死体探偵   作:チャーシューメン

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 ※置いてあるのは同じです。



ダムネイション ①

 

 葉擦れの騒めきが髪を撫でて、こそばゆさを覚えた私は耳を掻いた。予感が私を急かしている。嫌な予感だ。

 姫海棠はたてが生きていることを告げると、射命丸文は深々と頭を下げた。その姿にいつもの毒気は無い。あの決闘の余韻が彼女を神聖なものにしていた。「この借りは必ず返します」その言葉だけを残して、曇天の彼方へと消えていく。妖怪の山からの帰り道の出来事であった。

「幸いにも、盗まれたものは原始的な武器ばかりだったわ」

 山の街道を下りながら、私は八意永琳の言葉を思い出していた。

「光線剣に光線銃、それに小型爆弾と傷痍手榴弾の類がいくつか。まあ、兵器としては可愛いものね」

 それで原始的というのなら、先進的な月の兵器とやらは一体どのような威力を持つというのか。

「携帯性に長ける以外は里で流通している武器とそう変わらないわ。逆説的に里の人間でも容易に扱う事が出来る事を意味するけれども、特別危険視することも無いでしょう。ただ。一つだけ、憂慮すべきものが含まれていることが分かったわ」

 そう言って永琳が取り出した刀の輝きは、私にも見覚えがあった。はたてとの決闘で、射命丸が使った輝夜の宝剣。

「この宝剣と同じ材質の短刀が一振り、盗まれている事が分かったの。この剣は強力な退魔の力を秘めている。非力な人間でも妖怪を殺傷する事が可能よ」

 それは、小傘の妖刀と互角に打ち合った事からも明らかだ。小傘の妖刀が引き起こした、あの通り魔事件を忘れてはいない。

「妖怪をすら殺傷する刀、況や人間をや、よ。この刀を探し出し、取り返さなければならないわ」

 そのための、私さ。

 あの土砂崩れが発生してから続く、妖怪達による昼夜を問わぬ復旧作業のおかげで、街道は元の美しい姿を取り戻しつつある。道を押しつぶした土砂はきれいに取り除かれ、また新たに砂利が敷かれていた。なぎ倒された木々は根本から伐採されて、代わりに花が植えられている。おまけに街道には一定間隔で休憩所が設けられ、昼の間は神霊廟の道士が常駐しているという徹底ぶりである。流石は聖徳王と言ったところか。

 おかげで私の移動もすばやく出来る。妖怪の山への往復は中々大変だからな。

 私は左手に嵌めた腕時計型の機械を見遣った。スイッチを入れると、中央ディスプレイにいくつかの光点が点滅する。指し示す場所は、やはり。

 これこそは、河城にとりの手により大幅に小型化された「新生ネオレアメタルディテクター」。盗まれた刀を構成する材質、ヒヒイロカネを探し出すための、強力な探知機だ。

 私はにとりの機械に導かれ、光点の指し示す場所……即ち人間の里へと向かった。

 

 

「見えた。里の入り口だよ」

 地獄猫が言う。その顔からは、未だ戦いの色が抜けきってはいない。どんよりと分厚い、敵意の雲が掛かっている。

 今日は天気の移り変わりが激しい。朝方は雨が降っていたというのに、昼前には雲も無く晴れ渡り、そして今また曇りだしている。天照に己の運命を占うなど烏滸がましい気もするが、やはりこんな日は胸騒ぎがしてしまう。何も起こらねばよいが……マミゾウはそう呟いて、その滑稽さに自分で笑ってしまった。事件など既に、起きている。その事件の犯人を捕らえるために、自分達は今、活動しているのだから。

 人の道を踏み外した外道には天に代わって報いを与える。

 それは、挟たる者の意地だ。

「ああ……よかった」賭け好きの少女はほっと胸を撫で下ろした。「なんとか無事に帰って来られましたね」

 あの蝶から逃れ、ようやく里の門を潜った時の事だった。

 成る程、とマミゾウは思った。どうも静かだと思っていたら、どうやら少女は怯えていたらしい。まあ、無理もない。西行寺幽々子、この幻想郷において最上級妖怪の一人に数えられるその存在から、正真正銘の殺意が篭った攻撃を受けたのである。流石のマミゾウも死を覚悟した程だ。引き籠もり姫の不可思議な力が無ければ間違いなく全滅していただろう。

