窓から外を見ると、さっきと変わらず星々が輝いているのが見えた。普段の私にとっては心地よい時間。だけど、今に限っては違う。チラリと見るが、おねーさんがまだ目覚めない。それなのに今、私に出来ることは祈ることだけ。それがもどかしくて仕方ない。けれど、下手に干渉するのはよくないことが分かってしまった今、黙って待つしかないのだ。
「どうした?何か焦ってるようだが」
「…そう、見える?」
「ああ。さっきから視線があっちこっちしてるし」
「そう…。うん、そうだね。かなり焦ってる。…時間がない」
刻一刻と時間が失われてゆく。制限時間が迫る。お姉様がここに来る時間が近付いてくる。
「そろそろね、お姉様が来るの」
「お姉様?」
「あー、コイツには姉がいるんだよ。レミリアっつー奴が」
「へえ、それでそのレミリアがどうしたんだ?」
「一週間待つ、って。それで時が来たら帰ってもらう、だって」
数日前に言った通り、力尽くで追い返してもいい。だけど、それをしてもまたすぐに来るだろう。何度も何度も、私を連れ戻すために来るだろう。
もし、おねーさんが起きていれば、それだけで私は喜んで帰ることを選べるだろう。また今度会える、と分かるから。だから、このまま帰るわけにはいかない。おねーさんがちゃんと目覚めるまで、私はここで待つと決めた。大切な人が起き上がるのを、ちゃんと見届けたい、と。
お姉様の強制帰還を回避するには、力にしろ、態度にしろ、言葉にしろ、何らかの手段でお姉様を納得させないと駄目だ。けれど、簡単に思い付くものではない。
「…ふぅん。で、どうするんだ?」
「決まってるよ」
「ここに残る、か?」
「もちろん」
「そうかい。なら手伝ってやろうか?」
それはとてもありがたい提案だ。
「…ううん、いいよ。私がやる」
「本当にいいのか?」
「うん。私は自分の我儘を押し通したいの。そのために他の人の手を借りるなんて、ね?」
妹紅や萃香の協力があれば、お姉様を説き伏せるのも、捻じ伏せるのも容易いと思う。だけど、これは私の問題だ。私の我儘だ。自分の力だけでお姉様を納得させたいのも、私の我儘だ。
いいじゃない、我儘だって。見方を変えれば、意見を貫き続けているでしょう?たとえ泥臭くても、無策でも、私は貫くよ。
「…お前がそう思うならそれでいいさ。ま、熱くなり過ぎるなよ?程々にな」
「うん。…分かった」
落ち着くように言われたけれど、とてもじゃないが、落ち着いていられない。
お姉様が来るまで、あと少し。
◆
廊下が軋み、扉を叩く音が響く。…ついに、来てしまった。扉が開かれるまでの刹那、予想が裏切られることを願った。
「邪魔するわ。…フラン」
「お姉様…」
しかし、予想は裏切られることなく、部屋に入ってきたのはお姉様と咲夜の二人。…あーあ、来ちゃった。
お姉様と咲夜がおねーさんが眠るベッドを見た。結局、起き上がることはなかったおねーさんが、そこにいる。
「やっぱりね。…帰るわよ」
「うん、分かった。――なんて言うわけないでしょう?」
そう言うと、お姉様の顔が不愉快そうに歪む。咲夜の顔はさっきから微笑んでいるままで、何も変わらない。まあ、いつものことだ。……ん?ちょっと待って。
「お姉様、さっき『やっぱり』なんて言わなかった?」
「ええ、言ったわよ?だって、分かってたもの」
「分かってただぁ?何言ってんだお前」
「『一週間程度じゃ彼女は目覚めない』。…視えてたわ」
「…あっそ」
インチキ臭い運命。いつ聞いても、私には後付けにしか聞こえない。いつもそうだ。それらしい言い方をして、曖昧にぼかして、
だけど、そうだとしても、そうだと分かっていても、そう断言されたのは許せない。…駄目だ。熱くならないで、私。落ち着け。ゆっくりと息を吸って、吐き出せ。
「ふぅー…。で、それが何?」
「だから私は一週間にしたのよ。もっと言えば『あと一週間は目覚めない』かしら?」
頭が真っ
「おいテメェ!ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ!」
「ふざけてなんかないわ、運命よ」
「知るかよそんなの!運命とかほざく暇があったら――」
「待って。…ね?」
おねーさんのベッドを避け、私の横を通り過ぎようとしたところで、その腕を掴んだ。立ち止まり、私の見て情けなさそうに言った。
「――悪ぃ、人に言っときながらこの様だ」
「いいよ。…ありがと」
妹紅がこうしてくれたおかげで、私は落ち着くことが出来たから。こういう言い方をするのはあまりよくないと思うけれど、事実だからしょうがない。
妹紅が椅子を直しながら座り直し、萃香に軽く肩を叩かれているのを見ていた。そんな私を振り向かせるためか、お姉様はさっきより少し大きめの声を出していった。
「だからフラン、一度帰りましょう?何もここに行くなって言うわけじゃないのだから」
「帰らない。おねーさんが起きるまでどんなことがあっても、曲げないよ」
「…そう。ならしょうがないわね。力尽くで行かしてもらうわよ。たとえ四肢をもぎ取ってでも連れて帰るわ」
「あっそ」
こうなっちゃったか。結局力尽くでの解決、か。まあ、仕方がない。ちょっと再起不能にして、咲夜に任せよう。そのためには気絶が一番楽だけど…。
「…え?」
そんな軽いことを考えていたら、お姉様が両手にナイフを取り出した。見た事のあるナイフ。おねーさんが使ってた、咲夜が使ってる、銀製のナイフ。吸血鬼の弱点。あれで傷つけられたら、再生が非常に困難になる。何十倍にも、何百倍にも時間がかかる。場所によっては、致命傷だ。
お姉様は、本気で私の四肢をもぎ取って持ち帰るつもりだ。そこまでするか。
一瞬思考が途切れた。致命的な一瞬。その一瞬があれば、私の腕は斬り取られているだろう。しかし、その一瞬で起きたことは、私の予想を裏切った。
後方から、何かが飛んできた。それは正確にお姉様の手首を貫き、膝を穿った。ナイフを零したお姉様は何が起きたのか分からないような顔をしていた。
そんなお姉様のことも、ナイフのことも意に介さず、後ろを振り向いた。驚いた、しかし嬉しそうな顔をした妹紅と萃香。そして、ベッドから薄紫色の棒が伸びていた。その棒がゆっくりとこちらに倒れてくる。
「――ハァッ!」
「グゥッ!?」
倒れてきた棒が床に叩きつけられないように支えようとしたら、二人の声が部屋に響いた。お姉様と、聞きたくてしょうがなかった人の声。その声の出どころを見ると、薄紫色のぼやけた何かを四つ携え、黄色い髪の毛をし、水晶のようなものを付けた歪な翼を持った人がお姉様の頭に踵落としを決めていた。
「それ以上はいけませんよ。いくら何でも許されない…!」
「…あ、貴女…どう、して」
「あー、そう言われれば、なんか言ってましたね?あと一週間目覚めないとか何とか。あれ、誰のことです?」
そう言いながら、右足をお姉様の頭から退け、私のほうを見た。病的なまでに白い肌。血を流し込んだような真紅の瞳。私そっくりの顔が、笑顔でこちらに歩み寄る。
「ただいま、フランさん」
「ッ、……おねーさんっ!」