死体探偵   作:チャーシューメン

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 勝ったッ! 第一部完!

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 ※置いてあるのは同じです。



ファース

 さてさてナズーリン、いきなりのお小言である。

「……聖。なんだいこれは」

「違います」

 聖は駄々っ子のように首を振った。隣ではぬえが笑い転げている。いくつになってもぬえは幼い。……まあ今回ばかりは、一緒になって野次馬しているマミゾウも同じ穴のムジナであるのだが。

 久し振りに寺に顔を出したナズーリンは、聖を睨みつけ、イライラと貧乏ゆすりをしている。無理もないと思うマミゾウであった。

「何が違うんだい」

 声色も、いつもにも増して冷たい。

「違います。これは無駄遣いではありません」

「じゃあ、なんだって言うんだい」

「空間の有効活用です!」

 台所の壁に吊るされたワイヤーラックを叩きながら、聖は言い訳を始めた。

「見てください、ホラ。ホラ。普通ならただの壁も、このラックを使えばこの通り。お玉にしゃもじ、おろし金だって掛けることが出来ます。その上、な、なんと! 付属の網棚をセットすれば、細かな調味料などを置いておくことも! これぞまさしく空間の有効活用。仏の道」

 通販かい。

「……いや、場所余ってるくらいだし」

 聖の訴えにも、ナズーリンのジト目は揺るがなかった。

 確かに、食材の限られる精進料理には、風味に幅をもたせる為に様々な調味料が必要である。だが、命蓮寺の敷地は広い。別に台所に窮屈している訳ではないのだ。即ち、壁掛けラックなど無用の長物なのである。

「じゃあこれは?」

 尻尾を揺らしてナズーリンが棚を開けると、小さなプラスチック製のタッパーがごっそりと。中に詰まっているのは米や麦だ。一回に使う分量ずつ分けて入れているのである。

 聖はとにかく首を振った。

「主婦の知恵です」

 主婦て。

 思わず吹き出しそうになるのを、必死に堪えるマミゾウであった。ぬえは無頓着にゲラゲラ笑ったが。

 ストレスでシワのよった眉間を押さえながら、ナズーリンは深い深い溜め息を吐いた。自分が必死に稼いだ金をこんな風に無駄使いされたのでは、さぞ遣る方無いだろう。

 その気まずい沈黙を打ち破るようにして、耳をつんざく爆裂音が響き渡った。その音は、外界にいたマミゾウには馴染みがある。

「姐さぁ〜ん、エンジンかかりましたよ〜」

 裏庭から響くのは一輪の声。彼女の間の悪さには定評がある。このタイミングでさらに燃料投下するなど、流石としか言いようが無い。

「違います」

 聖はまるで赤べこ人形だ。脳震盪を起こすんじゃないかと、心配になるレベルである。素直にごめんなさいと言えば良いのに。

 だがそんな懐柔策など、鉄血宰相ナズーリンには通用しない。追いすがる聖を振り払い、軍人ばりのキビキビとした歩調で裏庭に出ると、妙に明るい声で言った。

「ほう。これはなかなか立派な単車じゃないか。ハーレーって奴かな?」

 背後のナズーリンに気付かず、黒光りするオートバイのアクセルを一輪は得意げにふかした。ぶぉん、心地良い轟音が響き渡り、小鳥達が逃げ出した。

 一輪は襟立て特攻服に身を包み、サングラスなんてかけて気取っている。何処のレディースだ。近頃、ライダースーツで単車を乗り回すようになった聖に憧れているらしい。

「いやいや、確かにハーレーに似てるけど、こいつはれっきとした国産車でね」

「ほう、そうなのかい。オートバイには疎くてね。相当値の張るものなのかい?」

「そりゃあんた、こいつはレトロな上にレアな型らしいからね。マニアなら目ん玉飛び出るくらいの金を積むらしいよ? それを土蔵の壁にぶつけっちまうんだから、姐さんもおっちょこちょいだよ」

 などとのたまい、命蓮寺のおっちょこちょい代表、雲居一輪氏はくつくつと笑う。

 一輪の言うとおり、オートバイには少し傷が付いている。さしもの聖も慣れぬオートバイには手こずったようだ。

 相当気に入っているのか、またも一輪はオートバイのアクセルをふかした。ぶぉん、心地良い轟音が響き渡り、聖が少し青ざめる。遠くで響子が「ぶおぉん!」と山彦を返していた。律儀な奴め。

