緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第4弾

 迫り来る刃。それは狙い違わず俺の目へ。金縛りで動けない俺は、それを避けることもできず——

 ガキイイイイイッ!

 しかし、その剣先は俺の目に届く数センチ手前で止まった。いや、止められたのだ、鈍色の手甲鉤によって。

「倍返しです!」

 幼い声とともに、男の腹にとびひざげりが入る。避けられない男はそれをもろに受ける。刀を掴まれた状態だからだ。

「はっ!」

 男が念じた。次の瞬間、刀が鉤の隙間からするりと抜け、男は大きく後ろへとジャンプする。

 俺は助っ人の女の子に声をかける。

「ナイスだよ、莉央」

「お待たせです、先輩!」

 俺にサムズアップしてくる青いバンダナを頭に巻いた莉央。おうおう、かっこいいぞ。ちっとも美しくはないけど。

「まったく、困った通り魔さんです。莉央の先輩に手を出すなんて、命知らずにもほどがあります」

 鈍色の手甲をはめ直す莉央。その手甲の甲の部分には白い円の模様がついている。

「いいですか? 先輩に指一本でも触れたら、私のこの銀製の手甲鉤(メタルクロー)でメッタメタにしてやるんです!」

 莉央は相手の懐へと突っ込む。刀と手甲鉤がぶつかり合い、甲高い音が鳴る。

「せいやっ!」

 男の隙をついて莉央がコートを裂く。裂かれた箇所から趣味の悪い薄い緑のワイシャツと真っ赤なネクタイが見えた。

「こいつ!」

 男は左手でもう一本日本刀を抜き取り、莉央へと斬りかかる。莉央は軽い体を生かした軽快なバックステップで距離をとる。

 莉央のメインウェポン。それはこのメタルクローである。

「まったく、リオルのくせに生意気だよな」

「り、リオルじゃないです! 莉央はルカリオです!」

 可愛らしい尖った八重歯を見せながら、莉央は俺に怒る。もう、と頬を膨らませて俺を睨んでくるが、残念。全然怖くない。小学生が無理してる感がすごい伝わってくる。

「なるほど、ルカリオか。厄介だな」

「殺り合うつもりならこっちも容赦はしません」

 腰を低く落とし、いつでも飛びかかれるように構える莉央。かなしばりの解けた俺も、その隣で二丁の拳銃を構える。

「二対一だ。どうする? 尻尾を巻いて逃げるか?」

 しばらく黙ったまま動かない男。が、やがて納刀して踵を返した。尻尾を巻いて逃げるのか?

 と、顔だけ振り向き、俺を睨めつける。ハンチングから現れた、誰かに似ている赤い目が月光の下、怪しく光る。

「今日のところは引いておいてやる。だがな——沙那に手を出すな」

 それだけ言い残すと、男は闇に溶けるように消えていった。

 沙那? あいつは沙那の知り合いか何かなのか?

 いや、待て。あいつの使用していた技。あの赤い目。誰かに似ていたけど、まさか……。

「切里玲、なのか?」

「先輩!」

 呼ばれて振り向くと、ぷく〜と頬をハリーセンみたいに膨らませた莉央が立っていた。「私、怒ってます!」と顔は言っている。全然怖くないけど。

「沙那って誰ですか! 女ですか! むぅ〜、先輩にくっつく悪い虫は退治します!」

 何でだよ。てかなぜ怒ってるんだ。

「わけの分からんことを言う、な?」

 くらり、と視界が回る。

「せ、先輩⁉︎」

 

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 心配そうに俺の顔を覗き込む莉央。対する俺は彼女に肩を借りながら自宅へと歩いている。

「ごめん、莉央。迷惑かけちゃって」

「いいんです! むしろこのまま看病させてください!」

「いらない」

「ええっ!」

 ドジなお前に看病なんてさせたら余計に悪化するだろうに。

 謎の刀使いの襲撃の後、俺は倒れてしまった。特に身体に異常はないのだが、あいつとの戦闘ではかなり疲れたらしい。今はこうして後輩に肩を借りて歩いている。情けない先輩だな。

