死体探偵   作:チャーシューメン

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 自分で穴を掘って自分で埋める。連載の伏線回収ってのはそんな感じがしてきました。

 そそわはこちら→http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/211/1466946055
 ※置いてあるのは同じです。


ニューサンス

 

「わあ、油揚げだ」

 「身代金」が油揚げとは、狐らしい。

 嬉しそうに油揚げを頬張る男の子を見て、孫馬鹿はでろでろになっている。私は笑ってしまった。私が銀と間違えるほどぎっしり油揚げを詰めるなんて、ちょっと可愛いじゃないか。

 だが。

「あんた達に悪意がない事は良くわかったよ。しかしな……脅迫状を出すだなんて、少しやり過ぎじゃあないのか。ただでさえ人里は緊張状態にあると云うのに。上白沢慧音が気の毒だぞ。一体、誰の入れ知恵だい」

 私は六尾に向かって苦言を呈した。気持ちは分かるが、これでは完全に大事件である。有り体に言えば、事態の収拾と後処理が面倒なのだ。

 単なる狐の子の里帰りを、里を揺るがす大事件に仕立て上げて。思慮深い妖狐のする事とは思えないぞ、まったく、この孫馬鹿は。

 しかし、次に六尾妖狐が口にした言葉は、私の予想の範疇を超えていた。

「脅迫状とは、一体なんの事だ?」

 妖狐は訝しげに首を捻った。その様子から、嘘は吐いていないと直感する。

 何が何だか分からない。

 子供が誘拐され、身代金要求の脅迫状が来た。だからこそ、人間の里の守護神たる上白沢慧音は解決に奔走し、私もこうして身代金の受け渡しに駆り出されていると言うのに。

 これでは辻褄が合わない。

 記憶の底で何かが引っかかっている。私の本能が警鐘を鳴らしていた。得体の知れない悪意が、この狂言誘拐劇の影で牙を研いでいる。そう感じる。

 無性に胸騒ぎがした。

 

 

「別件の方はどうだい」

 私が問うと、太陽の畑の胡瓜片手に小躍りしながら、河城にとりはさらりと言った。

「さあね。少なくとも、私は知らないよ。山の天狗サマをアゴで使う女河童なんてさ」

 奴……青いレインコートの妖の事だ。わかさぎ姫は奴を河童だと言った。実際、奴は水を武器に使う。

 命蓮寺を敵視していると思われる組織、「賢者達」とやらに関する手掛かりは少ない。私は青いレインコートの妖を探して、河城にとりに調査を依頼していた。同じ河童なら、何か知っているかも知れないと思ったのだ。その当ては見事に外れたが。

「一応、仲間にも聞いてみたけどね。まぁ、誰も知る訳がないさね、この河城にとり様ですら知らないってんだからな」

「ふむ」

 にとりはこの通りの性格なので扱い難いが、実力は本物である。こんな山の中で長期間キャンプをするなど、好き勝手に単独行動をしながらも、河童社会の中でそれなりの地位を築いているようだ。

 そのにとりが言うのである。河童社会は奴、青いレインコートの妖を、ひいては賢者達という組織自体を関知していないのかもしれない。考えてみれば、享楽的で短絡的で即物的な河童の性格と、賢者達などという陰謀めいた回りくどい秘密結社は合うはずもないから。

