死体探偵   作:チャーシューメン

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 嫌な話です。注意してください。

 そそわはこちら→http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/212/1468944611
 ※置いてあるのは同じです。


ライク・ア・ヒューマン・ビーイング

 

「約束が違うじゃあないか!」

 あー、もう。喧しい。

 畳の上に寝っ転がりながら、読みかけの『花果子念報』を顔に被せた。

「もう勘弁してくれ。今日は今まで仕事だったんだよ。また明日聞いてやるからさ」

「いつもいつもそうやってはぐらかすんだから! 今日こそはちゃんとしてもらうんだからね!」

「今日は勘弁してくれよ。眠いんだ。最近、仕事尽くめで疲れてるんだよ」

「キィィ! あたいというものがありながら、他の輩にうつつを抜かすなんて! この浮気者!」

 ……なんだこの会話は。マンネリ夫婦のピロートークじゃあるまいし。

 喧しい地獄猫、火焔猫燐がやって来たのは、夜半、私がクタクタになって掘っ立て小屋に戻って来た時だった。やって来た瞬間から、盛りのついた猫みたいにニャーニャーニャーニャー喧しく喚きだしたのだから堪らない。やっぱり猫は嫌いだ、ドチクショウ。

「あーもう、何がそんなに不満なんだい」

 仕方なく新聞を下ろして起き上がると、燐は目に涙を溜めて力説する。

「死体だよ、し・た・い! 決まってるじゃあないか!」

「あー? 死体がどうした?」

「あたいに死体を融通してくれるって、そう言ってたじゃあないか! それなのになんだい、この仕打ちは! この約束破りのコンコンチキ、へっぽこピーマンのぺったんこナス!」

「いやいやいや。こないだちゃんと紹介してやったろう。誰も引き取り手が居なかった遺体を」

「足りないよぉ! ぜんっぜん、足りないんだよぉ! 毎日三人は欲しい! 欲を言えば十人、いや二十人!」

「君はアレかい? 幻想郷を滅ぼすつもりなのかい?」

 そんなペースで死人が出たら、それこそ大異変だろうに。

「セキニンとって!」

「はあ?」

「あたいをこんな体にした、セキニンをとってよ!」

 何言ってんだこいつ。

「君が猫になったのは私のせいじゃあないぞ。恨むなら輪廻転生を恨みな」

「あたいを死体欠乏症にしたくせに!」

「欠乏してる方が健全なんじゃないのか、それ」

 まったく、発情猫のヒステリーになんか付き合ってられないよ。まともに話を聞いてたら日が昇ってまた暮れちまう。喚き散らす燐を適当にあしらいつつ、私は再び新聞に目をやった。

 燐は私に噛り付いて尻尾を振り振り繰り返している。

「死体、シタイ、したい! 全然足りない! もっともっと欲しい、いっぱいいっぱいシタイ、もっと欲しい!」

「でかい声でご近所様に誤解されるような台詞を吐くんじゃないよ、この発情猫が。まあ、ご近所なんていないけど」

「ねえねえナズーリン、お願いだよぉ〜、死体探し、一緒にしておくれよぉ〜。あんたのダウジングなら一発だろぉ?」

「嫌だよ、だから疲れてるんだってば」

「そんなこと言わずにさぁ〜」

「明日にしてくれ、ホント……」

「もうっ! そんな我儘ばっかり言うんだったら、アタイにも考えがあるんだからね! この小屋の柱という柱で爪研ぎしてやるんだから! 障子でだってしちゃうぞ、畳もだ! ハン、今さら謝ったってもう許してやんないんだからね! あんたなんか、木屑にまみれて鼻炎になるがいいわ! 鼻水鼠になるがいいわ!」

「行こう」

「えっ?」

 私は新聞を懐に入れて立ち上がり、小傘のロッドと地図を手に取った。少し肌寒いので、厚手のコートも羽織って行こう。

「どうした。行かないのか?」

 燐はしばらく目をぱちくりとさせていたが、私が扉を開けて外に出ると、大慌てで私に飛び付いてきた。

「イヤッホゥ! ナズちゃん大好きィ!」

 そうして二人、月下の人になる。

 私は地面に地図を広げると、深呼吸で精神を統一し、ナズーリンペンデュラム・エンシェントエディションをかざした。ペンデュラムダウジングは風の無い月の出ている夜に最も効果を発揮する。月光は妖力の源だからだ。が、強すぎる力は制御が難しいもの。この妖しい光に心乱される未熟者は、正確なダウジングを行う事は出来ない。せめて私くらいの修行は積まねばな。