「なるほど。確かに良い音だな。心が洗われるようだよ」

「洗われるってあんた、仏教徒じゃあるまいし。って……」

 振り返った一輪はようやく気付いたようだ。

「ごっへェ! な、な、な、ナズーリン!」

 小さな鉄血宰相の鋼槍が如き視線に。

「ご機嫌だね、一輪。何か良い事でもあったのかな?」

「い、いやぁ、今日も天気が良いからさ〜」

「格好良い服じゃないか」

「で、でしょ〜? この『聖命!』って背文字が熱いでしょ? 森の人形師に特注して作ってもらったんだから」

「いくらしたんだい」

 秋風よりも冷たいナズーリンの声の前に、一輪は貝になってしまった。まあ、自分で自分を追い込んだのだから、自業自得であるが。マミゾウは苦笑いするしかない。

 ぬえは相変わらず他人事のように大爆笑していたが、今度はそこへナズーリンの鋭い視線が飛んだ。

「君も笑っていられる立場なのかい?」

「な、なんの事やら」

 そっぽを向いて口笛を吹き、古典的な惚け方をするぬえ。分かりやすいフラグである。

「知っているぞ。今度は九十九姉妹FCに入ったんだってな?」

「げっ、な、なぜそれを!」

「プリズムリバーFCに永江衣玖FC、紅魔館UMA研究会……一体いくつ掛け持ちすれば気が済むのかな、君は。会費だって馬鹿にはなるまい? いつまでもふらふら遊び歩いていて、良心の呵責は無いのかね?」

「うぐ。ご、ごめん……」

 流石ナズーリンである。いつも五月蠅いぬえすらもシュンとさせてしまった。面白そうな事に何でも首を突っ込みたがるのは、ぬえの悪い癖である。命蓮寺に帰依した身のわりに、生活態度を改める気の無いぬえが悪い。

「まあまあ、ナズーリン。ぬえも反省している事ですし」

 自分の所業を棚に上げ、ここぞとばかりに保護者アピールをする聖だが、

「聖。今年一杯の君のアダ名、ターボババァだから」

「ババ……」

 ナズーリンから手痛い口撃を受け、絶句した。一輪とぬえは笑いを堪えるのに必死の形相だった。もちろん、マミゾウも。

 やおら、ナズーリンは辺りを見回した。

「そう言えば村紗は?」

「ちょっと前に、湖に遊びに行ったぞい。おニューのボートを沈めに行くとか何とか」

 ナズーリンは本日何回目になるか分からない、深い深い深い溜め息を吐き、呆れ返った顔で首を振った。

「まったく……たるんでるなんてもんじゃないな、君達は。仏教の基本的な教義に中庸があるのを知らんのか? いくら出家者とは言え、今日日、趣味を持つなとは言わん。だが節度を持つ事が大前提だろう。君達のは余りにも、余りにも行き過ぎている。我々が在家信者の布施で喰っているのを忘れているんじゃないのか? 他人の金の上に胡座をかいて私欲に耽るなど言語道断だぞ。君達はそれでも仏教徒か。一人ずつみっちりとお説教が必要みたいだな」

 一輪達には耳が痛い言葉であろう。恥ずかしそうに俯いていた。

 が、聖は胸を叩いた。

「任せて下さい、ナズーリン。弟子の不始末は私の不始末。私がお説教をしておきましょう」

 清々しいまでの棚上げ振りである。

 もちろんナズーリンは、いの一番に聖の腕を掴んだ。

「じゃあ君からね、ターボババァ」

「ひぃっ、そんなぁ……」

 ナズーリンに引きずられ、聖……いや、ターボババァは本堂の中に消えて行った。

「ひえー、くわばらくわばら。姐さんには悪いけど、逃げちゃおっと……」

「賛成賛成」

 一輪とぬえはこそこそと命蓮寺を出て行った。ほとぼりが冷めるまで、人里で時間を潰すつもりだろう。それでは結局、火に油だろうに。というか、特攻服姿で人里へ行くつもりか、一輪よ。

