緋弾のアリアドス 作:くものこ
「ももまん! 絶対ももまん!」
「バカ言うな、アリア。あんなもののどこがいいんだ。絶対にウナギまんだ」
「ももまん!」
「ウナギまんだ!」
このくだらない口論。俺の部屋の上で現在行われている口論である。ももまんとウナギまん、どっちの方が美味いかだとさ。本当にくだらない。
「一番美味しいのは"いかりまんじゅう"に決まってんだろ!」
……失敬。取り乱した。
ゴホン。俺は現在、例のごとくキンジの部屋を盗聴、およびモニタリングしている真っ最中である。そう、莉央からの依頼である。いつまでやるんだろうな、これ。
たしかあれはあいつが俺の戦妹になった日のことだ。
「お、お邪魔しまーす」
「おう。遠慮するな」
部屋に恐る恐る入った莉央は、俺の部屋をしげしげと見る。ああ、この頃の莉央はまだ大人しかったなぁ。懐かしい。
「こんな機械もあるんですね」
「まあ、俺も使い方はよく分からないんだけどさ」
適当に機械をいじって動画を再生する。「おおー!」と莉央が歓声をあげる。そんな大したことしてないんだけど。でも、彼女にとっては機械自体が珍しいのだろう。
しばらくした後、莉央がそわそわし出した。天井を何度も見たりしている。
「そ、その。私まだよく知らないんです」
また天井を見る。俺もつられて見るが、何もない。知らないって何を? ……あ、もしかして上に住んでいる人のこと?
「その、私……す、好きなんです! で、でも、話したこともほとんどないじゃないですか」
そうなの? 知らんけど。しかし、戦徒といえど、ほとんど初対面の俺に恋愛相談するとは。恋愛相談アドバイザーとしての俺の名はそこまで広まっているのか。
「知りたいのか?」
「は、はい! ぜひ!」
「よし、じゃあ俺が調べてやるよ」
「あ、ありがとうございます! ……え?」
まあ、こんな感じだったかな。この後、俺はキンジの部屋にカメラと盗聴器を仕掛けたのだ。レポートを渡すときなんか莉央は嬉々として俺の家に来るからな、よほどキンジのことが好きなんだろう。
「ア、アア、アリア、に、にに、逃げろッ!」
と、キンジが急に震え始めた。どうした? 何があった——
どどどどどどどど……!
何かが廊下を疾走する音。ま、まさか。
俺はカレンダーを確認する。ああ、今日だっけ、SSRの合宿が終わるの。合宿には不参加だった沙那が久しぶりに友達に会えるって喜んでたな。
しゃきん!
金属音とともにキンジの家の玄関のドアが斬り開けられる映像が映し出された。こ、これかなりヤバいぞ。
巫女装束に額金、たすき掛けという戦装束に身を固めた星伽さんが息を切らしながら仁王立ちしている。
二、三の言葉(となぜかキンジに対するアリアの蹴り)を交わした後、星伽さんはアリアに斬りかかる。
ドタドタと星伽さんが駆ける音が上から聞こえてくる。
と、星伽さんの刀をアリアは真剣白刃取りする。すげえ。この技を実際にやる人を初めて見た。
そのまま星伽さんの腕を足で挟み、その腕をねじり上げにかかるアリア。一方、星伽さんは下駄を鳴らして床を蹴り——ばすんっ!
ばこっ! ぱらぱら……
アリアを腕に絡みつかせたまま、バックドロップを決めた!
おっ、おい! 床が凹んだ! ぱらぱらって破片が落ちてきたぞ!
ごろごろっ、がしゃしゃ!
ばすんばすん!
ギギンッ!
じゃきじゃきっ、ギイイイインッ!
上から戦闘音が轟いてくる。俺は不眠だからいいけども、もし普通のやつがここに住んでいたらとてもじゃないが寝れない。それこそ不眠症に陥るぞ。
ガスッ!
「うわっ! 刃が!」
しかも今度は天井から誰のかは知らんが刀が突き出てきた。これ、いつか天井が崩落してこないか?