 揺れるペンデュラムは、森中のある一点を指した。そこには小さな集落がある。

「お? お? そこかい? そこにあっちゃったりするのかい? 死体」

「さてな」

 さっそく私達は出発した、ペンデュラムが示した座標へと。

 ……断っておくが、ダウジングは百発百中という訳ではない。普通は何度かダウジングを行い、少しずつ探索範囲を狭めて行くものだ。必要に応じてダウジング以外の手段も使う。ダウジングは探索の一つの手段に過ぎない。

「静かな森、天上の月、爽やかな風、待ち受ける死体。いいねえ、風流だねぇ」

「……そうかぁ?」

 静かな夜だ。

 響くのは私達二人の足音と、燐の押す猫車のキィキィ軋む音だけ。普段は元気一杯さんざめく秋の夜の虫達も、今日は代休を取っているのだろうか、羨ましい。

 暦が冬に近づくにつれて、大気は段々と情熱を失っている。この国の季節って奴は中々面倒な性格をしていて、年に一回は深く深く沈みこんでしまうんだ。まあ、年中無休でギラギラギラギラ脂ぎってたり、時々手の付けられないほど泣きわめき始める国もあるから、軽い躁鬱の気くらいは目をつぶってやらなきゃな。

「今日は本当に気持ちのいい夜だねぇ。絶好の死体日和だねぇ」

 赤いおさげ髪を揺らして、燐が目を細めている。

 死体日和かどうかはともかく、確かに良い夜だ。こういう日には、何か出会いがある、そういう気がしてくる。

 ふと遮二無二駆け出したい衝動に駆られたが、風を切る自らの後ろ姿が脳裏に浮かぶばかりで、そのうち私の情熱は月の光に溶けて消えた。歳をとったなと思う。落ち着きが出たのだと思えば、気にもならなかった。

「まさか、猫と一緒に散歩する日が来るなんてな」

 世界中探しても、こんな珍妙な絵面はあるまい。猫と鼠が連れ立って、夜の森を歩くなんて。

「ブン屋に嗅ぎ付けられたらコトだね。『禁断の愛? 猫と鼠、深夜の密会!』ヤバイよ、芸能一面飾っちゃうよ」

「なぜ芸能……」

 やがて目的の集落に着いた。

 藁ぶき屋根の質素な家屋がいくつか並ぶ。集落はひっそりと静まり返り、深夜という時間帯を抜きにしても人気が無さ過ぎる。しかし放棄された廃村にしては、家屋の損傷は少ない。井戸などの設備もまだ使えそうだ。人間が使わなくなった家というのは、あっという間に劣化するものである。ある時期を境に人間だけがぽっかりいなくなった、そう見るのが正しいだろう。

「なんだい、死体どころか生きてる人間すらいやしないじゃないか」

 燐がブツブツ文句を言う。

 鼠から話を聞こうと尻尾の賢将に合図したが、賢将は籠にこもって出てこなかった。燐がいるからだ。猫は鼠の天敵だからな、怖がってるんだ。これでは鼠を使う事が出来ない。

「まあ、いい。探そう」

「ここで? あたい、絶対見つからないと思うんだけど」

「大丈夫さ」

「なんだい、やけに自信たっぷりじゃあないか、ナズーリン」

 私はロッドを構えて、集落内を練り歩いた。首を捻りつつも、燐も後に続いた。

 小さな集落である。ロッドはすぐに反応した。

 ロッドに導かれ、私たちは村近くの広場に到着した。森に囲まれた広場では、つい最近祭りが行われていたらしく、やぐらや屋台の骨組みがそのまま放置されている。

「なんだいこりゃあ。祭りの跡がそのまんま残ってるじゃないか。まさか、一夜にして村人だけが消え去ったのかなぁ? ミステリーじゃないか、あたい、わくわくしてきたよ!」

