死体探偵   作:チャーシューメン

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 ※置いてあるのは同じです。



アジテーション・ホワイト ③

 太陽の光が陰りゆく。神話の時代より何千何万何億と繰り返されてきただろう、この光景。

 車窓の向こうでは、逢魔が刻に彩られる田畑が流れて行く。紅色に色づいた実りが滑るように流れる様は、まるで血の河である。悪趣味な例えかも知れないが、実際、秋のこの実り達が人の血脈を繋ぎとめている。古より連綿と続く、人間の血の大河を。

 ガラガラに空いたローカル線の端席に座りながら、私は岡崎の言葉を思い出していた。

「そもそも。DNA鑑定っていうのはゲノムの全ての塩基配列に対して解析を行える訳じゃあないの。現在の技術じゃあそれは不可能なのよ。現状、解析出来るのはDNAの型までってところね。だから、私達がDNA鑑定と呼んでいるものは、実はDNA型鑑定と呼称するのが正確よ。そのDNA型鑑定で完全に個人が特定出来るという認識も誤りなの。確率的には千兆分の一と言われた『DNA型の偶然一致』が、実際にアメリカで発生した事が報告されているわ。DNA型鑑定は個人特定に非常に有効である事は確かだけれど、絶対ではない。数ある証拠の内の一つとして扱うのが正しいのよ」

 コーヒーを啜りながら、事務的な口調で。

「付け加えて。父母のサンプル提供が無い場合の兄弟鑑定は、あまり精度が高くならないわ。良くてフィフティフィフティってところかしら。DNA型鑑定の在り方も含めて考慮すれば、鑑定結果をそのまま真実と鵜呑みにするのが危うい事は直観的に明らかでしょう。結局の所、何が真実かなんて人間には分かりっこないのよ。それを保証してくれる絶対の神様なんていやしないんだから。大切なのは、自分自身が何を信じるか。そしてその信じるという行為に、ちっぽけな人間はその全生命を懸ける必要があるという事」

 何時に無く観念的な話。科学者の癖に、岡崎は意外とこういう話が好きなのかもしれない。

「何に悩んでるのか知らないけれど、まあ、考えなさいな。もがき苦しんだ上で出した結論なら、例え間違ってたって仕方ないって思えるわよ」

 きっと岡崎は、頭を抱える私を励ましていたつもりなのだろう。やっぱり変な所で不器用な奴だ。

 岡崎の言葉を受けるまでも無い。私自身、既に確信していた。

 あのトランペットの男の子は賢者達によって作られたクローン人間で、賢者達により力を与えられていた事。陰陽玉を盗んで死んだ盗賊の同族だったのだ。

 思い返してみれば、様々な事実がそれを裏付けている。あの子が天狗の監視を掻い潜って演奏会会場近くへ潜り込んでいた事。里の外にあるメルランの秘密の練習場を知っていた事、そこへ行く事に臆する事も無かった事。そしてあの事故の時、メルランの演奏を聞きながら正気を失わずにトランペットを演奏した事。どれもこれも、普通の人間には難しい事だろう。

 その力の源である血は、どうやらプリズムリバー三姉妹の内の一人のものであるらしい。

 ルナサは予感していたのだろう。だから私に自らの血を託したのだ。つまり、ルナサ達は賢者達に関係しているという事になる。

 三姉妹が賢者達と関わりを持っているのなら、今回の土砂崩れの事件はまた変わった面を見せる。土砂崩れを起こした目的が、プリズムリバー三姉妹の排除にあった可能性が出てくるのだ。実際、リリカは土砂に飲み込まれ死にかけたし、事件の影響で三姉妹の音楽活動は大きく制限されてしまっている。あのトランペットの男の子の命懸けの行動が無ければ、三姉妹も死んでいたか、もしくは再起不能なまでに追い詰められていた事だろう。

