虚が心を持っていて何が悪い!   作:fukayu

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 初めまして。
 この作品は死神の敵としてではなく、空座町で平和に暮らす虚達の物語です。

 最初はオリジナル中心ですが、徐々に原作にも介入していく予定です。


第一話

―――――未だに実感がわかないが、どうやら俺は死んだようだ。

 

 剣崎始はそんなことを思いながら自らの体を確認するように見回す。

 日本人特有の黒髪は変わらない。生まれた頃からの付き合いでよく他人を誤解させてしまいがちな三白眼も残念ながら死後も一緒みたいだ。身長も変わっているとは思えないし、持って生まれたステータスには変化がないようだ。

 

 と、なると問題はやはりそれ以外だろう。

 生前とは違い、白い着物を着た身体は重い。運動神経は悪くなかったと思うが、身体が思うように動かない。胸には黒い孔がポッカリ空いており、その中から鎖が飛び出ていた。

 

 一応、今は立場的には浮遊霊といものなのだろうか。実際に霊というものを見たことがない自分の人生感ではなんとも判断がつかない。

 

「ここは、誰かに聞いてみるのがいいか」

 

 意外にも死者というのは俺以外にもそれなりにいるようだった。具体的には電柱10本感覚で一人のペースで自分達のテリトリーを作っている。

 

 郷に入れば郷に従え。

 生前の知識を思い出し、これからどうすればいいのか聞くことにした。何を隠そう、死んでしまったはいいがその後どうなるのか。どうすればいいのか、という知識が始には全く無い。

 このまま浮遊霊としてずっと居てもいいのか。それとも早く成仏したほうがいいのか。どうすれば成仏できるのか。それすらわからないのだ。

 

「――――つまり、死神に会えばいいってことですか?」

 

 そんなこんなで始はこの辺で一番古参の霊に話を聞くことにした。

 新参者と古参の見分け方は簡単だった。自分のような新参者は落ち着きなく周囲を徘徊するのに対し、長年霊として存在している者達は自分の住処を固定している。その上で、一番落ち着き払っている霊を見つければいい。

 

 話しかけた相手は地縛霊だった。

 土地に縛られ、自由に出歩くことも出来ない存在。胸の孔から空いた鎖が周囲の物に絡まり鎖の長さ以上を出歩けないようになっている。

 しかし、相手はそんなことを気にした素振りすら見せなかった。

 

 地縛霊としてベテランだというその男の霊は死後覚醒した霊力で周囲の物を浮かせられるようになったらしく、近所でも有名な悪霊としてお供え物を毎月貰っているため他の霊よりも融通が利く立場らしい。

 

「ああ、すぐにでも成仏したいんなら死神に合えば向こう側に連れて行ってもらえるぜ」

 

「向こう側?」

 

「なんて言ったかな。ソウルなんちゃらって、とこらしい。俗に言う死後の世界ってやつだ」

 

 俺からの差し入れである饅頭(知り合いになった霊がくれた)を食べながら男はそう言った。死神というのは死後の世界とこちら側である現世を行き来できる存在で、彼らの持つ特殊な刀で霊体をあちら側に送ることが出来るらしい。

 

「死神にはどうやって合えばいいんですか?」

 

 そんな俺の質問に男は笑う。

 

「オレが知るわけねえだろ。地縛霊だぞ? 会いたくて会えるもんじゃねえし、今はちょいとタイミングが悪ぃ。この街の担当だった死神がこの前死んでな。新しいやつが来たみたいなんだが、その間に増えた化物の退治でそれどころじゃないらしい」

 

「死んだ? 死神なのに死ぬんですか?」

 

「死ぬぜ、オレらだってそうだ。肉体が無いだけで基本的と生きてる時と変わらねえからな。逆にこっちのほうが厄介かもしれねえな。腕とかちぎれても死ぬほど痛いだけで済むし、くっつくが無くしちまうとずっとそのままだ。そうして一定以上身体が無くなると自我を失ってやがて消える。そうなったらもう二度と元には戻れねえとよ」

 

 そう言いながら、男は以前ちぎれたことがあるという右腕を取ってみせた。

 一度取れた部位はくっついてもまた取れやすくなるらしい。霊力の強い奴なら完全に治すこともできるらしいが、生前霊力が強いと噂される友人に囲まれながらも結局それらしきものを感じられなかった霊感ゼロの始には無理だろう。これからは不用意に怪我は出来そうにない。

 

 とりあえず新しい死神というのに会ってみよう。

 そう、結論づけ地縛霊の元を後にする。

 

「色々、ありがとうございました」

 

「おう、久々に外のもんが食えてオレの方も満足したぜ。あ、それと――――(ホロウ)には気をつけろ」

 

「虚?」

 