「片づけるのが面倒だから出しっぱなしにしてあるだけだろう。現に、雨ざらしにしちゃまずいもんは見当たらない。倉庫にしまってあるんじゃないか」

 幻想郷は狭い狭いとよく言われるが、私に言わせればそうでもない。里の他にも小さな集落は沢山ある。そういう集落は、何らかの理由で里に住めなくなった者が流れ着いたものだったり、山岳開発の為に里から来た労働者が一時的な拠点として作ったものだったりする。どうやら、この集落は後者のようだな。時期が過ぎたので人が移動したのだろう。

 そう燐に言うと、燐は眉をくねらせてボヤいた。

「ちぇっ、夢の無いネズミだよ。ちったあ夢の国のネズミ様を見習ったらどうだい」

「それ以上いけない」

 ロッドが強く反応したのは広場ではなく、広場の端から少し森の領域に分け入った先にある、崖下のどんづまりだった。

「……ここか」

「え? ここ? でも……何もないけど?」

 燐はきょろきょろと辺りを見回している。確かに、一見しただけでは分からないかもしれない。だが、私の目は誤魔化せない。

 崖面にロッドを突き立てると、土塊がボロボロと崩れ落ちた。その下から、大人一人分くらいの大きさの岩戸が現れる。

「おおッ? なんだい、こりゃあ。隠し扉ってやつかい?」

 燐が喜声を上げる。ハプニングが好きな奴だ。耳と尻尾をピンと立てて、分かりやすく興奮している。

「なんかすっごいお宝が眠ってたりして!」

「だといいんだがな」

 二人がかりで岩戸を開く。

 ゆっくりと開いた洞穴は暗く、まるで根の国へと続いているかのように見えた。

 中から異臭が漂ってくる。

 死体探偵の私も、死体を持ち去る火車である燐も、この臭いは嗅ぎなれている。

 死臭である。

 提灯を差し込み、中を覗き込んだ燐は尻尾をぴんと立て、揉み手しながら嬉しそうに声を上げた。

「わっ、死体だ、死体! さっすがナズーリン、一発じゃあないか!」

 ひょいと中に入った燐が抱えて来たのは、半ば白骨化した小さな子どもの遺体だった。

「うひょう、いいねいいね、謎に満ちた子どもの死体! 楽しいお話が聞けそうだよ」

「君は死体と話せるんだったな」

「そうそう。人生一回終わってる分、なかなか面白いこと言うのよ。あたい、これが楽しくて死体探しがやめられないんだよねぇ」

「そういうもんかね」

 燐は自慢の猫車に遺体を乗せると、白布を掛けた。

「いやあ、ありがとうね、ナズーリン」

 燐はほくほく顔だが、

「待て」

 私が止めると、頭を掻いた。

「分かってるって。この子があたいと一緒に行きたいかどうか、ちゃんと聞いてから連れてくさ。あたいは本人の意思を尊重する、善良な火車さね」

「それもあるが……この子の話を、私にも通訳してほしい」

「え? そりゃいいけど……なんでまた?」

「まあ、ちょっとな」

「ふーん……。まあ、いいけど」

 燐は首をひねりながらも遺体の口に耳を近づけ、ささやくように優しく語りかけた。

「あたいは火焔猫燐、こっちはナズーリンさ。怖がることは無いよ、あたい達はあんたと遊ぶために来たのさ。さあさ、あたいに教えとくれよ。まず、あんたのお名前は? 一体、どこの誰だい?」

 燐はしばらくうんうんと頷いていたが、やがてくすくす笑って言った。

「分かんないってさ」

 ……やはり。

「そうか」

「やけにあっさり納得するんだねぇ?」

「死人が嘘を吐く道理もあるまい。地獄猫もな」

「ふーん。まあいいさ、もっと詳しく話を聞いてみようかね」

 ゆっくりと猫車を押して無縁塚へ戻るその間、燐はあれやこれやと遺体に質問しては、その答えを私に教えてくれた。

 この子は外の世界を知らなかった。

 外と言っても、結界の外じゃあない。

 あの狭い穴蔵の外だ。

 生まれた時から、あの穴蔵の中に居たらしい。

「お月さんも知らないのかい? あの空に浮かんでる、きんきらきんのやつさ。……え、空を知らない。そっかぁ」

 週に一度、穴蔵の中に誰かが食べ物を放り込んで行く。それで糊口をしのいでいたらしい。一度、岩戸が開いた隙に穴の外に出ようとしたところ、手酷く折檻されたという。それ以来、足を悪くし、洞窟の中で這うように生活していたようだ。

