緋弾のアリアドス 作:くものこ
次の日の朝。俺は待ち合わせ場所である"看板裏"に来ていた。
ここは武偵校のある人工浮島の外れ、レインボーブリッジに向けて立てかけてある巨大な看板の裏で体育館との間に挟まれた空き地である。
いつも人気の少ないここを、アリアは特訓場所に指定したのだ。
着いてみると、やはり人はほとんどいない。いたのはキンジと胸に穴の開いたノースリーブにスカート内の拳銃が常に見えてしまっている(後で武藤にガンチラという現象だと教えてもらった)ほど短いスカートを着たアリア。何だ、その格好。
「やっと来た。はい、これ」
アリアに渡されたのは寸詰まりの刀。えっ、これで何をしろと? まさか切腹? 遅刻した罰ですか?
「これでキンジの頭を叩きなさい。もちろん
どうやら新手のイジメか何からしい。喜んでやらせてもらおうかな。
「ゆっくりめで頼む」
そう俺に請うキンジ。もちろん俺は、インドメタシンによって高められた己の速さを最大限生かして——
がスッ!
「痛ぇ!」
「真剣白刃取りの練習なの。キンジにはカウンター技を身につけてもらおうと思って」
「カウンター? それなら知り合いにカウンターの達人がいるんだ。今から呼ぼうか?」
「今から? 来るのか?」
来るだろうな。だって愛しのキンジがいるんだから。
「せーんぱーい!」
全力ダッシュでこちらへと走ってくる短めのツインテール。頭には戦闘時につける青いバンダナを巻いている。
「お待たせしました! 糸丸先輩の戦妹の波堂莉央です!」
ビシッと敬礼をする莉央。でもアリアより小さい身長もあり、小学生の背伸び感がハンパない。せっかく青いバンダナを巻いても全然美しくないよ。
「糸丸に戦妹?」
「随分と可愛いんだな」
おお、キンジが可愛いんだなと褒めたぞ?
莉央の様子を見てみる。いや〜、と照れているものの、特にキンジに対して緊張している様子は見られない。なかなかのポーカーフェースだな。
「それで、先輩。私は何をすればいいんでしょうか?」
「カウンターをしろよ」
「えっ? カウ——」
俺は有無を言わさずに峰打ちで刀を振り下ろした。
ボスッ!
「んみゃあ⁉︎」
変な悲鳴とともにその場にへたり込む莉央。
「カウンターしろって言ったろ?」
「い、いきなりなんてひどいです、先輩!」
う〜、と涙目で唸る莉央。叩かれた頭を押さえながら立ち上がる。
「はいはい。次はちゃんとカウンターしろよ?」
「わ、私がカウンターを使ったら先輩なんて木っ端微塵です!」
「わかったわかった。じゃあやってみろ」
俺は刀を振り上げる。莉央は構える。
ぶんっ、ボスッ!
「いったーい! 痛いです……」
なんのアクションも起こさなかった莉央に刀が直撃、莉央は再び頭を押さえる。カウンターに失敗したようだ。
「……糸丸。本当にその子、カウンターできるの?」
う。後ろから冷ややかな視線を感じる。
「おっかしいなぁ、いつもならできるのに……」
マジで冗談抜きで普段ならできるのに。キンジがいるからか?
「……せ、先輩にカウンターなんてできるわけ……せ、先輩の叩き方が悪いんです! あそこの根暗を連れてきてください!」
「誰が根暗だ、誰が」
キンジを指名する莉央。はっはーん、読めたぞ? そうやってキンジとトラブろうって魂胆だな? 仕方ない、代わってやろう。
俺はキンジに刀を渡す。
「キンジ、後輩なんだからお手柔らかにな」
「……お前、容赦の"よ"の字も知らないくせによく言うよ」
ブツブツ言いながら莉央の前に立つキンジ。ほら、莉央の目が変わった。あの目はやる目だ。キンジ、死ぬなよ?
「行くぞ?」
そう前置きしたキンジは俺より少し遅めのスピードで刀を振り下ろす。
それが莉央の頭頂部に触れるかどうかという際どいところまで振り下ろされた時——
パシッ!