「着きましたよ、先輩」

 莉央は俺を廊下の壁にもたれかかるようにして、自分は合鍵で玄関を開ける。戦徒はルームキーをシェアしているのだ。

 俺はふらつきながらもなんとか立ち上がり、室内へと入る。先に中に入っていた莉央がリビングの電気をつけ、俺をベッドへと運ぶ。

「タオルタオル……」

 莉央が洗面所に向かう。微かに蛇口を捻る音や水の流れる音が聞こえてきた。

 一方、俺はベッドの上でただ横になっていた。頭がボーッとして、何も考えられない。でも、何か。何かをしたい。

 背中に硬いものが当たっている感触。そうだ、そういえばナイフを背中に隠しておいてたな。

 俺は背中からナイフを取り出すと自らの手首に当てる。このナイフを引けば、手首が切れたりするのかな。

「せ、先輩⁉︎ 何してるんですか!」

 慌てて駆け寄ってきた莉央が俺の手からナイフを取り上げる。何するんだ、こいつは。人のものを取るなんてどろぼうだぞ。

「返せ」

「先輩、いくら後輩に助けられたのが恥ずかしかったからって自傷するなんておかしいです!」

 莉央はナイフを机の上に置くと、俺の額に濡らしたタオルを当てて俺を横にする。

「ほら、先輩は疲れてるんですから寝てください」

 せっせと俺の顔をタオルで拭く目の前の少女。こいつ、人が不眠だって知ってるくせに寝ろっつーのかよ。

 ムカつくな。襲ってやるか。

 女は無警戒に俺の顔を拭き続ける。割と顔と顔が近い。顔立ちは結構かわいいな。美少女の部類に入るかも。

「もう。先輩は無茶しすぎです。この間は飛行機で、きゃあっ⁉︎」

 一瞬。女が瞬きした瞬間をついて跳ね起きる。俺に覆いかぶさるようにしていた女を掴むと二人揃って転がり、ベッドの下へと落ちる。

 俺は女を下敷きにすると両手で両腕、足で足を押さえつけ、女が動けないようにする。

「バカな女だ。のこのこと男の家に入ってくるなんてな」

「せ、先輩……?」

 しっかしまぁ、なんともメリハリのない身体だな。ロリ体型と言うやつか。

「その幼児体型、どうせお前初めてだろ? 良かったな、俺が奪ってやるよ」

「ふぇ⁉︎」

 ボッ、と顔を真っ赤にさせる女。やっとこさ状況を理解したようだな。

 試しに胸に触ってみる。

「ひゃん!」

 あ、思っていたより柔らかい。へえ、こんな体型でもちゃんと少しはあるもんなんだな。

「ど、ど、どうしよう。まだ心の準備が……で、でも先輩となら……」

 さらに顔を紅潮させる女。でもこの女、まったく抵抗しないな。無理やり犯されるのだからもう少し抵抗があると思ったのだが。まあそっちの方が都合がいいけど。

 俺が防弾制服を脱いでアンダーシャツ姿になると、下の少女がおどおどと話す。

「そ、その。優しく、してくださいね……?」

「誰が優しくなんてするかよ、莉央。……莉央?」

 俺に押し倒されている女の子。黒髪のツインテール、赤い瞳、青いバンダナ。凹凸の見られない小学生のような身体。間違いない、莉央だ。

「あれ? どういう状況だ?」

「せ、先輩から押し倒してきたんですよ? わ、わ、私とする、んでしょ?」

「する?」

 俺は改めて状況を確認してみる。制服を脱ぎ、アンダーシャツ姿の俺。おい、俺よ。お前は何をしようとしていたんだ。

「先輩の言った通り、私、は、初めてなんです。そ、その。優しく……」

「えっ? ちょ、ちょっと待て⁉︎ どういうことだ⁉︎」

 そ、それって俺が莉央を襲ったのか? 後輩を? 戦妹を?

 ば、バカか俺は。何をしてるんだよ、俺は!

「すまん! 莉央、本っ当にごめん!」

「えっ?」

「取り返しのつかないことをするところだった! もうアレだ、死んで謝る!」

 俺は立ち上がり、机の上に置かれたナイフを取ると自分の左胸に当てる。今は防弾制服を着ていない。間違いなく刺さるだろう。

「せ、先輩⁉︎ 私は別に構いません!」

「はぁ? くそぅ、この俺のバカ! 毒でも盛ったのかよ!」

「ち、違いますぅ〜」

 アルセウス様、約束を果たせなくてごめんなさい。でも、俺のようなポケモンは死んだほうがいいんだ。というわけで、今から俺、死にます——!

「もう! 先輩の馬鹿!」

 俺がナイフを刺そうとした瞬間、莉央の掌が俺の腹に当てられた。そして、

「先輩が、先輩が悪いんですからね!」

 なぜか泣き出した莉央にそう怒鳴られ——

「ゔっ⁉︎」

 腹にいきなり衝撃。同時に、全身に痺れが走る。

 朦朧とする意識の中、莉央が涙ぐみながら言葉をもらしたような気がした。

「わ、私……本気だったのに!」

 

 

 ドン! バタン!

