ユウキとルクスが
初めての休日を、ユウキはもう慣れつつあるレリィとの相部屋で過ごすつもりだった。……のだが。
「ユウキくん。ちょっとついて来てくれる?」
物凄く良いタイミング?でレリィに阻止されてしまった。
俺に休日はないのか……?
「ここに連れて来たかったのよ」
制服ではなく私服に着替え、廊下を歩き、外に出て……しばらく。
レリィに連れてこられたのは、学園長室でも演習場でもなく――格納庫だった。
外観は大きめの一戸建て。
しかし、一歩中に入ると結構な広さがあるのがわかる。天井は機竜の高さの3〜4倍くらいあり、幅と奥行きもかなり余裕がありそうだ。
「ここは……?」
「機竜研究開発所……
「いやそれはわかるんですけど……って、専用!?」
レリィの言葉にユウキは驚愕の声を上げる。
「ええ、ユウキくん専用よ。これだけ広ければ、機竜の整備や開発、開発した物の稼働実験なんかもできるでしょ?」
「確かにそうですけど……あの、いいんですか?」
「他の娘達のことを気にしてるのね?――でも、それは気にしなくても大丈夫よ。実質この学園には整備も開発も完璧にできる生徒なんて、1人くらいしかいないしね……だから、そのどちらもできるユウキくんが他の娘達が乗る機竜の整備をやってくれるだけで、きっと許してくれると思うわ」
「……結局、整備はやることになるんですね。でも、どうやってここを?」
一応納得したユウキが次に聞いたのは、もちろんお金のことだ。
敷地は学園内なので無料でいいとは思うのだが、これほどの大きさである。
やはりそれなりにお金はかかるだろう、とユウキは気にしているのだ。
(あっでも……)
しかし、そこまで考えて気づいた。――彼女の家柄のことに。
「もちろん、お金の力よ。あなたも私の家のことを知ってるでしょ?」
「……そうでしたね。アイングラム財閥の御令嬢様?」
当たり前のように言うレリィに、ユウキは少しからかうようにニヤリと笑って言った。
「もう、からかわないの」
「まあいいじゃないですか。たまには」
そうね、と笑うレリィから再び視線を工房内に戻すと、奥の方に一つ扉があることに気づいた。
(……あれは何だ?)
「あの、レリィさん。あそこの扉の奥って……何があるんですか?」
「あーあれね。あれの奥には、ここの五分の一くらいの大きさの格納庫がもう一つあるの。――あなたには必要だろうと思って」
優しげに微笑むレリィ。
彼女はどこまで俺のことを考えてくれているのだろう、と思うことがある。
ユウキはわかっているのだ。彼女が――自分の神装機竜のことを言っている、ということを。
「レリィさん……本当にありがとうございます」
だからこそ、感謝する。
「いいのよ、このくらい。――他の誰でもないあなたの為だもの」
「レリィさん……」
「あら、私に惚れちゃった?」
「……冗談はやめてください」
……こういう悪戯心があるから、普段はあまり感謝できないが。
さてと、と。
「それじゃあ、私は仕事に戻るわね。ここはユウキくんの思うように使ってもらっていいから……あっ、あとアイリちゃんにはここの場所伝えてあるわ。……あなたの機竜についての話もあるだろうし、ね?」
それじゃまた夜に、と言って工房を出て行くレリィに手を振り、工房内にあるソファに腰を下ろす。
俺の神装機竜、か……。
五年前のクーデタの際に乗ってからは、一切乗っていない機竜。ちゃんと整備は行っていたので、異常はないはずなのだが……。
……少し不安だ。
ユウキが抱える不安。それは……自分のことについてだ。
ユウキの神装機竜はその神装の性質上、整備が欠かせない。それに加えて、それなりの量の武装を積んでいるし、
それを1人で全て整備してきたということは、どこかに整備の漏れがあっても気づきにくいということだ。いくら整備に慣れていても、逆に慣れすぎて小さなミスをしてしまうことがあるかもしれない。
そして、その小さなミスが戦闘の中で致命的なものに繋がることもないわけではないのだ。
そんな時、他者の目から指摘してもらえるのは凄くありがたい。自分で気づかないミスを指摘してくれる人がいれば、そういう致命傷を避けることにもなる。
……しかし、ユウキは他人に頼るのを極端に避けていた。それにより、他の人に自分の機竜の整備を任せることはなかったのだ。
――人に頼ることへの不安。
先日レリィに一度頼ってみて、少しは和らいだ気がする。だが、やはり物心ついた時から、つい先日まで存在していた不安が完全に拭い去られたわけはない。
さっきのレリィの言葉は、
『アイリちゃんに頼りなさい』
と言っているようなものだ。
聞いた話によると、アイリはそっちの面に強いらしい。『そっち』というのは、整備や装甲機竜に関する知識などの知識面のことで、彼女は体力面で他の生徒に劣る分、そっちで補っているらしい。