「手掛かり無し、か」

「そう腐りなさんな。道ってのはそのうちに開けるもんさね」

「君に道を説かれるのは、非常に心外だな……そうだ」

 私はナズーリンペンデュラム・エンシェントエディションを取り出し、にとりに示した。

「これと同じ物を持った奴を見かけたら、教えてくれ。勿論謝礼はする。だが、そいつには決して近づくなよ。危険だからな」

 青いレインコートの妖もこれと同じペンデュラムを持っていた。奴もまた、私と同じく、八雲紫の求めるものを探しているのだろう。それを奪い取る為に。

「それは……」

 声を上げたにとりを見やると、様子が一変していた。

 胡瓜を抱えてウキウキ気分は何処へやら、彼女は全身に殺気を漲らせ、姿勢を低くして身構えたのだ。目深に被った帽子の下から光る目は、切っ先の様に鋭い。

 私は唖然としたが、私の身体は長年染み付いた防衛行動を正確にこなして見せた。即ち、一歩退がって距離を取り、息吹で気脈を整えると、ロッドを前面に構えたのだ。

 腰に伸びたにとりの手のひらが、ゆっくりと開いて行く。早抜きか。手製の水圧銃を腰に隠しているに違いない。

 私達の間にざらざらとした空気が流れた。にとりの放つ必殺の気迫に私の肌は粟立ち、その不愉快さが私を戦へ駆り立てようと急かしている。黙れ。私の道は、私自身が決める。

「待て」

 肉の呪縛に抗い、私は脱力して構えを解いた。

 明らかな隙であるにも関わらず、にとりは攻撃を仕掛けて来なかった。顔色は変わって見えないが、動揺しているのだ。

「君の敵意の理由は聞かん。だが、一つ教えてくれ。君も賢者達の一人なのか」

 ハッ。にとりは短く笑った。馬鹿馬鹿しい、そんな思いがこもっている。どうやら、彼女は賢者達ではない。考えてみれば、彼女には賢者などという大仰な二つ名は似合いそうもない。最高の幻想技師、そちらの方が相応しい。

「ならば、私には君と争う理由は無い」

「そうか。ナズーリン、あんたも探索者か」

 ようやくにとりも構えを解いたが、眼光は変わらなかった。

「賢者達を……」

 言いかけた言葉を呑み込んだ。にとりが唇に指を当てている。声が高すぎたようだ。ここは妖怪の山の裏の滝、天狗達のテリトリーに近い。

「君は」今度は声を落として問うた。「奴らを知っているのか」

 私の問いに答えず、にとりは先程まで読んでいた新聞を、私の方に投げやった。

 広げてみると、それは『花果子念報』だった。烏天狗の一人、姫海棠はたてが発行する新聞であり、ネタの古さに定評がある。新聞としては致命的なのだが、人里では少し前の出来事を思い返したい時に重宝されている。

 読め、という事か。

「覚えておきな、ナズーリン」河城にとりが背中で言う。「あんたみたいに、下手に頭が良くて正義漢ぶる輩が、一番厄介で邪魔なのさ」

 それきり、にとりはテントの中に引っ込んでしまった。

 私は山を降りると、無縁塚の掘っ立て小屋に戻った。

 小屋内では死体修復のエキスパート、霍青娥が作業をしてくれていた。自警団団長の遺体の修復である。団長の死体は有象無象共に食害されており、青娥でなければ修復は不可能なのだ。

「ちょっとお、ナズちゃんも手伝ってよ」

 色々考える事があって疲れたので、私が休憩がてら作業小屋の長椅子に寝転び『花果子念報』を読んでいると、青娥が文句を言ってきた。

「今いいとこなんだよ」

「ん、もう。お師匠様に対してなんて口の利き方なの? ナズちゃんたらいけず!」

 誰が師匠だ、誰が。

 『花果子念報』は相変わらず古い話を蒸し返している。花の温泉郷のぎゃてみす亭が大人気だとか、恐怖の「人死にの出る道」(秘湯付き)だとかである。目新しい記事は無いと言っていい。いつもの事だ。