「白い仮面をつけた化物だ。あいつらは俺達を喰う。出会ったら全力で逃げろ」

 

 先程まで気のいいおっちゃんだと思っていた男の表情が真剣なものに変わっていた。

 喰われたらどうなるか。とは、聞けなかった。男の本当に危険なものを話すような雰囲気からそれが死に直結するものだと理解したからだ。一度死んだといってもやっぱり死ぬのは怖い。ここは素直に忠告を聞くことにしてその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年の霊が去った地縛霊の元に一人の少女が訪れていた。

 この近辺で霊達の顔役をやっている男からすれば来訪者というのは別段珍しいものではない。生前でもあったように霊にも霊達なりの死後のネットワークというものが存在する。

 

 ひとつ、新たに訪れた少女が他のこの場を訪れる者達と違う点があるとすればそれは生身の身体を持っていることだろう。

 130cm位の小さな身体に背中の中心まで伸びた黒い髪、漆黒のワンピースに包まれた白い肌は汚れ一つ無いかのように薄汚れた地縛霊の住処で輝く。極めつけは暗闇でも怪しい光を放つ紅い眼だ。その眼で見つめられた瞬間、相手が自分よりも遥かに小さい少女だということを忘れて全身が平伏しそうになる。

 

「こんにちは。最近はどうかな?」

 

「は、はい。先程も一人若い奴が来たところです」

 

 少女の鈴の鳴るような声を聞き、条件反射で答える。

 何を隠そうこの少女こそが一介の地縛霊に過ぎなかった男をこの辺りの顔役にしてくれた張本人だ。通常身動きの取れない地縛霊は数多くいる霊達の内最も危険が多い存在だ。土地に対する執着からそこらを徘徊するだけのフワフワした立場である浮遊霊と違い、それなりの力を有しているが同時に霊を捕食する虚や噂を聞きつけてきた自称霊媒師などに狙われる危険が高い。そうなった場合、身動きの取れない地縛霊では逃げることも叶わない。

 

 そんないつ再び殺されるかわからない彼を救ってくれたのがこの少女だった。

 少女は男を自分の庇護下に入れることで周囲から守ってくれると約束した。同時にこの辺りのの顔役として周囲の霊達を導く大役を任せてくれた。

 

「うん。それは、よかった。これからもよろしくね?」

 

 無垢な笑顔でそう言われ、思わず口元が緩みそうになる。

 

 だが、それは出来なかった。

 この少女は優しい。生前、生身の人間に裏切られ無念の死を遂げた男からすればその甘すぎる優しさには思わず心が癒されそうになる。しかし、同時に裏切られたという経験が警鐘を鳴らす。

 

 それは彼女の周りの者達も同じだ。

 恐らく、男が少女に気を許し笑いかけるようになっても少女は気にもしないだろう。それどころか喜んでくれるかも知れない。自分に心を開いてくれたのだと、そう思い今までよりも親身になってくれる可能性もある。

 そこまで接点がない男がその姿を容易に想像できるのだ。少女を慕い、その後に続く者達はそれこそ痛いほどよくわかっているのだろう。ヒトは死んだからといって改心する生き物ではない。

 人の良さそうな顔で近づき、平気で他人を裏切る悪人など腐るほどいる。そんな者達にも少女は平気で近づいていってしまう。事実、こうして顔役として生活している男の元には既に何度も少女が襲われ、傷ついているという情報が届いている。それでも手を差し伸べてしまう事が少女の弱点であり、多くの霊から慕われる要因なのだろう。

 

「お嬢様。それ以上は危険です」

 

 握手のつもりだろうか。

 男に向けてなんの警戒もなく手を指し伸ばしてきた少女の行動をその声が止めた。

 

 長身で、燕尾服を着込んだ眼鏡の男は常に少女の斜め後ろを自身の立ち位置としていた。

 日本ではテレビや喫茶店でしか見られないような見事な執事だった。きっちりと固められた黒髪が男の几帳面さを表すように陽の光に当てられて輝いて見える。

 

「でも、これは挨拶だよ、シエル」

 

「それでもです。お嬢様のスタンスは私も理解しており、共感しておりますが、全てはお嬢様の身の安全があってこそ。それ程度ならどうとでも対処できますが、貴女のその身は我々と違い、非常に脆い。万が一ということがあります。申し訳ありませんが執事として、そこは譲れません」

 

 平気でゴミを見るように”それ”呼ばわりされた男だが、執事の意見には激しく同調する。

 この少女は自分の立場をイマイチ理解していない。いや、理解していないというよりも重要視していないと言ったほうが近いか。

 

 困っている相手には手を差し伸べる。そんな当たり前の行為を繰り返してきた。ただ、それだけだという少女の行いは裏切りによってその人生に幕を閉じた男を含め、多くの者が言うほど簡単な道のりではないことを知っている。

