緋弾のアリアドス 作:くものこ
「えっと、それはあそこにお願いします」
「はい」
何が入っているのかよくわからないタンスを、さっきキンジが運んだタンスの隣に置く。結構重い。これはタウリンを飲んで力をつけないとダメかな。
「星伽さん、他に何か手伝うことはある?」
「えっと……たぶんないかな。ありがとう、糸丸君」
「いいえ。これぐらいお手の物ですよ」
キンジの部屋。その様子を探りに行ったところ、なぜか星伽さんがそこに引っ越す作業をやっていた。なんでも、星伽さんのボディガードをキンジとアリアで引き受けたらしく、これから一緒に生活をするらしい。
そして、アリアによって発見された俺はその手伝いをやらされるハメに。
しかもキンジは途中でいなくなるし。アリアはキンジを探すとかなんとか言っていなくなるし。なんで俺だけで手伝ってるんだ、ったく。
星伽さんのボディガードなんじゃないの? 良いのかよ、一人にして。まあ、俺がいるけども。
一方、星伽さんは現在エプロンをつけて料理をしている。キッチンを見るに、中華だ。すごい美味しそう。まあ、普段ろくなもの食ってないからな。
とりあえず、バンギのいぬ間にみずあそびって諺もあることだし、俺は仕掛けた盗聴器やカメラの確認を行うとしよう。
「おかしいなぁ。全部普通に機能しているぞ?」
玄関。段差の部分に埋め込むようにして仕掛けた盗聴器はそのまま。しかも、どこか壊れたわけでもない。ちゃんと機能している。
では、なぜ俺のところに音声が届かなかったのか。電波が悪かったとか? うーん、分からない。
俺はリビングに戻ってソファに座り、いそいそと料理をしている星伽さんの後ろ姿を眺める。制服の上からエプロンをつけた彼女を見ていると、キンジが羨ましく感じる。俺の家に出入りする女子は皆、料理ができないのだ。
テレビでもつけようか。そう思い始めた頃、携帯が鳴った。
知らない番号だ。いったい誰から?
「もしもし」
『糸丸さん』
抑揚のない無機質な声。最初はエムかと思ったが、あいつの電話番号は知っている。ということは。
「レキか?」
『はい。今、糸丸さんはキンジさんの部屋にいますね?』
「なっ!」
俺はソファから跳ね上がると、周囲を見回す。
見られてる。盗聴器か?
と、俺の目が外に見えるある建物で止まった。女子寮。
俺はベランダに出るとよく目を凝らす。
「部屋から見てるのか?」
『はい。アリアさんに見張りを頼まれたので』
「見張り? ああ、星伽さんのか」
そうか、レキがいるからアリアは普通に外出したんだな。納得。よくよく考えてみれば、あのアリアが依頼を放棄するなんてことはないな。
『糸丸さん。少し話があります。私の部屋に来てください』
「えっ? 今?」
『はい。今です』
そんなわけで、俺は女子寮に来ていた。
レキに電話で教えてもらった部屋に向かう。途中ですれ違った女子たちがひそひそと何かを話していた。俺を指差しながら。なんだろう。
やっと見つけた部屋。その部屋の前に立ち、深呼吸。もしかしなくても女子の部屋には入るのは初めてだ。
インターホンを鳴らそうと指を伸ばした、その時。
「どうぞ」
玄関を開けてヘッドホンをつけたレキが顔を出した。おいおい、なんで俺が来たことが分かったんだ。未来予知ですか?