「……おや?」

 新聞の隅の方に目をやった時、私は思わず声を上げた。

 『人間の里の自警団団長、行方を晦ます』

 それは今まさにここで進行している事件である。ネタの古い『花果子念報』では珍しい、タイムリーな記事だ。

 記事を読み込もうと目を凝らした時、新聞が私の手からするりと離れてしまった。青娥に取り上げられたのだ。

「ナズちゃん、手伝ってよ。芳香ちゃんはメンテ中だし、手が足りないのよ」

「分かったよ、仕様がないな」

 しぶしぶ私は席を立った。

 聖から習った肉体強化法術を用いて補強を行っていると、ふと、青娥が呻いた。

「ナ、ナズちゃん、それ……」

 いつの間にか、小屋の中が仄かに赤く染まっている。

 ペンデュラム・エンシェントエディションが光を発していた。しかしその光は弱々しく、あの血に飢えた陰陽玉を見つけた時よりも、輝きは小さかった。

 団長の衣服の裏地を慎重に調べると、巾着袋が一つ、縫い付けられていた。それにペンデュラムを近づけると、輝きが少しだけ強まった。

 巾着袋は、丁度野球のボールがすっぽり入るくらいの大きさである。

「何に反応しているの、そのペンデュラムは……」

 青娥が震える声で言う。

 その巾着袋には少量の血がこびり付いている。大体の見当は付いていたが、私は何も言わなかった。

 翌朝、修復を終え、団長の遺体を遺族に引き渡すと、私は妖怪の山へと足を向けた。『花果子念報』の記者、姫海棠はたてと会う為に。

「この『花果子念報』に団長さんの事件が載っているのが、そんなに不思議な事なの?」

 『花果子念報』を握りしめながら、多々良小傘が首を捻った。小傘がどうしても私に着いて行くと言って聞かなかったので、しぶしぶ了承したのだ。

「話題が新しいのは確かに珍しいけど、事件自体は文さんの『文々。新聞』にも載っていたよ?」

「記事をよく見てみなよ。最後の文、なんて書いてある」

「えっと、『捜査を依頼された探偵が、奪われた物品も含め、目下、行方を捜索中との事である』だって。……え、奪われた?」

「何も盗られたものは無い。ただ一つ、団長自身以外はな」

「ナズーリンは、そう思っていないって事だね」

 そうだ。

 団長は奪われたのだ。

 その命だけではない。手にしていた、血に飢えた陰陽玉をも。

 団長が何故それを所持していたのか分からないが、恐らくそれを団長が持つ事で、賢者達への何らかの抑止力になっていたのだろう。

『下手に頭が良くて正義漢ぶる輩が、一番厄介で邪魔なのさ』

 にとりの言葉が脳裏で揺れる。

 きっと、だから団長は殺されたのだ。

「やっぱり、団長さんはあいつに殺されたんだね」ぽつりと小傘が言う。「折れた六角十手の断面は、鋭利だったよ。まるで、ナズーリン、貴女の古いロッドと同じ」

 流石は小傘である。道具に関する事で、小傘に隠し事は出来ない。

 青娥の検屍により、奴が団長の死に関わっている事は分かっていた。直接の死因は別のようだが、団長の吹き飛ばされた右腕の断面は、鋭利で滑らかだったのだ。

「ナズーリン。良かったらこれ、使って」

 小傘が差し出したのは、真新しく輝く十手である。

「これは」

「団長さんの息子さんの為に、わちきが作っておいたの。もし息子さんが跡を継がないのなら、悲しい歴史を背負う必要も無いと思って……」

 小傘は人間を愛している。それは付喪神としての宿命なのかも知れないが、きっとそれだけではない。彼女は優しいのだ。

「そうか」

 輝く十手を受け取り、腰に差した。

 妖怪の山へと入り、天狗のテリトリーに近づくと、すぐに白狼天狗達がやって来て、私達を阻んだ。小傘は怯えて私の陰に隠れたが、こいつらはただの哨戒天狗、門番のようなものだ。恐れる必要は無い。

「姫海棠はたてに面会したい。彼女の作っている新聞について、二、三意見があるんだ」

 そう言うと、白狼天狗達はうんざりした顔になった。烏天狗の新聞は方々に迷惑を掛けている。きっとこういう殴り込みも日常茶飯事なのだろう。

 私が東風谷早苗から調達した割り符を見せると、白狼天狗達は大人しく道を開けた。こいつらも好きで哨戒なんてやってる訳じゃない、正当な理由と資格を持つ事を示せば、この通り従順である。

 白狼天狗達からはたての住居の在り処を聞き出して、私達は森の中の道を歩いてそこへ向かった。はたての住処は天狗の里の中心からやや離れているようで、この機会に天狗の里の情報を仕入れようと思っていた私は、少し肩透かしを喰らった形になる。

 それでも、断片的な情報から天狗の里の文明度合いを推察する事は出来た。例えば、天狗の里の住居は伝統的な日本家屋の体を取っているが、正面玄関には電灯が備えられていたり、屋根にはアンテナが立っていたりする。森の道には所々電灯まで据え付けてある始末である。