「どうにかしろよ、キンジ!」
聞こえるわけもないだろうが、とりあえずキンジに怒る。というか、先程から映像にキンジの姿が見当たらない。逃げたな、あの野郎! お前のせいでこうなったんだから、責任取れ! 落ち着いて寝れやしない! もともと寝れない体質だけど!
まったく、女の管理くらいちゃんとしろよな。
しばらくすると、音が止んだ。映像を確認すると戦闘を繰り広げていたアリアと星伽さんはどちらも疲れ切った様子。
そこへベランダの方からキンジがやってくる。あいつ、防弾製の物置に入ってたな。
和解交渉を行うとするキンジ。これで一安心だな。この後に何か起こることはないだろう。
と、考えていた俺が馬鹿だったんだ。
最近ハマり始めたカップヌードルなるものを作って食べていた時のことだった。熱いそれをフーフー冷ましてから口に含んだ瞬間、アリアが泥爆弾発言をした。
「
「ブフッ⁉︎」
な、なんだそれ⁉︎ ……いや、まあ俺も人間の子供の作り方は良くは知らんが、ポケモンでいうアレだろ? 育て屋に預けられた時にやるやつだろ? もしくは野生のポケモンが本能で行ったりするやつ。未経験だけど。
まさかそれをしたのか? キンジと?
キンジのやつ、女に全然興味ないとか言っておきながら……。
レポートに書こうかと思って机を見る。が、思わず吹いてしまったカップ麺で机が汚れている。ああ、俺も莉央のこと言えないな。
あれ以降、星伽さんはキンジとの接触を避けている。
だから、こうして今俺と同じテーブルで昼食を食べているのはキンジとアリアの二人組。
キンジはハンバーグ定食、アリアはももまん。俺はカレー定食を食べている。どうでもいいかもしれないが、このカレー熱い。やけど状態になりそう。
「遠山君。ここ、いいかな?」
声がしたので顔を上げると、かっこいい顔をした男がキンジに話しかけていた。こういうのをイケメンというらしい。
優しい笑顔を見せるこのイケメン、強襲科の不知火亮だ。キンジの友達で、たしかクラスメイト。でも俺はそこまで親しくはない。いわゆる友達の友達ってやつ。
武偵ランクはAで、格闘・ナイフ・拳銃、どれも安定した実力を持っているらしい。
「聞いたぜ、キンジ。ちょっと事情聴取させろ。逃げたら轢いてやる」
反対側から現れたのはツンツン頭をした武藤剛気。ジャロの友達。乗り物オタク。
武藤は無理やりスペースを作ると、他のテーブルから椅子を持ってきてドカッと座る。
「キンジ、星伽さんとケンカしたんだって?」
さすが武偵校。噂が広まるのが早い。
「星伽さん、沈んでたみたいだぞ?」
「白雪を見かけたのか?」
「不知火がな。今朝、予鈴の直前に温室で沙那って子と花占いをしてたんだとよ」
沙那と? てか花占いって何だ?
「花から花びらを一枚ずつちぎって、スキ・キライ・スキ・キライ……ってやるやつだよ」
「ああ、あれか」
へぇ。人はそんな占い方を持っているんだな。でも普通に沙那が未来予知した方が当たりそうだけど。
「そうそう。糸丸、お前ってモテるんだな」
「俺が?」
いきなり武藤は俺に話を振った。俺がモテる? 誰からだよ。そんなやついるのか?
「不知火が言ってたぜ? 沙那が占ってたのは……」
「武藤君、あまり言わない方がいいんじゃないかな?」
「おう、そうだな。悪い、何でもねえ」
いや、そこまで言われたら気になるだろ。
でも沙那が占う? 俺と誰かの相性でも占ってたのか? 今度結果を聞いてみるか。
「話を戻そうか。それで遠山君。なんで別れちゃったの? 愛が冷めちゃったとか?」
うきゅうっ、とアリアがももまんを喉に詰まらせた。ははぁん、キンジに気があるんだな?