 そうして築き上げられたのが今の少女の立場であり、それに支えられたのがこの街だった。

 

 今やこの空座町は少女の存在無しでは平穏はない。

 5万人に1人の割合で配属されるという死神達は頼りにならない。町内に死者が溢れ変わっている現状を見れば明らかに人数が足りていない事はわかるだろうに、人員が増員されるということもない。その結果、多くの同類達が死神の手が間に合わず、怪物に成り果てた事を男は知っていた。そして、その怪物によってもたらされる被害も馬鹿にはならない。現に他の街では死神達は怪物の討伐の方に尽力し、死者の魂葬を後回しにしているという。

 

 どんな事情が有るにせよ、そんな連中に頼っていては平穏は訪れない。

 先程の少年にはああ言ったが、この付近の霊達の死神に対する好感度はすこぶる低い。

 先代の担当などはよりにもよって実質的にこの街を守っている少女の仲間に手を出す暴挙に出た。その結果、その死神は少女に危害が及ぶ事を恐れた霊達から徹底的に袋叩きに会い、最終的に少女達の手によって討ち滅ぼされてしまったが、それでも霊達にとっては死神が死んだことよりも少女が無事だったという安堵の方が多かった。

 

「うーん、わかったよ。じゃ、また何かあったら宜しくね?」

 

「はい」

 

 執事に説得された少女は最後に男に笑顔を向けると踵を返し、次の場所へ移動しようと歩き出す。それに付き従う執事も同様だ。

 しかし、男はそこで安堵する事は出来無い。

 

 少女と執事が去った場所には既に男しか存在しない。

 そんな場所に浮かぶのは存在するはずのないモノ。

 

 いくつもの紅い眼と白い仮面が男を見つめていた。

 

『イッタ? 鈴音イッタ?』

『タベル? コイツタベル?』

『ダメ、鈴音オコル』

 

 その中でも比較的小さい子鬼程度の大きさの仮面が三つ男に近づいてくる。

 声を出すことは出来なかった。本来の関係では向こうは捕食者であり、こちらは餌でしかない。その関係が無効になっているのはあの少女がいる時だけであり、それ以外の場では自然の摂理に従い食われても何もおかしくないのだ。

 

『あんたら早くあっち追いかけなさいよ。また私が怒られるじゃない!』

 

 男に群がろうとする子鬼を空間に浮かんだ赤い眼が注意する。

 白い仮面とは違い、独立したように何もない空間に浮かぶいくつもの眼。まるでこちらを監視するように向けられたいくつもの視線は既に男に戦闘力がないことを見抜いており、幾分かやる気がなさげだった。

 

『プエル、サボリ?』

『マター? シエルニオコラレル!』

『ヒキコモリ、ヨクナイ』

 

『うっさい! 今いいとこなのよ!』

 

 子鬼に責められる紅い眼は今まさに手が離せないといった様子で無数の眼だけを忙しなく動かし、子鬼達と喧嘩をしている。

 実際に会ったことはないが、これだけの眼を一度に操れる術者は相当優秀なのだろう。今もどこかで男などでは計り知れない何かを相手に闘っているのかもしれない。

 

『あっ、ラストアタック取られたー! なんか味方死んでるし! なんなのよ、もー! ――――――――――帰るわよ!』

 

『プエル、オコッタ?』

『ダサイ、ポンコツ!』

『カエルッテ、カッテニ』

 

『いいのよ、アイツにはシエルが付いてんでしょ! 私達が後から付いて回ん無くったってあの腹黒執事がいれば問題ないわよ!』

 

 そういうと、長居はしたくないとでも言うように、紅い眼がひとつ、また一つと消えていく。

 それに同調して子鬼達も男の体から離れていく。

 

『イッチャッタ……』

『ドウスル? カエル? カエルヨネ? カエロウ!』

『ジャアネ、オッチャンシヌナヨ!』

 

 思い思いに口にし、子鬼の体が消える。

 空間から空間へ、この世から”彼ら”の世界を経由して移動していく。

 

 そこまでしてやっと男の体から緊張が抜ける。

 あれらも先ほどの鈴音と呼ばれた少女の配下だ。今のこの街は死神ではなく、あのような異形の怪物たちの組織によって平和が維持させている。

 

 死者が何らかの理由で堕ちた人間の魂。その名を虚という。

 本来ならばこの現世を荒らす存在であり、事実殆どのモノが無秩序に暴れまわる中、彼らは虚でありながら人間も霊体も殆ど襲わず、たった一人の人間の少女によって組織されている。

 

 怪物達を纏め上げ、人知れずこの空座町の平和を守る少女をいつしか霊達はこう言うようになった。

 【虚の姫(うつろのひめ)】、と。

 

 

 

 




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