 外の世界程ではないが、人里よりかなり進んだ技術を持っている事は確かだ。人間が山を切り拓くと怒る癖に、自分達はやりたい放題のようだな、天狗は。

「なんだか見た事がないものがいっぱいあるね」

 仕事柄、技術馬鹿の気のある小傘などは、目を輝かせている。

 また、家屋の配置の仕方にも私は注目した。中心部はどうだか分からないが、外れの方では配置の仕方に規則性や計画性を見出す事は出来ない。

 天狗の里は縦社会と言っても、その行政力は人里に比べて弱く、相対的に個人の権力が大きい故だろう。例えば『文々。新聞』の記者、射命丸文に代表されるような、強烈な個性を持った天狗を野放しにしているのは、彼女の力の前においそれと手を出す事が出来ないからに違いない。高度な文明を築いていると言っても、やはり妖怪。個人の力が物を言うのだろう。

 しばらく歩くと、はたての住居らしきものが見えてきた。藁葺き屋根の小ぢんまりとした建物で、家と言うより大きめの茶室と言った風情である。ぐるりと張り巡らされた立派な生垣は、しかしあまり手入れはされておらず、隙間にのぞくキンモクセイの花は萎れている。庭には背の高い何かの樹木が植えられているが、時期悪く花も実も付いていなかったので、何の木かは分からない。

 古風な外観に対して悪目立ちしている無機質なインターフォンを押すと、中でピンポンと音が鳴るのが聞こえた。

 しかし、しばらく待っても応答は無かった。

 もう一度押しても、結果は変わらず。

「留守かな?」小傘が首を傾げた。「まあ、取材で飛び回ってるだろう人だし」

 小傘は引き留めたが、私は縁側の方へ回った。縁側の障子は無用心にも開け放たれており、机の上には書きかけの原稿や写真が散らばっているのが見える。さっきまで原稿を書いていたが、何かの事情で慌てて家を飛び出した、そんな所だろうか。

「ナズーリン、まずいって」

「構うもんか」

 私は小傘が止めるのも聞かず、室内に上がりこんで写真の束を取り上げた。小傘は小傘で、私を止めておきながら自分もちゃっかり上がりこんでいる。書きかけの天狗の新聞に興味があるのだろう。普段はあまりお目にかかれない光景だからな。

 写真の束をめくっていくと、変装した私が団長の息子と話している写真を見つけた。

「そうか。念写とやらで団長が見つかった事を知って、慌てて取材に飛び出した訳か」

「あー、なるほど。私はてっきり、何かの事件に巻き込まれたんじゃないかと思っちゃったよ」

「新聞記者とは言え、名だたる烏天狗だぞ。しかも能力はあの射命丸文にも引けを取らない。襲われたって返り討ちさ」

 以前、はたてと文の二人からそれぞれしつこく取材を迫られ、弾幕勝負をした事があるが、おそらく、姫海棠はたては烏天狗の中でも高い能力を持っている。この無用心さもそれを物語っていた。

 私と小傘はしばらく縁側で待ってみたが、日が暮れかけてもはたては戻って来なかった。日が落ちては面倒である。私達は今日彼女と話をする事を諦め、山を降りる事にした。

「あ。写真が一枚、机の下に落ちてる」

 帰り際、小傘が気付いたその写真を拾い上げてみる。

 写っていたのは、やつれた顔で行方不明者の人相書を配る、上白沢慧音の姿だった。

 

 