『
そんな相手から指摘やアドバイスを受けられれば、これ以上ないほどに安心できる。
(昔は病弱でルクスや母親にべったりだったのに……強くなったもんだ。)
そのことによかった、と思いながらも、やはり不安がなくなるわけではない。
もし、アイリにあの視線を向けられたら……。
もちろん彼女がそんなことするわけがないと思っている。……しかし、やはり怖いものは怖い。
ユウキは座っていたソファに、今度は寝転がった。
思っていたよりも寝心地の良い感触に、少しだけ睡魔に襲われるのがわかる。
そういえば、最近依頼続きであんまり寝てなかったっけ……。
「はぁ……」
どうやらため息は、一緒に不安を連れて行ってはくれないらしい。
それでもきっとアイリなら――。
拭いきれない不安を残して、ユウキは睡魔にその身を委ねた。
*****
「はぁ……全く兄さんは」
危機感が致命的に足りてないんですよ、と。
先程まで兄であるルクスと会話していたアイリは、目的地に向かいながら、もう何度目ともわからないため息を吐いた。
前日の昼。
レリィに呼び出され、学園長室に行くと、彼女は一枚の地図を渡してきた。
『この前新設された工房への地図よ。明日の昼……いや時間が空いたらでいいから、そこに行ってくれない?』
言われたのはそれだけ。
誰がいるからとか、誰の工房とか、何があるとか……。
他には何一つ知らされていない。
……一つだけ気になるのは。
『……助けてあげて』
レリィが最後に口にした、その言葉。
一体何をどう助ければいいのか、何一つわからないが、
(レリィさんのあんな声、初めて聞きました……)
その声にはどこか悔しさや悲しみが含まれていたような、しかしそれでも諦めない……みたいな感情が込められていたような気がする。
……はぁ。
「考えても仕方ありませんね。とりあえず、行ってみるしかないようですし……」
視線の先には、だんだんと近づいている新設の工房。
外観はもう一つの工房とあまり変わらない。少しだけ後ろに長いくらいか。外から見た感じでは、不自然さは全く感じられない。
「……ユウキ兄さんは今、何してるんでしょうか」
不意に頭をよぎったのは、本当の兄ではないが、兄のような雰囲気を持っている少年の顔だった。
借金もないのに、ティルファーのせいで雑用をさせられている少年。
(今日も雑用で走り回ってそうですね……)
気の毒に、と思いながらも、一度『雑用して何か意味があるんですか?』と本人に聞いてみたときのことを思い出す。
確か返ってきた答えは……、
『小遣い稼ぎにはうってつけだな。……まあ、それにしてはちょっと多いから、多い分はルクスとアイリに分けようかなと思ってる。借金返済の足しにしてくれ』
と。
なんかもう、彼の吹っ切れたように話す姿はどこか憂いを感じざるを得なかったが……それでも自分たちのことを考えてくれてることに嬉しさを感じたことは覚えている。
(でも、ユウキ兄さんもユウキ兄さんですよ。お人好しが過ぎるんです。最近はノクトとも仲が良いみたいですし……全く人の気も知らないで)
なんとなくその時のことを思い出し、イライラしてくるのを自覚。
(また頭、撫でてくれるでしょうか……?……えへへ)
そんなイライラも頭を撫でてもらっている時のことを思い出せば――。
「そういえば、食堂ではフィルフィさんの頭撫でてましたね……」
……今回はイライラが静まってくれないみたいです。
(クルルシファーさんとも何か噂が立ってますし、レリィさんとは相部屋…………相・部・屋!……)
「はぁ……――いいなぁ」
声にした途端に顔が熱くなる。
しかしそれが心地良くもあるのは、不思議だ。
――私はユウキ兄さんのことが好き。
(そう……自覚したのはいつでしたっけ?)
そこまで考えて、足を止める。
目の前には目的地である新設の工房。
ユウキ兄さんのことを考えているうちに目的地に到着していたらしい。
今はここに何があるのかを確かめよう、と。
ユウキ兄さんのことを頭の片隅に寄せようとして……頑張って寄せようとして……無理矢理寄せようとして――無理だったので、諦めた。
――恋する乙女に好きな人のことを考えるな、というのは無理なようだ。
気を取り直して、一歩を前に出たところで、
(――あれ?……開いてる?)
扉が少しだけ開いていた。……人一人が通れるくらいに。
誰かいるんでしょうか……?
ゆっくりと中に入ると、まだ新しいからか、もう一つの工房に漂っていた金属と油の匂いはせず、部品なども一切散らばっていないのが分かった。
煉瓦造りの広い空間。それはもう一つの工房と同じだ。
しかし機竜はなく、ただの広い空間と化している。
じっくりと入り口から中を覗き、観察していると。
(――人?)
