緋弾のアリアドス 作:くものこ
バイクが道路を駆け抜ける。車を次々と追い抜く。さすが車輌科Aランク武偵。すごい操縦技術だ。
俺はヘルメットをかぶったジャロに聞く。
「どんな相手なんだ?」
「聞いた話だと銃弾が一切効かないらしい。身体が弾を弾くから命中しないんだって」
銃弾無効か。大体の予想はついた。しかし遠くから攻撃できないと言うのは中々に面倒だ。ナイフで勝負を挑むのか? しかし相手は格闘タイプだと思われる。近接戦闘なんかを仕掛けて大丈夫なのだろうか。
2、3分走ったところでジャロがジャロバイを停めた。
「ここだよ」
到着したのは路地裏。その奥の方ではバキッとかメキッという音がする。
ズシャッ
——と、こっちに泥が飛んできた。汚ねえな。服が汚れたじゃんか。何しやがる。
バイクから降りて路地裏に入る。日がもうほとんど沈みかけていることもあり、路地裏はよく見えない。俺は拳銃に秘伝弾を装填すると、それを上空へと発砲した。
パパァン!
破裂音とともに視界が明るくなる。路地裏に立っていたのは——
「やっぱりお前か、ブリガロン」
上半身は裸で、割れた腹筋等の筋肉隆々な身体があらわになっている。下半身はベージュ色のチノパン。しかしよほど身体が筋肉質なのだろう、膝の部分などが破れそうである。
スキンヘッドのような丸坊主にトゲトゲした顎髭。ガンを飛ばすその目つきもあり、もう普通のゴロツキと何ら変わらない。大したことなさそうだ。
そんなブリガロンは、大きな拳で路地裏の配水管のパイプやら建物の壁やらを木っ端微塵にしている。足元にはグロッキー状態の日本の警察官。殴り倒したっぽい。
「よお。あんたは見たところアリアドスっぽいな。後ろのやつはツタージャか」
「ジャローダだ!」
わざわざ訂正するジャロ。別にどっちだっていいだろ。俺は拳銃に装填済みのマガジンをセットする。それを見たブリガロンは高笑いをした。
「言っておくが、俺にこの世界の兵器は通用しねえぜ?」
そういった瞬間、やつは動いた。見た目の図体の大きさからは想像できないような速さで接近してきたそいつは、
「うらぁ!」
「がっ⁉︎」
俺の腹に一発。しかし、タイミングよく後ろへと跳躍した俺はダメージを最小限に抑えることに成功する。しかしブリガロンってこんなに速かったか? インドメタシンを愛飲している俺がこうも簡単に一発もらうなんて。
「ちっ。クリーンヒットしなかったか」
「生憎。俺の方がこの社会への順応性は高いようだな」
俺は上方の窓の庇に置かれた植木鉢に発砲。それをブリガロンの頭に叩き落とす。
パキィン!
見事命中。が、ブリガロンからは血の一滴も流れていない。
「痛くも痒くもねぇな」
「なんちゅう物理耐久だよ!」
つい舌打ちをしてしまう。とんでもない防御力だな。沙那でも連れてくるべきだった!
「オラァ!」
もう一度俺の懐に入ってくるブリガロン。俺は反射的に拳銃を発砲してしまう。
ぼうだんのブリガロンの腕はそれを弾く。分厚い皮は肉まで銃弾を届かせてくれない。ブリガロンを止められなかった俺は、
ドカッ!!
