死体探偵   作:チャーシューメン

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 投稿場所を一回間違えてしまった。。。

 そそわはこちら→http://coolier.dip.jp/sosowa/ssw_l/217/1511699733
 ※置いてあるのは同じです。



バタフライズ・スリープ

 

 やはり。

 やはり、そうだ。間違いない。

 自らの観測した事実を前に、咥えた煙管に火を点けるのも忘れた。

 これが。これこそが敵の目的だったのだ。

 たったそれだけの事の為に、奴等はあの大量虐殺をやってのけた。

 たったそれだけ……博麗神社への信仰を増やす、ただそれだけの為に。

 この推論を否定する材料は一向に見当たらぬ。マミゾウの勘は当たっていた。神社の参拝客は土砂崩れの事件を境に激増していたのだ。また、その奉賛者・出資者も大きく数を伸ばし、既に侮れない規模の資本が集まっている事も確認している。

 何故か。

 幻想郷の人間は常に博麗神社と共に在ったからだ。今、人々の間に渦を巻く激しい不安、不信、憎悪……自らの力では敵わぬ害意の嵐に晒されたその時。結局、人が最後に頼るのは、神以外にはあり得ない。そして、遥か昔から幻想郷の人々の心の奥底に在った神とは、博麗の神だ。普段の寂れ具合からからは想像もつかない事だが、博麗神社こそが幻想郷に住まう人間達の中心原理だった。

 博麗の巫女が代々妖怪退治を請け負っていたのはその為だ。何らかの危難が人里を襲った際に、人々の最後の拠り所……即ち、幻想郷における神の代行者となる為に。今、博麗霊夢がその気になりさえすれば、直ぐにでも人里を支配する事が出来るだろう。それだけの力が博麗神社へと結集している。

 奴等のやろうとしている事は、信仰の形をとった支配だ。まるで中世に逆戻りしたかのようだが、外界と隔絶され、未だ科学魔法に信仰を侵されていないこの幻想郷では、効率の良い統治システムといえるのかもしれない。

 信仰による支配を完成する為に必要な事は――これも歴史上幾度と無く繰り返されて来た事だが――異なる考えを排除する、つまり異教徒を駆逐する事に他ならない。奴等がしつこく命蓮寺とナズーリンを攻撃するのは、彼女達が異教徒だからだ。そしてそう考えれば、命蓮寺が真っ先に狙われた理由も分かる。外の世界では仏教が神道を脅かした歴史があるのだから。仏教を排除した次は恐らくもう一つの宗教勢力、即ち神霊廟を狙うはずだ。……いや。城塞の存在を鑑みれば、既に何らかの攻撃を受けている可能性もある。

 とどのつまり、この一連の事件は宗教戦争……そう、誰も彼もが浮かれて騒いだあの夏祭り、心綺楼異変の延長だったのだ。

 秦こころが引き起こしたあの熱狂に浮かれ上がったのは、何も聖や霊夢達だけではなかった。お調子者の過激派連中が調子に乗ってはしゃいだ結果、あの大量虐殺が引き起こされた……こころや事件の被害者、遺族達からすればやり切れぬ真実だが、恐らくこれはそう見るのが正しい。

 そうなれば、幾度と無く己に問うた一つの疑問が再び頭をもたげて来る。

 この事件を裏で糸引く者。

 博麗の勢力が増して利を得る者。

 それは一体、誰なのか。

 普通に考えれば、真っ先に候補に上がるのは唯一人である。

「……霊夢。参拝客の相手をせんで良いのか? 境内に溢れておるぞ」

「やる気出ないわ。あんたやっといて」

 だが、いの一番に上がる名前の持ち主は、縁側で呆けて茶を啜っているのだ。その姿には覇気のはの字も見られない。博麗神社が幻想郷を支配する好機だと言うのに、その巫女が動かないと言うのは理に敵わぬ。