 この一連の事件。

 策謀しているのは、一体誰だ。

 私の脳裏に浮かぶのは、あの男。自警団を騙る、血色の悪い男の影。

 そしてもう一人。天狗の中にあって権力を振るう河童の女、四万十。盗賊の死体を始末し、自警団の団長を殺して陰陽玉を奪い、上白沢慧音の暗殺に共謀したあの女。

 奴らの策動が八雲紫に対する何らかの圧力になっている。そしてそれこそが、この事件が起こされた真の動機なのだろう。

 つまりこれは、賢者達の権力闘争なのだ。

 盗賊の死も。

 自警団団長の死も。

 数百の死者を出した、あの土砂崩れの事件さえも。

 事件は単なる異変の枠を超えて、非常に政治的な面を表しつつある。

 鍵となるのは、あの血に飢えた陰陽玉か。盗賊はあれを何処からか盗んで殺され、里の団長も殺されてあれを奪われた。あの陰陽玉がどれほどの力を有しているのかは私のペンデュラムを見れば想像に難くない。不可思議な虹の光を発し、異界を呼び起こしてもいる。そして、八雲紫と賢者達の罪の象徴でもあると云う。

 博麗。

 その言葉が、私の脳裏をかすめる。

 幻想郷で起こる出来事は、全てその言葉を中心に回っている。

 きっと、今回の事件も。

 ……目的の為に、正気で大量殺戮をした奴らだ。

 奴らはきっと、次もやる。

 私はそれを阻止しなければならない。今の私は八雲紫の目であるのだし、何より、私は毘沙門天の使者。正義の味方なのだから。

 考えている間に、電車は目的地に到着した。一昔前に比べて移動は格段に楽になったものだ。まったく、文明様様である。まあ、妖が力を自由に振るえた頃は飛んで行けばよかっただけなので、あまり変わらないと言ったらそれまでだが。

 私は駅を出て、駅舎を見上げた。地方の観光地らしく、洒落た作りの白い駅舎が中々に素敵だ。見回せば、辺りの山々は秋に紅く燃えている。この村はスキーと温泉で持っているらしいが、秋の景色も十二分に魅力的だ。温泉は年中無休だしな。

 私はタクシーを調達して、ある場所に向かった。行きは徒歩だったが、今は日が沈みかけているので急いだのだ。

 車を使えば到着までそう時間はかからなかった。

 タクシーを外で待たして、古びた鳥居をくぐる。紅く色づく木々の小径を抜ければ、ある意味、見慣れた景色が広がった。

 博麗神社である。

 正確には、外の世界の博麗神社という事になるか。同じように森に囲まれていて、境内の様子は同じように見えるのだが、微妙な違和がある。こちらの神社にはあの博麗霊夢は居ないし、向こうの博麗神社ほど小綺麗でもない。向こうは暇に飽かせた霊夢が徹底的に掃除をしているからな。

 ただし、向こうの博麗神社よりはよっぽど活気があったりする。元々は地元の人間だけが参拝するような小さな社だったらしいが、村の観光地化に伴い、参拝客もそれなりに増えているらしい。なんと言っても紅葉が見事だし、空き時間に散歩するにはちょうど良い感じなのだ。今も観光客だろう、背の高い金髪の女がふらふらと境内を歩いていた。外人には神社が珍しいのだろうな。

 私がこの場所にやって来た目的は二つある。

 一つは此処、博麗神社こそが外界と幻想郷を繋ぐ最たる道だからだ。博麗神社周辺は大結界の境目であり、結界抜けを行うには最適な場所なのである。先程「行きは」と言った通り、幻想郷から外界へ抜けた時もこのルートを使った。他にも抜けるルートはあるようだが、詳しくはない。

