死体探偵   作:チャーシューメン

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 読んでもらいたいから、書く。

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 ※置いてあるのは同じです。



アイ・アム・ノット

 

 私は死を覚悟せざるを得なかった。

 役立たずのナズーリンペンデュラム・エンシェントエディションも、小傘特製の仕込みロッドも、龍にだって噛み付く忠実なる我が僕達も。全てがその場所を指し示していたのだから。目の前が真っ暗になるとはこういう事か、血の気が引いて頭痛がして来た。自分の能力を疑えば私に生き場は無くなるし、信じれば死が待っている。何という事だ、私に逃げ道は無い。

 ふかふかと柔らかな土についた、探し人の小さな足跡は、背の高い向日葵達に遮られて見えなくなっている。

 ここは、太陽の畑。

 季節に逆らい、年がら年中向日葵が咲き誇る美しき場所。そして、この幻想郷において、恐らく最も危険なスポットである。何故か。この場所には幻想郷でも一、二を争う極悪妖怪、風見幽香が居を構えているからだ。

 だから両親は子供探しに私を、死体探偵を頼ったのか……。最早、生存を諦めているのだ。確かに、そう考えるのも仕方ないのかも知れない。跳梁跋扈する有象無象共だけでも危険なのに、その上、風見幽香とは。待ち受けるのは絶望だけだ。

 蒼空は雲一つ無く、心地良いそよ風が私の髪を撫ぜる。

「私は、何者だ」

 広すぎる空からは、何の木霊も返っては来ない。

 代わりに、尻尾の籠の中の賢将がキィと鳴いた。

「そうさ。私は毘沙門天の使者、ナズーリン。正義の味方だ」

 こんな日に死ねるなら、本望さ。

 他人の子供の骨を拾うために、地獄へ踏み込む馬鹿な鼠が、一匹くらいはいたっていい。それが自由ってものの筈だ。

 だが私は、只の馬鹿な鼠じゃあない。龍にだって噛み付いてみせる、誇り高き毘沙門天の使者。仕事は完うしてみせる。例えこの命に代えても。

 私は呼吸を整え臨戦態勢を取ると、足跡を追って、太陽の畑に踏み入った。

 むせ返るような草いきれに、今の季節を忘れてしまいそう。私よりもずっと背の高い向日葵達が両脇に規則正しく並ぶ。生えっぱなしかと思われたそれらは、しかし縦横に走る道に沿って規則正しく空を見上げている。枯れて萎れる向日葵は居らず、全てが全て、修行僧のように静かに鎮座していた。土は綺麗で落ち葉が散乱する様な事も無く、誰かがこまめに整備をしている事が伺える。風見幽香、又の名をフラワーマスター。意外とマメな様だ。

 太陽の畑は一面の向日葵というイメージを持っていたのだが、どうやらそうではないらしい。確かに向日葵は多いのだが、所々の区画に別の作物も植えられている。小麦やトマト、胡瓜なんかもある。美味そうだな。

 それに加え、色とりどりの花達も咲く。アヤメにスイセン、キンモクセイにアサガオなど、生育場所や開花する季節がバラバラな花達が一斉に咲き誇っている。背筋が寒くなるような異常な光景ではあるが、素晴らしく美しい事は否定出来ない。

 風が吹くと、さわさわと音を立てて向日葵達がお辞儀をした。蝶は舞い、蜂はせっせと蜜を運ぶ。小鳥のさえずりが静寂の畑に響き渡る。

 何だか気を張っているのが馬鹿らしくなってくるような、長閑な光景である。

 この様な美しい場所を作り出す妖怪が、果たして本当に邪悪であるものなのだろうか。

 風見幽香。その噂は色々と耳にするが、意外な程に情報は少ない。全て眉唾な情報ばかりだからだ。

 曰く「八雲紫と互角以上の力を持つ」だの、「たった一人で閻魔達を相手に争い、旧地獄を破壊し尽くした」だの、「あの恐るべき吸血鬼レミリア・スカーレットとタイマンを張って力尽くでねじ伏せた」だの。果ては「ずっと昔に博麗の巫女をやっていたが、あまりに凶暴過ぎて妖怪に成り下がった」、「定期的に人妖を虐殺して回っている」など、恐ろしげな噂が飛び交っている。その一方で、非常に礼儀正しく、紳士的であるとも言う。どっちなんだよ。

