虚が心を持っていて何が悪い!   作:fukayu

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 今回は虚化。


第二話

「ボハハハハ!!悪霊退散!」

 

「おい、バカやめろ!」

 

 四日目、いきなり変なオッサンがやってきたかと思えばどうやらこちらが見えているようで、手に持った杖で始の孔を広げてきた。

 何故かわからないがヤバイと思い、なんとか逃げてきたが最初5cm程だった孔が今は倍位に広がっている。

 

 一体自分が何をした! 

 そんなことを思いながら、更に重くなった体を引きずり死神を探す。

 

 この数日、街を彷徨ったが一向に死神には会えない。

 生まれた頃から住んでいて、知り尽くしたこの街だが、死神というのは空も飛ぶらしく、今は前だけではなく上も見なければいけない。

 

 何故か無性に腹が減る。

 昨日まではこんなことはなかったのに。これからは死神だけではなく、食料も探さないといけないのか。

 

「あのオッサンにあってからだ。……次にあったら覚えてろよ!」

 

 重い体を引きずり、今日も一日歩き回る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 五日目。

 結局、死神も食料も見つからなかった。

 

 腹が減りすぎて胸の孔から生えている鎖に口が生えて自分に噛み付いてくる幻覚を見るようになる。

 この自傷行為? の幻覚は以前に見た精神病の症状としては結構ヤバイものだったような気がする。

 

「し、死神――――食料、早く食べない、ト」

 

 あまり知り合いには会いたくない。

 今日は行動範囲を変えてみよう。

 

 一体死神はどこにいるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六日目

 一日に数回、動けない時間ができるようになる。

 

 昨日から見始めた幻覚が酷くなった感じだ。

 心なしか鎖がどんどん短くなってきている気がする。鎖の口が俺の身体を貪ろうと暴れる。

 

 数日前から他の霊達から避けられるようになっている。

 今日も話しかけようとしたら怯えたようにみんな逃げてしまって、逃げられない地縛霊のおじいさんなんかはいきなり神様に祈りだした。美味しソウダッタ。

 

「クッソ、どうなってんだよ! 俺はただ、オナカガスイテイルダケナノニ!」

 

 今日も死神は見つからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七日目。

 ドウシテダ? どうしてだれも助けてくれない?

 こんなに苦しんでいるのに、コンナニオナカガスイテイルノニ。

 

「ちょっとでいいんだ。ちょっとタベサセテくれるだけでいいんだよ!」

 

 もう、鎖の幻覚は見ない。

 最後に強烈なヤツが来た後、ぱったりと止んでしまった。

 

 今の始の胸には鎖は無い。

 幻覚の中で鎖から生えた口が全て食べてしまった。それを最後に痛みが無くなり、その代わりにどうしようもない飢餓感が襲ってきた。

 

 もう、死神なんてどうでもいい。

 今はただ、始が死んだことで一人、残してきてしまった病床の妹だけが気がかりだった。

 あの子は、双葉は無事だろうか? 始がバイトを掛け持ちして払っていた治療費も始が死んだことで無くなってしまう。保険はどうなっていただろうか。両親が早くに他界して兄妹二人で生きてきた始にとって妹は掛け替えの無い存在だ。出来れば生きていてほしい。

 

 早く会いたい。

 始とは違い、美しい容姿を持ったあの妹に。幼い頃から病弱で、病室から出れないのに始が見舞いに来たときは決まって笑顔で迎えてくれるあの少女に早く会いたい。早く会って、無事を確認して、食べたい。

 

「食べないと。早く双葉をタベテ、この胸の孔を埋めないト――――――」

 

「待て!」

 

 病院へ急ぐ始を止めたのは黒い着物を着た少女だった。

 黒いセミロングの髪は後ろ髪がはねており、前髪の一部が鼻の付け根を通って左斜め下に向かって伸びている。とても美味しそうだった。

 

 日本刀で武装しているその少女はどこかで見た事があるような気がしたが思い出せない。なにより、この飢えの中だ。正常な判断が下せる筈も無い。

 

「――――なんだよ。邪魔すんな、今俺は妹をタベに行くんだ」

 

「貴様は危険だ! 今すぐ、楽にしてやる」

 

 こいつは何を言っている?