 もう一つは岡崎からの報告による。

 前回、結界を抜けた時に岡崎に依頼していた事がある。例の陰陽玉を盗んで死んだ盗賊の遺留品解析を依頼していたのだが、それが新たな手掛かりを示したのだ。

 私は参道を横道に逸れ、神社の裏手に廻った。

 瓦屋根の倉庫が幾つか建ち並んでいる。人影は無い。ペンデュラム・エンシェントエディションを取り出してみるが、反応は無かった。

「此処で」

 懐から退魔針を抜きつつ振り返る。

 声の主へ針が放たれる寸前で、私は辛うじて腕を止めた。

「それは出さない方がいいわ」

 金色に輝く長いその髪が風を受けて膨らむ。美しくも意味憚られる、正しく妖怪と形容するに相応しいその美貌。

「君は……」

「小泉、と申します」

 にっこりと笑みを浮かべて、私の言葉を遮る。

 どう見ても八雲紫である。

 なのだが、その格好は幻想郷でのそれとはかけ離れていた。白いニットセーターに緑碧のストールを巻き、ジーンズなんて履いている。おまけに縁の厚いサングラスなんてかけて小脇には高級ブランドのバッグをぶら下げていた。歳を考えろと言いたくなる格好だが、その少女離れしたスタイルの良さで割と様になっているのがなんとなく悔しい。

 もしやこれは、変装しているつもりなのだろうか。名前も小泉とか名乗っていたし。

 私はもう、溜息を吐くしかない。

 さっきうろうろしてた外人は、こいつだったのか。

「……永添、だ」

「そう。なら永添さん。先ずはそれをしまって」

 紫がそう言うとは、私の想定が合っていたと言う事か。言葉に従い、ペンデュラムと退魔針を懐にしまった。

「素直なのは良い事だわ」紫はサングラスを外すと微笑んだ。「さて、永添さん。此処で話すのもなんだから、場所を移さないかしら」

「私は此処に用があるのだが」

「でしょうね。まあ、だからよ」

 紫はくるりと後ろを向いた。艶のある長髪がさらりと揺れる。斜陽を浴びて血の色に輝くそれは、なんとなく不吉な感じがした。この場所と紫は存在自体が互いに合わない、そう感じるのだ。

 歩き出した彼女の背を追って、私達は神社を出た。紫は私が待たせておいたタクシーに迷いなく乗り込んで、奥の席を陣取った。流石と言うかなんと言うか。戸惑う運転手に連れだと告げて、私も彼女の隣に座った。

「部屋をとってあるわ」

 紫が村の旅館の名を口にすると、タクシーは走り出した。

「私が此処へ来る事を見越していたのか」

「いいえ。私もさっき此処に来たばかりなのよ。貴女に会ったのは、偶然」

 何処までが本当なのやら。

「岡崎に会っていたのか」

「ええ。彼女の講義があったからね。実は私、あの大学の学生なの。学生証、見る?」

「私の事も最初から知っていたのか」

 私が見つめると、紫はなんだかバツが悪そうな顔をした。少しの間俯いていたが、観念したのか、小さく頷いた。

 こいつは岡崎の存在を通して、私や星、ひいては聖達の事も知っていたのだ。

「聖の情報を私達にリークしたのは、君だったんだな」

 やけにあっさり私と契約したと思ったら。彼女は最初からそのつもりだったらしい。それだけが理由ではないのだろうが、私の探査能力を目当てに私達を幻想郷に引っ張り込んだのだ。私は未だ彼女の望む物を見つけ出せていないので、彼女にとっては期待外れだった訳だが。

「そういう事をするから、胡散臭いとか言われるんだよ、まったく」

 だが、そのおかげで聖の救出は成った訳だし、私が文句を言う筋合いは無かった。

「岡崎をどうするつもりだ。言っておくが、彼女は私の友人だ。危害を加えようとするのならば、私も対抗措置を取らせてもらうからな」

「どうもしないわ。可能性空間移動船の研究は私にとっても有意義だし、見守らせてもらっているだけよ。それに、彼女が幻想になるにはまだ早いしね」

「あいつを君の政治に利用して欲しくはないな」

 定期的に岡崎の元へ出向くという事は、岡崎が紫にとってのある種の弱点にもなる。岡崎の身柄を確保する事で、八雲紫への取引材料にしようと考える者がいるかもしれない。現にはたてが接触をしてきたし、それに付随する形で青いレインコートの妖、四万十も現れた。