「なんじゃ、だらしがない。いつもの商売根性はどうした。今こそ掻き入れ時ではないか」

「いいわよ、別に」

「皆、博麗の神とおヌシとを慕ってやって来ているのじゃ。声を掛けてやらんか」

「気が乗らないのよ」

「何が気に喰わんのじゃ。困った時の神頼み、それこそ神社のあるべき姿ではないのか」

「兎に角。私は今、忙しいの。放っておいて頂戴」

 この有様なのである。縁側で物憂げに佇むその姿は中々画になっているが、それだけだ。この調子では里人を纏め上げる事など出来そうもない。

 どうやら、霊夢が黒幕という事は無さそうだ。まあ、元よりあの巫女が権謀術数を振り回す姿など想像も付かないのであるが。

 ならば一体、誰が。

 マミゾウは一つ溜め息を吐くと、参拝客でごった返す境内を尻目に、鳥居を潜った。

 空は高く透き通り、先程までの曇り空が嘘のように晴れ上がっている。何処かで天狗が大風でも起こしたのだろうか。冷たく澄み渡る風は冬の苛烈さを纏い始めていた。この混乱のまま厳しい冬に突入すれば、一体人里はどうなるのか。マミゾウには想像もつかない……いや、正確に言えば、想像もしたくない、か。

「おや、貴女は」

 掛けられた声を頼りに、大空を舞う思考と視線とを地べたへ向ければ、石段の下に例の顔色の悪い男が立っていた。

「またおヌシか、よく会うな。今度は何をしておるんじゃ?」

「ええ、博麗さんへの参道を綺麗にしようかと、有志で」

 言いながら、男は手にした箒を軽く振った。見やると、博麗神社の参道上で沢山の人々が箒片手に掃除などしている。集まった人々は様々で、腰の曲がった老婆に小さな子ども、そして自警団の青い法被ならまだしも、なんと袈裟姿の者までいた。

「ほう。良い心がけじゃな」

 言いながら、マミゾウは顎に触れた。まさかお前等全員、賢者達の手先じゃなかろうな……喉まで出かかったその言葉を押し留める為に。

「貴女もどうです? 今なら茶菓子に粗品まで出るらしいですよ」

 まるで町内会のお祭りだ。実際、参加している者達はその程度の気分なのかもしれない。だが、里人から自主的にこうした活動が出始めるのは、博麗神社に信仰が募っている証左であろう。

「ああ、いや、遠慮しておく。これから少し用があるのでな」

 マミゾウは苦笑いしつつ手刀を切った。男は顔を曇らせながらも、強くは勧めて来なかった。

「しかし、普段の寂れ具合が嘘のように賑わっておるな」

「ええ、今、里は不安だらけですから。ほら、貴女もご存知でしょう? 例の死体探偵が何とか言う道士と組んで、今度は火付けを始めたとかで。いつ大火が出るものかと、皆、気が気でないのですよ」

「ああ、あれな……」

 先日、ナズーリンが暴走してくれた事件の事だ。あの事件で彼女の立場は増々悪くなった。自棄になる気持ちも分からないではないが、もう少し自制して欲しいものだ。

 マミゾウは溜息を吐いて、話題を逸した。

「やはり、最後に頼るのは博麗の神なのじゃな」

「それはもう、ずっと昔からあった神社ですから」

 失礼、と断ってから、男は懐に手をやり包み紙を取り出した。兎角同盟製薬と書かれたその包み紙の中には、白い粉薬が詰まっている。その粉末を大きく開けた口へサラサラと流し込み、水筒の水を飲み干して、小さく息を吐いた。

 以前にも見た、抗鬱薬だ。無意識に眉根が寄った。偏見も混じっている事は否めない、しかしマミゾウはその姿を醜悪に感じた。人目も気にせず、しかも会話の途中で服薬するなど、依存が行き過ぎてはいないか。里人は皆、こうなのか。そこまで人々は恐慌に駆られているのか。

「困った時に神頼みするとなれば、やはり博麗さんかな、と」

 男はマミゾウの嫌悪など気付かず、痩せこけた顔を喜色に歪めて言葉を吐き出している。

「恥ずかしながら、今まであまり参拝していなかったもので。少しでも博麗さんのご機嫌が良くなればと」

「つまり、おべっか使いか」

「ははは、否定出来ませんね。まあでも、これで他の参拝客も神社を訪れやすくなるでしょう」

「そんなに多いのか、参拝したがっている者は」

「ええ。博麗さんはこの幻想郷の土地神様ですから。あの土砂崩れは博麗さんの祟り。皆、そのお怒りを何とか鎮めようと必死ですよ。それに博麗の巫女様は妖怪退治までしてくれる、まさに幻想郷の管理者ですからね。あの事件もきっと解決して下さるに違いありません」

