死体探偵   作:チャーシューメン

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 ※置いてあるのは同じです。



ルック・ワット・ユーヴ・プット・ミー・スルー

 

 ……戯言を。

 虚妄を語るその言葉に、私は心底辟易していた。彼女の語る言葉は私の知る世界のものだが、彼女の口唇からひねり出る物語は私の住む世界の出来事ではない。支離滅裂、乱雑無章、奇々怪々にして貴耳賤目。空樽は音が高いと言うが、立てる音まで空っぽだとは恐れ入った。流石は稀代のニート姫である。

「そんなボロなんて着ちゃってさ。舞台に立つ女は常に美しくなければならないものよ。例え醜女の役だったとしてもね。服、いくらか貸してあげましょうか? 私は腐るほど持ってるし」

 窓枠に腰掛け、足をぶらぶらと揺らしながらその女、蓬莱山輝夜が空語る。はたてが眠り続ける病室にて私は、輝夜の言葉に努めて耳を貸さないようにしていた。

「十二単がいいかしら。それとも振袖がお好み? 西洋服が好きならマント・ド・クールとかもあるわよ」

 私は溜息を吐くしかない。

「あらあら。自分の貧相な体型じゃあどれも似合わないなんて、乙女ちっくな事を言いだすつもり? あのねえ、これは似合う似合わないの問題じゃあないのよ。女ってのは着飾らなきゃいけない生き物なの。例え身体が醜く歪もうと、例え年老い歯が抜けようと。人前に出る時には、必ず紅をつける。それは女の義務なの、お分り? ナズーリン」

 分かるものか。

 まったく、四六時中家に引きこもっていて暇だからって、人を暇潰しの道具にして欲しくないものだ。

 窓辺で囁く五月蝿い小鳥を無視して、私は「文々。新聞」を広げた。

 途端、飛び込んだ一面記事に目が釘付けになる。

「惨殺死体発見さる。白昼の里中で惨劇、背には大きな刀傷。犯人は手練の剣士か……まあ怖い、里は剣呑ねえ」

 いつの間にか肩口から覗き込んでいた輝夜が、けらけらと無邪気に笑った。袖を振る度、微かな甘い香りが爽やかに匂い立つ。悔しいが、流石平安のプレイガールを自称するだけはある、趣味は悪くないようだ。

 鬱陶しいので背を丸め輝夜を避けるようにすると、この空気を読まない身勝手姫はわざわざ前に回り込んで、新聞と私の間に顔を突っ込むようにしてきた。吐息が掛るほどの距離、肩口が少しはだけて、薄い鎖骨が露わになっているのが見える。こういう無防備なところに男は参ってしまうのだろうな。

 とはいえ、それを私にやられても嬉しくもなんともない。鬱陶しいだけである。

「あのな。近いんだよ」

 堪えかねて相手をしてしまった。折角無視を決め込んでいたのに。

 私のジト目を見やって、輝夜はにやにやと楽しそうに笑った。

「里で起きた殺人事件。死体探偵的には気になるのではなくて?」

「君には関係無いだろう」

「私は気になるけどなあ」

「引きこもりで有名な君が外界に興味を示すなんてね。今年は竹の花でも咲くのかな?」

「あはは、永琳とおんなじ嫌味」

「お気楽で良いな、君は。人が一人死ぬ事件が起きても、君にとっては只のゴシップと変わらんのだろう。楽しいお芝居でも見ている感覚かい、羨ましい限りだね」

 多少気が立っていた私は、思わず強く嫌味を言ってしまった。

 が、輝夜はあっけらかんとして言った。

「そんなことは無いわ。だって、あまりにも予想通りすぎるんだもの」

 その物言いに、私は眉を顰めた。

「……大言だな。君はこの殺人事件を予測していたというのか」

「そうかしら? 別に普通だと思うけれど」小首を傾げつつそう言う。「だって普通、そうするでしょう? そりゃ、あんだけ人死にが出たんだもの。するわよ」

「……どういう意味だ?」

 眉間にしわが寄ってしまう。

 彼女が何を言っているのか、さっぱり分からない。

「死んだら死んだだけ殺さなきゃいけないでしょう? それをしないでいられるのは、貴女の言葉を使えば、仏様だけなんじゃないの?」

「ああ? 仏?」

「空になったカップには、お茶を注ぎたいのが人情ってものじゃない」

 頭痛を覚えて、私は額に手をやった。

 成る程。永遠亭の住人は実は月人だという噂を聞いたことがあるが、それはこういう事か。語る言葉を聞き取れても、意味が全く分からない。まるで宇宙人と会話しているみたいだ。

 あるいは、永きに渡る隠遁生活で蓬莱山輝夜という女の精神は壊れてしまっているのかもしれない。そう思うと、外来者である私にちょっかいを出したり、よく分からぬ言葉を吐いたりするのも致し方の無い事なのかもしれない。

「そうか。そうだな。お茶はみんな飲みたいものな」

 多少の哀れみを持ってそう言うと、輝夜は何故か私の頭に手をやって撫ぜて来た。ぞわと背中が震える。こういう不躾な距離の縮め方はちょっと苦手だ。神霊廟連中と少し似ている気がする。

「あんた、なかなか物分りがいいじゃないの。気に入ったわよ、ナズーリン」

「あ、ああそう……」

「射命丸文なんかは駄目ね。あいつはもう、頭ガッチガチで。私が何を言っても聞きやしないのさ」

 射命丸もこの姫の被害者なのか。あの射命丸に同情する日が来るとは思わなかったな。

「でもね。あんたも分かってないみたい」輝夜はウインクなんてして。「だから少しだけ講義してあげるわ。感謝なさい?」

 いや、余計なお世話なんだが。

 私がそうぼやこうと口を開きかけた時、いつの間にか輝夜の右手には白磁のカップがあるのに気付いた。

 中には琥珀色の液体が半分程注がれている。幻想郷で紅茶を飲む習慣がある者は限られているが、この輝夜にもそれがあったとは。

 しかしそのカップ、いつ、どこから取り出したのだろう。

「例えば。紅茶にミルクを注いだとする。それだけじゃ、ただのミルクが混じった紅茶、だわよね」

 そう言いながら輝夜は、取り出したミルク差しを使ってカップにミルクを注いだ。赤褐色の液体の中に混じる白濁。初め塊だったそれは、次第に解けて赤と混じり合い、複雑な紋様を紡いでゆく。

 正に手品だ。何処からミルク差しを取り出したのか、まるで分からない。

 いつの間にか、私は刮目していた。

「あんたはもちろんかき混ぜるでしょう。でも、どうやってかき混ぜるかしら? やっぱりスプーンを使うのかしら? それともフォークとかだったり? スプーンを使うにしても、手前から外へ動かすのかしら? それともあの森の人形師みたいに、奥から手前に動かすのかしら?」

 そう言いながら、なんと輝夜はカップに指を突っ込んでゆっくりとかき回し始めた。

 描かれた渦の中で、ミルクが白い糸となる。

「不確定事項はたくさんあるわ。予想外の事は必ず起こる。この渦の流れを迅速かつ精確に計算するのは実に難しいわ。それが出来るのは、宇宙広しと言えど、ま、ウチの永琳くらいでしょうね」

