じものをおねーさんにも食べてもらえばいいかな。
そう考え、紅魔館にもあったと思う果物を選ぶ。…洋梨くらい、あったよね?
「うん、美味しい」
「そうか。ちゃんと生っているのを選んだつもりだったが、里の外に生っているのを採ってきたのでな。少し心配だったんだ」
「…外?わざわざ?このくらい買えばいいだろ」
「幻香の見舞い品だ。少しでも悪意に染まってないのを、と考えてな」
「食い物は食い物だろ?」
「確かにそうだ。けれどな、こういう時にはそういった気を持って来たくなかったんだよ」
そう言われて見て見れば、果実は形が不揃いだ。けれど、野菜の方はそうは見えない。…野菜ってそういうものなのかな?
私が野菜を注視していると、慧音が私に声をかけてきた。
「ん、この野菜が気になるか?」
「え、えっと…。これはどうするのかな、って」
「そうだな、夕食にでも使ってもらうか。なんなら、私が調理してもいい」
「え、慧音も泊まるの?」
「明日は昼からだからな。問題ないさ。それに、明日はまた別のが来る」
「お、どうせだ。その夕食私も貰っていいか?」
「材料があるかは知らんが、手間は一人増えても大して変わらんよ」
そう言うと、少し交渉してくる、と言って慧音が出て行った。きっと、調理場を借りることを頼みに行ったのだろう。結果は問題なく貸してくれるそうだ。
そのまま三人で他愛のない雑談を交わし、夕食を食べた。慧音が持ってきた野菜はしっかりと煮込まれ、スープとなって出てきた。それはとても暖かく、不思議と落ち着く味だった。