 狐の子の手を引き、私は林を歩いていた。

 夕陽の覗く曇り空から、ぽつりと涙が溢れ始める。それは柔らかく優しかったが、私の胸騒ぎはおさまらなかった。

「脅迫状が送りつけられていたなんて、一体どうなっている? 私達はそこまで大事にする気は無かったのだが……」

 六尾妖狐が首を捻っている。

「両親もそう言っていたぞ。人里の情報提供者もそう言っていた。上白沢慧音も」

「ううむ……倅達の演出か? しかし、それにしても……」

 六尾妖狐も知らぬ脅迫状は、一体誰が送りつけたのか。

 子狐の両親にしては六尾妖狐が知らぬ事が不自然だし、別の誘拐事件と取り違えたのか? しかし、直近で類似する他の誘拐事件の話は聞いていない。

 それとももしや、身代金を狙った里の人間が偽造したのだろうか? あり得ぬ話ではないが……。

 何かが、私の心の隅に引っかかっている。

「小傘か」

 狐の結界を出て里に近づいた時、前方に茄子色の傘が見えた。

「あっ、ナズーリン。やっと見つけたよ」

 小傘は私達を見つけると、傘を揺らして駆け寄ってきた。

「はたてさんの新しい新聞を見たんだけど……」

「新聞? いや、今は……」

「とにかく、これを見てよ」

 小傘に押し付けられ、私はしぶしぶ『花果子念報』を見やった。斜め読みしただけで分かる。いつもの通り、古いネタばかりだ。

 ふと、新聞の隅にどこかで見かけた写真が小さく写っているのに気付く。

 上白沢慧音の写真と、『人里で誘拐事件、脅迫状も』の見出し。

「またこれだけ、情報が新しいんだよ」

 小傘が不安げに私を見つめている。

 誘拐された子どものために尽力する慧音のそのやつれた顔を見て、何故だか、私の胸でざわめくわだかまりが薄くなったような気がする。私の心の中に引っかかっていたのは、この慧音のやつれ顔だったのだろうか。

「確かに、何か変だが……」

 言いかけて。

『下手に頭が良くて正義漢ぶる輩が、一番厄介で邪魔なのさ』

 にとりの言葉が脳裏で閃いた。

 私は、息を飲み、目を見開いた。

 謎の脅迫状。

 人里の守護神。

 不可解な『花果子念報』。

 里を守護して殺された自警団団長。

 賢者達、暗躍する青いレインコートの妖。

 今、人里で最も厄介な邪魔者は……。

「狙いは慧音か!」

 私は叫んだ。

 間違いない。団長の次に狙われるのは、人里の守護者たる上白沢慧音だ。この誘拐劇の裏側には、慧音を誘き出し排除するための罠が張られている。

 『花果子念報』は賢者達の動きを報じていたのだ。

「上白沢女史が? 誰かに狙われているのか?」

 事態を飲み込めない六尾妖狐は眉をひそめている。

「話は後だ、一刻も早く里に戻ろう!」

 狐の子を六尾の背に乗せ、私達は人里へ舞い戻った。

 人里の門前では、狐の両親が待ちかまえていた。

「お母様、それに坊やも……」

「お前達、何故、脅迫状などを」

「お母様のお考えではなかったのですか?」

 狐達は揃って顔を見合わせている。

「慧音は何処だ!」

 私が怒鳴ると、狐の父親が震えた声で言った。

「先程、新たな脅迫状が届いて、妖怪の山へと身代金を届けに……」

「なんだと!」

「事前の取り決めと異なるので不審に思い、私達は止めたのですが、上白沢先生は一刻も早くと……」

 参った……私が慧音の依頼を断った事が裏目に出るとは。私が動いている事を知っていれば、慧音とて軽率な行動などすまいに。

「誘拐事件の収束は後だ、子どもは一旦、六尾が預かれ。私は妖怪の山へ向かう」

「わちきも行くよ」

 小傘が声を上げたが、私は首を振った。小傘を危険な目に合わせる訳には行かない。

「小傘は命蓮寺の誰かにこの事を知らせてくれ。間に合わないかもしれないが……」

 小傘は少し悲しそうな顔をしたが、頷いて走って行った。

 途中、鼠達を放って斥候をさせつつ、私は風になって妖怪の山へ急いだ。

 その途上。

 りぃん。

 奴のペンデュラムの音が響いた。

 細雨が私の肌を打つ。奴と遭遇する時はいつも雨だ。雨女だな。

 私はロッドを構え、それでも速度を落とさず走った。

 音はすれども、奴の姿は見えず。私は山を彷徨う内、先に慧音を見つけた。崖の下で、傘も差さずに風呂敷包を抱えて立ち尽くしている。

「慧……」

 呼びかけようとした矢先、突如、奴が目の前に現れた。頭からすっぽりと被った蒼暗色のレインコート、そのぬらりと湿る質感が、私の目を不快にさせる。

「貴様……そこをどけ」

 奴はニヤリと笑うと、ゆっくりとその指先を持ち上げた。

 細雨を切り裂き、私は奴に向かって突撃した。水レーザーは小傘のロッドに勝てはしないし、水爆弾は奴の懐に飛び込めば使えない。即ち、近接戦闘を仕掛けるのが一番確実だからだ。

 だが。

 奴の指先が光ったと思うと、私は全身に衝撃を受けて吹き飛ばされた。私の手から離れたロッドが、ガラリと地面に転がる。

 何をされたのか、一瞬、理解出来なかった。が、地面に空いた無数の穴と奴の指先から上がる水煙を見て、ようやく気付いた。これは水散弾だ。大量の小さな水弾を前面に放出して、私の突進を防いだのだ。

 一発の威力は低く、私のダメージは戦闘継続を望めない程ではない。しかし。

「これで武器はなくなったぞ、小鼠」

 落としたロッドを踏みつけて、奴が得意気に言った。

 私は跳び上がって距離をとったが、形勢が変わった訳ではない。それどころか、悪化していた。既に刀を抜き放った鉄仮面に忍者装束の烏天狗共が、私の周りを囲んでいたのだ。

 数は以前より少なく、三人。残りは慧音の方に行ったのか?