 噂の真偽は分からないが、強者である事は間違いない。そして強者は、私の様な弱者を踏み潰す事を意にも介さないだろう。

 そんな事を考えながら歩いていた私は、突然飛び出してきた人影に驚き、素っ頓狂な声を上げてしまった。

「何、今の声?」

「お客さんよ、姉さん。驚かせちゃったみたいで」

 切ない秋色の柄のドレスを身に纏った二人の女性には見覚えがある。姉の秋静葉と妹の秋穣子、二人合わせて秋姉妹と呼ばれている。

「貴女方は、季節を司る土着神の」

 私はロッドを置いて、秋姉妹に礼をした。

 移りゆく季節の神、しかも土着の神である彼女達は行使できる力が弱く、幻想郷では邪険に扱われている。

 が、本来、季節を司る神は神格が高いものだ。彼女達の仕事が毘沙門天のそれに劣るなどという事は無い。信仰を集めやすいかそうでないか、それだけの違いである。

「そういう貴女は、毘沙門天の使者、ナズーリンさんね」

「私を知っていらっしゃるとは、光栄ですね」

「そりゃあ知ってるわよ。なんてったって、あの毘沙門天様の……だもん。ねー、姉さん」

「そうそう、有名よ」

「そ、そうですか」

 私は頭を掻いてとぼけた。彼女達は色々と噂を知っているらしい。世間というのは狭くて窮屈だなあ。

「お二人は何故ここに?」

「何故って、幽香ちゃんの畑を耕してあげてるんだけど」

「私は幽香ちゃんのお庭を色付けしに、ね」

 ……幽香ちゃん?

「何か弱みを握られていらっしゃるので?」

 私が問うと、二人ともキョトンとした。

「別に?」

「なんでそんな事聞くの?」

「い、いえ……」

 私も首をひねって、三人揃ってハテナマークを浮かべる。

 凶悪と噂される風見幽香を恐れもしないとは、最近の土着神は肝が据わっているようだ。

「貴女は探し物?」

「はあ、一応、まあ」

「私たちは忙しいから手伝えないけど、畑の中のものは幽香ちゃんに聞けば一発よ。ねえ、姉さん」

「そうね。幽香ちゃんならなんでも知ってるわ。幽香ちゃんのお家はこの道を真っ直ぐよ」

「な、なるほど。ありがとうございます」

 二人は仕事に戻り、私は再びロッドを手にした。

 秋姉妹に示された道を進んで行く。

 やがて道が途切れ、向日葵に包まれた広場に突き当たった。広場の中心には、煙突を備えた煉瓦造りの家屋がポツリと立ち尽くしている。これが風見幽香の家だろうか。

 私は深呼吸を一回すると、尻尾の賢将を下ろし、向日葵畑を迂回して裏口に回るように命じた。賢将はこくこくと頷くと、ちょろりと走って行った。

 私自身は真正面から歩みを進める。私が囮となり、賢将が子供を探す。それが私の作戦である。

 木製の階段を登り、ドアの前に立つ。窓は全てカーテンが閉められ、中を伺い知る事は出来なかった。

 息を止め、リーフを象った金属製のノッカーを叩いた。

 しかし、反応は無い。

 もう一度叩いても、中からは物音一つしなかった。

 しばし逡巡。だが結局、私はドアノブに手を掛けた。風見幽香が不在なのだとしたら、絶好の機だからだ。

 ドアノブを回し、少し押す。開いた。鍵はかかっていない。音を立てないように、ゆっくりとドアを開く。

 部屋の中は暗い。大理石の床に、モザイク模様の美しい壁面が見える。天井にはシャンデリア、暖炉の前にはペルシア絨毯とその上に置かれた安楽椅子が見える。悔しいが趣味は良い。

 視線を走らせ、私は息を飲んだ。

 正面の床に、大きな血溜まりが出来ていた。

 素早く身を中に入れると、ドアを閉める。抜足で血溜まりに近づく。

 この血は、探し人の血なのか……。

「何をしているのかしら」

 その声で、私の動きは凍りついた。

 視線を上げる。

 そこには、バスタオル一枚の姿の女性が立っていた。切れ長の目が、濡れた暗緑色のショートボブの間から覗く。その光は優しげで、しかしどこか超越的に思えた。

 私は最初、その女が風見幽香だとは思えなかった。大妖怪というのは周囲を威圧するようなオーラがあるものだが、彼女にはそれが無かったからだ。

「小鼠とは言え、人の形をしているのなら、人らしく礼儀を重んじるべきではなくて? この風見幽香の前で礼を失すればどうなるか、分かっているでしょう」

 その言葉でようやく風見幽香なのだと認識したほどだ。

 自分の悪運と迂闊さとを呪っても、今の現実は変わらない。私は仕込みロッドを構えた。

 風見幽香はそれを見やると、微笑した。初夏のそよ風のような、そんな爽やかな笑みだった。私の全てを見透かして、児戯だと笑っている……そう感じる。

「名乗らせてもらおう。私は毘沙門天の使者、ナズーリン。行方不明の子どもを探している」

「またの名を、死体探偵……」

 風見幽香は歌うようにそう言うと、ゆっくりと無造作に私の方へ近づいて来た。

 私は仕込みロッドから退魔針を発射しようと努力したが、それは叶わなかった。腕が動かなかったのだ。蛇に睨まれた蛙のようにぶるぶると震える事しか出来ない。風見幽香の存在自体に圧されているとでもいうのか、龍にすら噛み付いてみせる、この私が……。