「虹色の蝶々が襲ってきた時は、もう駄目かと思いましたよ。でもあれ、ちょっと綺麗でしたね」

「……儂は、ただ恐ろしかった。二度と見るのはごめんじゃな」

 光の蝶。あの光は、簡単すぎる。マミゾウの嫌いな輝き。初めて銃火を目の当たりにした時にも似た嫌悪だ。簡単に、呆気なく人を殺す……何の苦しみや葛藤も無ければ、殺しの感触も持たせず、ひいては殺したことにすら気付かせず。「人間を殺すのは妖でなければならず、人間を殺した者は妖にならなければならない」そのマミゾウの信念を根底から打ち砕くかのような輝き。命は神聖などではないと雷呼するそれは、人間の道からも、妖の道からも外れたもののように感じる。まるで神か仏のようではないか。

「まあでも、ここまで来ればもう大丈夫でしょう。里の中であんな恐ろしい蝶々を飛ばすなんてこと、博麗の巫女様がお許しになるはずありませんもの」

 里に戻って気が緩んだのか、少女は笑顔を見せた。だといいのじゃがな……などと不安を煽る言葉は、流石に腹の底に伏せておいた。

 だが、マミゾウが飲み込んだ厭言は、決して空虚などではない。その憂いには根拠がある。西行寺幽々子が遂に攻撃を仕掛けて来たという根拠が。

 六尾狐や姫海棠はたての言から、西行寺幽々子が賢者達の一員であることは分かっていた。彼女の敵対行動は十分に予測出来たことだ。マミゾウも、そしてナズーリンも警戒しており、事前に対策も練っていた。マミゾウ達に予測出来なかった事は、風聞の何層倍も上を行くその力と、一般人を巻き込むことに躊躇しない非情さだった。まさか、全く無関係の人間の少女を巻き込んでまで攻撃を仕掛けて来るとは。無縁塚の探索にあえて賭け好きの少女を巻き込んだのは、西行寺幽々子の攻撃を警戒していたという理由もあったのだ。冥界の管理者たる幽々子が徒に死者を増やすことはしまい……そう踏んでいたのだが、甘かった。

 彼女は目的の為ならば手段を選ばないのだろう。必要であれば里中でも攻撃してくるに違いない。無関係の人間を巻き込んでまでも。蓬莱山輝夜が死蝶の包囲攻撃を「泥臭い」と表現したのも頷ける、幽々子の攻撃からは形振り構わぬという強い意志が滲み出ていた。そしてその形振り構わぬ敵意を、博麗霊夢一人で抑えられるとは思えない。もはや里中も安全とは言い切れまい。

 しかし、逆に考えてみれば。幽々子にそうまでさせたということは、マミゾウ達の行動は賢者たちの急所を突いていたのかもしれない。ルナサは自分を狙ったと言っていたが、それだけではない何かを感じる。