「管理者ねぇ……」

 何時も境内の掃除ばかりしているし、掃除婦の方が正しい気もする。管理者なんて、そんな大仰な。

 ……管理者。

「管理者、か……」

 いざ口に出してみれば、他愛もない。

 マミゾウは煙管を握り潰すと、男に背を向けた。男は未だ何事か喋っていたが、適当な理由を背中で告げて、マミゾウは早足に歩き出した。

 頭の中でぐるぐると疑念が渦巻き始め、マミゾウの脳髄を揺さぶる。

「何を呆けていたのだ、儂は」

 博麗最大の支援者と言えば、幻想郷の管理者たるあの八雲紫以外、あり得ないではないか。

 

 

 

 岩戸の前に一匹の猫が佇んでいる。死体を乗せるという忌まわしいその猫車を、しかし秋花で一杯にし、吐き出す息を白く震わせて。

「優しいのね」

 声を掛ける。その猫、火焰猫燐はルナサの方へ振り返ると、片眉を上げた。

「あんたは、プリズムリバー楽団の」

 その瞳が問い掛けている。何故、と。ルナサの手の中にも花束があったからだ。

 ルナサは岩戸の前でしゃがみ込んだ。そこには真新しい花束が、一つ。その隣へ手にした花を供えると、瞳を閉じて手を合わせた。

 ここにはルナサの兄弟達が眠っている。

 正確に言えば、兄弟にされた者達が。

 打ち捨てられた集落の広場脇にある岩戸。

 ここは賢者達の実験場だった……レイラの後天的なクローンを作る為の。

 ナズーリンから聞かされて、ルナサは初めてそれを知った。

「ありがとう」

 瞳を閉じたまま、ルナサは言った。きっと燐は困惑して眉根を寄せているだろう。不躾だと分かってはいても、この場所であの子達の事を口にしたくなかった。

 伝わらなくても構わない。ただ、感謝を言葉にしたかった。

 被験体にされ、虐待の果てに絶命したあの子の魂を救ったのは、この地獄猫だったのだから。

 今も燐はあの子の為に献花をしてくれている。人々から忌み嫌われる地底の妖怪、地獄へ封印されし邪悪なる火車、死体狂いの猫。彼女の呼び名は多々あれど、そのどれもが滑稽だった。何一つ彼女の本質を表していない。風評などというものは所詮そんなものなのかも知れない。

「……この場所の地下には、他にも沢山の子ども達が埋まっている。だけど、全部掘り出す事はとても出来ない」

 見上げると、燐の瞳が少し潤んでいる。察しの良い猫だ、ルナサと犠牲者達の関係に気付いたのかも知れない。或いは、ナズーリンに聞いていたのか。

「貴女が気に病む必要は無い」ルナサは立ち上がって、震える燐の拳を取った。「貴女は花を捧げてくれた。私達にはそれで十分だわ」

 そう言うと、燐は目を伏せた。その瞳から涙がひとしずく、溢れて落ちた。ルナサはそれを美しいと思った。そして、その真っ直ぐな思いに少しだけ羨望を感じた。

 私達姉妹は、何処かが壊れている。ずっと昔からルナサはそう感じていた。避け得ぬ宿命を前にした時、リリカは目を逸らし、メルランは逃避し、ルナサは別の何かを憎んだ。困難と正面から向き合う事を恐れ、感情をすり替える事で自分を保ってきたのだ。

 レイラが死んだ時、果たして自分は涙を流せたのだろうか……記憶の霞の向こうにわだかまるその疑念は、ルナサの心の奥底に突き立てられた楔だ。

「あら。どちら様?」

 不意の声に振り返ると、地味な色の着物を着た少女が、小首を傾げてルナサ達を見やっていた。

「こんな所に人がいらっしゃるとは思いませんでした」

 ポニーテールを揺らしながら、唐草模様の風呂敷包みを抱えている。

「もしかして、お祭りの準備ですか?」

「お祭り?」

「あら、違うのかしら。ここ、知りません? 収穫祭の会場なんですよ。秋神様達にも何度か訪れていただいた事があるとかで、結構里人も来るらしくて」

 ふう、と息を吐きながら、少女は切り株の上に腰を下ろした。肩に手をやって顔をしかめている。見ていると、「ちょっと背中を怪我しちゃって」などと聞いてもいない事を喋った。

