東方幻影人   作:藍薔薇

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第96話

昼食を食べ終え、廊下を通った兎に食器を渡して一息つく。すると、突然扉が大きめの音を立てて開いた。

 

「よう」

「…魔理沙?」

「よかったのか?かなりいい酒飲めたのに」

「いいんだよ。私だけ楽しむなんて、ね」

 

夜通し続いた宴会は、昼になる頃にようやく解散となったそうだ。確かに騒がしい音も聞こえなくなったし、何より参加していた本人がそう言うのだから、そうなのだろう。

 

「いやー、相当綺麗な酒だったぜ?あれは上物だ」

「…ふぅん」

「オイオイ、反応薄いな…。傷付くぜ」

「そんなお酒の話、今は興味ないよ」

 

そういえば、どうしておねーさんはお酒飲まないんだろう?飲まず嫌いだって言ってたっけ。もったいない。

 

「まあ、時間潰しくらいにはなりそうかな」

「そうかい。じゃあ聞くか?」

「祈るくらいしかやることないし、雑談みたいな感じに聞き流せるくらいがいいな」

 

そう言うと、僅かに考えるように視線が上を向いた。それもすぐに戻り、軽く笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「じゃ、続けるか。綺麗ってのは見た目じゃなくて、いや見た目も綺麗なんだがな。味が綺麗なんだよ」

「味、ねぇ」

「いやー、最初は水かと思ったぜ。味が薄いわけじゃないのにな」

「へぇ。…いつか、飲んでみてもいいかも」

 

そんなお酒でも、きっとおねーさんは飲まないだろうなー、とボンヤリ考えていると、話を切り替えるように声色が少し重くなった。

 

「…で、いつ起きるって?」

「さあ。分からないってさ」

「これでもう四日だろ?前は翌朝には起きたもんだけどなぁ」

「…そうだね。半日くらいで起きたって聞いたよ」

 

私達が言っているおねーさんが倒れた理由は、妖力枯渇だ。生命維持に必要な分を除いて消費、もしくはそれすらも削って倒れた。だから、妖力が自然に回復するなり、付加させるなりすれば戻った。

だけど、今回は原因が違うと思う。優曇華と呼ばれた兎が意識の波長とかいうのをほぼ零にしたから。さらに、紫と呼ばれた人が言うところの応急措置をしたから。無理矢理起こすことも出来なくはないらしいけれど、危険が伴うから自然に起こした方がいいと言われた。

 

「実はなー、レミリアにお前を説得出来ないかって頼まれたんだよ」

「それ、言っていいことなの?」

「さぁな。ま、言うなとは言われなかったしいいだろ」

 

それより、一週間経ったら無理矢理連れ戻すって言ってなかったっけ?ああ、そうか。放っておいてくれるとは言ってなかったか。お姉様自身が来ないだけマシと言うべきなのか、どうなのか。

 

「で、どうだ?」

「説得って言うならそれらしい言葉がないと、ね?」

「そりゃそうか」

 

…今から考えるんだ。せめて一つや二つ考えておいた方がよかったと思うよ。

 

「…よし。わざわざここにずっといる必要もないだろ」

「おねーさんが起きたときに私がいるようにしたいの」

「お前なら往復するのもそこまで時間もかからんだろ?起きたら来るでも十分だろ」

「そうかな?…そうなのかな?私にはよく分からないや」

「それにしても辛くないか?」

「…辛いよ」

「じゃあ、無理する必要もないだろ」

 

…確かにそうかもしれないね。お姉様に言われたときは突っぱねたけれど、魔理沙に言われると少しだけ揺らいでしまう。

 

「多分…責任、かなぁ」

「ん?」

「私が一人で出てきたから、おねーさんと一緒に行こうと思ったから。そう考えなければ、考えても行動しなければ、おねーさんはこうならなかったと思うんだよね」

「そりゃそうだ。けどなぁ、そんな『もしも』なんて考えるだけ無駄だろ?そんな無駄なこと考える暇があったら、今どうするかだ」

「ふふっ。説得する人が言う言葉じゃないよね、それ」

「当たり前だろ?頼まれたけどな、やるとは言ってない」

「やったじゃん」

「やらないとも言ってない」

「何それ」

「どうでもいいのさ。お前がその場の流れで決めたわけじゃないって分かれば」

「…ありがと」

 

