東方幻影人   作:藍薔薇

97 / 474
第97話

翌朝。窓から真っ白な光が差し、ああ朝になったんだ、と他人事のように考えていた。

 

「ふわぁ…。じゃ、私は帰って寝ることにするぜ。またなっ!」

 

朝が来たことを確認した魔理沙は、眠そうな目をこすりながらそう言って私の返事も聞かずに飛んで行ってしまった。

私と魔理沙は、慧音が寝ているのにもかかわらずおしゃべりをし続けていた。そうして話していれば、おねーさんは起きるんじゃないかって、淡い期待を抱いたような覚えもあるけれど、途中からはそんなこと気にしていなかった。

話題の尽きない魔理沙の話に食いついたからだ。そこは悪いことをしてしまった、と思う。けれど、話しているときの魔理沙はとてもいい顔をしていた。そこはいいことをしたな、と思う。

 

「…あー」

 

魔理沙が帰ってしまい、急に静かになった。キィーン、と軽い耳鳴りがするのが何となく嫌で声を出す。けれど、その声は空しく消え去り、変わらず音は鳴り響く。ずっと聞き続けていたこの音だけど、未だに聞き慣れることはない。

最近は聞くことはなかった。聞いていたとしても気にすることはなかった。そんな些細なことが気にならなくなるくらい、騒がしくて楽しかったから。

そんな音を止めたのは、扉を乱暴に叩く音だった。その音に驚いて私は目を見開いた。そして慧音の目も僅かに開いた。永琳じゃないな、とボンヤリ考えていたら扉が開き、真っ白な髪を伸ばしっぱなしにした人が勝手に入って来た。

 

「慧音、言われた通り来てやったぞ」

「ん…妹紅か。わざわざすまないな」

「…で、どうだ?生きてたか?」

「問題ないそうだ。ここの医者もそう言っている」

「そうか。…よかった」

 

妹紅、と呼ばれた人はおねーさんの元へ近寄り、そのままジッと見つめだした。そして、ゆっくりとした動作で首筋に手を当てる。多分、脈を感じているんだと思う。そして、安心したようにホッと息を吐いた。

 

「ねえ、この人が別の人?」

「うむ、そうだ。私の古くからの友人でな、私の代わりに幻香を見ていてもらおうと思っている」

「いいの?人に任せて」

「いいさ。私には私の生活がある。それを崩してまで付き合うと、幻香は気にするからな」

 

その言葉は、深く私に刺さった。見えないナイフが、私の胸を抉り取っていく。流れるはずのない血液が流れ、体が冷えていくのを感じる。痛みの走ったところに手を当て、血が流れていないことが分かり、少しだけ安堵した。

 

「…私のしていることは間違っているの?」

「どうだろうな。きっと喜ぶだろう。きっと感謝もするだろう。きっとお礼だって言ってくれるだろう。けれど、それだけお前の自由を奪ってしまったとも考えるだろうな」

「…それじゃあ、どうすればよかったのかな。私は、こうしたいんだよ。おねーさんの近くで、待っていたいんだよ」

「だろうな。しかし、双方の意見が合うなんて稀だ。どちらかが妥協して、時には争い事で決める。つまり、お前のその意見を私の知っている幻香はあまり望まないだろうということは、何処にでもあるようなことだ。気にするな」

 

そんなこと言われても、気にするよ。そんな簡単に割り切れないよ。

 

「そう怒るな。それに、私の言っていることだって一つの意見だ。それがお前の考えることと違っていたとしても、それも当たり前のことだ。フランドール、お前にはお前の考え方があるのだろう?それを貫くのも曲げるのも自由だ」

「…なら、貫くよ。私は待つ。ここで、おねーさんが起きるまで」

「そう思うなら、そうすればいい。けどな、『じゃあ』だとか『なら』だとかそんな言葉を使って自分を誤魔化して決めた、と思うならやめておけ。人に言われたからそう決めた、と思うならやめておけ。迷ったらやるな。迷いがあると、それは未練となり、悔いとして残るからな。…と、偉そうなことを言っている私も、出来ているわけではないから困ったものだ。言うは易し、行うは難し、か」

 