「あのなぁ、どこでどう話がこじれたらそうなるんだ。そもそも俺と白雪はそういう関係じゃない。ただの幼なじみだ」
絶対白雪さんはそう思ってない。絶対。なんでこのバカキンジは気付かないんだ。鈍感にもほどがあるぞ?
「まあ冷めたんだろうな、愛が。知ってるか? キンジとアリアは子作りしたらしいぜ? できなかったみたいだけど」
きゅきゅうもきゅ!
俺がこの間聞いたことを話すと、アリアは真っ赤になって一気にももまんを飲み込むと、
「こっ、こっ、このっ——ヘンタイ!」
「ぐっ⁉︎」
キンジの顔面にパンチした。
「おっ、おい。殴るなら糸丸だろ!」
キンジの抗議を無視して、アリアは俺に弁解を始める。
「あれは違うの! そもそもキンジとはパートナーであって、す、好きとかそういうんじゃない。絶対、絶対、ぜぇーったい、ない!」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ遠山君、星伽さんとの復縁の可能性ありってこと?」
「復縁ってなんだ、復縁って。ていうか不知火。さっきの話だがありえんぞ。俺はその時間に白雪と一般校区の廊下で出くわしているんだ。何かの間違いだろ」
そうなのか? でも星伽さんを誰かと見間違えたりするのか? 占いをしそうな人、他に知らないんだけどな。沙那に後で確認してみるか。
「そういえば不知火。アドシアードはどうするんだ?」
アドシアード。年に一度行われる武偵校の国際競技会で、ポケモンリーグ大会やポケリンピックみたいなものだ。
「たぶん競技には出ないよ。補欠だからね」
「じゃあイベント手伝いか。何にするんだ? 何かやらなきゃいけないんだろ」
そうなのだ。面倒なことに、競技に出ない武偵は何かしらの手伝いをしなければならない。まだ決めてないのだが、どうしようか。
「まだ決めてなくてねぇ」
不知火も決めてないらしい。無駄にかっこよく、退屈そうに溜息をつく。反対側で焼きそばパンを口いっぱいに頬張る武藤とは比べ物にならないな。
「アリアはどうするんだ?」
「あたしも競技には出ないわ。閉会式のチアをやるの」
「チア?」
チアとはなんぞや、と疑問に思った俺にキンジが説明してくれる。
「たぶんアル=カタのことだ」
ああ、あのよく分からん演武か。剣の舞ならぬ銃の舞って感じ。あれをチアと呼ぶのか。勉強になった。
「糸丸はそういうのに疎いのか? 今度、俺が教えてやろうか?」
「やめなよ、武藤君。純粋な彼の心はそのままにしておくべきだよ」
純粋? チアって不純なものなのか? 分からなくなってきたぞ。
「まあ知らなくても生きていけるわよ。それよりキンジ。あんたもやりなさい。パートナーでしょ」
「あ、ああ……」
「えっ、あの演武をキンジもやるのか?」
「違うよ、糸丸君。踊るのは女子だけ。男子はバックでバンド演奏をするんだ」
「ば、バンド……?」
バンドってバンド? 俺が知ってるバンドはしめつけバンドとパワーバンドだけなんだが。それらを演奏する?
俺はキンジがしめつけバンドを一生懸命に引き伸ばしている絵を想像する。キュッキュッというゴムの音だけが響く。なんか虚しいな。
「俺は遠慮しとく」
「そう。まあ僕はやろうかな。武藤君はどうする?」
「バンドかぁ。カッコイイかもな。よし、やるか」
え、カッコイイの?
俺はもう一度しめつけバンドを引き伸ばすキンジを想像する。……ダメだ、全然カッコイイと思えない。俺は人間の感性にはついていけないらしい。
「アドシアードなんかより、キンジ。あんたの調教の方が先よ」
「調教? お前ら、変な遊びでもしてんじゃねーよな?」
武藤が頬を引き攣らせる。
「アリア、訓練と言えよ」
「うるさい。奴隷なんだから調教」
ははっ。可哀想に、キンジ。俺はもうアリアとはパートナー解消したからな、関係ない話——
「明日の朝からやりましょう。糸丸、あんたもね」
「え」