莉央は刀身を鷲掴みする。そしてそれをキンジの身体ごと自分の方へと引っ張る。
「うおっ⁉︎」
前のめりになるキンジ。その懐に潜り込んだ莉央は——
「やあっ!」
ガラ空きのキンジの腹に掌底を打ち込んだ。
「ぐっ⁉︎」
刀から手を離し、莉央はすぐにその場から離脱する。
地に伏し、腹を抑えるキンジ。さすが莉央。素晴らしいカウンターだな。
「やった! 先輩どうです?」
「よくやったな、莉央。凄かったぞ」
期待顔でこちらを見上げる莉央の、青いバンダナを巻いた頭を撫でてやる。にへら〜と頬を緩める莉央は少しだけ可愛らしい。相変わらず美しいからは程遠いが。
これから同級生と会う約束があるという莉央を帰す。その後ろ姿を見送りながら、アリアが言った。
「へえ。なかなかやるじゃない。さすが糸丸の戦妹なだけはあるわね。あの身長なのにこれだけ強いなんてね」
そっくりそのままアリアに返したいのだが。一方、俺の足元からは呻き声が聞こえた。
「痛ぇ……」
腹を抱えて悶絶するキンジ。しかしこれだと練習にならないな。どうしようか。
「まったく、キンジったら。そこは同じようにカウンターするところでしょ?」
「その方法を教わっているんだろうが」
「うるさい! 奴隷がいちいち主人に口ごたえしない! さっさと真剣白刃取りのイメージ練習しなさい!」
うわぁ。大変だな、奴隷は。良かったよ、契約解消されて。
「糸丸、あんたはあたしのチアの動きを見て。間違ってたら教えなさい。あたしに嘘教えたら、風穴よ」
……解消、されてない?
放課後。俺は女子寮前の温室へとやってきた。
その奥の方へと進むと、今日もやはり沙那は本を読んでいた。服装はフリルをあしらった緑のワンピースなのだが、見事に背景にとけこんでいる。近付くまで気付かなかった。
その背表紙を見てみる。しょ、しょうこみ? どういう本なんだ?
「あっ、糸丸さん」
俺が来たのに気付くと、彼女は慌ててそれを閉じ、自らの背後に隠した。
「それ、どういう本?」
「漫画ですよ」
「漫画? 沙那もそういうのを読むんだな」
意外である。沙那は文学少女ってイメージを勝手ながらに持っていたからな。
「まあいいや。それで、今日はどうしたんだ?」
沙那に呼び出されるなんて、珍しいことがあるもんだ。そう思いながらここに来た俺は、沙那に問いかける。
「ハイジャックの時、サイコキネシスを使いましたね?」
「少しだけな」
実は倒れてしまうくらい精神的に疲れるほど使用したのだが、それは伏せておこう。余計な心配を彼女にかけるわけにはいかないし。
「嘘です。私にはあなたの考えはおみとおしです」
またトレースかよ。どうせ読むんだったら最初から読め。いちいち聞くな。
「これからもそういう事態があるかもしれません。その時に少しでも糸丸さんが有利に戦えるように、秘伝の薬の携帯版を作りました」
沙那がワンピースのポケットから小さいガラス瓶のセットを取り出す。中にはコダック色の液体が詰まっている。
「戦闘時、サイコキネシスを使う前に飲んでください。使用後でも構いませんが、それだと効果が出るのが少し遅くなってしまうかもしれません」
「ありがとう」
俺は小瓶が5本入ったぺたんこポーチを受け取ると、それを制服の内ポケットにしまう。
「いくらだ? さすがに
「いえ、これは私の好意として受け取ってください。いつもお世話になっているお礼です」
しかしだ。彼女のご厚意には感謝するけれども、さすがにタダってわけにはいかない。しかも俺は大して世話していない気がする。
「なあ、頼むから何かさせてくれよ。俺の気持ち的にさせてくれないと困るんだ」
「で、でも……」
「何かを奢るとかでもいいから」
「あ、では。今度一緒に食事しませんか?」
ああ、俺の奢りでな。うん、そうしよう。
「わかった。えっと、暇な日は……」
俺は頭の中のスケジュール帳を開く。うーん、今のところ空いてる日はないな。
「ごめん、沙那。いつになるかはわからないんだけど……沙那?」
気付けば沙那はガッツポーズのようなものをしていた。何か嬉しいことでもあったのか?
「い、いえ。そうですね、私はいつでも構いません。糸丸さんの好きな日にしてください……ふふふっ、こ、これは……トですよね……」
「お、おう。じゃあな。今日はありがとう」
なにやらぶつぶつ喋りながらにやけはじめた沙那。ちょっと怖いので、ここはさっさと帰らせてもらおう。
と、温室から出ようとしたところで思い出す。
「あっ。そういえば、沙那」
「は、はい!」
「今日の朝ってここで白雪と花占いってのをしてたのか?」
「そ、そうですが。それがどうかしましたか?」
「いや、何でもない」
そうか、白雪はここにいたのか。じゃあキンジが見間違えたってことか。
でも、幼なじみをそうそう見間違えるものか?