 風見幽香は私を通り過ぎ、血溜まりの前でしゃがみ込む。血溜まりを見つめて瞬きをすると、血液は蒸発するようにして消えてしまった。

 立ち上がった幽香は、括目する私に言った。

「お茶にしましょう」

 気が付けば私は、青空の下、小さな茶会の席に着いていた。

 幽香の入れるカモミールティーは優しい香りで、胸の中のもやもやした不安や恐れが洗い流されていくように感じた。普段はハーブティーなど飲まない私だが、少しだけ興味を覚えてしまう。

 赤いチェックのツーピースに着替えた幽香は、ウクレレを弾きながら、気持ち良さそうに鼻歌なんて歌っている。この曲は夜雀の曲だ。ファンなのだろうか。

「私を咎めないのか。無断で貴女の家に立ち入った、この私を」

「私の家は、この大地全て」

 興味なさそうにそう言う。私もどうでもいい気がした。風見幽香は超越者だ。この女にとって、そんな事は重要じゃあない。

 嘘や体裁を取り繕う方便に意義を見出せなくなった私は、素直に要求を口にすることにした。

「私は死体探偵を営んでいる。両親に依頼された。この畑に迷い込んだ子どもがいるはずだ。遺体を返してくれないか」

「それは無理よ」

「何故だ。骨の一本でも構わない。それとも、全て食い尽くしたと言うのか」

 幽香は流し目でちらりと私を見やると、例のそよ風のような笑みを浮かべた。

 キィキィキィ。

 そのとき、賢将の鳴き声が木霊した。

「幽香お姉ちゃん、ネズミ、捕まえた」

 声のした方を見やると、年端の行かぬ少女に尻尾を捕まえられ、ぶら下げられてもがく賢将がいた。

「け、賢将!」

 なんて間抜けなんだ、人間の少女に捕まえられてしまうなんて。慌てて少女から賢将を助け出す。

「あれ、君は……」

 ふと見やると、その少女は両親の作った似顔絵によく似ていた。

 少女は幽香に駆け寄り、咎めるように言う。

「ネズミは悪い奴なんだよ、畑を荒らすの」

「ネズミさんも生きているから、仕方ないのよ」

「でも、お父さんもお母さんも言ってたもん。ネズミはやっつけなきゃって」

「そうかもしれないわね。でも、あのネズミさんは、そこのお姉ちゃんのお友達みたいだから、許してあげましょう」

 幽香に諭され、少女は口を尖らせながらも頷いた。

「貴女が保護してくれていたのか……」

 これほどの大妖怪が、たかが人間の少女の守護をするなどと、到底考えられない事だ。しかしそれも、風見幽香の瞳に灯る光を見ていれば、納得してしまう。

 それは慈愛の光だ。

 風見幽香にとって、人間や木っ端妖怪など、植物と同じように「愛でるべきもの」に過ぎないのかもしれない。彼女にとって迷い子を保護する事は、道端の枯れかけた木に水をやるのと変わらないのだろう。ある意味、それは傲慢と言えなくもない。まるで神か仏のようではないか。

「しかしそれなら、家の中にあった血溜まりは一体……」

「あれは血じゃないわ。ただの血糊」

「何……?」

「血の匂いがしなかったでしょう」

「言われてみれば……」

「相当に慌てていたようね。可愛いわ」

 くすくすと幽香が笑う、

「あれは紫の仕業よ。他愛のない嫌がらせ。陰険な紫らしいわ。この前、あいつの式をちょっといじめてやったから、その仕返しかしら」風見幽香の流し目が私を捉える。「それとも、貴女に対しての当てつけかもしれないわね」

「私に?」

「紫との契約を放って、ここで死ぬ覚悟を固めた貴女に対する警告かもしれないわ」

「な、何故……それを知っている」

 声が震える。動揺を隠せなかった。

 風見幽香は、私と八雲紫との契約を知っているのか。

 そんな私を無視して、幽香は少女の手を握り、優しく微笑みかけた。

「お別れね。さあ。あのお姉ちゃんがお家まで連れて行ってくれるわ」

「本当?」

「そうよ。また、遊びに来てね。でも一人じゃあ駄目よ。今度来るときは、そこのお姉ちゃんと一緒になさい」

「このお姉ちゃんは、誰なの?」

 幽香は私を見つめると、静かに言った。

「このお姉ちゃんは探偵さんなのよ。それもただの探偵じゃないの」

「シタイタンテイ?」

「ううん」

 幽香は首を振った。

 全てを許すような幽香の笑みは、仏神に迫りつつある寅丸星のそれにも似ていた。

「他人の子どものために自分の命を懸ける、とびきり馬鹿な探偵……名探偵なのよ」

 嗚呼、そうか……。

 今日の私は、死体探偵ではないのだ。

「……その依頼なら、最優先で受ける事にするよ」

 少女と手を繋ぐ。あたたかさが、私の胸にまで響くようだった。

「またね、幽香お姉ちゃん」

「ええ、またね」

 初夏のそよ風のように爽やかなその笑顔は、しかし少しだけ寂しげに見えた。

 また今度、美味いハーブティーを飲みに来ることにしよう。

 

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