 ナズーリンも気の毒になあと思いつつ。鈴奈庵に顔でも出そうと、マミゾウも歩き出した。今日は「文々。新聞」の発刊日である。あの下らないゴシップ記事を肴に酒を呷るのも良いだろう。

 しかし。

 違和感がマミゾウの足を止めた。

 一連の出来事が、ふと茶番のように感じられたのだ。

 聖達が無駄遣いをやめず、本当にナズーリンが辟易しているのであれば。死体探偵で稼いだ金を命蓮寺に入れなければ良いだけのはずなのだ。使える金が無ければ、そも散財も出来まい。

 ――私は、正義の味方だ。

 あの時のナズーリンの涙。マミゾウには、偽りだとは思えない。

 

 

 締め切った本堂の内は暗く、雨戸の隙間から差し込む仄かな光だけが、辛うじて堂内を照らしている。

 広々として寒々しい堂内には、梵鐘や金剛杵など様々な仏具が整然と並べられているが、この厳かさはそれらが作り出しているのではない。

 正面。

 張り付くように冷たい板張りの床の上に、薄っぺらい座布団一つだけを敷いて、仏像が座している。

 いや。仏像ではない。

 寅丸星が坐禅を組んでいるのである。

 その顔は、穏やかなようにも、激しているようにも見える。冷酷なようにも、慈悲深いようにも。それは、聖者だけが持てる矛盾。

 彼女の放つ光背が、この空間を神聖な場所に作り変えている。

「待たせたな」静寂の中、私の声は思ったよりも大きく響いた。「人払いは済ませた。さっさと始めよう」

 星は静かに目を開けた。大きな瞳が知性の輝きを放った。

「報告を聞きましょう。聖、ナズーリン」

 聖は星の対面に敷かれた座布団の上に腰を下ろした。私は二人から少し距離を取るようにして、本堂の柱にもたれかかった。

「霧の湖の氾濫は」聖が口を開いた。「紅魔館の尽力によって、被害は最小限に抑えられたようです。幸いな事に、人的被害はありませんでした」

 青いレインコートの妖との戦いで、わかさぎ姫が使った術の余波である。彼女の術が生み出した膨大な量の水は、川を下って湖に注ぎ込み、氾濫を引き起こした。下手をすれば人里に大きな被害が出ていた所だが、然るべき者が然るべき対応を迅速に行い、被害は小さく抑えられたのだった。紅魔館の対応の早さには頭が下がるばかりである。しかし、やはりこれは天佑というべきものであろう。

「ただし、術の余波で湖は迷宮化していました。暫くの間、湖は立ち入り禁止となるようです」

 先程、村紗が湖に立ち入ったとマミゾウが言っていたが、舟幽霊の村紗の事だ。放っておいても大丈夫だろう。と言うより、結界内に飲み込まれた者をサポートするために、わざと聖が送り込んだのかもしれない。

「分かりました。霧の湖に近づかぬよう、信徒達に注意を促しておきましょう」

 星は静かにそう言った。

「聖、紅魔館へ礼状を出しておいたほうが良いでしょう。執筆をお願い出来ますか」

「ええ」

 これを期に紅魔館側とのパイプを作る気だろう。

 星は戦略的に物事を考えられるようになって来ている。名実共に命蓮寺の代表となる日も近いだろう。自分の弟子が自分を超えつつある事、聖もさぞ鼻が高いに違いない。

「ナズーリン」

 星の言葉を待って、私は口を開いた。

「件の盗賊を調べた。結論から言おう。身元は分からなかった」

 わかさぎ姫が匿い、禍々しい陰陽玉を手にしていた盗賊。彼の死体は青いレインコートの妖によりバラバラにされ、首実検も出来ない状態であった。

「鼠も使ったが駄目だった。分かった事は唯一つ。遺留品の材質と遺体の状態からして、件の盗賊は決して外来者ではないという事」

 その事実を口にした途端、堂内の空気がより冷たくなったように感じた。

 遺体の身に着けていた持ち物は全て幻想郷内部で生産されたものであった。また、遺体には予防接種等の近代医療を受けた跡も無かった。幻想郷内で生まれ育ったと判断するべきだ。