自分で考えて、そうしたいと思ったから待ってる。それを魔理沙に言われると、少しだけホッとする。認めてくれる人がいるっていうのは、いいことだ。それが友達なら、尚更。

そんなことを考え、おねーさんを見ようとしたところで、トントンと扉を叩く音が響いた。永琳ではない、誰か。

 

「誰?」

「幻香の知り合いだが…フランドールか。悪いが、入っても大丈夫か?」

「いいよ。おねーさんも、きっと喜ぶ」

 

そう言うと、慧音が病室に入ってきた。魔理沙を見ると、少し首を傾げたけれど、あまり気にせずに椅子に座った。

 

「帰ってないと聞いて来てみれば、またこうなったか…」

 

そう呆れた口調で呟くけれど、その言葉から感じるのは、心配だと思う心。そして、僅かばかり安堵した心。

 

「里を消した奴がここに何の用だよ?」

「消してはないさ。それに、もう戻ってる。いつもと同じように、当たり前の姿にな。さて、何の用かだったか。そのくらいはすぐに分かるだろう?幻香の見舞いだよ。…ま、掛ける言葉は届かないだろうけれど、な」

「…そうだね。いつ起きるかも分からないって」

「そうか、残念だ。…しかし、生きてるんだろう?」

「生きてるよ。心臓も動いてるし、呼吸もしてる」

 

ならいい、と言いながら、持参してきた果実を机に並べた。瑞々しく、香りもいい。そして、何故か野菜も並べた。食べにくいと思うけれど、調理せずに食べられるものばかりである。

 

「…何これ?」

「食べたければ食べてもいいぞ?二日くらいは置いておいても大丈夫だろうが、早い方がいい」

「お、そうか?なら遠慮なく」

「いいの?おねーさんの見舞い品でしょう?」

「いいんだよ。付添いの人にも食べてもらうのは普通だ」

 

先生をしているらしい人にそう言われると、そうなんだ、と言う気がしてくる。まあ、いいって言われてるし、魔理沙も食べてるし、私も少しくらいいいのかな?おねーさんが食べれないのに私が食べるのは少し気が引ける。けれど、おねーさんなら食べてて、と言う気がする。それに、起きたら私が食べたのと同じものをおねーさんにも食べてもらえばいいかな。

そう考え、紅魔館にもあったと思う果物を選ぶ。…洋梨くらい、あったよね?

 

「うん、美味しい」

「そうか。ちゃんと生っているのを選んだつもりだったが、里の外に生っているのを採ってきたのでな。少し心配だったんだ」

「…外?わざわざ?このくらい買えばいいだろ」

「幻香の見舞い品だ。少しでも悪意に染まってないのを、と考えてな」

「食い物は食い物だろ?」

「確かにそうだ。けれどな、こういう時にはそういった気を持って来たくなかったんだよ」

 

そう言われて見て見れば、果実は形が不揃いだ。けれど、野菜の方はそうは見えない。…野菜ってそういうものなのかな?

私が野菜を注視していると、慧音が私に声をかけてきた。

 

「ん、この野菜が気になるか?」

「え、えっと…。これはどうするのかな、って」

「そうだな、夕食にでも使ってもらうか。なんなら、私が調理してもいい」

「え、慧音も泊まるの?」

「明日は昼からだからな。問題ないさ。それに、明日はまた別のが来る」

「お、どうせだ。その夕食私も貰っていいか?」

「材料があるかは知らんが、手間は一人増えても大して変わらんよ」

 

そう言うと、少し交渉してくる、と言って慧音が出て行った。きっと、調理場を借りることを頼みに行ったのだろう。結果は問題なく貸してくれるそうだ。

そのまま三人で他愛のない雑談を交わし、夕食を食べた。慧音が持ってきた野菜はしっかりと煮込まれ、スープとなって出てきた。それはとても暖かく、不思議と落ち着く味だった。

 


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