「殺せ」

 奴が手を振り上げると、猿叫を上げ、丸腰の私へと烏天狗達が斬り掛った。

 しかし、私にはまだ武器がある。

 私は瞳を開き、小傘から譲り受けた十手を抜き放った。

 振り降ろされた刀を十手で絡め取り、体を回し梃子の原理で刃を折ると同時に、その勢いのまま鳩尾へ肘をめり込ませる。崩れ落ちたその首筋に手刀打ちをして無力化すると、落ちた刃をもう一人へと蹴り上げた。怯んだ隙に懐へ入った私は、その頭を抱え込み、薄っぺらな鉄仮面がへこむ程の膝蹴りを顔面に叩き込んでやった。最後の一人が破れかぶれで上段から斬り掛って来たが、軽くいなして喉元に十手を打ち込み黙らせる。

 ものの数秒で転がった烏天狗達を尻目に、私は奴へと十手を向けた。

「弱すぎるな。これが天下の烏天狗か? 練度が低すぎる。人間の達人の方が十倍は強い。強く出られるのは、武器を持たない女子供に対してだけのようだな」

 少なくとも、こいつらの練度は私の十手術の三分の一にも満たないという事だ。

 奴は声を上げて笑った。

「小鼠ごときにこうも圧倒されては、返す言葉も無いわ」

 その物言いは、天狗社会に生きる者のそれでは無い気がする。少なくとも、奴にとって烏天狗達は部下ではなく、駒のようだ。

 その証拠に、私の足元に部下が転がるにも関わらず、奴は水爆弾を発射して来た。私はペンデュラムに法術を掛けてシールドを造り、それを防いだ。

 水爆弾の煙が晴れた時、奴の姿は消えていた。

 りぃん。

 耳障りなあの音と、

「だが、勘違いはするなよ、小鼠……」

 囁くような台詞を樹々の間に託して。

 理解不能のその言葉に呆然としたが、しばらくして我に返った私は、急いで崖下を覗き込んだ。

 慧音は私と同じように、三人の烏天狗に囲まれていた。

「慧音!」

 私が弾幕を張って援護しようとしたその時。

 木々の間から走り込んだ銀色の陰が、慧音と烏天狗共の間に割って入った。そして、美しく煌めくその銀色の陰は、見る間に紅く輝く鳳凰へと変身した。

「なんだお前ら? やろうってんなら相手になるぞ?」

 あの炎、そして錦のように輝くその銀髪。

 見た事がある、あれは藤原妹紅だ。不老不死の蓬莱人にして、炎の術を使う一流の退魔師でもある。そして、上白沢慧音の親友。

 そうか、流石は慧音だ。不穏を感じ取って、用心棒代わりに妹紅を連れてきていたとは。どんな場面でも冷静な判断が出来る者が知恵者というもの。慧音は真に知恵者だな。

「どうした? やるのか、やらないのか? はっきりしろよ、青二才共」

 荒ぶる焔鳥の威容に気圧されて、烏天狗達は先を争うように退散した。情けない、本当にあれが山で恐れられる烏天狗の姿なのか。私だったら、例え相手が龍でも噛み付いて見せる。