 輝夜はニヤリと笑う。

「長い時を生きる者は長い目でものを見るのかと言うと、実はそうではない。私達、ついつい渦にばかり目が行きがちなのよね。永遠にも近い時間を生きる者に対する、それは呪いのようなもの。あんたが見ているのは、この渦なのよ。そりゃ、見えなくて当然よね。だって難しいもん。それが出来るのは人智を超えた真の天才だけ。でもね。十秒後のことなら誰でも分かるでしょ?」

 輝夜はカップから指を引き抜いた。

 白い糸は解け消え、カップの中身は亜麻色の液体で満たされている。

「ミルクが混じった紅茶は、当然ミルクティになるのよ。それは水が上から落ちて下へ流れて行くが如く、当たり前の事」

 こいつ……。

 無邪気に笑う蓬莱山輝夜から、私は得体の知れない妖しげな気配を感じ始めていた。輝夜の話は相変わらず何を言っているのかよく分からないが、私は直感的にその意図を汲み取ってしまった。

「君は、その十秒後を予測しただけだと言うのか」

「まあ。良い聴講生ね、嬉しいわ」

 パチパチと手を叩く輝夜。

 こいつは本気で予測していたのだ、里で起こるであろう事件を。

 事件の渦中にある私達が成そうと必死になっている事を、こいつは外からやってのけている。

 蓬莱山輝夜。一体何者だ、こいつは。

「永遠にも等しい時間を生きる妖怪は、目の前の渦を見たがる。これから待ち受ける終わりの無い未来、無限地獄の先を考えるのは、苦痛以外の何者でもないのだから。だけどね、覚えておいて。人間の中には、そうは思わない輩がいるのよ。人間には寿命という終焉がある。死という絶対的な救いがある。だから、過程や方法を無視して結果だけを求める者がいる。そういう輩は、時に予想もつかぬ大破局をもたらす」

 パリンと音がして、カップが砕けた。

 輝夜がカップを落としたのだ。

 亜麻色の液体が床に広がり、砕けた陶磁器の白い欠片が窓から差し込む日差しを受けて煌めいている。

 それは、血と骨片の暗喩。彼女は先の土砂崩れの件について語っているのだ。

「果たして貴女は、ミルクティを飲むことが出来るかしら? 死体探偵さん」

 袖で口元を隠し、雅に笑う。

「何故、こんな話を私にする。永遠亭もこの騒動に一枚噛むつもりか」

 私は輝夜が賢者達の一員である可能性を考え始めていた。考えてみれば、天才と名高い八意永琳に、底の知れないこの蓬莱山輝夜、さらには伝説を生きるあの因幡てゐすら擁する永遠亭である。得体が知れない。

 だが、私の疑念を輝夜は軽く蹴散らしてしまった。

「残念、この事件に私が演じられる役は無いわ。でも少し、興味が湧いたから。この無限地獄の中であがき続ける酔狂な貴女達に」

 いつの間にか、その手には再び白いカップが握られている。中には香り立つ亜麻色の液体。

 床を見やると、砕け散ったはずのカップの欠片も見当たらなかった。

 私は思いきって輝夜に訪ねた。

「次に里で起こる事は、なんだ。君は何が起こると予測している」

「えっ、それ聞いちゃう? 折角講義してあげたのに、台無しじゃない、それ?」輝夜はボリボリと頭を掻きながら言った。「でもまあいいか。そんなの考えるまでもないじゃない。カップにミルクが落とされた。紅茶とミルクは互いに混じり合って、次第にどちらでも無いものに変わって行ってしまう。つまり、殺し合いを始めるのよ。もちろん主導するのは、今現在、武力を持っている連中……里ではさしずめ、自警団ってとこね」

 

 

 

 永遠亭を飛び出し、私は急ぎ里へと向かっていた。

 マミゾウの話によると、私の仕込みロッドを担いで小傘が人里をうろついているらしい。妖怪であるというだけで排斥される現状である。その上、死体探偵と関わりがあると見られれば、どのような害を受けるか分からない。関わりを絶とうと小傘を避けていたのが裏目に出た、まさか小傘がそこまで事態を把握できていないとは……。

 兎も角、私は竹林を飛ぶように駆け抜け、川を渡り、谷を越え、林を横切り里を目指した。

「あら。貴女も多々良さんにご用ですか?」

 その少女に出会ったのは、丁度、里の外れにある小傘の家の前を通りかかった時だった。

「残念でしたね。丁度、お留守みたいなんですよ」

 里の人間だろうか、黒髪のポニーテールを揺らして、屈託のない笑顔を浮かべている。見るからに安っぽい地味な色の着物を着ているところを見ると、あまり裕福ではないようだ。手に持った唐草模様の風呂敷包みといい、商屋の小間使いかなにかだろう。

 里の人間に憎悪を挟まず話しかけられるのは久し振りのような気がする。そのせいか、私は無意識に警戒心を緩め、彼女に問いかけていた。

「多々良小傘が何処へ行ったか知らないか」

「いいえ。私も困ってしまって。お遣いで来たんですけれど、このままじゃあ私、旦那様に怒られてしまいます」

 少女は首を振り、溜め息を吐いた。

「でもこれじゃあ、例えいらっしゃったとしても、依頼は受けてもらえそうにありませんねえ」

 そう言って小傘の家を見上げる、憂鬱そうなその横顔。

 小傘の家の惨状は、少女の表情が物語るとおりである。塀は打ち崩され、屋根は禿げ、無数のヒビが走る土壁には罵詈雑言が墨書きされていた。

 既に小傘は人間達の憎悪の槍玉に挙げられていたらしい。私などと関わったばかりに……。無関係な小傘を巻き込んでしまった事への後悔が胸を焦がす。私はなんて愚かな鼠なんだ。

「一体、誰がこんな事を……」

 風に乗った呟きは、少女の元にまで届いてしまったらしい。少女は再び私の方へ顔を向け、口を開いた。

「多分、自警団の方々では?」

 背筋がぞわりとする。

 何故、自警団が。

 

――殺し合いを始めるのよ。

 

 輝夜の悍ましい予言が脳裏をよぎる。

「自警団の方々、妖怪を排斥するために、最近じゃかなり過激な事も行なっていると噂を聞きます。なんでも、前の団長さんは妖怪に殺されてしまったとかで。その息子さんが必ず復讐すると息巻いているそうですよ」

 団長の息子……十手を渡したあの少年か。

 死んだ団長の歴史を受け継いで欲しいという小傘と私の願いは、彼には届かなかったと云う事らしい。だが「復讐は何も生まぬ」なんて、今のこの状況では現実を見ぬ綺麗事に過ぎない。理が力を持たぬ今。自らの身を守る為には、時に煩悩の業火へとその身を晒す事が必要なのかもしれない。それが人を生かす道となるのならば……。