 思い返してみれば。

 ナズーリンは八雲紫と契約し、命蓮寺を離れ無縁塚に居を構えた。

 寅丸星はその屋敷を焼いた。

 西行寺幽々子はその屋敷の跡にて攻撃を仕掛けて来た。

 そこに何か、必然のようなものを感じる。

 もしや、無縁塚という場所自体に何かがあるのか。八雲紫に、いや幻想郷全体に関わる何かが……。

 マミゾウが考えを巡らせていると、少女がぺこりと頭を下げて来た。

「皆さん、ありがとうございました。今日はいろいろあってなんだか疲れちゃいましたね。私もバイトは切り上げて、今日はもう帰ろうと思います」

「それが良いじゃろう」

「では、私はこれで」

「いや。里中と言えど、こんな状況じゃ。一人では危ない。屋敷まで送って行くぞい」

「えっ」

 マミゾウがそう提案すると、何故だか少女は少し困ったように顔を曇らせた。

「のう、燐よ。おヌシもそう思うじゃろう?」

 お節介焼きの燐なら肯定するかと思ったが、しかし地獄猫は首を振った。

「いや。ごめん、あたいは博麗神社に行くよ」

「博麗神社に?」

「こいつを巫女に見せれば、何か分かるかもしれないだろう? こいつの正体もさ」

 そう言って燐が取り出したのは、陰陽玉の破片だった。無縁塚で見つけ、蓬莱山輝夜が破壊した陰陽玉。輝夜は偽物だと言っていたが。

「確かにいい案じゃな。しかし、今の霊夢が役に立つかのう?」

 博麗霊夢は里の混乱に振り回され、気力を失くしてしまっている。

「なんだい。霊夢の奴、そんなに参ってるのかい」

「仕方無かろう。あの土砂崩れからまだ日も浅いんじゃ」

「参ったな。それじゃあ一体誰に……」

 その時、遠くで鐘の鳴る音が響いた。

 遠くから響くにも関わらずその音は鋭く重く、聞く者の心臓を握りつぶすような迫力に満ちていた。

「な、なんだい、これは」

「これは……半鐘じゃ!」

 幻想郷では馴染みが薄すぎて忘れていたが、これはかつて嫌と言うほど聞いた音色。火災を知らせる半鐘の音だ。

「あっ!」

 少女が声を上げた。

「か、火事、火事ですよ!」

 慌てふためく少女の指す方向。空に覆いかぶさる雲よりも黒い黒煙が一筋、邪龍が如く蜷局を巻いて立ち昇っている。見る間に勢いを増し、煙は太く長くなっていく。明らかに小火や野焼きの類ではない。

「あの火勢……まずいのう」

 江戸時代、幾度か起こった大火では、数万の人間が死んだという。里の建造物の大半は江戸時代と同じ、木造である。この幻想郷で大火が起これば、それは里の滅亡を意味する。

「やばいよ、あたい達も火消しに行こう!」

 言うが早いか、燐は駆け出した。その速さは、妖怪であることを憚らぬ全力疾走。そしてそれはマミゾウも同じだった。今は人妖云々を言っている場合ではない。

「わ、私も手伝います!」

 その少女の叫びを置き去りにして、二人は里を駆けた。

 火災現場はすぐに分かった。通りに面した小さな商店から火柱が上がっている。目の前まで来ると、その熱風に肌が焼かれ、ひりひりと痛んだ。そう、炎を前にして思わず立ち尽くす程、既に火勢は猛り狂っていた。

 未だ火消し達は到着していないようだ。近隣の住人達が柄杓片手に水を掛けているが、燃え盛る火の勢いの前には焼け石に水にもならぬ。

 炎を前に右往左往している群衆の中、一人だけ異なる動きをしている影が目に付いた。その影は燃え盛る屋敷の中から、今まさに飛び出して来たからだ。

 ぼろ切れを纏うその姿は間違いない。

「ナ、ナズーリンかい?」

「燐にマミゾウか」

 炎に焼かれたのだろうか、顔を隠していたフードが焼け破れ、彼女の鋭い瞳が顕になっている。

「丁度良い。兎に角、延焼を防いでくれ。このままでは大惨事になる」

「一体、何があったんじゃ」

「これは放火だ、犯人はおそらく……」

「死体探偵だ!」

 彼女が言い掛けた時、声が発せられた。群衆の中の一人が、ナズーリンを指差して叫んでいる。

 ナズーリンは一瞬、葛藤したようだが、

「……すまん、後を頼む」

 言うが早いか、ナズーリンは群衆の海を掻き分けるようにして逃げて行った。自らの存在は却って消火活動の妨げになる、そう判断したのだろう。事実、野次馬達の一部が怒号を上げながらナズーリンを追って行ってしまった。今はそれどころではないというのに。

「ちょいとお待ちよ! あいつは……」

「燐、奴なら大丈夫じゃ。今は他にやるべきことがある」歯噛みする燐をなだめて、マミゾウは燃える家に向き直った。「儂等は周りの建物を破壊するぞい」

 消防能力の発達した外の世界とは違い、幻想郷のそれは江戸時代のままだ。延焼を防ぐために周囲の家屋を打ち壊す程度しかない。これ以上火勢が強くなれば打つ手は無くなる。時間との戦いだった。

 マミゾウと燐は手分けして、周囲の建物を内部から破壊していった。幸い、里の建造物は火事を警戒して意図的に脆く作られている。妖怪の力を持ってすれば、破壊は容易だった。

 しかし建物を壊した所で、そこに可燃物が残っていたのなら意味は無い。この瓦礫の撤去が厄介で、マミゾウと燐だけでは明らかに人手が足りなかった。

「ちっ……火消し共はまだかい!」

 意図を察した近隣住民も手を貸してくれたが、延焼は時間の問題だった。

 その時、にわかに大風が巻き起こった。

 風は渦を巻き、炎を孕んで、天へと昇る、光り輝く龍となり。

 思わず見上げた先。

 いつの間にか黒雲立ち込める天空に、影が見えた。黒い翼を広げた影が。

 あれは、烏天狗だ。射命丸文か、姫海棠はたてか?