「出してくれてありがとう? いえいえ、こちらこそありがとうさ。こっちも楽しい話が聞けたよ。でもこれからどうしようって? あはは、そんなことは心配要らないよ、これからは楽しく暮らせるからねぇ」

 火焔猫燐は底抜けに明るく笑う。

 穴蔵の中で育てられたこの子は、どうやら自分が死んだ事に気づいていないようだった。無理も無い。その身は常に肉体的な生死の境へと置かれ続けていたのである。この子にとって生と死の区別は、夢現と同じように曖昧なのであろう。

「外の世界はとっても綺麗だって? そりゃそうさ、ここは幻想郷、夢みたいに美しい世界なんだ。あんたもきっと気に入るよ。……え、もっといろんな所を見てみたい? うーん、そうさねえ……」

 燐がちらりと私の方を見る。私は頷いた。

 尻尾をだらりと垂らしながら、燐は満面の笑みで言った。

「んじゃ、あたいの自慢の猫車で、これからナイトクルーズと洒落込みますか! 行っくぞー、キャッツモービル発進! よーそろー!」

 それから、燐と二人、あの子の乗る手押し車を押して、幻想郷中を歩きまわった。

 人間の里では、柳の下で首を飛ばす飛頭蛮を見かけた。声をかけると、顔を真っ赤にして一目散に逃げてしまった。あれで妖怪が務まるのかねと私が言うと、あの子も燐も腹を抱えて笑っていた。

 迷いの竹林では狼女が体毛の処理をしていた。月の光の下でやるものだから、剃るそばから毛が生え出してキリがないとぼやいている。おまえさん馬鹿だねぇ、ならロウソクの灯りで剃ればいいじゃないか。燐が言うと、狼女は返した、無駄毛処理しないと恥ずかしくてロウソクすら買いに行けないよ。これが引きこもりだよと教えてあげると、あの子はしきりにおねえちゃん頑張ってと繰り返していた。狼女はちょっと泣いていた。

 通りかかった霧の湖で人魚に綺麗な石を見せてもらった。人魚はここ最近沈みがちだったのだが、彼女の自慢のコレクションをあの子が手放しで褒めると、嬉しそうに次から次にコレクションを披露してきた。私から見ると全部同じような石にしか見えないのだが、あの子は目を輝かせていた。

 猫車の上のあの子が喜ぶ度、燐の笑顔は輝くように明るくなった。私は、次第に項垂れてゆくその耳を見ているのが辛かった。

「幻想郷には面白い奴がたくさんいるからね。こんなのまだまだ序の口さ。もっともっと楽しい事が一杯あるさね。さ、次行こう、次!」

 太陽の畑で夜の向日葵を眺め。

 泉のほとりで秋虫達の合唱会を聞き。

 博麗神社で間抜けな巫女の寝顔に落書きして。

 無縁塚に戻った時、東の空は白みかけていた。

 猫車を押して、燐は真冬の太陽のように笑い続けている。

「いやぁ、遊んだ遊んだ」

「燐」

「でもまだまだ。楽しい事はまだ一杯あるよ、この世界。せっかく外に出られたんだ、もっともっと……」

「燐」

「なんだい、ナズーリン、やめとくれよ。袖が伸びちまうじゃないか」

「あの子は、もう行ったよ」

「……そうかい。あたいと来れば、これからずっと、面白おかしく暮らせたってのに、せっかちな子だよ」

「燐」

「せっかく良い死体が手に入ったと思ったのに、ツイてないねぇ、まったく」

「……燐」

「しかし驚いたねえ、仏教のぶの字も知らん奴でも、成仏出来るもんなんだねぇ。あはは、あんたんとこの神様も、なかなかやるじゃあないか」

 燐は声を上げて笑う。心から、楽しげに。

「燐」私は、とても見ていられなかった。「……もういい。あの子はもう行った。もう、やめてくれ」

「やめるって。何がさ、ナズーリン」

「もう笑う必要はない」

「あたいは別に……」

「もう、泣いていいんだ」

 私が叫ぶと、燐ははっと息を呑んだ。

 地面にこすれて血まみれになった二本の尻尾が痛々しい。

 燐は倒れかかるようにして私の胸に顔を埋めると、嗚咽を漏らした。いつもは大きい燐の体が、今はひどく小さく見える。

「……あの子が何したって言うんだい。なんであんな穴蔵に閉じ込められなきゃいけないんだい。空も星も花も木も見たことないだなんて……。地獄のほうがまだマシさ。あれじゃあの子、何の為に生まれて来たんだか、わかりゃしないじゃないか!」