 その事実は、ある一つの事柄を示している。つまり。

「つまり」聖は淡々と言葉を継いだ。「敵は貴女の探索から逃れる能力を持っている、と」

「そうだ」

 敵。

 そう、敵だ。

「今回の件で確信した。命蓮寺を、いや聖白蓮という僧侶を歓迎しない勢力が、この幻想郷に確実に存在する。そしてそれは、我々が考えていたよりも大きく、根深いもののようだ」

 最初に起こった事は、宝塔の紛失だった。

 私と星が命蓮寺ごと幻想入りをした際。毘沙門天の力を宿し、魔界に封印された聖を助け出す鍵となる宝塔が、忽然と消え失せたのである。紆余曲折の末、宝塔は私が見つけ出し、聖救出は成った。

 星は大事をとって自分の過失と公言しているが、そんな事があるわけが無い。聖復活を望まない誰かが盗んだのだ。

 つまり。

 宝塔を盗んだ者は、宝塔が聖救出の鍵となる事を知っていたのである。

 我々以外にそんな事を知っている者。

 それは聖を封印した者たち以外に考えられない。

 敵。

 我々に明確な害意を持つ者達。

 私はそれを突き止める為に、幻想郷の管理者たる八雲紫と契約し、死体探偵となった。

「陰陽玉と引き替えに、八雲紫から一つ面白い話が聞けた。陰陽玉を狙った連中は、自ら賢者達と名乗っているようだ」

 ――賢者気取りの馬鹿共め。

 苦々しい顔で、八雲紫はそう吐き捨てていた。八雲紫にとっても、奴らは敵であるらしい。

「賢者達。なんと愚かで傲慢な……」

 聖は眉をひそめ、嫌悪感をあらわにした。

 知恵の足りない者に限って、自ら智者を名乗りたがるものだ。馬鹿馬鹿しい、まるで茶番である。

 だが、相当数の烏天狗を動員出来る点から見て、侮れない規模の勢力を持っている事が伺える。我々は知恵の足りない巨人を相手にしなければならないのだ。

「我々の敵対者がその賢者達とやらの一員なのかは分からん。だが、あり得る話だ。聖。君を封印した人間達の子孫が、この幻想郷で生きているとしたら……」

 あるいは、術力を維持し続けるために、自ら進んで幻想となったのだとしたら……。

「やめましょう」

 星が私の思考を遮った。静かな、しかし大きな声で。

「現段階では、憶測に過ぎません。憶測を重ねる事は智慧の働きを阻害し、我々の目を曇らせるでしょう。確実な事は二つ。身元の分からない人間がこの幻想郷に存在する事。そして、賢者達と呼ばれる勢力が存在する事。それが分かっただけでも前進です。二人には引き続き、内密に調査をお願いしたい」

 星は話を切ろうとしたが、

「待て。星、それに聖」

 私はそれを制した。

「この際、聞いておきたい。我々に仇なす者が立ちはだかったその時、君達はどうするつもりだ」

「どう、とは……?」

 聖は困惑したように私を見つめた。ふわりとした眼差しは人を虜にする優しい魅力に溢れている。

 だが。

 それだけでは、正義にはなれない。

「敵を殺戮する覚悟があるのかと聞いている」

 私はあえて強い言葉を使った。

「敵は人間だぞ。しかもおそらく、相当数存在する。仏罰の名の下に全て無力化する、それを調伏などと生やさしい言葉で誤魔化す事は出来ん。それは虐殺と呼ばれる行為に他ならん。君達にはそれをする覚悟があるのか」

「ナズーリン……」

 星が私を睨んだ。

 智慧の光は搔き消え、遠い昔、星がまだ単なる妖獣に過ぎなかった頃の、荒々しい光を帯びている。

 星自身が迷いを持っているからこそ、それを言葉にした私に怒りを向けるのだろう。

「相手もまた知恵を持つ者であれば、対話により道が開けると私は信じています」

 聖の言葉は模範解答だ。

 だが同時に、模範解答でしかない。

「千年前にも対話をした。だが、君は結局封印されたな。奴らの害意は理屈じゃあない。熱狂、あるいは狂信と言って良いだろう。また封印されるか、今度こそ殺されるかもしれん。座して死を待つつもりか、聖」