 烏天狗がその黒い翼を羽ばたかせると、黒雲が妖しく蠢いた。上空で想像もつかぬ程の突風が巻き起こっているようだ。

 阿呆のように見上げたマミゾウのその鼻面に、ぴちゃりと水が滴った。水滴は少しずつその強さを増し、微弱ながらも雨と呼べるほどにその量を増した。

 どうやら、あの天狗が雨雲を呼んだようだ。

 ようやく到着した火消し達と力を合わせ、なんとか延焼する前に近隣住居の打ち壊しを終えることが出来た。降り出した雨で火勢が大きく削がれた事に助けられた。再び空を見上げた時、雨雲を呼んだあの天狗の姿は消えていた。

 やがて火元の屋敷は焼け崩れ、火災は完全に収束した。ナズーリンは放火だと断定していたが、燃え尽きるまでのこの早さ、確かに放火に違いない。

 マミゾウは煙管を取り出して火を着けると、紫煙を胸一杯に吸い込んだ。隣で燐が呆れた顔をしている。

「あんたねぇ。火災現場でそういうことするかい、普通」

「まあ、カタいこと言うない」

「放火犯だって疑われても知らないよ」

「……その心配は無いじゃろ」

 群衆たちは放火犯が死体探偵だと吹聴していた。やってきた自警団の青法被へ詰めかける者まで出る始末だ。ナズーリンの姿が火災現場で目撃されたのは、いかにもまずかった。ただでさえ彼女には疑いがかけられているというのに。

 マミゾウ達が苦い顔をしていると、今頃になって賭け好きの少女が現れた。汗だくで、肩で大きく息をしている。

「皆さん、足、すごく早いですね……」

「おヌシは遅すぎじゃぞ。運動不足じゃな」

 その時、焼け落ちた屋敷跡の撤去を行っていた青法被達が声を上げた。

「死体だ! 死体が出たぞ!」

 

 

 焼け落ちた商店跡から出てきた遺体は、どうやら若い女性らしかった。完全に炭化して、一見上は男か女かの区別も難しいほどに遺体が焼損していたが。

 被害者の遺体は命蓮寺にて埋葬される事になり、命蓮寺のご本尊である寅丸星自らが遺体の引き取りにやって来た。星はマミゾウを見ても軽く会釈するだけで、涼しい顔をしていた。自分の元従者がこの事件の犯人に仕立て上げられている事、とっくにその耳に届いているだろうに。その後ろ姿は降りしきるこの雨よりも冷たく、鋼鉄よりも無機質だ。まるで動く仏像を見ているようで、気味が悪くなってしまった。

 死者が出たこの火災現場において、死体探偵が多数の人間によって目撃された。この事実は大きな意味を持つ事になった。死体探偵の正体が妖鼠ナズーリンであることは既に周知の事実となっている。つまり。

「そう。ならこれは、異変ね」

 博麗の巫女が出て来たのである。

 今までは噂に過ぎなかった死体探偵の放火行為。それが多数の目撃者の存在によって、かなりの信憑性を持って語られる一つの事件となってしまった。

 しとしとと雨の降る中、霊夢は自警団達から事件のあらましを聞くと、異変認定を行った。即ち、この殺人事件と放火事件を共に妖鼠ナズーリンの仕業であると定め、調伏の開始を宣言したのである。それから、霊夢は自警団達を定められた通りの配置につかせた。異変解決は博麗の巫女が行う。自警団は里の要所で戦闘態勢のまま待機し、人々を守護する。博麗の巫女を里の矛とするならば、自警団は里の盾であった。