「もしかして」

 私が思索の淵にいるとき、不思議そうに私の顔を覗き込んでいた少女が声を上げた。

「貴女が噂の、死体探偵?」

 キラキラと瞳を輝かせながら。

「……私をその名で呼ぶ者もいる、それは確かだ」暫し逡巡したが、私は頷いた。「だがそれは私を表す一面でしかない。私はナズーリン。毘沙門天の使者だ」

 どのような状況に置かれようと、私は私だ。問われれば意地でも名乗りを上げる、それが私の誇りでもある。

「へぇ、貴女が……」

 少女はじろじろと無遠慮に私を見下す。その瞳に宿るのは、憎悪というより好奇心だ。場違いなその目に私は多少イラつきを覚えながら、彼女に問うた。

「君は妖怪が怖くないのか」

「あはは。貴女、今まで散々里に出入りしていたじゃないですか。何で今さら怖がりましょうや」

「道理だな。しかしその道理を振りかざす者を変わり者と呼ぶ、今の里では」

「それとも、噂を気にしていらっしゃる? 死体探偵があの土砂崩れを引き起こしたなんていう」

「君はその噂を信じていないのか」

「さあ……。どうでしょうか。正直、あの事故に関わりの無い私にとっては、どうでも良い事なんですよね」

 少女はぼんやりと夢見ているかのような顔で空を見上げる。

 それもまた道理だった。どれ程凄惨な事件が起きようと、被害を被っていない人間にとっては所詮対岸の火事である。だが、その火の手が此岸に回った時、果たして冷静でいられるだろうか。

「そういう貴女はどうなんです?」

 不意に射抜かれた瞳に、私の心臓が大きく脈を打った。

「信じているんですか? 貴女があの土砂崩れを起こした、なんて」

 黒く輝く瞳が私の一挙手一投足を嘲笑うかの如く揺れている。

 鼠に向けられる感情はいつでも同じだ、憎しみか侮蔑か嫌悪か……だが私は、それ以外のものをずっと求めていた。

「私は」胸を張って、私は言った。「私は、正義の味方だ」

 それ以外の在り様など、要らない。

 それを聞いた少女は、満面の笑みで笑った。

 

 りぃん。

 

 耳を打った不快な雑音に、私は神経を尖らせ、瞬時に身を低くして戦闘態勢に入った。

 奴が居る。

 それも、すぐ近くに。

 だが、林の隅々に目を走らせても、奴の影は認められなかった。

「ねえ」

 脈動する私の感覚器官を斬り捨てるかのように、少女が開いた右手を差し出して来た。

「賭けをしませんか?」

「賭け、だと?」

「果たして貴女が、正義の味方なのかどうか」

 平静そのものの声色で、彼女は私の矜持を嘲謔した。

 その瞳の色は、私の在り様全てを否定する。私と彼女との間に得体の知れない緊張が走った。これは、人間と妖怪、二つの種の間に広がる深い断裂を示しているのか。私たちは分かり得ないと、少女の姿形が語っている。言葉を交わすことが出来ても、共に触れ合う事が出来ても。

 その間隙、少女の言葉を促すように、木々の合間を風が吹き荒れていた。

「賭けるのは……」突き出した右腕で作ったのは、俗なサインである。「一文銭」

 親指と中指でマルを作って、少女は朗らかに笑った。今しがたの緊張感が一瞬で吹き飛ぶような、不思議に爽やかな笑みだった。

「どうです? ちょっとした余興に。今、里では賭け事が流行っていまして」

 からりと軽いその言葉に、私はなんだか、この少女と喋っているのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。今はそれどころではないのだ。小傘を探さねばならない。加えて、奴が近くにいる。遊んでいる場合ではない。

「悪いが、その賭けは成立しえない。人の善悪を論ずるのは後世の人間がすべき事だろう。賭けの成否が分かった時には、私達は既に滅びている」

「あはは。不死身の妖怪だっていうのに、変な事言いますね、貴女」

 少女は軽ろやかに笑っていた。

 私は少女に里外の危険を説き、早く里に帰るように促すと、自分も里へと向かった。

 奴が追跡してくるかと思いきや、いつの間にか気配は消えてしまった。奴の狙いは、一体何だ。気になるところだが、今は捨て置くことにする。いちいち気にしていたら神経衰弱になってしまいそうだし。

 街道を里の門前までやって来ると、私は横道に逸れた。外との境目に好んで近づく輩など少ない。外界と里とを隔てる塀の補修はおざなりになっているのだ。里への抜け道など幾らでもある。私は自分の小さな体を活かし、塀の破れ目を抜けて里へと浸入した。

 炭屑と化した星鼠亭を越え、街道を行くと、目抜き通り近くに出る。私は笠を深く被り、纏ったボロの襟元をきつく締め、なるべく道の端を通って進んだ。

 歩いているだけでも分かる。渦巻くこの不穏な空気。殺人事件が起こっているからだろう、道行く人の影は普段の半分にも満たず、さっさと用事を済ませようとばかりに皆早足である。其処彼処の物陰でひそひそと静かな話し声が聞こえている。少し霧が出て視界も悪く、里の雰囲気は端的に言って不気味の一言に尽きた。

 そのような中でも、広場には扇動者の姿がある。相変わらず私の悪行を有る事無い事並べ立てているようだ。見つかっては厄介なので、早足に通り過ぎた。

 里中でダウジングするわけにもいかない。小傘の行方を追って、私は里を彷徨った。寺子屋の前や稗田亭などを遠巻きに伺ったが、彼女の姿は見えない。見かけるのは扇動者達とその野次馬ばかりである。

 川縁を歩いていた時、ようやく橋の下に茄子色の傘を見つけた。

 小傘だ。

 声を掛けようと近づいた、その足が止まる。

 立ち尽くす小傘の足元。

 一本下駄の下に、赤黒いものが広がっている。

「こ、小傘……」

 声が震えた。

 小傘の足元には、真新しい死体が転がっていた。

「ナズーリン……」

 ロッドを抱えて振り返った小傘のオッドアイは、双方とも冷たい輝きを帯びている。

「殺したのか」

 脊髄反射的にそう問うていた。

「……わちきの仕業と言われても、否定は出来ないよ」

 蒼白顔の小傘が吐いた言葉に、私の血の気もひいた。

 だが、ちょっと待て。

 小傘は人の心を喰う妖怪ではあるが、人間の肉を喰らったりはしない。妖怪としての小傘には人間を殺す理由が無いのだ。

 では何故……と私が思考を進めていると、徐ろに小傘がしゃがみ込んみ、転がる死体を覗き込んだ。やがて、静かに声を上げた。

「やっぱり……」

 その言い様が気になった私は、意を決して死体に近づき、それを覗き込んだ。

 うつ伏せに倒れた男の身なりは良くない、体つきを見るに下級の商人か職人かといった所だろう。一目見て息が無いことが分かる。頭が変形するほど殴打されていて、歪な形をしているからだ。その顔は身元判別が難しいほどに腫れ上がり、手足は異様な方向に捻じ曲がっていた。身体中に擦り傷、打ち身の痕が見て取れる。

 だが、何と言っても目を引くのは、肩口から腰辺りまで一直線に走る刀傷だ。後ろから袈裟懸けに斬られたのであろうその痕を見るに、相当な力を持って背後から不意打ち気味に斬り付けられたのだろう。一撃で肩甲骨を砕き、肋骨と背骨を両断している。

 骨を斬る技は、相当な達人でも難しいと聞く。ならばこれが絶人の域にまで達した使い手の仕業なのかと言うと、疑問符が付く。里でそれ程の使い手の話は聞いた事が無いし、加えて剣の達人が何の力を持たぬ一般人を背後から不意打ちするなど、恥の極みであるからだ。

 見た所、この背後からの一撃で既に致命傷となっている。しかも身体中に付いたこの傷、下手人が一人とは考え辛い。つまり、背後から斬り付けられ倒れた所を、寄ってたかって暴行されたと言う事になる。

 小傘が殺したのではない事を確信し、私は少し安堵した。

 したが、しかし。

 私は自分の出した結論に戦慄した。

 今、この里で、一体何が起こっている?