もしかしたら、ただ話題をそらすための嘘だったのかもしれないな。
「……でも、気になるな」
虫の知らせ。俺の直感が告げている。
何かが起きていると。
すっかり暗くなってしまった夜道を一人歩く。沙那を寮に送った方が良かったかな、と思ったけど、よくよく考えれば温室は女子寮の目の前だった。送る必要はなさそうだ。
公園近くの人通りも灯りも少ない道の途中、赤信号で立ち止まる。
唯一の灯りの電灯が点滅する。今にも切れそうだ。おいおい、不吉だな。
さっき、温室を出る時からずっと直感が警報を鳴らしている。近くに誰かが迫ってきている。そんな気がする。
ゴウッ!
大きく音を立てて風が吹く。やな感じだ。
木々が揺れ、木の葉が舞い散る。そのうちの一枚はゆらゆらと落ちながら徐々に俺の方へと近づいてきて——
「!」
ヒュン、カッ!
とっさに伏せる。俺の防弾制服を掠めて飛んでいった木の葉は後ろの電灯に刺さった。はっぱカッターか、マジカルリーフか。
「どっちにしろ、くさタイプか!」
俺は青に変わった信号をダッシュで渡る。追撃はない。相性的に俺が有利だと知っていて、ふいうちしかしないつもりか。
しばらく走っていると、前からコートを着た男が歩いてきた。ハンチングを目が隠れるように被ったそいつは走ってきた俺とすれ違い——
ギイイイイン!
俺のナイフと男の獲物—刃渡り70センチくらいの日本刀—がぶつかり合う。闇の中に火花が飛び散る。
やっぱり攻撃してきやがった! 直感で感じた通り、こいつが襲撃者か!
「お前、何者だ!」
「ふっ」
軽く息を吐いて笑った男は後ろにバックステップ、闇の中へと紛れ込む。
俺は左手に拳銃を持って襲撃に備える。くそ、どこから攻めてくるんだ?
「っ! 左!」
身体をねじる。先程まで俺の首があった場所を銀色の刀身が通過する。急所を狙った攻撃、つじぎりか!
あくタイプ? 虻初か? でもあいつの獲物は大鎌だ。日本刀じゃない。
いや、相手を気にしている場合ではない。向こうは暗闇での戦闘に慣れているように思える。こっちは敵の姿すら見えないのに。この状況をまずは打破しなければ!
敵からの攻撃に注意を払いながら、拳銃に装填されてある秘伝弾を上空へと撃つ。
「"フラッシュ"か。なるほど」
明るくなった視界に現れたコートを着た男。ハンチングのせいで顔は分からない。
「お前は誰だ。どうして俺を襲った」
銃口を向けながら尋ねる。元ポケモンではあるのだろうが、こいつは何だ?
男は刀を鞘に収めながら、
「答える義理はない。それに——」
ザッ!
刀の柄に手が伸ばしながらこっちに走ってくる。"いあいぎり"か!
高速で振り抜かれた刀。俺は直感だけを頼りに回避するも、頬を切っ先が掠める。
銀色に輝く刀身が俺の血で赤く光る。男はそれを舐めた。
「ふむ。変な味がするな。二種類の味が混ざっているような——そうか、二つ持っているな?」
楽しそうに人の血を味わう男。俺は仕掛けることにする。
「最後の晩餐は終わりだ!」
糸弾を撃つ。2点バーストで発射された弾は男の両肩めがけて飛ぶ。
「その程度!」
男は刀で銃弾と銃弾の間を斬った。糸を切られた弾は逸れて男の後方へと流れていく。
「まずは動きを止めてやろう」
パチン!
男が指を鳴らした。が、何も起きない。何だ? 何をしたかったんだ?
「仕掛けないのならこっちからやるぞ!」
糸弾を撃つために拳銃を構え、引き金に指をかける。平然と刀を鞘に収めて、いあいぎりの構えをする男。俺は引き金を引こうと指を動——
「あ、れ? 動かない?」
指が動かない。引き金が引けない。まるで金縛りにあったような——
「そうか、かなしばり! あっ!」
気付いた時には男はもう俺の目の前まで迫り、刀を抜いていた。その剣先がまっすぐ俺へと向かってくる——!