「……あんた。見たところ里の人間のようだが、何故こんな場所にいるんだい」

 燐が瞳を燃やしている。ルナサと同じく、少女を警戒しているのだ。何故ならここは、賢者達の実験場。少女が奴等の手先という可能性もある。

 燐の問いかけに、少女はニヤリと笑った。

「賭けをしません?」

「……賭けだって?」

「私が何の為にここに来ているのか、当ててみてください」

 燐の目が細くなると、少女は慌てて手を振った。

「いやいや、ちょっとした余興ですよ。今、里では賭け事が流行っていまして。賭け金も一文とかくらいで、本当、お遊びなんです」

 不毛な賭け事などが流行っているとは、里の人間達の心は激しく荒んでいるらしい。しかしそれも無理ない事かもしれない、今の里の状況を鑑みれば。

「……そんな気分じゃない」

 吐き捨てるように燐が言う。この場所の事情を知らぬとはいえ、不謹慎な少女の言動を不快に感じているようだ。

 しかし、燐の怒りなど御構い無しの少女が目を輝かせる。

「なら、私が貴女達の目的を当ててみましょうか。一文銭、賭けますよ」

「何だって?」

「うーん……」

「おい」

 額に指を当てて少し考え込むと、ポンと手を打った。

「花も有りますし、お墓参りとかですか?」

 図星を突かれて燐が口をへの字に曲げた。

「あ。その顔、当たりですか。やったあ、私の勝ちですね」

 ニコニコと無邪気に笑う少女を見やって、燐は今にも飛び掛からんばかりに身構えた。流石妖怪、血の気が多い。ルナサは慌ててそれを腕で遮った。

「落ち着いて。冷静になって」

「ちょいと脅かしてやるだけさ」

「兎に角、ここは私に」

 ルナサは財布から一文銭を取り出すと、少女へと放った。

「賭け、強いのね」

「とんでもない。私、大穴狙いが好きで、いつも外してばっかりで。今日はたまたま」

 硬貨を受け取ると、少女は満面の笑みを浮かべた。

「でもお墓があるなんて、あながち嘘じゃなさそうですね。あの噂」

「……噂?」

「ええ。なんでもこの場所、昔から怨霊が出るって噂になってるんですよ。お祭りの最中、子どものうめき声を聞いたって人が何人もいるらしくて、地縛霊か何かなんじゃないかって」

 ルナサは口元を押さえずにはいられなかった。

 その時に誰かがちゃんと探していれば、もっと早く……。

 幽霊の実在する幻想郷では、誰もその声の元を探そうなどとは考えなかったのだろう。事象に一つの説明が付けば、しかもそれが幽霊などという恐ろしい現象であれば、人はそれ以上踏み込まない。幻想郷の畏れの文化が、子ども達を見殺しにしたのだ。

 そして奴等は、それすらも利用していた。この場所に渦巻く畏れを利用して、子ども達を怪物に仕立て上げようとしていたのだ。古の大魔法使い、レイラ・プリズムリバーの威を借りた怪物を。