「ブッ⁉︎」
顔面に一発もらった。
「ザマァ!」
さらに続けて、ブリガロンは腹に連続でパンチを見舞ってくる。俺は格闘タイプには強い。それが取り柄だったのだが、
「吹っ飛べよ!」
渾身の一撃。俺はブリガロンの言葉通りに吹っ飛ぶ。立ち上がろうとするも、腹の痛みに俺は跪く。くそ、タイプ相性的にはこっちが有利なのにかなりのダメージだ。
「糸丸君!」
悲痛そうに叫ぶジャロ。今回はこいつは戦闘の役に立たないな。同じ草タイプ同士だし。
それにしてもブリガロンのパンチ、回数を重ねるごとに威力を増している。一撃加えるたびに、向こうの攻撃力が上がっているような——
「なるほど、グロウパンチか」
「ご名答」
指をポキポキ鳴らしながらブリガロンがニヤッと笑う。まずいな。もうかなり相手に積まれてしまったじゃないか。
立ち上がれない俺を見て勝利を確信したのか、ブリガロンは悠然と語り始める。
「俺はなぁ。苛立ってるんだよ、世界に。
知ってるよな? 俺はカロスの初心者用三匹の一匹だった。生まれてからトレーナーの手持ちとなることが決まっていて、そのための訓練も小さい頃から受けていた。トレーナーにより懐くように、トレーナーの指示をちゃんと聞くようにな。お前も分かるだろ、ツタージャ」
「だから僕はジャローダだ!」
またどうでもいいことにつっこむジャロ。しかし今はそれがありがたい。いい時間稼ぎだ。こうしている間にも、徐々に痛みが治まってくる。人間に備わる自然治癒力とやらだ。
「でもな! 俺は嫌なんだよ! どうしてそんな決められた路線を歩まなきゃならない? どうして自由に生きられない? 俺は、もっと青春を謳歌したかった!」
「勝手なこというなよ。俺みたいな、誰もトレーナーから欲せられないポケモンはなんだっていうんだよ。お前らみたいに将来安泰の奴らに、俺ら低種族値の雑魚の気持ちが分かってたまるかよ!」
怒りに身を任せ、俺はダッシュする。こいつ、舐めてんじゃねえよ。野生ってのはそんな甘い世界じゃないんだよ!
「この野郎!」
背中に隠し持っていたナイフを二本、両手に持ち、突進する。敵の右拳を左手のナイフの柄で受け止め、もう一本のナイフを左肩目掛けて突き刺す。
「雑魚は地にでも伏せてろ!」
ブリガロンは左拳を高速で振る。それは俺の腹に
「あぐ⁉︎」
ゆっくりと抜かれた左拳。その指には角指がはめられていた。
「ニードルアーム。痛いだろう?」
にんまりと不気味に笑ったブリガロンは右腕を高く上げて、ハンマーの如く俺の頭に振り下ろした。
脳天から爪先までを衝撃が駆け抜ける。本物のハンマーで殴られたようなその痛みに、俺は地に倒れる。アームハンマーかよ。
「本当、雑魚だな。よくそんなんで今まで生きてこれたもんだ」
顔を動かし、ブリガロンを下から睨みつける。向こうは俺を軽蔑の目で見下ろす。口を開こうとした時、別の人物が喋った。
「君に何がわかるんだ!」
ジャロだ。彼はアーモンド型の手榴弾を持った状態で立っていた。
「ああ? てめえだって俺と同じ立場だろうが。理解できないとは言わせないぞ」
「理解できないさ! 与えられた使命、与えられた役割をどうしてまっとうできない! 野生が自由? 冗談言うな! ポケモンは人の保護があってこそ、初めてその力を発揮できるんだ! それを生まれながらに与えられた自分の幸せをどうして認められない!」
「てめえは馬鹿か? 世の中に反発する心ってもんを少しは持てよ! いつまでも育たねえぞ!」
「黙れ! 馬鹿は君の方だ! 研究所育ちの世間知らず、そういう存在なんだよ、君は! 少しは僕のように世界を学んでみろ! そうすれば分かるんだ、いかに糸丸君が必死の思いで生きてきたのか!」
「そんなの、そいつのステが低いのが悪いんだろうが! 世の中力なんだよ。強い奴が生き残るんだよ!」
「その力をくれるのが人だって言ってるんだ! それを理解できないやつにトレーナーのパートナーになる資格はない! 僕だったら君なんかより、糸丸君を選ぶ!
彼は真面目で、素直で、口では文句を言うこともあるけど、決して誰かを見捨てたりしない! 弱者を切り捨てたりしない! 彼は分かってるんだ、弱者の苦しみが! 君や馬鹿なトレーナーなんかとは違う!