「昨日も似た事件があったよ。その前にも。白昼の惨劇、背中の大きな刀傷、犯人は手練れの剣士……」

 小傘が震える声で言う。

「犯人は多分、同じ」

「君はこの事件を追っているのか」

 小傘はコクリと頷いた。

 だから彼女は、私を探していたのか。

「だが何故。君はこの事件とは無関係だろう」

 小傘は首を振った

「犯人は手練れの剣士……だけど」

「それは恐らく違う。これは確実に複数犯だ。この刀傷を付けた奴とて、それ程の使い手と言うには……」

 言いかけて気付く。

 そうか。

 尋常ではないこの太刀筋。使い手が尋常であるのならば、尋常でなかったのは……。

「まさか。君が刀を造ったのか」

 私の問い掛けに、小傘は辛そうに頷いた。

 何て事だ。

 小傘の鍛治の仕事振りは、私も良く知っている。彼女の鍛えたロッドに私は何度も命を救われた。あの妖夢も手放しで褒める業物である。その小傘が全身全霊を込めて刀を打ったとしたら。一体どれ程の刀剣が出来上がるのか、想像がつかない。

「この威力、間違いない。ずっと危惧していたよ。いつか未熟な人間があれを抜いた時、その威力に心乱してしまうのではないかと」

 正に妖刀、か。

「元の持ち主は信頼の置ける人だった。ずっとあの刀を封印して、守り神のように扱ってくれた。だから安心していたの。でも……今の持ち主は、あれを使うには、きっと」

「その刀。元の持ち主は、誰なんだ」

 小傘はしばし唇を噛んだ。

 やがて開いた口から発せられた言葉に、悪い夢でも見ている気分になる。

「先代の、自警団の団長さんだよ」

 私は絶句した。

 ならば今、その刀を振るっているのは……。

「わちきはあの子を止めなきゃいけない。それがあの刀を造った私の責任だよ」

 小傘は立ち上がって、決然と言った。

「しかし、今の里は」

「今だからだよ。早く止めないと、もっと非道い事になる。ナズーリン。貴女にも協力を依頼したい。あの子を止めるのを、手伝って」

 今の里は危険だが、小傘の決意は梃子でも動かせそうにない。私は仕方なく、その依頼を承諾した。

「だが、君の身の安全が最優先だ。危険だと判断したら、すぐに里を離脱するからな」

 私がそう言っても、小傘は曖昧に頷いただけだった。

 兎も角、これ以上死体の側にいて誰かに見られてはまずい。私は小傘を引っ張って川縁から離れ、空き家の影で一息吐いた。

「何してるの、ナズーリン。早くあの子を探さないと」

 小傘は逸って言うが、里の探索をするには彼女の格好は目立ちすぎた。こそこそしなければならない謂れは無い、堂々としたいと小傘は嫌がったが、私は強引にボロ布を着せた。あとはその辺りの空き家の塀の板をいくらか失敬し、傘を閉じさせロッドと木片とを紐で一緒に巻いて背に担がせれば、荷運びにでも見えるだろう。私も木片を担いだ。

 今の不穏な状況では、二人組というのが逆に目立たぬ事に一役買った。通りを歩いても、我々に奇異の目が向けられる事はなかった。

 団長の息子の行方を追って、我々はまず団長一家の住んでいる長屋に向かった。団長の家には人の気配はせず、部下の鼠に中を探らせると、家主は不在と分かった。部下の話によると、どうやら団長婦人はしばらく実家に戻っているらしく、残された団長の息子も屯所にて寝泊まりをして家に戻っていないらしい。

 それを小傘に伝えると、小傘は無造作に長屋の戸を開けた。唖然としたが、小傘がさっと中に入ってしまったので、私も急いで続き、戸を引き閉めた。

 長屋の中は質素の一言に付き、余計な物が無かった。入ってすぐの土間、奥には六畳ほどの畳の間。火事が起きたら背負って逃げるつもりなのだろうか、部屋の隅には葛篭が置かれていて、そこに生活用具一式が入っているようだ。壁にはくたびれた自警団の法被が掛けられている。恐らく団長の遺品だろう。まったく江戸時代の長屋そのものと言った風情で、あの頃に戻ったような感覚に陥ってしまった。

 小傘は土足で畳の間に侵入すると、壁に備え付けられた神棚を見上げた。

 博麗の紋章が刻まれた神棚には、木製の小さな鳥居と刀掛けが見える。その上に在るべき刀は見当たらない。

 ……自警団が人間同士の殺し合いを主導する。

 怖いくらいに、輝夜の予測通りである。

「やはり団長の息子が持ち出したのか」

「あの刀は団長さんの遺品だもの。あれで仇を撃つつもりなんだよ、きっと」

 確かに、団長の息子は剣術を習っていた。

「しかし、神棚に飾ってある剣を使おうとするだろうか」

「あれはね、紫さんに頼まれて打った退魔刀なんだよ。里を守る団長さんの力になれるように、って」

 八雲紫、か。

 団長に陰陽玉を預けたり、退魔刀を渡したり、随分と助力をしていたようだ。だがあの紫の事、好意だけでそのような投資を行うはずもない。恐らく、団長は何らかの役割を与えられていたのだ。それは、この幻想郷を維持する上での重要な役割なのだろう。

「刀には邪を討ち滅ぼす力がある。だけど結局、力は力でしかない。その扱い様を決めるのは、振るう人間なの」

「その力は今、邪を滅ぼすどころか、人殺しに使われてしまっているという事か」

「頑強な妖怪でさえ斬り伏せる刀だよ。それを人間に使えばどうなるか、そしてそれを振るった人間が自らの力を錯覚し増長しだすだろう事も、私は分かっていたのに……」

「小傘……」

 震える握り拳が、小傘の無念を表している。小傘は付喪神だ。道具として人間の役に立つのが喜びなのである。それが逆に人間を害する事になってしまった、その心の苦しみは、付喪神でない私には推し量るのも難しい。

 目に涙を溜める小傘を励まして、私達は次の目的地に向かった。団長の息子は自警団の屯所で寝泊まりしているという。里内に点在する屯所を片端から回った。

 やがて、里と外との境界に近い屯所の一つで、彼の姿を見つけた。

 青い法被とねじり鉢巻、あどけなさの多分に残るその顔。そして腰には数本、刀を差している。その中の一本は遠目にも分かるほど特徴的だ、様々な紋様が刻まれた飾り鞘。

「あの刀……!」

 飛び出そうとした小傘を、私は抑えた。

 屯所前には刀や銃で武装した団員達がたむろしていた。向こうは妖怪に敵意を持っている、私達がうかつに飛び出せば、袋叩きにあってしまうだろう。

 私と小傘は空き家の陰に隠れ、屯所を伺い、団長の息子が一人になる時を待った。

 屯所に集まった団員達は整列し、何事か訓示を受けているようだった。団長の息子も他の団員たちに混じって列に並んでいた。

 ほどなく訓示は終了し、団員たちは三々五々に散っていった。恐らく、里の警邏を行うのだろう。しかし団長の息子は一人、他の団員の目を盗むかのようにして、通りの向こうへ消えて行ってしまった。