 身体が冷えて行くのを感じる。

 悍ましい。

 なんと悍ましい所業なのか。

 ルナサの震える肩を、今度は燐が止めてくれた。置かれた手の温もりに、憎しみに呑まれかけたルナサの思考は、なんとか冷静さを保った。

「あれ……。貴女、もしかしてルナサ・プリズムリバー?」

 気付くと、いつの間にか目の前に居た少女が、ルナサの顔を覗き込んでいる。

「ええ、そうだけれど」

「わっ、すごい、本物? 私、ファンなんですよね。サインもらえません?」

 そう言って先程の賭け金と、何処から手に入れたのか、外来のサインペンとをルナサへと突き付けてくる。

 正直、気が滅入っていたのだが、早くこの少女を追い払おうと、ルナサはペンを取った。

 しかし、こんな小さな硬貨にどう書けと。

 少女は人懐っこくニコニコ笑って言う。

「私の名前も入れてもらっていいですか?」

「……うん、いいよ。貴女の名前は?」

「私の名前は」

 言い掛けた少女の口がピタリと止まった。

 その瞳が少し空を泳いだかと思うと、突然少女はペコリと頭を下げてきた。

「すいません、やっぱりいいです。迷惑ですもんね。それ、あげます」

「ええ?」

「アルバイトの時間になっちゃったんで、私はこのへんで」

 それだけ言うと、少女は踵を返して行ってしまった。

 残されたルナサと燐は呆気に取られて首をひねった。

「なんだい、ありゃ」

「さあ……」

「年頃の人間の娘ってのは、みんなああなのかね」

「どうかしら」

「まったく……」

 燐は頭を掻いて、猫車から花を一掴みした。献花の続きをしようというのだろう。律儀な猫だ。ルナサも手伝おうと、花に手を伸ばした。

 しかし結局、掴んだのは燐の腕だった。

 燐は、眉を顰めた。

「……何するんだい」

「今日はもう戻りましょう」

「戻る? あたいはまだ」

「ちょっと私達の屋敷まで来ない? お茶くらい奢るわよ。色々話も聞きたい」

「だけど」

 訝しむ燐を引っ張って、ルナサは早足で屋敷へ向かった。

 視界の端に映ったからだ。虹色に輝く蝶の、ひらひらと宙を舞うその姿が。

 あの蝶は、触れた者を死に誘う破滅の蝶。

 出てきたのだ。彼女が。

 憎むべき敵など、ルナサには最初から分かっていた。

 プリズムリバー邸に入って扉を閉めると、そこでようやく一息吐く事が出来た。

「……監視されていたのかい」

 燐は気付いたようだ。その腕が、ルナサの胸倉に伸びた。

「あんた、黒幕の正体を知っているのか」

 ルナサは口を噤んだ。燐は沈黙を肯定と受け取ったようだ。その瞳が燃え上がる。

「知っていて黙っていたのか!」

 その時、階上からがたんと物音がした。

 ルナサは息を呑んだ。今、妹達は山で土砂崩れの捜索作業に当っていて、此処には居ないはず……。

 瞳で燐に合図すると、彼女も頷いた。二人、息を殺して上階へと登る。

 ルナサはヴァイオリンを構えると、音の発せられた部屋……メルランの私室に飛び込んだ。

「……貴女は」

 そこに居たのは、巨大な尻尾を静かに揺らす大妖怪、二ッ岩マミゾウだった。

 彼女はナズーリンの協力者で、この事件を調査していたはずだ。それが何故、ルナサの屋敷に忍び込んでいるのだろうか。

「狸の大将かい。あんたは確か、金貸しが本業だっただろ? いつから空き巣が生業になったんだい」

 燐は鋭い爪を剥き出しにして、戦闘体勢を取っている。

 しかしマミゾウは手にした物に心奪われて、半ば呆けているように見えた。

 彼女が手にしていたのは、小さなポートレートだ。中に飾られた写真には、レイラが映っている。

「その写真は大事な物よ」声に魔力を乗せ、威圧しつつ言った。「こちらへ返して貰えないかしら」

 マミゾウはゆっくりと口を開くと、瞳をルナサの方へ向けた。

「……この真ん中に映っている少女。これはおヌシの親族か?」

 その声色に悪びれた様子は一切無かった。むしろ白昼夢を見ているかのように、何処かぼんやりとしていた。

「ええ。それが?」

 言いながら、ルナサは違和感を覚えていた。

 マミゾウの瞳がルナサを捉えていないように思えたのだ。ルナサではない、此処には居ない誰かに向けて、言葉を放っている。

「単刀直入に聞こう」マミゾウの眼鏡がギラリと光を放った。「この少女。かつて博麗の巫女だったのじゃろう」

 数瞬、言葉を失う。

「……よく、分かったわね。その通りよ」

 部外者にこの話をするのは、初めてだった。

「ごく短い期間……それも代理だけれど、レイラ・プリズムリバーはその役割に就いていた事があるわ」

 隠し立てするような事では無い。しかし、口憚る理由もあるのだ。

 レイラの力が未だ賢者達に利用されるその理由。それは、レイラが類稀なる魔法使いだったからだけではない。レイラは博麗の巫女としての資質をも備えていたのだ。だからこそ、奴等にとっての英雄となった。だからこそ、死後もその力を奴等に利用され続けている。