「風です」
「風?」
中へと戻っていくレキに従い、俺も室内へ。
中は驚くほど殺風景だった。何もない。リビングに家具が一つもないのだ。時計すらない。どうやって生活しているんだか。
レキは俺が部屋に入ったのを確認すると、窓際に座ってドラグノフのスコープを覗き込む。
俺も立ちっぱなしは嫌だったので、床に正座をする。なんとなく胡座をかく気にはなれなかった。
10秒。20秒。30秒。1分経っても、レキは何も喋らない。ただスコープを覗き込んでいるだけ。人を呼んでおきながら、これは何だ。
「あ、あの。レキさん?」
「何でしょう」
彼女はレンズから目を離さずに返事をする。
「俺はなぜ呼ばれたのでしょうか?」
「……」
レキからの返答はなし。仕方ない。武偵として自ら考えてみるか。
まず、レキが何を見ているのかだ。俺を無視するほどの大事なこと。
まあこれに関しては大体の予想はついている。おそらく、星伽さんの見張りだろう。ということは、アリアかキンジが帰ってくるまでこの状況が続くということか。
次に、なぜ俺を呼び出したのか。これについては皆目見当もつかない。いったい何の意味があって、俺を自らの部屋に呼んだんだ。
しばらくしてレキはスコープから目を外し、耳からヘッドホンを取った。俺に向き直り、
「最近カロリーメイトは食べていますか?」
と、聞いた。
「カロリーメイト? ああ、食べてる食べてる」
こいつはカロリーメイト信者である。適当に俺も食べてる的なことを言って聞き流そう。
が、レキはその感情のない目で俺をじっと見る。「嘘をついているのはわかっています」とでも言いたげに。
「……実は、最近はカップ麺を」
「カロリーメイトをオススメします」
うん。前も言われたな、それ。そして食べていたのだが、やっぱりカロリーメイトだけだと腹が減るのだ。
が、ここでその正論を述べてしまうと色々と面倒そうなので、俺は話題を逸らすことにする。
「それで? それを言うために呼んだのなら帰るよ?」
「では、本件を」
どうやらカロリーメイトの話は閑話だったようだ。真剣な顔つきになったレキを俺も真剣な顔つきで見る。……あれ、カロリーメイトの時もこれくらい真剣な表情してたかな?
「アドシアードで何をするか決めましたか?」
「いや、まだだけど?」
たしかキンジはバンド、アリアはチアをやるって言ってたな。そういえば、俺はまだ何をやるか決めてなかった。必ず何かはしなければならないので、申請が遅くなればなるほど面倒な手伝いしかないという状況になってしまうのだ。早いとこ、楽な手伝いを見つけないと。
「でしたら好都合です。糸丸さん、私の代わりに狙撃競技に出てください」
……なぬ?
「お、お前正気か⁉︎ どうして俺なんだ⁉︎ 俺は諜報科だぞ⁉︎」
「あなたにはスナイパーの素質がある。風はそう言っています」
たしかにアリアドスの隠れ特性、別名夢特性にスナイパーというものがある。でも俺は別にその特性は持っていなかった。
「し、知らんが! でもだな、レキ。素質があるからって何でもできるわけではないんだぞ? ちゃんと訓練を積まないとだな——」
「私が訓練の相手をします。ご心配なく」
「ま、待て! そもそもどうして代役が必要なんだ!」
「風があなたに狙撃競技に出てもらえと言っています」
また風か。こういう人間を電波系っていうんだよな? その電波、信頼できるのか? 怪電波を受け取ってないよな?
「あなたは狙撃競技に出る必要がある。あなた自身の目的を果たすために」
「何だって?」
俺の目的? レキは知っているのか? 俺が元ポケモンで、アルセウスのためにプレハブを探していることを。
「知っているのか、俺のことを」
「それは今は関係ありません。私があなたのことを知っていようといなかろうと、あなたはアドシアードに選手として出なければなりません」
そこまで言うか。風っていうのは、なんでも知っているのか?
どうする、アリアドス。
俺が狙撃競技に出て勝てるのか? 勝たなかったら、どんな目に遭うんだろうか?