 自警団の屯所に先程の殺人事件の一報を書いた紙を投げ込んだ後、団長の息子の後を追った。

 彼は一人でふらふらと里を彷徨い歩いた。視線はあちこちと彷徨い、何かを探しているように見えた。獲物を探しているのだろうか。血に飢えた人間は感覚が鋭くなるとも言う、私達は十分な距離を保って彼を尾行した。

 ぶらぶらと当てど無くさまよっていたように見えた彼だが、空地の前でふと足を止めた。

「みんな聞いたか、あの死体探偵がまた人を殺したらしいぞ! なんでも、竹林の診療所で若い男を絶望させ、自殺の助長をしたらしい!」

 扇動者の演説に足を止め、それに見入っているのである。

「昨日には辻斬り事件も起こったという、それもきっと死体探偵の仕業に違いない!」

 演説を行っている男は恰幅のいい男で、やはり他の扇動者達と同じ様に、根拠の無い憶測で私の悪事のでっち上げをしていた。それを見守る聴衆達も思考停止して、私への憎しみを吐いている。異様な光景だが、ここ最近の里ではありふれた景色である。もはや井戸端会議的なノリに近い。

 団長の息子もまたその聴衆に加わり、演説に聞き入っているようだった。だがその視線は演説を行う男よりも聴衆に向けられているように感じた。

 やがて演説が終わり、聴衆達が解散し始めた。扇動者の男も注目を浴びて満足したのか、腹を擦りながら路地裏に消えていった。何を思ったのか、団長の息子はその扇動者を追って路地へと入り込んでしまった。

 裏路地ならば人目も少ない、取り押さえて刀を奪うには絶好の機会だ。私達は早足で彼の後に続いた。

「やあやあ。こんなところで奇遇だな、女史よ」

 その私達の前に現れたのは、物部布都だった。

 どうやらこいつも扇動者の演説を聞いていたらしい。しかし目敏い、変装をしている私達を一発で見分けるとは。

「物部か。私達は」

「ここいらにはあの頑固虎がうろついておるぞ。捕まったら面倒じゃ。注意するんじゃぞ、女史よ」

「おい」

「おや、そちらは鍛冶師の。お主は里に近い妖だったな、最近はお主の悪口も増えておる。気をつけろよ」

「あのな」

「しかし物騒じゃのう。知っておるか? 昨日はまた殺人が出たと言うぞ。里中とは言え油断できんな。その点、我らが太子様の治める神霊廟なら安心じゃがな。治安維持は完璧じゃ」

 まったく、マイペースに話を進める奴だ。

「私達は急いでいる。後にしてくれ」

 私はいらいらしてしまって、つい声を荒げた。しかし布都はまったく堪えずに、かんらかんらと音が鳴りそうなくらいに笑った。

「しかしまあ、面白いように予想通りじゃなー」

 その言葉に、今々のいらいらを忘れて私は眉を顰めた。

 まるであの輝夜と同じ物言いではないか。

「君も事態を予想していたというのか、物部」

「そりゃ当然じゃ。為政者が予測しなければ、一体誰がするというのか。先々を見据えて対応策を立てるのが我々の仕事じゃ」

 得意げに鼻を鳴らす布都。

「もちろん対策も実施済みじゃ。神霊廟と里を繋ぐ道には、既に警備を手配済み。往来に憂いはないぞ」

「行動が早いな」

「見える地雷を踏む馬鹿もおるまいて」

「君は今、里で起こっている事も把握しているのか」

「人間同士の殺し合いじゃろう? あの間抜けな扇動者はお主のせいにしていたが、今朝起きた事件というのもその類じゃろう。ま、よくある話じゃ。治安維持の名目で一部の人間が暴走するのは。こういう閉ざされた場所で政府権力も弱いとくれば尚更よ。さしずめ死の自警団と言ったところか」

 死の自警団。

 核心を突いた、いや突きすぎた言葉だ。こいつも輝夜の同類か、十秒後を見る者達……。

「ならば、君は今後の里で……」

「ナズーリン……」

 言い掛けた時に、私の袖を小傘が引っ張った。

 危ない、本来の目的を忘れるところだった。今は物部と話している場合ではない。

「すまない、その話はまた後にしよう」

 私達は布都を振り切って、裏路地へと消えた団長の息子を追った。

 しかし時既に遅し、完全に見失ってしまった。迷路のように入り組んだ路地を駆けるが、板張りの塀に遮られて、彼の姿は何処にも見えない。

 その時、鋭い悲鳴が辺りに響き渡った。

 声色からして男の声。私達は悲鳴のした方角へと走った。

 幾度目かの曲がり角を曲がると、井戸端で男が倒れているのが見えた。近寄ってみると、倒れていたのは先程扇動を行っていた中年の男性だった。やはり肩口から腰にかけて大きな刀傷がある。周囲に飛び散った夥しい量の血は真新しく、死の匂いを其処彼処に撒き散らしている。既に息は無い。この傷では即死だろう。正に今、殺害されたようだ。

 だが、何故、扇動者が狙われた? 彼らは妖怪排斥を掲げているのではないのか。

「あれは……!」

 小傘が声を上げた。

 顔をあげる。その私の瞳に、走り去ってゆく青い法被の影が焼き付いた。

 まさか、本当にあの子が……。

 心の何処かで信じきれなかったこの思いに、弔鐘が鳴り響く。

「こんな事をさせるために、あの刀を造ったんじゃない。こんな事をさせるために、あの十手を渡したんじゃない」ボロボロと、小傘が涙を流した。「団長さんの歴史を受け継いで欲しかったのに……。こんなの、誰も望んでないよ、死んだ団長さんだって……!」

 地団駄を踏む小傘の姿を見ていると、胸が締め付けられる思いだった。

「ナズーリン……」

 懐かしい声を耳にして、私は思わず振り返った。

 袈裟姿の寅丸星が、路地の先で仁王立ちしている。

 悲鳴を聞き付けてやって来たのか。先程、布都が近くに居ると言っていたが……くそ、不味いところで不味い奴に見つかってしまった。

「そのお方は」

 星は静かに、しかし多分に恐怖を与えるドスの効いた声色で問うて来た。並みの妖怪ならその時点で泣いて命乞いを始めるだろうくらいにだ。

「即死だ」私は首を振った。「もう手遅れだ」

「貴女がやったのですか」

「そう見えるかい」

「そうとしか見えません」

 確かに、そう見える事だろう。それは否定する事が出来ない。何と言っても、私は里を害する大罪人とされているのだから。

「仏道を捨て、人を喰らう化け物に戻ると言うのですか、貴女は」

「私は、毘沙門天の使者だ」

「人を喰らう妖怪に、その名を騙る資格はありません」

「星さん、違います、ナズーリンは……!」

「小傘。まさか貴女まで荷担していたとは」

 星が一睨みしただけで、小傘は口をつぐんだ。無理もない。代理とはいえ、相手は武神、毘沙門天なのである。

 星は右手に持っていた鉾を、水平に構えた。

「ナズーリン。あなたが人間を害するのなら、私は貴女を力付くでも止めましょう」

「……それが君の仏道かい」

 相変わらずの頑固頭だ、星の奴は。きっと何を言っても無駄だろう。

 私は小傘の荷物からロッドを引き抜き、交差させて構えた。

 とは言え、あの星に力で来られてはひとたまりもない。如何に切り抜けるか。私の頬を冷や汗が伝った。

 私と星が睨み合っている合間にも、路地周辺は騒がしくなり、人が集まり始めた。死体の側に立つ私を指差し、悲鳴や罵声を上げる輩も出始めている。ぐずぐずしてはいられないのだが。