「本気で奴がやったと考えているのか、霊夢」

 マミゾウがそう問いかけても、霊夢は答えなかった。その玉散る刃のような整った顔を一層硬くして、天を睨んでいる。

「今までの奴の行動を見てきたじゃろう。奴は里に敵対する妖怪ではない。むしろ里を守護しようとしているのじゃ」

 霊夢は変わらず、語弊を握りしめていた。

「死体探偵。その汚名を被せられ、人々に忌み嫌われてなお、奴は人間の為に汚れ仕事をしてきたのじゃ」

 燐が自分の腕に爪を立てている。似たような立場にある燐には、ナズーリンの思いがよく分かるのだろう。

「これはおそらく、賢者達の陰謀じゃ。何らかの手段を持ってナズーリンをおびき寄せ、奴を放火犯に仕立て上げたのじゃ。今までと同じようにな」

 土砂崩れの事件でも、寺子屋爆破事件でもそうだった。今度もきっと奴等が絡んでいる。マミゾウはそう信じていた。

「みすみす奴らの掌の上で踊るつもりか、霊夢」

 博麗霊夢はマミゾウを睨みつけた。その瞳は、この空と同じようにどんよりと鈍く曇っていた。

「私はもう、誰の言葉も信じない。私の信じるものは私自身で決めるわ」

 そう言うと、霊夢は黒い天へと飛び立っていった。

「チッ……取り付く島も無しかい」

 陰陽玉の破片を握りしめながら、燐は舌打ちした。結局、陰陽玉の破片について霊夢から情報を聞き出すことは出来なかった。霊夢が見向きすらしなかったからだ。

「で? これからどうするんだい、狸の大将」

「決まっておる。儂等で放火事件の真犯人を捕まえるしかなかろう」

 ナズーリンは何かを隠している。その隠し事が一体何なのか、現時点では分からない。

 それでも、今は彼女を信じるしか無い。

「出来るものかね」

「おヌシなら簡単じゃろ、火車よ。被害者の声が聞けるおヌシなら」

「いや」燐は頭を掻いた。「試したが、駄目だった」

「なんと」

「もう魂が彼岸に旅立っちまったみたいでね。何故だかよく分からんが……あの火事さ、死に惑う事もなかったのかもしれないよ」

「それは参ったのう。力が使えんとなれば、地道に調査するしかあるまい」

「しかし、現場は完全に焼け落ちちまった。痕跡も何もあったもんじゃないけれど」

「そうと決まれば、聞き込みですね!」

 例の賭け好きの少女が、総髪を揺らしながら、鼻息荒く割り込んできた。

「私、こういうの憧れてたんですよ! さあ、さっそく行きましょう」

 マミゾウと燐は顔を見合わせた。

「……いや、あんたは帰りなよ。旦那様とやらに怒られっちまうだろう」

「流石に危険じゃ。これ以上巻き込むわけにはいかん」

「大丈夫です。今日はお休みをもらってるんで、全く問題ありませんよ。それよりも、里を揺るがすこの一大事、里人として見過ごすわけにはいきません」

「いや、そういうアレじゃなくて」

「実は私、その死体探偵さんと知り合いでして。疑われているのなら、助けてあげたいんです。それにこう見えて私、推理小説には目が無いんですよ。推理なら任せてください」

 胸を叩いてそう言うのである。マミゾウは頭を抱え、燐はぐしゃぐしゃと髪を掻きむしった。さっき死にかけるような目にあったというのに、この女は。地味な見た目に反して意外と好奇心旺盛で困る。

「どうする、燐よ」

「どうするって言ったって……」

 マミゾウと燐が脱力していると、

「すみません、ちょっとお話を伺ってもよいですか?」

 目を話した隙に、彼女は火事現場に集まった野次馬共に話しかけていた。この行動力、馬鹿にならない。あの年頃の少女というのはみなこういうものなのだろうか? 掻き回されて他の人間に警戒されては面倒なので、マミゾウ達は彼女と一緒に現場付近の聞き込みを行う事にした。

「死体探偵を見たじゃと?」

「ええ。ボロ布を纏った背の低い女で。あれは事件現場で見た死体探偵と同じ姿でしたよ」

 マミゾウ達は火災現場の周囲で聞き込みを行ったが、不審人物に関する目撃情報は、案の定、全てナズーリンに関するものであった。

 しかし、罠をかけられたということは、奴らがナズーリンを監視していた可能性もある。ナズーリンの行動を辿る事で、賢者達の思惑を突き止める事が出来るかもしれない。

「そいつが火事の前、斜向いのあの大きなお屋敷に入っていくのを見ました」

 どうやら火災前、ナズーリンは火元の商店には向かわなかったようだ。彼女が向かった先は里中でも有名な好事家の屋敷だった。マミゾウも話に聞いたことがある。蒐集家としても有名で、蔵には様々な珍品が収められているという噂だ。

