今回は先に結論を言わせてほしい。
どこからともなく「ハッスルハッスルーマッスルマッスルー」と聞こえてきたら、なりふり構わず!逃げろ!!
俺はやけに大きな音を奏でるスマフォに起こされた。
時間を見ると、朝の6時。俺は外に出られる服を着ると、飛び出すように家を出た。
どこだ?どこに行けば俺の安全は保証される!?
近くの公園、河原はもうバレている。こんな朝早くからやっている店も限られている。
もうここは電車に乗って遠くへ行くしかない。よし、そうしよう。
そうと決まれば!
俺は最寄り駅へ向けて走り出す。
あともう少しで駅に着くというときだった。
前方から一人の男が歩いてきた。
意気揚々とスキップでもしそうな足どりは、間違いなくこちらへ向かってきている。
運動のしやすそうなラフな格好に、頭には野球帽。
「ハッスルハッスル!マッスルマッスルー!」
その目は焦点が合っているのかいないのか、口はだらしなく開いたまま、口許は常に上がっている。
「ハッスルハッスルー!マッスルマッスルー!」
一言で言おう。
ホラーである。
俺はもと来た道を急いで駆け出す。
早く、もっと早く!この声が聞こえないどこか遠くへ行かなければ!
もつれそうになる足を必死に動かす。
「やきうの前にじょぎんぐっじょぶー!」
ふと隣を見ると先程の男、十四松が走っていた。
「う、うわぁーーー!十四松!いつの間に!?」
「あんさんひどいわー。先にじょぎんぐ行くなら誘ってくれまへんとー。」
どうやらこいつは、俺が先にジョギングをしていたと思っているらしい。
でも俺違うから!お前から逃げようとしてただけだから!
あとその下手な関西弁もどきやめて!関西圏の人たちに怒られても知らないからな!?
「わっせ、わっせ」と楽しそうに走る十四松に、あーこれもうだめだーと観念して走るのをやめた。
「あれ?じょぎんぐもーおわりー?」
残念そうに言ってるけど、すっげー走りましたから。力の限り走りすぎてもはやジョギングの域も越えてましたから!
ジロリと隣にいる十四松を睨もうとして、あることに気がついた。
「一松が!一松が白目向いてるぞ!?大丈夫なのか!?」
十四松が持つバットには、憐れにも白目を向いて口から泡を噴いている一松が縄でぐるぐる巻きに縛られていた。
「あー、はちまんに会いに行く前に素振りの練習に付き合ってもらったら、一松兄さん寝ちゃった!」
いやいやいや!寝たんじゃなくて、これ気絶だから!
てか!このままでは間違いなく通報される。
だってハァハァと息を乱した目の腐った男に、焦点の合っていない常に笑っている男。そのうえバットに縛られた泡を吐いて気絶している男だぞ!?
職質どころの騒ぎじゃなくなるからな!?
「一松!気をしっかり持て!」
急いで縄を外すと、バタッと一松の身体は硬いコンクリートの上に落ちた。あ、ごめん。
そんなこんなで近くの公園にて、只今俺はベンチに横たわらせた一松に蘇生術を施していた。
と言っても、別に心臓が動いていない訳ではないので、頬を叩いたり呼び掛けたりしているだけだが。
「一松兄さんおきないねー。」
しょんぼりと眉毛をハの字にさせて心配そうに一松を見る十四松。
バットにくくりつけられて何千回も素振りされたら誰でもこうなるからな?おきないねーの問題じゃないからな?
いや、そんなことをされたら普通ならもうこの世にいないかもしれない。
うん、俺ならすでにご臨終しているまである。
っておい十四松、一松をバットでつつくのはやめろ。一松生きてるから。意識ないだけだから。
しばらくして、ハッと一瞬濃ゆい顔をした一松はゆっくりと起き上がった。
え、なにさっきの。え、人ってあんな濃ゆい顔できるもんなの?
「一松兄さん!おはよー」
「あー…うん、おはよう。」
そして普通に朝の挨拶をする一松と十四松。
あ、そうですよね、六子ならこんなの日常茶飯事ですよね。
「よーし!一松兄さんも起きたことだし、三人でやきうをしまっするー!!!」
いよいっしょー!と立ち上がる十四松に、あぁ…やはりそうなるのか…と今にも灰になりそうな俺。
ぽん。と置かれた肩の重みに、後ろを振り向けば一松の清々しい顔。
「次の日曜日は、八幡が素振りに付き合ってやって。」
はい、ついに俺にも死刑宣告来ましたわ。
俺こと比企谷八幡は、平日より休日である日曜日のほうが早起きである。
その理由は六子の五男、十四松に関係がある。
初めて野球の練習に誘われたのはいつだっただろうか。
もう覚えていないほど昔のように思えるし、ただ単に忘れたい思い出だから思い出せないだけかもしれない。
だが、そんなことは思い出せなくていい。
大事なのは、どうしたらこの練習から逃れられるかなのである。
そんな俺は、この練習から逃れるために日曜日が来る度に起きるのが早くなっていったのである。
今となっては、もはや練習は朝練と化している。
「よーし、今日のれんしゅーはトスバッティングー!いっくぞー!」
バットを持ち上げてフォームの確認をする十四松。
そのすぐそばでボールで山積みになったバケツを用意する一松。
あ、俺がボールを拾う係りか…。
一松の投げたボールの球が十四松の振ったバットに当たり、尋常ではない轟音が俺の顔のすぐ横を通りすぎていった。
そうして今日も、命がいくつあっても足りない野球の練習が始まったのである。
小町…お兄ちゃん、無事に家に帰れるかな。
終。