 不意に、星の姿が歪む。

 超高速の横薙ぎを、私はロッドを垂直に構えて受け止めた。とても目で追う事は出来ぬが、何千何万と受けた星の打ち込みである、身体が自動的に反応した。

 しかし、受けられるからといって耐えられる訳ではない。私と星では体重差があり過ぎた。紙細工のように簡単に吹き飛ばされた私は、土蔵の壁に叩きつけられめり込んだ。

「ナズーリン!」

 悲鳴を上げるのは小傘ばかりではない。私の五体もそれぞれに悲鳴を上げていた。流石、星である。加減というものを知らない。

 だが。

「むっ……」

 星が僅かに顔を歪める。

 私のロッドは小傘謹製だが、星の鉾は里の鍛冶屋で調達した量産品である。星の打ち込みに耐えられる筈もない。先端にヒビが走ったかと思うと、刃がボロリと崩れ落ちてしまった。

 その隙に放った私の弾幕が、星の周囲で爆発した。威力は抑えたが、崩れた壁と舞い上がった土煙とで、星の追跡を振り切れるだろう。

 駆け寄って来た小傘の手を取って、私達は路地裏を走った。

「星さん、どうして……」

「あいつは馬鹿真面目なんだ、気にするな。それより、里を脱出するぞ」

「でも、まだあの子が」

「駄目だ、これ以上は危険だ。一度退却して、態勢を立て直そう」

 小傘は納得していないらしく唇を噛んだが、私は小傘の手を強く掴んで有無を言わせなかった。星が出て来た以上、最早此処に留まる事は出来ない。

 駆けている間にも、人が集まってくる。武装した自警団に囲まれ、私達は次第に逃げ道を失っていった。

「飛んで逃げよう、ナズーリン」

「駄目だ、星に見つかる」

 本気になった星の速度は知っているだろう。一度、空を切り裂いた事もある。今度見つかれば十中八九逃げ切れない。兎に角、走るしかなかった。

 刺股を持った青い法被に追い立てられて角を曲がった時、私達は壁にぶつかって立ち止まった。逃げる内に袋小路に入り込んでしまったらしい。

「どうしよう、ナズーリン」

「万事窮すか……」

 門の向こうには、大勢の人間の気配がする。捕まればどんな目にあわされるか分からない。戦う事も出来るが……。

 私はロッドを握り締める、自分の手を見つめた。

 その手を血で染める覚悟はあるか。

 はたてが傷ついてからずっと、いやもっと以前から私の中で渦巻いていたこの問いに、未だ答えは出ない。

 出来るのか。

 やるしか無いのか。

 それとも、ただ嬲り殺しにされるのが私の仏道だと言うのか。

 私は……。

「こっちです」

 端無く響いたその声と、掴まれた腕の感触に、私は深い自問の渦から目覚めた。

 振り返ると、あの賭け好きの少女が、塀板の一部を持ち上げて、その隙間から顔を出していた。

「君は」

「それは後です。さあ早く」

 彼女に促されるまま、私達は塀の隙間に潜り込んだ。塀板を下ろすと継ぎ目は見えず、とてもこのような通路があるとは分からない。

 塀板が閉じると同時に、ざわめきが袋小路を満たした。間一髪と言った所か。

「まだ安心出来ません。これは近所の子供には有名な抜け道なんです、すぐ見つかっちゃいますよ。進みましょう」

 少女は声を低くしてそう言うと、土蔵の扉を開けて中に入った。私達もそれに続く。

 薄暗い土蔵の中、積み上げられた木材の影に、何故か階段があった。少女は火のついたマッチを片手に、迷わずそれを降って行った。

「この道は里の外へと通じています」

 女子供がやっと通れるくらいの小さな穴の向こうから、確かに風が吹いて来ている。

「何故こんな抜け道が」

「なんでも、ここら辺は江戸時代に隠れ城があったらしいんですよ。商屋を装っていたんですって。その名残でこういう地下通路が残されてたみたいです」

「成る程。加賀の忍者寺のようなものか」

「ま、今じゃ忘れられて、子供の遊び場ですけど」

 江戸時代には築城に制限が設けられていた。それでも、幕府や他藩の侵攻を危惧した藩主が、寺などにカムフラージュして城塞を築く事があったらしい。

「しかし、何故私達を助ける」

 その問いに、少女は爽やかに笑った。

「そりゃ、小傘さんにお仕事してもらえないと、私が旦那様に怒られてしまいますし。それと、私を振った貴女への当て付けって奴ですよ」

「はあ?」

 なんだかよく分からない。今日は意味不明な話ばかり聞かせられる日なのだろうか。厄日だな。

 半刻ほど歩くと、外の明かりが見えた。

「あの向こうは里の外側です。追っ手も来ないでしょう」

 洞窟を抜けた先には、林が広がっている。私達は入り口に備えられた獣除けの鉄格子を開け、外へと出た。

 洞窟の入り口から少し進むと、目の前に深い谷が走っていた。

「さ、後はこの谷沿いに歩いて行けば、小傘さんのお家の近くに出ますよ。行きましょう」

 軽やかな足取りで少女が進む。

「ありがとうございます」

 小傘が頭をぺこりと下げた。

「あはは、気にしないで下さい。困った時はお互い様ですよ」

「でも、本当に助かりました。貴女……ええと、なんて呼べば良いのかな?」

「ああ、名前ですか。私は……」

 少女が口を開いた、その時。

 木々の合間から音もなく人影が飛び出して来た。

 私は息を飲み、目を剥いた。その人影は刀を手にしていた。ギラリと光る刀を振り上げ、影は少女に襲いかかる。

 逃げようと身を捻った少女の背を、走る白刃が切り裂いた。その勢いのまま、少女は谷底へ真っ逆さまに転落して行ってしまった。

「あ……」

 助ける暇も無かった。

 目の前で今、一つの命が消えた。余りにも簡単に、余りにも呆気なく。

「死体、探偵……!」

 目の前の悪の塊が、呪詛の言葉を吐いた。

 青い法被にねじり鉢巻き。だが、それはあの少年では無かった。眼帯をした四十程の中年男性が、白刃を八相に構え、全身に敵意を漲らせて私達を睨みつけている。両腕を黒い布でぐるぐると剣ごと拘束した異様なその風体。