「と言っても、正式なものじゃあない。レイラはあくまで代理だったのだから。ほんの一時、欠けてしまった巫女の穴埋めをしただけよ。だから巫女の系譜にも含まれていないらしいわ」

「そうか……」

 マミゾウはポートレートを窓際に置いて、その鋭い視線を被った笠の奥に隠した。

「ナズーリン……どういうつもりだ」

 マミゾウはそう呟くと、疾風のように駆け出した。音も無く、躊躇もなく。

「ナズーリン……?」

 その言葉に疑念を抱いたルナサと燐は、慌ててその背を追った。

 

 

 

 無縁塚。

 無縁仏を葬るための共同墓地だと云う。幻想郷では死体を放置すれば妖怪になるため、身寄りの無い遺体は此処に葬られる事になる。命蓮寺や神霊廟の登場によって多少薄まったが、決してその存在意義が消える事はない。そしてその役割故に異界とも近く、交差した結界の綻びに呑まれたが最後、時空の狭間を漂う羽目に陥る、危険な場所。

 場所柄、手入れをする者などおらず、土地は荒れ果てている。大地の発する呪いを覆い隠すが如く咲き誇る彼岸花達の鮮やかな赤が、逆にこの場所の物寂しさを強調しているようにも感じられる。

 此処にナズーリンの拠点がある。

 いや。あったと言うべきか。

 マミゾウも何度か訪れた事があるあの掘っ建て小屋は、今はもう存在しない。その残骸が散乱するのみである。

 破壊されたのだ。寅丸星によって。

「こりゃあ……」

 火焔猫燐が口元に手をやって呻いている。

「酷いわね」

 普段から陰気なルナサ・プリズムリバーも、ますますその表情を暗くしていた。

 元々、ただ地面に小屋を置いただけの基礎も何もない建物である。破壊された後に残るのは焼け焦げた木片と、ナズーリンの私物と思わしき生活用品の残骸くらいだ。それらがスナック菓子をぶち撒けたように汚らしく散乱しているのである。

 マミゾウはその残骸を一つ一つ足でひっくり返して、その下に隠されたものを探った。

「何やってんだい、狸の大将。ごみ拾いでもするつもりかい」燐が腰に手をやり唸っている。「あんた、さっきナズーリンがどうのって言ってたな。どうしたって言うんだい。まさか、単なる空き巣の言い訳なんじゃないだろうね」

 マミゾウは無視しようとしたが、目の前に怖い顔をした燐が立ちはだかったため、ため息を吐いてから顔を上げた。

 素早く気を走らせる。

 周囲に気配は無い。

 燐とルナサになら聞かれても問題無かろう。

「……この事件を裏で糸引く者。儂らはそれを探して来たな」

「ああ、そうさ。鬼畜生以下の下衆には然るべき報いを与える。天道がどうだか知らんが、そいつが地獄の理さ」

「漸く分かったんじゃ。この事件の黒幕、それは八雲紫じゃ。そうじゃろう? ルナサ」

 視線を送ると、ルナサは沈黙してしまった。

 隠すつもりか、口憚る理由でもあるのか。

 だが、マミゾウには確信がある。

「あの大量虐殺は博麗神社へ信仰を集める為に引き起こされたんじゃ。大異変が起こったその時、里人が頼るのは博麗の巫女じゃからな。奴は大異変を人為的に引き起こし、博麗の支持拡大を狙った……そうなんじゃろう?」