「……しがらみが多くて嫌になるわ」

 ため息混じりにそう零す紫。

 その気持ちは分からないでもない。立場が上がれば気安く行動出来ないのは世の常である。八雲紫が誰かに会った、幻想郷ではそれだけでニュースに成りかねないのだから。

 ただ、彼女の口から反省や自戒の言葉は出なかった。岡崎への接触を止めるつもりはないらしい。

 やがて、車は旅館に着いた。

 思ったよりも大きな旅館で、六、七階建てはある本館の左右には、宴会場だろう別館を備えている。如何にも田舎の上宿と言った風情である。お高価そうな宿だ。だが、シーズン前だからか、広い駐車場には空きが目立った。

 車から降りると、どうやって察知したのか、女将が出迎えに出てきていた。平身低頭して来訪への感謝を述べる女将だが、その注意は私よりも紫の方へ向いている気がした。

 ボーイに荷物を預け、女将に先導されて旅館の中に入る。広いロビーにふかふかして歩き難い絨毯、やはりお高価そうである。紫、財政面には余裕があるのか、羨ましい限りだ。

 展望用エレベーターを登って通された部屋は、最上階の一番奥の部屋。なんと部屋の中に庭と鹿威しなんて備え付けてあった。無駄に広く、無駄に高級である。好奇心から風呂場を覗いてみると、檜の露天風呂なんてついていやがった。

 あれこれとひとしきりの世話を焼いた後、女将はようやく出て行った。私は広縁に設置された、これまたふかふかのソファに身を沈めた。外の世界での私は、普通の女とそう変わらない。長距離の移動に四万十との戦い。少し疲労を覚えていたのだ。

 大きく開いた窓の向こうには、日本の中心を貫く山脈が遠く横たわっている。沈んだ太陽の残光を受け、不気味に微笑んでいた。これからは山の妖怪の時間、我々の時間だ。

 目線を下げれば、博麗神社も見えた。先に広がる森は山の一部に遮られて見えないが、明らかにその先に幻想郷は存在しない。存在する事を疑わせるような綻びすら感じられない。完璧に隠蔽されている。あれだけの面積の土地をどうやって隠しているのかを考えると、博麗大結界の凄まじさが分かるというもの。

 紫は窓際に立って、遠く空を見つめていた。

「このフロアは貸し切ってあるわ。自由に使っていい」

「気前が良いんだな」

「ここにはコネがあるからね」

「良い旅館だな。今日はゆっくりして、博麗神社を調べるのは明日にしようかな」

 紫はクスクスと鈴が鳴るように笑った。

「此処は私の息が掛かった旅館よ。此処なら盗聴の心配は無いわ。見え透いた誘導は不必要よ」

「そうか……」

 逆を言えば、此処を一歩出たが最後、賢者達のテリトリーだと云う訳か。

 そう。外の世界にも、賢者達のシンパが居るのだ。

 考えてみれば当然である。

 幻想郷を覆い隠す博麗大結界。これだけ大きな結界を維持するには、内部からだけでは限界がある。外の世界にも協力者が居るのは当然だ。外と内、両側からの隠蔽によって、幻想郷は外界から隔離されているのである。

「それに、この村の全てが彼等の仲間と云うわけではない。外の世界ではそれ程の規模を保つ事は難しいのよ」

「なら、精々が博麗神社周辺くらいか……」

 紫は私の向かいに力なく腰掛け、女将の入れた茶を口にした。

「何故、私を此処へ連れてきた」

 まさか一緒に温泉に入りたいからじゃあるまい。何か話があるからだろう。

「……貴女にちゃんと言わなければならないと思って」少し悲しそうな瞳をして、紫は静かに口を開いた。「彼らが何をしているか、もう貴女は掴んでいるんでしょう。そして、私が何をしているのかも。私の罪が何であるのかも」

 私は一つ、溜め息を吐いた。

 答える代わりに、ペンデュラム・エンシェントエディションを取り出した。

「霊夢は知らないようだな。自らの力の源を」

 博麗。

 世代を超えて継承されるその力。

 その力や血に宿る。

 ならばその血は一体どこから来たのか?