 トットットットッ……。

「……んだよ……」

 重いものを運んだり、廊下を行ったり来たりするような音に俺は目を覚ます。……は? 俺は不眠じゃなかったか?

「先輩?」

 身体を起こすと、部屋には莉央がいた。目を充血させて腫らしている。その下にはクマができている。泣いてたのか? 一晩中?

「おはよう、莉央。どうしたんだ、その目。ははっ、ひどい顔だぞ?」

「せ……」

 うつむき、ぷるぷると肩を震わす莉央。

「ど、どうした?」

「しぇんぱぁ〜い!」

「ぬわっ⁉︎ や、やめろ莉央!」

 鼻水と涙でぐちゃぐちゃにした顔で俺に抱きついてくる莉央。やめろ、汚い! てかこんなくだり、前にもなかったか?

「なんでそんなに泣いてるんだよ」

「だって! だって先輩が自殺するっていうんだもん!」

「はぁ? 俺が自殺?」

 ありえん。俺がアルセウス様との約束を果たさずに死ぬなんてありえない。

「そんなのありえないだろ。夢でも見たんじゃないか?」

「ゆ、夢じゃないです! 今日は私、先輩になりきって一晩中起きてたんです! 先輩がまた死のうとするんじゃないか心配だったんですよ?」

 は、はあ。ご苦労なことで。

「とにかく、俺が自殺するなんてありえない。というか、どうしてお前がここにいるんだよ」

「……先輩、昨日のこと覚えてないんですか?」

「昨日のこと?」

 昨日。朝、看板裏で特訓。授業を受けて、放課後に沙那と温室で会った。そのあと、帰るときに俺は刀使いに襲われて、莉央が助けに来た。男は二対一の状況を不利と判断、撤収した。

「こんなもんだろ?」

「その後は?」

「んー……」

 その後。どうやってここまで帰ってきたかってことか? えっと……。

「な、何も覚えてない」

「やっぱり……」

 言われてみれば、昨日の襲撃のあとのことを何一つ思い出せない。

「アルツハイマーかな?」

「ふざけないでください!」

 莉央が濡れているタオルで俺の頬をひっぱたいた。い、痛い。

「じゃ、じゃあ。何があったのか教えてくれないか?」

「はい。刀使いは去り際に先輩に何かをしたんです。そしたら先輩が倒れてしまったので、私がここまで運んできたんです」

「そっか。ありがとな、莉央」

 俺は莉央の頭を撫でる。気持ちよさそうに頬を緩める莉央。さて、ご機嫌取りはこのくらいでいいだろう。

「それで? それだとどうしてお前がそこまで俺のことを心配していたかの説明がついてないんだが」

「それは、先輩が自殺するなんて言い出すから」

「どうして俺は自殺を?」

「先輩が私の——」

 言いかけて口を噤む莉央。ボボボボと顔が真っ赤になる。な、何があったんだ。

「そ、そんなのはどうでもいいんです! とにかく、先輩が悪いんです〜!」

 そ、そうか。まあ世の中には知らぬがヤドンなんて言葉もあることだし。知らない方が幸せなのかもな。

 フワァ〜、と大欠伸をする莉央。一晩中、俺のことが心配で起きてたんだよな。いつもは規則正しい生活を心がけているのだから、そうとうに眠いはず。

「とりあえずありがとな、莉央。ゆっくり寝な」

「はい……おやすみ、なさい……」

 倒れるように俺のベッドに横になり、眠りにつく莉央。しわくちゃの制服のままで。どうやら本当にずっと俺のことを看ていてくれたみたいだ。

 ぐっすりと眠る莉央。その横顔はやっぱり幼く、子供っぽい。幸せそうに眠る莉央を見ていると和む。

「妹って……こんな感じ、なのかなぁ」

 ドシンッ! ドン、ドン!

 なんだよ、さっきから。妙に上がうるさい。莉央が寝てるんだから静かにしろよな。

 俺はパソコンの電源を入れる。キンジの部屋に仕掛けてあるカメラで状況を確認してみるか。

「あれ?」

 しかし、映像は映らない。画面は何も映し出さないまま。

「じゃ、じゃあマイク……」

 スピーカーをオンにする。けれど、何も流れない。

「お、おい。故障?」

 バタン! ガンッ、ガンッ!

 騒音は止まない。……はぁ、仕方ない。自分で行ってみるか。

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