「何言ってんだい、馬鹿馬鹿しい。そんな事で……」

「事実、博麗の信奉者はあの事件を境に増えておる。集まった資本の額を知れば腰を抜かすぞ。人死が出るには十分すぎる額じゃ」

「金……」

 燐が顔をしかめた。

「金なんかの為に、あんなことをしでかしたってのか……!」

「金は力じゃ。正しく使えば人を支配することが出来る。奴らの求めているものは、幻想郷の支配じゃ」

 これは政争だ……ナズーリンはそう言っていた。

「八雲紫と賢者達との権力闘争。この事件の陰にはそれがある」

 結果だけ見れば、あの土砂崩れは八雲紫の利益となった。博麗は幻想郷を維持するために八雲紫が作り上げたシステムだ。その博麗の信奉者が増える事は、八雲紫の権力が増す事を意味する。

 八雲紫個人の意思がそこに介在していたのか、それは分からない。八雲紫とは最早、あの隙間妖怪一人を指す言葉ではないからだ。彼女の支持者、信奉者、出資者、そして兵。全て引っくるめた一つの組織、それこそが今現在、八雲紫と呼称されるものの実体なのだから。

 だが、介在していなかった証拠も無い。

「ナズーリンは八雲紫個人と契約し、死体探偵となった。八雲紫を自分の後ろ盾としたのじゃ」

 そう考えれば、あの土砂崩れの事件にはまた違った側面が現れる。八雲紫が力を持ちすぎたプリズムリバー三姉妹の抹殺を図った……そう考えることも出来るのだ。推理通り、プリズムリバーの内の一人は、博麗の巫女だった。ただしそれは、既に故人であったのだが……。

 そして。あのナズーリンが、この推理に到達しなかったわけがない。

「……彼女は、何かを隠しておる」

 彼女は八雲紫に騙されているのか。それとも、奴と共謀しているのか。寅丸星の不可解な行動はそれを責めるが故なのか。彼女の言う『奴等』とは、単なる八雲紫の政敵の事ではないのか。投げ付けられた飛礫を避けもせず受け入れたのは、あの大量虐殺を引き起こした罪悪感がそうさせたのではないか……。

 疑念が思考を侵している。この仮説を受け入れれば、全ての辻褄が合うようにも思える。

 だが、あの時。

 今は瓦礫と化したこの小屋の中で、水子の壺を抱えて涙を流す顔が忘れられぬ。

 『優しいだけじゃ正義にはなれない』そう呟く彼女の顔が脳裏を過ぎる。そうだ。ただ頭から信じるだけでは、それは信頼とは呼べぬ。この疑念を追求した先にこそ、真の信頼があるのだ。

 マミゾウは、彼女を信頼したかった。

「この場所は、八雲紫とナズーリンにとって……」

 マミゾウはそこで言葉を切った。

 何者かが近づく気配を感じ取ったからだ。燐も察知したのだろう、身を低くして耳を立てている。その様子に眉を顰めたルナサは、ヴァイオリンを構えた。

 明け透けな足音を立てながらやがて現れたのは、大きな籠を背負った少女だった。総髪にあの地味な着物は見覚えがある。

「貴女は」

「あら。また会いましたね、皆さん」

 以前里で出会った、賭け好きの少女だ。ルナサ達も面識があるらしい。どうも印象が良くないらしく、燐などは眉を八の字にくねらせている。

「あんた。こんな所で何をやってるんだい」

「あれ。言いませんでしたっけ。アルバイトですよ、アルバイト」背負った籠を地面に置いて、少女はにこりと笑う。「ここって、外の世界から色んなものが流れ着いて来るじゃないですか。それを拾って、魔法の森の入り口にある骨董屋さんで売るんです。結構いいお金になるんですよ」

「こんな危険な場所で、女一人でかい?」

「まあ私も年頃ですし、旦那様からいただくお給金だけじゃ足りないんですよねぇ」

「よく言うの。どうせ賭け事に使っておるんじゃろう」

「あら。貴女はこの前の、大穴狙いさん」

「賭け事は程々にしとくんじゃぞ。のめり込めば身を滅ぼすぞい」

「貴女こそ、よく言いますね。相当の数寄者と見ましたけれど」

「ばれたか」

 マミゾウがペロリと舌を出すと、少女は腹を抱えて笑った。

「儂も手伝おう」

「えっ、良いんですか?」マミゾウが言うと、少女はパッと顔を輝かせた。「私は助かりますけど」

「おヌシらも手伝ってくれるよな」

 目で合図する。ルナサはやれやれと軽く首を振り、燐は不満げに吐息を漏らしたが、目で押すと渋々首を縦に振った。

 実のところ、逆である。マミゾウ達が少女の仕事を手伝う振りをして、この少女にマミゾウ達の探索を手伝わせようという魂胆だ。集めた物の中に八雲紫に関する物があれば、理由を付けて拝借してしまうつもりだ。少女が拒めば力づくで奪い取るも良い。