 屋敷の主に話を聞くと、肥満気味のその男は額の汗を手ぬぐいで拭いながら、力一杯否定した。

「い、いえいえ。ウチは死体探偵などと関わりはありませんよ。全く決して絶対にホントに」

 当然の反応であった。死体探偵と関わりがあるなどと吹聴されれば、死の自警団共に何をされるか分からない。現にマミゾウは目撃している、死体探偵に依頼をしたというだけで屋敷を打ち壊された家族を。

「嘘はつかんでよい。儂等は奴の味方じゃ」

 何度もそう言って、最終的には自分達も奴と同じ妖怪であると明かして、ようやく主人は認めた。人間よりも妖怪のほうが信用に足るなど、皮肉にも程がある。

「以前、彼女に依頼をしたことがありまして。その時は……まあ、色々爆発もしましたが」

「ば、爆発か」

「それでも最後にはきちんと仕事をこなしてくれて、父の形見を見つけてくださいました。多少強引ではありましたが……。その、私としてはどうしても信じられないのですよ。彼女に関する噂を。彼女は終始礼儀正しく穏やかで、害意など微塵も感じられませんでした。土砂崩れや放火をするような、そんな極悪な人――もとい、妖怪には見えなかったのですが……」

「儂等もそう信じておるから、この事件を追っているんじゃ。教えてくれ、奴は何故ここにやって来たんじゃ?」

「彼女はここに探し物に来たようです。ただ、それはどうやら空振りだったらしく、肩を落としていました。そんな時、斜向かいの家から煙が上がっているのが見えまして」

 この男の話を信じるのなら、ナズーリンは全くの自由意志でこの場所にやって来たことになる。

「他に何か、変わった事は無かったかのう? 不審な人間を見たじゃとか……」

「不審、ですか。そう言えば、最近見慣れない薬売りが出没していると、家内が言っていましたね」

「薬売り?」

「なんでも、笠を被った女だということらしいですが。商売もそこそこに、噂話に熱を出す変な輩らしくて」

 よく分からない話である。結局、その屋敷の主人からはそれ以上の情報を得ることは出来なかった。

 マミゾウと燐は頭を抱えてしまった。

「怪しい薬売りねえ。そいつがあいつらの手先ってことかい」

「分からんな。関係があるとも思えんが……」

「とっつかまえて話を聞いたほうが早そうだけど、何処にいるのやら」

「その薬売りって女の人なんですよね」賭け好きの少女が口をはさんだ。「たぶん、ですけど。心当たり、ありますよ」

「本当か?」

 少女は胸を叩いた。

「任せて下さい。彼女の行商ルートも知ってますよ」

 彼女の導きに従って里の大路で待ち伏せをしていると、果たして、笠を被って籠を背負ういかにも薬売り風の人物を見つけた。

「薬、くださいな」

 賭け好きの少女が正面から話しかける。

「はいはい、薬ですね……て、えっ!」

 薬売りが気を取られた隙に、背後に回ったマミゾウと燐で彼女を羽交い締めにして、路地裏に引っ張り込んだ。

「ちょっ、な、何するんですか!」

「おとなしくせい!」

 暴れる薬売りの女の笠を剥ぎ取ると、その下からなんだかもふもふとした物体が二つ飛び出てきた。これは、兎耳だ。

「放せ、変態共め!」

 燐の腕を振り払ってそう叫ぶ顔には、見覚えがあった。

「おヌシ……永遠亭の」

「おっ? なんだい、知り合いかい」

「うむ。確かなんとかいう難しい名前じゃったような」

「鈴仙です、鈴仙・優曇華院・イナバ。そう言う貴女は、この前お師匠様に色々聞いてた人じゃないですか」

 鈴仙は赤い瞳を妖しく光らせて、指鉄砲を構えた。

「まさか婦女誘拐を企む悪党妖怪だったとはね。でも、私に出会ったのが運の尽きよ。里人に害為す者には消えてもらうわ」

 その一言で、なんとなくマミゾウは察した。こいつは違う、と。途端に話すのが面倒になってしまったが、眼の前で敵意むき出しの妖怪を放っておくわけにもいかない。溜息一つ吐いてから、マミゾウは事の次第を説明した。