「そ、その刀は……!」

 小傘が狼狽えている。あれが小傘の拵えた刀か。

 小傘の刀を振るい、連続殺人を行なっていたのは、目の前のこの男だったのか。

「見つけたぞ、死体探偵!」

 その声に呼応するように、私達の周りを十人程の青い法被が囲んだ。鉾、槍、棍棒に短銃と、それぞれに凶悪な武装を身に付けている。こいつらが、死の自警団……。

「貴様ら……何者だ!」

 眼前の剣士に全神経を集中させながら、言葉による突破口を開こうと唾を飛ばした。

 不味い。

 相対して分かる。使い手の剣士は兎も角、小傘の拵えた刃が放つ気配は異様だ。血を吸って妖怪化し始めているのかもしれない。おまけに刀身が伸縮しているようにも見えて、その射程距離が掴めない。なんだ、あれは。

 私の焦りを嘲笑うかのように、周りを囲む「死の自警団」団員が次々と口を開いた。

「我々は真の自警団だ。里の秩序を破壊する貴様ら妖怪を駆逐する」

「馬鹿な。何が真の自警団だ、里に恐怖を蔓延させて秩序を乱しているのは貴様らの方だろう」

「それは一時的なものに過ぎん。やがては静寂が訪れる」

「恐怖による静寂……貴様らがやろうとしている事は、かつて世界中の人間が悪と断じた行いだ」

「我々は妖怪に支配される現状を脱却する為に行動している」

「どれだけ高邁な思想を説こうと、里人に武器を向けた時点で貴様らはただの人殺しだ」

「違うな。我々は秩序の守護者なのだ」

「ならば何故、無関係の女を殺した。何故、里人を殺した!」

「知れた事。奴等は里人の不安を無駄に煽り、秩序を乱す輩だからだ。排除しなければならぬ。妖怪に利する者もまた同じ」

「刀による支配が、貴様らの望む秩序なのか」

「然り。それ以外に里人が貴様ら妖怪の支配から脱する術は無い」

「馬鹿げている、異常者共め」

「我々は正常だよ。化け物には理解できんのかも知れんがね」

 駄目だ。こいつらに話は通じない。歪んだ理を信じて耳を貸さぬ者に、どうして理を説けよう? 人と人とが争う事は、悟りを開いたあのシッダールタでさえも止められなかったのだ。

「尤も」

 目の前の男が口を開く。

 来る。

 やらなければやられる。

 私だけではない。無関係な小傘までもが。

 

――目の前の敵を殺戮する覚悟があるのか。

 

 今、再び、自らに問う。

 私は……。

「死に行く貴様らが理解する必要なぞ無い」

 銀色の刃が振動した。

 単純稚速な男の踏み込みは、しかし妖しげな力を宿した刀によって複雑に残像を描いた。

 軌跡が読めない。

 小傘のロッドで受けた刀身は幻。現実の刃は私の右腕に深く食い込み、骨まで達した。右腕が両断されなかったのは、ひとえに小傘のロッドのお陰と言って良い。咄嗟に防御した左のロッドが、刀を食い止めてくれた。

 振動する刃が、脳を直接揺さぶるような痛みを生む。

「きゃあ!」

 苦痛に気が遠くなりかけた時、私の耳朶を小傘の悲鳴が打った。

 槍で肩を貫かれ、小傘が地面に倒れ伏している。

「小傘!」

 私は……、

 瞳を、開いた。

 眼前の剣士に蹴りを入れ弾き飛ばす。次の瞬間、私へと殺到する憎悪の群れを躱し、その槍を手刀でへし折り、鉾を踏み砕く。短銃から発射された弾丸は掴んで止めた。貫通力と連射力のある自動小銃などならいざしらず、小口径の単発式では妖怪を止めることは出来ない。

 奴等が狼狽えるのが分かる。本気になった妖怪と人間とでは、その戦闘能力は比較にならない。

「鼠如きなら何とでもなると思ったのか? 妖怪を舐めるなよ」

「ば、化け物め」

「これがお前達の語る正義だ。力で叩きのめして自らの意のままに支配する、貴様らのやっている事は所詮、獣と変わらぬ」

「貴様が言うか、妖怪!」

 なおも向けられる敵意に、私は固めた拳を振り上げた。

「駄目だよ!」

 それは、この馬鹿共に振り下ろされる直前で止まった。

 小傘が私の足に縋り付いて、悲痛な叫びを上げた。

「駄目だよ、ナズーリン! それじゃあ貴女だって同じになっちゃう、ただの人殺しに」

「小傘……」

「貴女は毘沙門天の使者でしょう!」

 小傘の言葉は、今の私には痛烈だった。小傘や星の言う通りだ。ただの人殺しに、毘沙門天の使者を名乗る資格は無い。私は唇を噛んだ。

 瞬間、刃が再び揺らめいた。だが、瞳を開いた今の私には見切れぬ技ではない。ロッドは白刃の真芯を捉え、小傘の刃は中心から音もなく折れ、跳ね飛んだ切っ先が男の脚に突き刺さった。獲物が同じならば、使い手の力量差で勝負は決まる。彼は私の練度の足元にも及ばなかった。

「……勝負は決まった。おとなしく縛を受け、罪を償え」

 自分の中の暴威を努めて抑え、私は震える声で言い放った。

 だが、隻眼の剣士は敵意を弱めるどころか、ますます強くして私を睨んだ。

「罪を、償え……? それはお前の方だ、死体探偵!」眼前の剣士が、見るも悍ましい程に顔を歪めて吐き捨てた。「この大量虐殺者が! 妻も娘も皆、貴様に殺された。貴様が起こしたあの土砂崩れで! 俺達はお前ほど、人を殺してはいない!」

「何……」

「見ろ! お前にされた事を!」

 男は刀を捨て、腕に巻いていた黒い布を剥ぎ取った。

 その右腕は赤黒く変色して大きく湾曲し、先端にはかつて指だったものが一本、ぶら下がっているだけである。

 私は周囲を見回した。

 周りを囲む者達……よく見ると、男だけでなく、女も混じっている。義足のもの、片腕の無い物、体が歪に変形してしまった者……。皆、体の何処かに欠損を抱え、血涙を流しながら私を睨みつけていた。

 死の自警団の連中は、皆、あの土砂崩れの被害者だったのだ。

「俺は利き腕をやられ、利き目を奪われ、剣を振るうことすらままならん。寝ても覚めても激痛が走り、地獄の責め苦のほうがまだぬるいわ。家族も奪われ、最早俺に生きる意味など無い。奪ったのは貴様だ、化け鼠! 貴様を殺せるのならこの生命など惜しくもないわ!」

 私という存在への強烈な悪意を真正面から受けて、私は呆然とした。

 自らの運命を祝う事も呪う事も、遍く人々が保持する所与の権利。彼らはその権利を行使していただけだ。彼らは毒を呷って死んだあの青年と同じだった。被害者だったのだ。

 だが、違う。

 私は。

 ……言葉にならない。

「天誅ーッ!」

 隻眼の剣士は、自らの大腿に突き刺さった刀の切っ先を両腕で掴むと、吹き出す血にも構わず、私へとそれを突き出してきた。

 見えている。

 だが私は、避けられなかった。

 

――憎しみが、人を活かすのならば。

 