 妖と人。種族は違えど。真に分かり合う事は出来なくとも。

 あの子を前にして、何も感じない訳がなかった。

 きっと燐は、今までだって。

 幻想郷では、死体を弔わず放置すれば妖怪となる。

 燐は私と同じだ。役目を負って、死体を探して歩いている。そのせいで人々から疎まれ、恐れられても。そのせいで妖から死体狂いと蔑まれ、地底に封印されても。

「違うよ、燐」燐の赤い髪を撫ぜながら、私は慟哭する彼女に声を掛けた。「最後に君が作ったんだ。あの子が生きた意味をさ。だからあの子は迷わず逝けた。あの子はあんたが救ったんだ。私達にはとても出来ない事だ」

 生も死も知らず、名前すら与えられず、あの子は育った。私だけではあの子を救うことは出来なかっただろう、たとえ毘沙門天でも。理不尽な暴虐の前に、今、我々の理は無力だった。

 燐の気丈な笑みだけが、唯一、あの子を救えたのだ。

「神様ってやつは居ないのかい。こんなの許していいのかい。閻魔はこれを許すのかい。あたいは、あたいは絶対許せないよ! あたいは……」

「私も許すつもりはない」

 顔を上げた燐は、私を突き飛ばすようにして距離を取った。

 真っ赤に腫らしたその目に敵意を漲らせて、私を睨んでいる。

「ナズーリン……あんた、迷いなくあの子を見つけたな……まさか」

 背筋も凍る嫌な瞳の、だが人の良いこの地獄猫に憎まれるのは、ほんの片時でも辛かった。

 そうか、と思う。私はこいつが好きなんだな。

 燐が喧しければ喧しい程、幻想郷は平和だったんだ。

「一般的に、人間の霊力は極限状態において飛躍的に高まると言われている。道教では服毒により自らを生死の境に追い込んで力を得る法があると言う。仏道でも、継続的に肉体へ負荷をかけて超人的な力を得ようとする宗派が存在する。邪道だがな」

「……なんだって?」

「私はずっと探していたんだ。死体探偵として……」

 身元の分からない、陰陽玉を盗んで死んだあの盗賊。

 私の探索を逃れるその力。

 きっと、これが答えだ。

「燐。たぶん、あの子だけじゃない。そしておそらく、これが初めてじゃあない。そしてきっと、これで終わりじゃあないんだ」

「何処かで誰かが、今もこんなことを続けてるって言うのかい!」

 燐の瞳に憎悪の炎が燃え上がった。握りしめた拳からはポタポタと血が滴っている。陽気な光は焦がれて消えた。そこにいるのは火焔猫燐ではなく、怒りに燃える一匹の妖怪だった。私は手を当て、張り裂けそうになる胸を押さえた。

「さとり様も言っていた。私の知らないところで、良からぬことが起こってるって……それが、これか!」

 振り上げた拳を掘っ立て小屋の薄い壁に打ち付けて、燐は肩で息をした。大きな音がして、小屋が少し揺れる。

 古明地さとり。地底にある旧地獄の管理者で、地霊殿の主である。

 どうやら、さとりは賢者達の一員ではないらしい。

「でも、安心したよ、ナズーリン。あんたが敵じゃなくて」

 燐は拳を降ろして、静かに言った。

「あたいは、あんたは嫌いじゃないからね」

「……私もさ」

 思わず口をついた言葉。私は口元に手をやってごまかしたが、燐はそれを見てニヤリと笑った。張り詰めた空気が少しだけ和らいで、私は救われたような気がした。

 古明地さとりに報告すると言って、燐は去って行った。

「この子は、あんたに任せるよ」

 白い布で包まれた小さな遺体を残して。命蓮寺で弔ってくれ、そういう意味だ。人として扱われなかった子だ、せめて最期くらいは人として弔ってやりたいのだろう。妖怪らしからぬ気遣いだが、なんとも燐らしい。

 朝日が差す中。

 私は懐から新聞を出した。

 『花果子念報』。この記事の導きによって、私はあの子を見つけた。

 何としても、会わねばなるまい。この新聞の記者、姫海棠はたてに。

 

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