「妹紅についてきてもらって正解だったな。奴ら、身代金を狙っていたのか」

「どうだかな。何にせよ、あの脅迫状は怪しい。身代金の受け渡し場所を理由無くコロコロ変えるなんて、筋が通らないよ」

「ならば、誘拐に便乗した強盗と見るのが妥当か。まったく……この忙しい時に」

 慧音は肩で溜め息を吐いた。

 流石、千年生きる藤原の姫君は察しが良い。妹紅が付いていれば、慧音は一先ず安心だろう。

「一旦、里に帰ろう。今後の事をあの子の両親と協議する必要がある」

「賛成だな。ここに居たって雨に濡れるだけだ」

 慧音と妹紅が山を降りたのを見届けて、私は烏天狗達を尋問しようと、戦闘のあった場所に戻った。すると、烏天狗達は跡形も無く消えていた。

 そうか。前に遭遇した時、烏天狗達は七、八人はいた。私に三人、慧音に三人、残りの人員は待機して、撤退のサポートを行ったわけか。迂闊だった、折角の手掛かりをみすみす逃してしまうとは。

 私が唇を噛みながらロッドを拾い上げていると、俄かに突風が巻き起こり、大気中を轟音が満たした。空の一角を見やると、光り輝く流星が横薙ぎに飛んで空を割り、こちらへ近づいて来る。その流星の輝きは、見慣れたものさ。

 雲を破る勢いで飛んで来た寅丸星が降り立ち、肩で息をしながらその豊満な胸を撫で下ろした。

「ああ、よかった。ナズーリン、無事でしたか。小傘から連絡を受けて、急いで来たのです」

「慧音も無事さ。もっとも、私が行かなくても結果は変わらなかったかも知れないが」

「尚の事、良かったじゃないですか」

 星は丸顔をますます丸めて笑った。

「しかしな、君。もう少し地味に登場したらどうだい。空が割れてるじゃないか」

 星が飛んだ軌跡で雲が真っ二つに割れ、茜色の空から赤光が降り注いでいる。

「まあまあ。いいじゃないですか。毘沙門天様の威光という事にしておけば」

「大体合ってる所が嫌だなぁ」

 きっと、翌日の新聞に載るんだろうな。

 私達は一旦命蓮寺に戻り、翌朝、六尾妖狐の元へ向かった。

 星は六尾に全ての事情を説明し、協力を請うた。

「賢者達とは、あれの事か」流石、六尾は存在を知っているようだった。「あの八雲紫の太鼓持ち共の事か。しかし、あの中で真に知恵者と呼べるのはほんの一握り。西行寺幽々子か、風見幽香くらいのものだが」

 思わぬ大物の名前が出た事で、私と星は面喰らった。冥界の管理者たる西行寺幽々子に、暴君と呼ばれ恐れられるフラワーマスター風見幽香。そんな大物が関与する組織だったとは。

 特に私は幽香と面識があったので、違和感を覚えた。あの超越者たる風見幽香が、賢者達などという馬鹿げた組織に与するはずがないのだが。

 もしかしたら、賢者達とは私達が考えるような一枚岩の組織ではないのかも知れない。

「児戯に等しいと考え口出しを避けていたが、可愛い我が孫までもを利用しようと言うのなら話は別だ。毘沙門天の代理殿。我ら一族、命蓮寺への協力は惜しまぬぞ」

 星は穏やかな顔で礼を言った。

 星が六尾に腹の内を全て明かすと言った時にはどうなる事かと思ったが、上手くまとまったようだ。対等な協力関係を結べたのは、星が前面に出たからだろう。

 さて、孫狐を人里へ帰そうという段になって、予想通り孫馬鹿の六尾がぐずり出した。なだめすかしているうちに日が暮れそうになったので、私は腕付くで引っぺがすと、孫を連れて里へ戻った。

 諸々の工作を終え、子狐の里帰りが通常の神隠しとして人々の記憶から薄れ始めた時、私は再び狐の両親に会った。

「風体、ですか?」

「ああ。どんな奴だったかな」

 狐の子が毬遊びをする傍らで、私が両親に問うたのは、脅迫状を持って来た輩の風体だった。

 脅迫状はいつも里外れの自警団屯所に届けられていたと言う。が、各屯所に聞いて回っても、口をそろえて、そんな話は知らないと言われた。

 狐の嫁は顎に手を当てて、遠くを見るようにしながら言った。

「そうですねえ。黒い着物を着た御仁で、自警団を名乗っておられました。髪は長くボサボサで、口の回りに少々の髭を蓄えておられましたが、恰幅が良いという感じではなく。むしろ瘦せ型で、あまり血色がよろしくないようでした。なんだか常に怯えたような目をしていて、そればかり覚えております」

 それは、私に盗賊の捜索を依頼したあの男の風体と一致していた。

 

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