 言葉がぐるぐると頭を駆け巡っている。

 自らの心臓に向かって一直線に進むその白刃の切っ先を、私は他人事のように見つめていた。

「こ……」

 だが、その切っ先が私の元へ届く事は、永遠に無かった。

 隻眼の剣士の腕は、私の元へと届く前に吹き飛んでいた。

「小僧が!」

 折れた小傘の刀を手にした団長の息子が、剣士の両腕を斬ったのだ。

 団長の息子は震える剣を青眼に構え、肩で大きく息をしていた。

「よくも、よくも邪魔を……」

 剣士は膝を突き、団長の息子を睨んだ。真新しい傷口が開くその両腕からは、ボトボトと音を立てて血が落ちている。

「藤兵衛、親父の刀をよくもこんな馬鹿げた事に使ってくれたな」

「黙れ、太吾。俺は死体探偵に復讐するために……」

「ならば何故、彼女だけを狙わなかった。支離滅裂のお題目にしがみついて無関係の人間を狙った時点で、あんたは刀の威力に呑まれていたんだ。あんたはもう、俺の師匠じゃない。ただの人斬りだ。そして、我々自警団は殺人犯を許しはしない」

 周りを見やると、集った自警団の団員達が「死の自警団」達を組み伏せ、捕縛していた。

「牢で沙汰を待つがいい、藤兵衛」

「くっ……」

 大量の血を失って力尽きたのか、隻眼の剣士は前のめりに倒れて気絶した。

 私は覚めやらぬ夢の中にいるような気持ちだった。

 とにかく小傘を助け起こすと、傷の応急手当をした。幸い、傷は浅いようだ。

「自警団内部からこのような狼藉者を出してしまい、お恥ずかしい限りです」

 団長の息子は、私と小傘に向かって頭を下げてきた。

「しかし、今回捕縛出来たのはほんの一部。『真の自警団』を名乗る連中はまだ潰えたわけではありません。この始末は必ず我々自警団で付けますが、貴女方もどうかお気をつけて」

「君は彼らを追っていたのか」

 少年は頷いた。

「親父の刀が盗まれたので、嫌な予感がしていました。あれは決して抜いてはならぬと親父から言われていたので」

「君は妖怪が、私達が憎くはないのか」

 その問いに、少年はしばし瞑目していたが、やがて開いた瞳は、強い輝きを放っていた。

「妖怪は許せません。奴等は親父を殺した。けれど、俺にとっての妖怪は、この十手を使うに値しない連中の事です」

 そう言って取り出した十手には、小傘の修復の跡が残る。心なしか、以前よりも傷が増えているような気がした。

 それを見た小傘は口元に手をやり、感極まって泣き出してしまった。

 よかったな、小傘。君の思いは、彼にちゃんと届いていたようだよ。

 私も口元が歪んで、そう声をかけてやることが出来なかった。

 団長の息子は小傘の刀の切っ先を拾うと、腰に差した飾り鞘と一緒に小傘へと差し出した。

「多々良さん。貴女は日本一の鍛冶師だと親父から聞きました。この刀を刃の無い御神刀に造り変えてもらえませんか」

「……うん。まかせて」

 小傘はぐしゃぐしゃの顔で、それでも胸を叩いて言った。

「私を捕縛しないのか。死体探偵は里では重罪人だぞ」

「貴女を捕まえてしまったら、一体誰がこの混乱を収拾するというんですか。それにそんなことしたら、慧音先生に合わせる顔がありませんよ」

「戦うつもりか、世論と」

「自警団は里を守るのが仕事ですから」

「……死ぬなよ」

「お互いに」

 そう言って、彼は私に背を向けた。その背が少し、大きく感じる。士別れて三日なれば刮目して相待すべしと言うが、私はその事を嬉しく思った。きっと死んだ団長も同じ思いを抱いている事だろう。

 団長の息子は気絶した剣士を捕縛すべく、近づこうと足を踏み出した。

 私はその肩を強く掴んで、地面に引き倒した。

 直後、木立の合間から殺到した水爆弾が、剣士の体に直撃した。水煙が晴れた跡には、五体バラバラになった剣士の体の残骸があった。

「四万十!」

 木立の合間から、青いレインコートの妖が悍ましい笑みを浮かべている。

 奴は踵を返すと、そのまま林の向こうへ駆け去ってしまった。

 

 りぃん。

 

 不快な音色だけをその場に残して。

 

 

 

「へえ。先行投資しておくなんて、あんたもなかなかの策士じゃない」

 相変わらず、はたての病室の窓縁で輝夜は足をぶらぶらさせている。暇なのだろう。流石は稀代のニート姫である。

「自警団内部にあらかじめシンパを作っておくなんてさ。そうよねえ、紅茶にミルクを落としたらミルクティになるのは当たり前、カップに小細工するのが筋ってものだもんね」

「そういう風にしか物事を捉えられないというのは、哀れにさえ思えるね」

 痛恨の嫌味に、流石の輝夜もちょっとだけ腐った。いい気味である。

 あれから「死の自警団」の存在が明るみになり、里の自警団はその組織との対決姿勢を鮮明に打ち出した。

 しかし驚くべき事に、「死の自警団」の存在は里人の間にある程度好意的に受け止められていた。そりゃそういうもんよ、自分たちに実害が無ければ対岸の火事、衆人の善悪基準は主張の単純明快さとどれだけ面白いか、それに尽きるんだもの……とは輝夜の弁である。最低な物言いであるが、ある面では真実を捉えているようにも思える。どうやらこの姫は人間観察に長けているようだ。

 しかし、事はそれだけではない。四万十が出てきた事で、「死の自警団」にも賢者達が関わっている可能性が高まった。何の目的で里人を殺すような真似をしているのか不明だが、これも奴等の扇動の一部なのかもしれない。あるいは、次の謀略への布石なのか。

 私達を助けてくれたあの賭け好きの娘の遺体は、ついぞ見つからなかった。有象無象に持ち去られたか、既に別の人間が発見して葬ったか。いずれにせよ、満足に礼も出来ないままに分かれてしまった事には強く悔いが残る。

 小傘は、ボロボロになった店にもめげずに鍛冶屋として営業している。

「わちきはナズーリンの味方だよ。私達は何もやましいことなんてしてない、堂々と喧伝してやるんだから」

 そう言って元気に笑う小傘には、最早私がどうこう言う資格は無いように思えた。彼女は強い。私が思っていた以上に。

「あら。新聞のようね。イナバ、ご苦労さん」

 兎妖怪の看護師から「文々。新聞」を受け取り、それに目を通していた輝夜は、突然喜声を上げた。

「いいわね、コレ。傑作よ」

「何がだ」

「命蓮寺の寅丸星が『死の自警団』への援助を表明したんだってさ」

「なんだと?」

 私は自分の耳を疑った。

「なになに。妖怪に襲われる里人の被害を減らすため、また殺生を繰り返す者達を救うために、彼らへの援助を表明する……あっは、支離滅裂ぅ」

 輝夜から新聞を引っ手繰って、私は一面記事に目をやった。

 袈裟姿で手を合わせる星の写真が載っている。星が書いたと思しき連判状も。

 馬鹿な。

 これは……これは、射命丸の誤報ではないのか。

 こんな事をすれば命蓮寺の名声は失墜し、害為す者共に絶好の口実を与えてしまう。

「やるわねぇ。彼女、このミルクティを全部飲み干すつもりのようね」

 手を叩いて喜ぶ輝夜を尻目に、私は戦慄していた。

 一体何を考えている、星……。

 

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