教えてやるよ。ポケモンにとって最大の武器は絆だ! それが理解できないのなら、君は糸丸君よりずっと弱い!」
ジャロの過去。ジャロはイッシュ地方の初心者用三匹のうち一匹だった。けれど、彼は何もわかってないトレーナーに捨てられたんだ。弱点が多い、補助技ばっかり、ストーリーの進行に使えないって。そんなことないのに。
「いいか! 君はポケモンのクズだ! 君のようなクズは、アルセウスの裁きを受けろ!」
ジャロが物凄い形相で睨んだ。こんな感情的なジャロは初めて見たかもしれない。
でも、少し嬉しいな。彼が俺のことをこんなに褒めてくれるなんて、思ったこともなかった。
いや、呑気に感想を述べている場合か。せっかくジャロが作ってくれたチャンス、逃してたまるか!
「ナイスだ、ジャロ!」
俺は転がってブリガロンの足元を離脱。俺が動くのを目で捉えたブリガロンは拳を振り下ろす。けれど、その拳は一歩遅れて地面に突き刺さっただけ。
起き上がると同時に2点バーストモードに切り替えた拳銃を構える。銃弾が効かない? だったら!
引き金を引く。何度も。何度も何度も何度も。18発装填できるマガジンが空になるまで。こいつをメッタメタにしてやるんだよ!
俺が銃を使ったのを見て、ブリガロンはニヤッと笑う。
「馬鹿か! 俺はぼうだんだと、がっ⁉︎ ぐっ⁉︎ な、何ヅァ⁉︎」
銃弾がブリガロンによって弾かれるたびに、見えない刀に切られたかのようにブリガロンの肌から血が飛び散る。何度も。
弾が効かないんなら、斬るだけだ。
「ど、どういうことだ、かはっ!」
血を吐くブリガロン。悪いな、少しやり過ぎたかも。
「こんな攻撃にも反応できないのかよ、雑魚」
「な、なぜだ。身体が思うように動かない!」
「痺れてるんだよ。な、ジャロ」
「さすが糸丸君。君なら気付いてくれると思ってたよ」
へびにらみ。お互いの目と目が合った状態で蛇の如く敵を睨めば、相手はまるで蛙のように身動きが取れなくなってしまう。ジャロの特技だ。
「思っていたよりお前が早くて最初は焦ったぜ。でも、よくよく考えてみれば、俺らがここに来た時から戦闘が始まっていたんだな。
「く、くそ!」
拳を地面に打ち付けるブリガロン。あいつはもう恐るるに足らない。どうせ大した動きはできないからな。
「悪いけど、俺の拳銃は
本当、エムには感謝してもしきれないな。こんなモンを作ってしまうんだから。
特殊な弾丸。2発で1セットのそれは、二つの銃弾が件の糸で結ばれている。その糸を相手に当てれば、刃物としても使えるのだ。バスジャックの時もこれでUZIを真っ二つ。
その名も、"糸弾"。
「糸丸君、見送りに行くんだろう? そろそろ時間だよ」
「分かった」
全身傷だらけで身動きの取れないブリガロンへと近付く。巾着袋から取り出したのは上半分が赤、下半分が白色の球状のアイテム。モンスターボールだ。
「午後6時16分、ブリガロンを傷害・器物損害の疑いで現行犯逮捕」
俺はそれをブリガロンへと接触させた。ボールが開き、その中にブリガロンが吸い込まれる。弱っているブリガロンにはこれを内から破壊することはできないだろう。
「どうする、糸丸君。よければ空港まで送って行くよ」
「ああ。よろしく」
ボールを巾着袋にしまう。転送は後でいいよな。急ぐことではないはずだ。
「ほら、これ。僕のお手製だよ」
先にバイクに跨っていたジャロに渡されたのは粉末状の薬。
「げ。漢方薬かよ」
「ちからのこな。飲みなよ。君だってダメージを受けたんだからさ」
そうはいってもな。漢方薬ってのは苦いんだよ。俺、君のこと嫌いになっちゃうよ?
まあ、ありえないけどな。