 このペンデュラムに封じ込められているものは、最早口にする必要は無いだろう。あの悍ましい陰陽玉の中にあったモノも。

「私は、奴らと同じ穴の狢よ」

 八雲紫はか弱いが、しかし強い女だ。自らの悍ましい行為の告白を、震えること無く淡々とこなした。

 私は頷いた。

「知っている」

「私は許されない罪を犯している。今までも、そしてこれからも」

「理解している」

「全ては幻想郷の存続の為……なんて言えれば格好は良いのかもしれないけれど、私は個人的な理由でそれを行っている」

「承知している」

「それでも貴女は、探索を続けるつもりなのかしら」

 私は思わず笑みを零してしまった。その様子を訝しんだのか、紫は眉をひそめた。

 だが、私が笑ってしまうのも仕方ないだろう。傑作じゃないか、妖怪の賢者が十代の少女と変わらない精神構造をしているなんてな。自分が誰かにどう思われているか、確認せずにいられないなんて……。存外、妖怪の賢者も可愛いところがある。

 私は紫に向かって指を二本、突き付けた。

「君は二つ勘違いしている。私は君の味方ではない。前にも言ったろう。君と私の繋がりは、あの契約だけだと。そしてもう一つ。君が思っているほど、私は善人ではないんだ。はっきり言って賢者達が何をしようと私には関係が無いし、興味も無い。奴らが私の敵だから追っている、ただそれだけなんだ」

 あの優しい燐に聞かれたら、嫌われてしまうだろうか。

 だが私の手は二つしか無い。千手観音よろしく全ての衆生を余すこと無く救う事など出来はしない。私は私の守るべきものを守る、それしか出来ないのだ。

 紫はというと、私の言葉に曖昧な顔をした。

「なら何故、貴女はこの事件を追っているのかしら。あの土砂崩れは貴女達を狙ったものじゃないのよ?」

「決まっているだろう。私は毘沙門天の使者、正義の味方だからさ」

 私がそう言うと、紫は声を上げて笑い出した。何が面白いのか、身をよじらせてはしたなく笑い転げている。妖怪の賢者ってのはやはりよくわからんものだ。

 それから、素晴らしい湯に浸かって英気を養った。旅館の飯も豪勢だったのだが、何故だか油揚げ料理が多かった。気になったので幻視をしてみると、成る程、給仕の中には妖狐も混じっているようだ。きっと紫の式神、八雲藍の部下だろう。

 深夜。

 私は紫を置いて旅館を抜け出し、博麗神社へと向かった。外の世界では私の夜目も弱くなってしまっている。痺れるほど冷たい外気を裂いて、懐中電灯片手に急ぎ足で向かったのだが、明るくない土地である、何度か迷いそうになってしまった。

 やっとの思いで神社まで辿り着くと、身を低くして素早く社務所に向かった。入り口には鍵がかかっていたが、ピッキング道具を用意していたので問題無い。そう、私は空き巣をやる気だった。言うまでもなく犯罪行為だが、探偵をしていた私にとっては日常茶飯事である。そんなものが言い訳になるなど考えていないが。

 社務所は小さく、宮司の居住は別である事は外観から分かっていた。暗闇を懐中電灯でざっと照らすと、沢山の物で溢れかえっている。整理整頓がなっていない神社だ、そこばかりは霊夢を見習って欲しいと思う。

 いくつか目星を付けると、指紋を残さぬよう手袋を付け、早速調査に取り掛かった。

 机の引き出しを片っ端から開けて、中を調べる。あるのは社務所で売っている御守りや絵馬ばかりで、目ぼしいものは特に無い。棚も開けて調べて見るが、中身はやはり売り物。破魔矢に胡散臭い水晶、神社のくせに数珠まである。ダイヤル式の金庫を開けてみても、中身は現金ばかりだった。

 私の目的は、あの盗賊の手掛かりである。岡崎の調査にて明らかになった事実は、この神社から神具の盗難届が出ていた事だった。犯人が残した手掛かりとして警察のデータベースに登録されていたのが、件の盗賊の指紋だったというわけだ。