 ただ妹に会いに行くだけなのにこいつは何故こちらに刀を向けるんだ。もしかして危ない奴なんじゃないのか。始はそう思い、排除に掛かる。

 

「五月蠅いんだよ、お前」

 

「最早、話は通じんか!」

 

 数日前よりも幾分か肥大化した右腕を殴りつける様に振り回す。

 少女を狙った拳はしかし、宙を切りそのままコンクリートの地面を破壊する。

 

「狙いが、難しいな、コレ」

 

 自分の身体なのに思うように動かない。

 生前は色々とやんちゃをしていたせいで喧嘩慣れをしていたと思うが、ここまで完璧に空振りをしてしまう姿は友人には見られたくない。特に自分よりも身体の大きな茶渡泰虎等は良くあの大きな身体を扱っていたなとこの身体になって初めて理解する。

 

 しかし、あまり時間は掛けていられない。

 もう何日も食事をしていないんだ。これ以上はつまみ食いをしてしまうかもしれない。

 

「うぐっ!?」

 

 何度か動かす内に変化した身体の特徴を掴み、そのまま捕まえた少女の身体を使って調整を行う。

 

 一回、二回。

 足を掴んだまま、壁に叩き付ける。おっと、これ以上はいけない。この少女は食べる訳では無いのだ。このままではミンチにしてしまう所だった。慌てて手を放す。

 

 これだけやればもう邪魔はしてこないだろう。

 力加減が難しく、死んでしまったかもしれないが、まぁ死んでもこの通り元気にやってられるのだから問題ないだろう。

 

「――――舞え『袖白雪』」

 

 背を向けた瞬間だった。

 右半身を冷気が駆け抜けた。

 

「冷た、イ?」

 

 振り向けば先程の少女がボロボロになりながらこちらに刀を向けていた。心なしか構えが変わっている。

 刀も色が白銀色に変わっており、始の身体も襲った冷気もそれから発せられているようだった。

 

「貴様をここから先に行かせる訳にはいかん!」

 

『なんだよ、助けてはくれない癖に邪魔はすんのかよ?』

 

「ッ!?」

 

 いつの間にか被っていた白い仮面越しに少しぼやけた声を発する。

 流石に右側の凍傷は無視できないので反対側の無事な部分で庇うしかないが、負ける気はしなかった。なにより、負けてはいけない気がした。コイツラハ自分を救わなかった。報いは受けさせないといけない。

 

『消えろよ』

 

 刀から繰り出される冷気に対抗するように空中を蹴り進んで上を取る。

 そのまま頭上から襲い掛かろうとし―――――。

 

「初の舞・月白ッ!!」

 

 薄氷が始の視界を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やられた。って、いうか。何で戦っていたんだっけ?』

 

 いつだかのオッサンの時と同じく、黒装束の少女から逃げきった始は全身の氷を少しずつ溶かしながら先程の行動を振り返っていた。

 頭上から強襲しようとしたらそのまま空気ごと凍らされた。直前に避けようとしなかったら全身が凍り付いて今頃殺されていただろう。

 

『殺される? おかしな話だな。殺されるのは一回で十分だろうに』

 

 顔に張り付いた仮面が煩わしいが自分ではどうしても剥がせない。それよりもまずは体力の回復だ。もう一度襲われれば今度は逃げきれない。相手にも手傷は負わせたはずだが、他にあんなのが居ないとは限らない。

 ここは一刻も傷を癒し、出来るだけこれからは関わらないように動くとしよう。

 

 傷を癒しながら、最初にあの地縛霊から聞いていた話と違う事に気づく。

 あの霊の話では生前とは違って怪我をしても自然治癒では限界があるとの事だったが、始の体は何故か猛スピードでそのダメージを無かったことにしていっている。

 

 痛みも思った程ではない。

 殆ど全身が凍りついているという生身の人間では確実に致命傷に近いダメージを負っているというのにも関わらず意識を失うどころかこうやって思考もできる。

 これについてはあまりのダメージと凍傷で感覚がマヒしているだけかもしれないが。

 

『死ぬほど痛いって。死んだときはもっと―――――アレ、俺どうやって死んだんだっけ?』

 

 自分の死んだ時のことを思い出そうとして、記憶が曖昧なことに気づく。

 

 憶えているのは自分が殺されたということだ。

 

 何に? 