でも。こいつの話の内容からすると、おそらくプレハブが出場してくるのだろう。
「……分かった。出るよ、狙撃競技に」
「そうですか。明日の朝から特訓を始めたいと思います。7時にここに来てください」
朝7時か。看板裏での特訓と時間が重なってるな。
まあ、あっちは出なくていいだろ。そうすればキンジとアリアは二人きりだしな。
「では、これをどうぞ」
レキが俺に差し出したのはカードキー。これってこの部屋の?
「えっ? 何?」
「カードキーです、この部屋の」
「いや、そうじゃなくて。どうして俺に?」
「私たちの関係は師弟関係です。同学年なので戦徒関係は結べませんが、似たようなものです。なので鍵の共有を」
そ、そうですか。そんな簡単に家の鍵を他人にあげちゃって大丈夫なのか? もし俺が悪〜いポケモン、じゃなかった、人なら大惨事じゃないか。
レキの将来が心配である。
「足が動きました。バツ8です」
「すみません……対象に変化はありません」
「報告が3秒遅れました。バツ9です」
「すみません」
翌朝。俺はレキが用意した安物の狙撃銃を使って、キンジの部屋を監視している。結局、今までとやることは何ら変わっていない。
特訓の間、アリアとキンジは星伽さんと離れてしまう。だからレキに協力を依頼し、それをレキが俺に強要している。依頼料、入らないだろうか?
その際に、俺がミスをするたびにバツがカウントされている。後でバツ一つにつきカロリーメイトを一つ買ってくるという罰ゲーム。もちろん自腹。
狙撃ってかなり疲れる。こうして動かずに、ずっと対象を見てなければならないのだから。
結構キツいぞ、この訓練。
スコープを通して見ている星伽さん。何かよく分からないまじないを家のあちこちで行っている。なんだろうな。
と、星伽さんが鞄を持って玄関の方へと向かった。もうそんな時間なのか。
「対象が家を出ました。どうします?」
「そのまま監視を続けてください」
「了解です」
でも、俺ってやっぱりこういうのに向いているのかな。不眠だからうたた寝等をすることもないし、獲物の動きを追うのは割と得意な方だし。
「でも、本当にこんな訓練でいいんですか?」
俺はもっと射撃場とかで撃つ練習を考えていたんだが。
たしかに狙撃手にはこういうふうに何かに集中して取り組む力も必要なんだろうけども。
「私語は謹んでください。バツ11です」
「……すみません」
またバツが増えた。
「バツの数が一つ多いことに気付きませんでした。集中してください。バツ12です」
「じゃあそれ一つ多くないですか?」
「静かにしてください。バツ13です」
「……はい」
俺は反省をして、無言で対象の動きを追う。しかしひどい。どのみち増えたんじゃないか。
しばらくした後、レキの携帯の着信音が沈黙を破った。
「糸丸さん。もういいそうです」
「了解」
俺はスコープから目を外す。ふう、疲れた。
「今日の特訓は終わりです。また明日、朝7時に。カロリーメイトはその際に持ってきてください」
「お疲れ様でしたー」
なんか特訓というより、いいように使われたみたいな感じがするけど。まあいっか。
ところで、なぜ星伽さんはボディガードなんてのをつけているんだ?
「レキ、どうして星伽さんはボディガードをつけてるんだ?」
「
魔剣? ああ、そういえば。
少し前、諜報科の授業で魔剣に対するレポートの提出を課題として出された気がする。
うちの科では、よく課題として何かの調査が出される。が、それはぶっちゃけ真面目に調べなくとも適当に書いておけば及第点をもらえるので、みんな適当に書いて終わらせることが多いのだ。その結果、諜報科はガセが多いとかなんとか言われるんだが。
どうせうちの誰かが白雪が狙われているというガセネタを書いたんだろう。なんだ、大したことないな。
——でも、最近は不審なことが多いからな。偽白雪とか、刀使いの襲撃とか。アドシアードも近いことだし、警戒はしておいた方がいいのかもしれない。
とりあえず、今日の午後は魔剣について調べてみますか。