「此処ってあれですよね、例の死体探偵が住んでいたって云う」

 少女は火挟を使って地面をほじくり返している。結界の交差点であるこの無縁塚には、外の世界から様々な物が漂流して来ると云う。それらは地表に現れるとは限らず、地面に埋まって現れる事もあるようだ。

「そう云う噂じゃな」

 ナズーリンはこの場所に居を構え、何かを探索し続けていた。それは八雲紫との契約によるのだろう。八雲紫はこの場所で一体何を探していたのだろうか。

「まあ見事に焼けちゃって、相当恨まれてるみたいですねぇ」

「里人は滅多に此処まで来んよ。焼いたのは寺の連中、それもほんの最近じゃ」

「ああ、あの通り魔集団を匿ってるって云う」

「元は自分達の仲間じゃったのにな」

 焼け落ちた板をひっくり返して、その下を探ってみる。半分溶けたプラスチック製の容器の中に、チーズの切れ端がしまってあった。傷んでいるようだが、有象無象供に食い荒らされた形跡は無い。

 そう言えば、ナズーリンが言っていた。この小屋には聖と星の破邪呪法が掛けられていて、並みの妖怪では触れる事さえ出来ないと。焼け落ちて弱まったとはいえ、その効力はいまだ残っているのかもしれない。

「怖い話ですねえ」

 少女が言う。発した言葉とは裏腹に、楽しげな声色である。

「知ってます? 里では今、放火が頻発してるんですって」

「そうなのか」

「あの通り魔集団がやってるんじゃないかって噂もあるんですよ。ま、一番みんなが言ってるのは、あの死体探偵の仕業だって噂ですけど」

「……まあ、前科もあるしのう」

 崩れた箪笥の残骸の中から、マミゾウは一つの扇子を見つけた。土と灰と煤に覆われたこの場所にあって、不自然に美しい。手取ってみると、只ならぬ妖気が込められているのを感じた。

 この扇子、見覚えがある。もしや、八雲紫の使っていた扇子か。

「おや? なんだい、こりゃ」

 端の方で爪研ぎしていた燐が間抜けな声を上げた。

「どうしたんじゃ?」

 近寄ってみると、燐が何か丸い物を足で突付いている。

 それは野球のボールくらいの大きさで、赤と白の目出度い色をしており……そして、わずかに血が付着していた。

 見たことがある。これは博麗霊夢が使用する、陰陽玉というやつだ。

 陰陽玉……。

 それは確か、敵が探していたものではなかったか。

「離れて!」

 唐突に、ルナサの金切り声が耳を突いた。

 振り返ると、彼女は上を見上げて叫んでいた。その顔に張り付いた表情は、はっきりと恐怖だった。

 釣られて上を見上げると、中空にひとひら舞う蝶が見える。

 だがそれは、普通の蝶ではなかった。

 虹色に輝いていたのだ。

「早く……早く!」

 ルナサにしては珍しく、恐慌に駆られて少女の腕を引っ張っている。

「な、なんですか? あれ……」

 つられて恐怖したのか、少女も身体を強張らせている。

「これは罠よ! 彼女が、彼女が出て来たんだわ!」

「彼女?」

「西行寺幽々子よ!」

 幽々子といえば、あの死に誘う力を持つと云う……。

 あの蝶がその力の塊であるのならば。

「あれに触れれば命が無いわ! 早くみんな、逃げて!」

 ルナサがそう叫んだ瞬間。

 瓦礫の隙間から無数の蝶が飛び立った。

 視界を埋め尽くす虹色の死を前にして、皆、言葉も忘れ、呼吸も忘れ、ただ立ち尽くす事しか出来なかった。

 真の芸術は、人から時間を奪うと云う。

 それは確かに、美しかった。

 

 

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