黒いソファと同化するように、それと同じ色の上下を着ている人が寝転んでいた。
起こさないように近づいてみると、そこにいたのは、先程まで……というか、今も頭の中にある顔と同じ顔の人物。
「ユウキ兄さんっ!?」
慌てて両手で口を塞ぐ。
その人は寝ているのか、動く素振りが全くない。
驚いて下がってしまった一歩分、もう一度前に進み、彼の顔を上から覗き込んだ。
艶のある黒髪は同じ色のソファの上にありながらも、その存在がわかるほどに輝いていて、その寝顔は――。
(か、かわいい……!)
興奮している自分を押さえ込みながら、アイリはユウキの顔をじっと見る。
長い睫毛に、小さく結ばれた唇。
普段はどこかキリッとした印象を受ける少年の顔は、
(ユウキ兄さんの寝顔……)
ふと。
(私……ユウキ兄さんの寝顔見るのって、初めてな気が……)
昔、彼が王城に来た時はよく看病してもらっていた。――が、寝顔を見たことはない。……少なくとも記憶には見当たらない。
再び顔を覗き込む。
スヤスヤと結構深めに眠っているのか、未だ起きる気配はない。
そんなユウキの顔を見て、次にアイリの頭に浮かんだのは――この5年のこと。
(5年……ですか。……いえ、もう少し前かもしれませんね。――ユウキ兄さんの顔を最後に見たのは)
クーデタから5年の月日が経過した今。
久しぶりに再会した好きな人の顔は、当時よりかなり大人びていて、声をかけるのを少し躊躇ってしまった。
「……5年前。あなたと別れた私がどれだけ泣いたか、わかりますか?」
アイリは眠るユウキの頬を人差し指でつつく。
「んぅ……」という声とともに顔を逸らす姿はとても可愛らしい。
何も知らないような穏やかな顔。
その人が目の前にいるのに、アイリが聞こえそうで、聞こえない声で話すのは、"聞いて欲しいけど、聞いて欲しくない"という彼女の心情ゆえだろうか。
「再開した時は『手がかりもなく』って言いましたよね。――あれ、実は嘘なんです。……ユウキ兄さんは気づいてないと思いますけど、私はこの5年の間にあなたが『遺跡』に何度か来ていたこと……知ってるんですよ?」
『遺跡』から発掘された古文書の解読。
そんな内職を行っている彼女には、『遺跡』調査の内容が伝わっていた。内容を聞いて、どこで見つかったか、などを知ることで解読につながる可能性もあるからだ。
その中に何度か『調査隊には編成されていない機竜――それも不自然に装甲を厚くしている《ワイバーン》が見られた』という情報が出てきた。
兄であるルクスの可能性もあったが、兄の場合は雑用で『遺跡』調査の護衛として赴くので『雑用王子』など、必ず何かしらの名称で呼ばれる。よって、兄とは考えられない。
それなら――と。
「……まあ、本当にその《ワイバーン》がユウキ兄さんだったかどうかは、今となってはもうわかりませんけどね」
儚げに笑うアイリ。
その表情は、彼女の儚げな雰囲気にとてもよく合っていて、一枚の絵のようだった。
ふぅ、と。
一つ息を吐いたアイリはもう一度、ユウキの寝顔を覗き込む。
(唇……)
視線が何故かそこに縫い付けられてしまう。
ユウキ兄さんの唇……。
意識する度に心臓の鼓動が速く、大きくなり、気持ちが抑えられなくなる。
目の前には眠っている想い人の顔。……その唇。
――どうやって、気持ちを抑えろというのでしょうか。
(少し……もう少し……近くに……)
顔がゆっくりと近づいていくのが止められず、今はもう目と鼻の先。
(……寝てますし、いいですよね?――少しくらい)
接吻、口付け、キス――。
想像するだけで、顔が熱を帯び、頭が沸騰してしまいそう。
どんな感じなんでしょうか……。
味や気持ちは……。
顔を少しだけ傾けて、アイリは唇を限界まで近づける。
そして、二人の影が重なる――
「……アイリ?」
――少し前に、想い人と目が合った。
「ひゃあっ!?……ゆ、ユウキ兄さん、起きたんですか!?」
果たして彼女が想い人と口づけを交わす時は、来るのだろうか。
第六話でした!どうだったでしょうか?
今回はアイリのターン!
可愛くかけているか……不安です。
この裏で、ルクスはリーシャの工房を訪れていますよ。時系列はそんな感じで。
そして、ユウキとノクトの弄りが二話連続で出てせていないという……!
つ、次こそは!
次回はアイリとの会話の後、『騎士団』の話に持っていこうと思います。
読んでいただきありがとうございました!
感想、評価待ってます!
それでは、また次回。