 もちろんこれは偽りであろう。被害届を出したのは賢者達だ。盗賊が外界に逃げた場合を考慮して指名手配をしていたに違いない。実際には盗賊は幻想郷にて死亡し、その遺体は四万十によってバラバラにされてしまった。それにより、盗賊の動向から賢者達に近づくのは不可能かと思われたのだが、岡崎の調査により、幻想郷の外部に痕跡が残されている可能性が出てきたのだ。

 しかし、手掛かりは一向に見つからず。時間ばかりが無駄に過ぎて行く。空き巣をやる時は、空き巣があった事自体を悟られぬよう、全て元どおりにしておかなければならない。時間がかかるのだ。

 積み上げられた段ボール箱の中身にも目ぼしいものは無い。ファイリングされた資料の山にも目を通したが、どれも清算伝票や地域会報などで、有益のものではなかった。

 時間がかかり過ぎている。社務所の中に居ても、既に空が白みかけて来たのが分かった。

 イラついた私は、八つ当たりに足元にあった酒瓶のケースを蹴った。すると、妙な手ごたえを感じた。酒瓶の置かれたケースをずらしてみると、地下へ繋がる入り口を見つけた。

 地下なんてベタ過ぎるだろう。しかもその入り口をこんな無造作に隠してあるとは……。さすが、低脳と云われる賢者達である。はたての気持ちがちょっぴり分かった。

 しかし、入り口には封印が施されていた。神力の伴った、本物の封印である。外の世界では失われて久しい技術のはず。やはり、賢者達はかつての力を保っている。

 私が解呪を施すと、地下への扉が開いた。

 石造りの階段を降り切った先。四畳程のスペースに、小さな社が安置されている。

 中には紫色に染められたなめらかな絹織物が敷いてあった。その中央には古ぼけたセピア色の写真が一枚、置かれている。

 私はその写真を手にとって眺めた。

 写真に写っていたのは、ルナサ達だった。

 ルナサと、メルランと、リリカ。そしてもう一人。見知らぬ少女を囲んで、三姉妹が微笑んでいる写真だ。

 この写真、見覚えがある。

 これは確か、メルランの部屋のポートレートにあった……。

「懐かしいわ」振り返ると紫が立っていた。「そんな写真が残っているなんて、人間も随分酔狂だわね」

「来たのか……」

 隙間でやってきたのだろう。紫にとっては造作も無い事だ。

「レイラ・プリズムリバー……馬鹿共のせいで、またその名を口にする事になるとは」

「プリズムリバー? なら、この少女は」

 紫は首を振った。

「これ以上は私の口から話すべきではないわ。それに今は、それどころじゃない」

 紫がそう言った途端、大きな上の方で物音がした。

「流石の馬鹿共でも封印を解けば察知するわ。姿を見られると面倒よ。さあ。幻想郷に帰りましょう」

 紫は隙間を開くと、強引に私の手を取って中へ入った。

 隙間を抜けた先は、博麗神社の境内だった。だが、先程まで居た外の神社とは雰囲気が異なる。ここは霊夢の居る博麗神社だろう。

 私は頭に手をやった。ちゃんと耳がある。尻尾の感覚も戻っていた。無ければ無いで慣れてしまうが、あればあるで安心するものだ。紫の方を見ると、いつの間にかいつもの紫のドレス姿に戻っている。外界でしていた格好に皆がどんな反応をするか見てみたいところだったのが、惜しかったなあ。

 空はすっかり明るくなってしまっている。

「私は調査に戻るが、その前に頼みがある。次に岡崎に会った時、私が礼を言っていたと伝えてくれないか」

「ええ。良いわよ」

 紫は柔らかに微笑んだ。

 その笑みが凍りつく。

 私も強い敵意の波動を感じた。この感覚は……。

 振り返った先にあったのは、大幣を握りしめた博麗霊夢の姿である。

「見つけたわ。異変の犯人……」

 その面は、夜露に煌めく妖刀のように美しく、壮絶な意思を湛えていた。

 

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