 聖は沈黙した。

 私の言う事が正論だからこそ、聖は何も言えないのであろう。

 悟りを開いたシッダールタでさえも、戦争を押しとどめる事は出来なかったと言う。理不尽で一方的な害意が吹き荒れる時、教義は力を失くしてしまうのだろうか。

 私は正義の味方だ。

 たとえ、その正義が揺らいだとしても。

「……それもまた」

「毘沙門天様は、何と」

 聖を遮り、星が押し殺した声を上げた。

「幻想郷での布教活動に励むように、との事だ」

 星は目を閉じた。その体が少し震えるのが見える。内心、忸怩たる思いだろう。

 まるであの時と同じだ。

 千年前のあの時と。

 だが、瞳を開いた星は、穏やかな顔に戻っていた。

「今はまだ、どうするべきか分かりません。ですが、私は聖を再び封印させるつもりはありません。これだけは揺るがない、決して」

 そうして、再び光背を負った。

 それでこそ、星だ。

「良いだろう。それだけ聞ければ十分だ。私は調査に戻ろう。聖、外の技術に慣れておけよ。事態がどっちに転んだって、きっと役に立つだろうからな」

 体を預けていた柱から離れ、私は冷たい床を軋ませた。

 本堂を出る直前、大事な事を言い忘れていたのを思い出し、振り返って言った。

「だが、無駄遣いは控えろよ」

 ワイヤーラックは、要らないと思う。

 

 

「何故、隠す」

 本堂から出てきたナズーリンは、目を丸くしていた。

 石段に座り、マミゾウは煙管をふかしていた。少し寒い。

「……聞いていたのか」

 マミゾウはゆっくりと頷いた。

 煙草が苦い。煙管の吸い口を少し噛んでから、煙を吐き出した。少し不機嫌だった。

「そんなにワシらは信用ならんか」

 客に過ぎないマミゾウだけならまだしも、帰依しているぬえや一輪達にすら秘密にしているのが解せないのだ。

「簡単な話さ。私達もどうするか決めかねているんだよ」ナズーリンは遠い目をして言った。「それに、信徒達に無用な不信感を植え付けたくないんだ。何と言っても、敵は人間なんだからな」

 なるほど、とマミゾウは思った。

 ナズーリンは命蓮寺の信徒に、件の「賢者達」が入り込んでいると確信しているのだ。集団の結束を破壊するには、内部から互いの不信感を煽るのが手っ取り早い。

「なればこそ、一丸とならねばならぬのではないか」

「分かってくれ、マミゾウ」

 ナズーリンは首を振った。

「仏教徒でないあんたには分からないかもしれんが、これは信仰の問題なんだ。理不尽な暴力の前に、我々が信仰を持ち続けられるのか。今はその瀬戸際なんだ。そしてそれは、あの聖ですら例外でないのさ」

「そういうものか」

 信仰そのものとすら思える、あの聖白蓮ですら揺らぐ事がある。人間なのだから当然だが、信徒でないマミゾウには俄かには信じられない。

「だから今はまだ、他の者には伏せておいてくれ。今、躓く事は出来ない」

「気が進まんな」

 マミゾウは煙を吐き出した。

 空に搔き消えるこの煙のように、何物にもとらわれず心のまま自由に生きる。それがマミゾウの哲学である。

「頼む」

 しかし、ナズーリンが頭を下げたので、マミゾウは煙管の火を消さざるを得なかった。

 真摯な頼み事を断れないのは、マミゾウの弱点かもしれない。

「代わりという訳ではないが、一つだけ言っておこう。我々の目的は、敵を殲滅する事ではない」

「そりゃ、布教じゃろうな」

「それは毘沙門天の目的だ」

 マミゾウは眉をひそめた。

 この小鼠、毘沙門天の遣いではなかったのか。

「我々の目的。それは、聖を復活させる事だ」

「なんじゃと?」

「それだけだ。では、私は仕事に戻る。後の事、宜しく頼むよ」

 そう言って、ナズーリンはさっさと石段を降りて行ってしまった。

「まさか、あいつら……」

 その小さな背を見つめながら、マミゾウは再び煙管に火を着けた。

 空を登り行く紫煙は、風に吹かれて消えてしまった。自由も信仰も、儚いものなのかもしれない。

 また一つ、しがらみを作ってしまった気がした。

 

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