 

 何故?

 

 一体自分は誰に恨みを抱かれていたんだろうか。

 始の人生の殆どは妹の剣崎双葉の為に費やしていたといっていい。仲のいい友人はいたが、それでも妹優先で生きてきた。

 学校内やバイト関係で恨みを買っていたのだろうか。だとしたら申し訳ないが、該当者に対しては殆ど記憶に残っていないだろう。これでも友人はしっかりと見定めてきた。そんな事をする人間はいない。という事はそれ以外の他人。始の非常に狭い世界観には妹と友人以外は殆ど記憶に残っていない。誰かが初めに恨みを抱いていたとして始がその誰かに何かを思うことはない。

 

 そうなると可哀想になるのは逆に加害者の方ではないのか。

 ヒトを殺すというのは相当なリスクを生む。きっとその人物にとっては決死の覚悟だったのだろう。これでも体は鍛えていたほうだ。基本的には穏便に済ませたいが流石に殺されそうになれば抵抗くらいはする。下手をすれば返り討ちに遭っていたかもしれない。

 そのリスクを犯人は負って犯行に及んだというのに始の方は犯人に対して心当たりが全くない。

 そもそも、あんなふうに刀で滅多刺しにされるような恨みを他人に無意識で与えたことに申し訳なくなる。

 

(刀? 俺は刀で殺されたのか? なんで日本で刀なんか…………もっとナイフとか持ち運びやすくて使い勝手がいいものがあるだろうに)

 

 犯人が刀を使っていたことを思い出し、見当違いな心配をする。

 この平和な日本で帯刀するなど目立ちすぎる。それに、ここ最近――――つい先程、同じような物を見たような気がする。

 

『あ、さっきの着物の娘が持っていたのと似ていたな。変化後の白銀のとは違うけど、流行っているのか?』

 

 着実と犯人について思い出していた灰色の脳細胞はしかし、ここで停止する。

 理由は簡単。

 文字通り頭を冷やしていた氷が受けた傷の完治と同時に溶けてしまったから。

 

 次の瞬間、始を襲ったのはここ数日に渡って繰り返されるどうしようもない飢餓感だった。

 これが来てしまうともう自分ではどうにもならない。この空虚な感覚を埋めるために何かを食べないといけないと思うだけだ。

 

 こういう時、最初に思い浮かぶのは人生で最も大切に思っていた妹の双葉の顔。

 早く双葉に会いたい。ただ、その一点に感情が集約される。

 

「あれ、キミどうしたの?」

 

 ただ、今回はそれだけではなかった。

 

『―――女の子?』

 

 どうしようもない飢えに思考が支配される中。

 始の視界が捉えたのは一人の少女だった。

 

 長い黒髪と漆黒のワンピース。そして、吸い込まれそうな黒い瞳。

 

 黒、黒、黒。

 なのにその肌だけがどこまでも白く透き通っている。

 

 美味しそうだった。

 きっと、今までのどんなご馳走よりもこの少女は美味だ。

 それだけではない。

 この少女を食べれば、心に空いてしまった餓えが解決する。そんな核心があった。

 

「ああ、お腹がすいているんだね」

 

『アアアアアア!!!!』

 

 理性は吹き飛び、全身が目の前の食べものを喰らうために変化する。

 全身全霊をかけて少女を味わうために怪物のような体を一段階進化させる。

 

 腕と足が発達し、二足ではなく四足で。

 口は一度により多くのものを噛み砕けるように大きく。白い仮面が変化に追いつけず、ギチギチと音を立てているが気にはしない。

 

 ただ、目の前のご馳走のために全てを賭ける。

 それが今の始の存在意義だった。

 

「うん、いいよ。おいで」

 

 そうして、無防備に腕を広げる少女に食らいつく。喰らい尽くす。

 血が、肉が飛び散り、身体が猛烈な熱さを告げる。

 

 それでも、始は止まらなかった。

 この餓えが満たされるまでは止まれなかった。

 

 




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