迷ったらやるな、か。…本当に、難しいことを言うな、この人は。お姉様が言った通りにこの人が家庭教師になったとしたら、それはちょっとな…。

 

「…話過ぎたな。まあ、さっきの長いお話も、私の意見だ。肯定も否定も自由。好きに取ってくれて構わないさ。さて、妹紅。後は頼んだぞ」

「任された。それじゃあな」

「…バイバイ」

 

慧音が部屋を出て行き、私と妹紅と眠るおねーさんが残された。

 

「ねえ」

「…何だ?」

「貴女って、幻香の何なの?」

「友達」

「慧音に頼まれたって言ってたけれどさ、貴女の生活は崩れないの?」

「崩れるも何も、昔から崩れてるからな。崩れたものがちょっとくらい形が変わっても意味ないだろ」

 

そう言うと、頼んでもいないのに普段の生活について教えてくれた。まあ、これから頼んでもいいかな、と思っていたことなので丁度良かったとも思う。

 

「やってることなんて迷いの竹林を回って、倒れてる人を見つけたら里まで送るかここに連れてくるくらいさ。思い付いたら慧音や幻香のところに行く。最近は萃香と酒を飲み合うのも多くなったかな。あとは、……いや、これは言わんでもいいか」

 

と、最後に気になるようなことを残しながら終わった。あまり訊いて欲しくはなさそうだから、訊かないことにした。

だから代わりに、別の訊きたいことを訊くことにした。

 

「さっき慧音が言ってたこと、どう思う?」

「どうも思わん」

「…はい?」

 

そう即答した言葉が信じられなかった。

 

「そんなこと、腐るほど考えた。あの時どうだとか、この時ああだとか。どの時こうだとか、考えたさ。けれどな、そんなの無駄だ。時間が戻るわけでもないし、過去へ跳んで行けるわけじゃない。双方の意見が食い違う?それがなんだ。違って何が悪い。同じならそもそも意見なんて言わない。迷ったらやるな?そうだな、それもそうだ。けどな、迷わずに選択出来ることなんて稀だ。ほぼ零と言ってもいい」

「…何それ」

「長生きすりゃ分かるさ。…いや、もっと分からなくなるかも」

「五百じゃ足りない?」

「足りないね」

 

そう言う彼女がそんなに年を取っているとは思えない。けれど、そう言う彼女の言葉は不思議と年月を重ねた重みがあった。

 

「昨日、魔理沙も同じようなこと言ってた。『今どうするかだ』って」

「へえ、そいつはなかなかだ」

 

そう言われ、魔理沙が褒められたような気になる。そして、私も少しだけ誇らしく思えてくる。

 

「…あのさ、迷ったらやるな、って言うけれどさ、それでも迷うよ」

「だろうな」

「どうすればいいの?」

「そんなの知らないね。むしろ、私が知りたい」

「…えぇー」

「けど、選ばないといけないんだよな。選ばないと、先に進めない。だから、自分が選んだことは間違っていない、って自分に言い聞かせる。他の方法をすれば、もっと悪くなっていただろう、何て根拠のない事も考えることもある」

「何それ。酷くない?」

「酷いさ。けれどな、さっきも言っただろ?別の方法を取った場合なんて、考えても無駄なんだよ。だったら、自分を納得させることを考えた方がいい。そっちの方がマシだ」

 

そっか。そういう考え方もあるんだ。そして、肯定も否定も自由、と。本当に、難しい。

 

「あとさ、おねーさんはいつも考えてるんだよ。そのとき出来る手段をたくさん。けれど、それってどうなの?選択の幅が広がって、どれを選べばいいのか、分からなくならない?」

「そうでもないさ。考えて出した、ってことは、前のやつは駄目だと思ったから別のを考えるんだ。そうやって考えているなら、常に二者択一を繰り返しているようなものだ」

「そうなの?」

「どうだろうな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それは、幻香自身にしか分からないことさ。何せ、私は幻香じゃない」

「…それもそうか、も」

 

今日は難しいことばかり考えた。そう思うと、急に眠くなってきた。ここ最近、まともに寝ていないことも相まって、私の瞼はそのまま閉じてしまい、意識もそのまま沈み込んでしまった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。