「ああ……貴女達、さっきの火事で火消ししてた人達ですか」

 どうやら、鈴仙もあの火事の現場付近にいたようだ。

「この辺りで不審な動きをしていたという薬売りはおヌシか?」

 兎耳をピコピコ叩く燐の猫パンチを嫌そうに躱して、鈴仙はうなずいた。

「ええ。不審、って言われるとちょっとアレですけど。なんか最近、ウチの薬を他の人に勝手に売りつける輩がいるらしくて、そいつを探していたんです。そんな事されたらウチの信用にも関わるし、純粋に素人処方は危険ですからね」

「兎角同盟製薬の薬を、か」

 マミゾウは首をひねった。

 なんだか、そんな光景を何処かで見たような?

「貴女、何かご存知ですか? 抗鬱薬を人々にばらまいてる、妙に顔色が悪い男らしいんですけど」

「う、うむ……」

 ……あいつか。

「犯人に心当たりがある」

「本当ですか?」

 火事の件が終わったら手を貸す事を約束すると、鈴仙は先程の無礼を不問にしてくれた。何か急ぐ用事があるらしく、彼女はそのまま去って行ってしまった。

「くれぐれも、死の自警団には気を付けて。いくら貴女達が妖怪だと言っても、絶対に油断しないように。危険な武器を持っている可能性を考慮に入れて行動して下さい」

 そう捨て台詞を残して。

「狸の大将、あの兎妖怪の言うことを信じるのかい。あいつが奴らの手先って可能性は?」

「いや。恐らく無いじゃろう。あいつらの主は蓬莱山輝夜じゃ。儂らが邪魔なら、無縁塚で助けたりせんよ」

「なら、これで奴らの手がかりは無くなっちまったってことじゃないか」

「うむ……」

 確かに、聞き込みで得られた目撃証言は、賢者達に辿り着く手がかりにはならなかった。別の角度からの調査が必要かもしれない。

 もう一度目撃証言を洗いなおすべきだろうか。奴らの目撃証言が出ることを信じて?

 それとも、現場を調査してみるか。奴らが何らかの証拠を現場に残していて、しかもそれが焼けずに残っていることに懸けて?

 どれもこれも、分が悪かった。

「うーん」

 腕組みしながら頭を捻っていた賭け好きの少女は、いきなりくわりと目を開くと、ずいと身を乗り出した。

「私、思ったんですけれど。これって本当に、死体探偵さんを陥れようとして起こった事件なんでしょうか?」

「どういう意味じゃ?」

「私達、そもそもの前提が間違っているんじゃないかって。これ、本当はもっと単純な事件なんじゃないですか?」

「単純……」

「つまりですね。あの商店はもっと個人的な理由で放火されたんじゃないかと思うんですよ」

「なるほど」

 マミゾウ達はあの火事を土砂崩れの事件と同じように考えていた。ナズーリンを陥れるために起こされた事件であると。

 しかし少女の言う通り、奴らは無関係であったとしたら。

「そう考えれば、斜向かいの屋敷の主人の証言とも合致するな」

「でもさ」燐が頭を掻きながらぼやいた。「結局、ナズーリン以外は事件の前後で不審な人物は目撃されなかったんじゃないかい」

「なら、不審じゃない人物はどうなんでしょう? いつもあの商店に出入りしていて、見られても不審になんて思われない人は」

「客に業者、商店なんじゃからいくらでも出入りはあったじゃろうな」

「そうか。確かにあたい達は聞き込みの時、『不審な』人間しか聞いてなかったな。それじゃ、もう一度目撃証言を洗い直せば……」

「もっと手っ取り早い方法があります。聞いてみればいいんですよ。被害者に」

「いやだから、それは出来ないって……」

 ちっちっち、と少女は指を振った。

「今は死体探偵さんがいないんですから、私達が死体探偵になればいいんです。こういう時、彼女ならどうするでしょうか?」

「そりゃあ……」

 決まっている。

 その道のプロに頼むのである。

 

 

 自警団の青法被に囲まれて、事件の真犯人が連行されて行く。

 犯人は、近所の平屋に住む少年だった。

 今回の放火事件に対する死体探偵への疑いは、完全に払拭された。

 遺体に強姦された形跡が残っていたからだ。

 少年が商店の女主人に惚れていたこと、近所では有名な話だったらしい。情欲に駆られて女主人を犯した後、発覚を恐れて殺害し、恐ろしくなって遺体を焼いたというのが事の顛末だった。マミゾウ達が問い詰めると、彼はあっさり自白した。

「気分の悪い事件だわ……」

 検屍にあたった霍青娥は、吐き捨てるように言っていた。青娥に依頼してから、ものの半刻もしない内に解決した事件だった。ナズーリンも手放しで褒めていたが、まさに悪魔的な手腕である。

 思えば、燐が口寄せ出来なかったのは、殺されてから放火されるまでに時間が空いたからだ。焼け死んだ直後のはずの遺体に口寄せ出来なかった時点で、その可能性を考えるべきであった。

「検屍を行えばいろいろな事が分かるのに。妖怪の仕業と断定されてしまえば、検屍解剖すら行われないっていうのは、ちょっと問題がありますね」

「そうじゃな」

 結局、事件を複雑にしたのは人の恐れだった。

 死体探偵に対する恐れ。妖怪に対する恐れ。そしてマミゾウ達の、賢者達に対する恐れ……。

 恐れとは、まるで呪いだ。

 知らぬ間に心を侵し、思考を狂わせる。

 天を仰ぎ、マミゾウは紫煙をくゆらせた。

 相変わらず、空の雨雲は晴れぬ。マミゾウ達の胸に掛かった恐れの暗雲と同じように。せめてもっと強い雨であったのなら、心にこびりついたこの呪いを洗い流すことも出来たのだろうか。

「しかしおヌシ、本当に里人か? 考え方が里人のそれではないぞ」

「もちろん」

「検屍解剖なんて言葉、普通の里人が知っているとは思えんがな。それに、おヌシが好きと言っていた推理小説は、外来のものしかないじゃろう。里人には受けんはずじゃが」

「あれ? 言ってませんでしたっけ。私、実は外来人でして」 少女はにこりと笑って言った。

 外来人、か。それにしては、里や幻想郷の事情に詳しすぎる気もする。

 周囲を見回していた燐が、眉をひそめて言った。

「おかしいね……。犯人が捕縛されたってのに、自警団の警戒態勢が解除されてないみたいだ」

 燐の言葉通り、青法被達が帯刀して里の大路を巡回していた。捕まえて聞いてみると、異変認定が取り消されていないらしい。事件は解決したはずなのに。

「どういうつもりなんだい、霊夢は……」

 どうにも、胸騒ぎがする。

 天照に己の運命を占うなど烏滸がましい。烏滸がましいがしかし、この天から落ちる雫は、この先に待ち受ける冷たく暗い運命を暗示しているように思えてならなかった。

「おひいさま」

 振り返ると、和傘を差した青い着物の女性が立っていた。

 

 りぃん

 

 彼女の腕にぶら下がる宝石のようなものが揺れる度、耳障りな音がしている。はて、この音。どこかで聞いたことがあるような気がして、マミゾウは首をひねった。

「あら」

 少女が笑みを浮かべた。

「どうやら、お迎えが来てくれたみたいです」

「そうかい。なら、あたい等の送りは不要みたいだね」

「ええ。気を使っていただいて、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる。

「では、私はこれで失礼しますね」

「今日は助かったぞい。おヌシがいなければ、火事の真犯人を捕まえることが出来なかったかもしれん」

「いえいえそんなことは」

「謙遜するな。放火事件を解決した立役者の名前、ブン屋共に言いふらしておいてやるわい。……ありゃ? そう言えばおヌシの名前、聞いとらんかったな」

「あれ、そっか。これも言ってませんでしたっけ。私の名前は」

 少女はぺろりと舌を出して、言った。

「姫百合、と申します」

「ひめゆり、か」

「ええ。なんだか、尊大な名前でしょう? 実は私、自分の名前が大嫌いなんです」

 そう言って笑うその笑顔は場違いな程爽やかで、雨降りしきるこの曇天の下、不思議に輝きを放っていた。

 

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