緋弾のアリアドス 作:くものこ
「あんのバカ〜〜〜〜!」
「アリアさん、静かにしてください。迷惑です」
アリアとキンジの仲直り。それを期待した俺は甘かったみたい。高望みの願い事だったようだ。
「だって! キンジが!」
「糸丸さん、気にしなくていいです」
「はい」
安物の狙撃銃で夕日に照らされて赤く染まる海上に浮かぶビニール袋に狙いを定める。照準を合わせて、トリガーを引く。
タンッ!
放たれた弾丸は、目標から1メートルほど離れた位置に落ちる。
「またハズレですね」
「下手くそね、糸丸」
あのなぁ〜。狙撃を始めてまだ一週間も経ってないんだぞ? 期待しすぎだ。
「まったく、そんなんじゃ魔剣に勝てないじゃない」
魔剣。星伽さんの誘拐を狙っているという誘拐魔。
「キンジのバカは戦力にならないわ。あんたたち二人が頼りなのよ」
俺は双眼鏡でキンジの部屋を覗いているアリアの方に振り向く。
「本当に戻らないつもりなのか?」
「当たり前よ。誰が好きであんなヤツの家になんか」
「好きなのに?」
「す、好きじゃないわよ!」
「糸丸さん、集中してください」
「すみません」
今日から始まった午後練。俺は東京湾に浮かぶゴミを狙撃銃で狙い撃ちをする練習をしている。けど、どうにも当たらない。まあ当たり前だろうけど。
そして、レキの部屋にいるのは俺とレキだけではない。
「あのバカ! なんで白雪とあんなに近づいてるのよ! 風穴風穴風穴〜ッ!」
ドタバタと地ならしでもするかのように地団駄を踏むアリア。スコープの画像が上下に揺れる。
「やめろ、狙撃できない」
聞いた話によれば、今日の昼休みにまたアリアとキンジは喧嘩したらしい。最初はキンジが星伽さんのボディガードをサボっているという話から始まったのが、取り返しのつかないレベルの喧嘩になったそうだ。
キンジのところを出て、レキのもとへと転がり込んできたアリア。さっきからずっとバカバカバカバカと喚いている。それでも星伽さんの見張りを続けているあたり、武偵として依頼は完遂させるつもりなのだろうが。
「魔剣は絶対にいる! いるったらいる! あたしがいるって言ったらいるの!」
どうやらキンジに魔剣は存在しないと言われたらしい。たしかにいるという証拠は何もないのだがな。
「根拠はあるのか、アリア」
「な、ないけど……。で、でも! あいつはママに107年分の冤罪を着せてるの! いないわけないじゃない!」
「そうだけどさ……」
次の的を求めてスコープを覗き込む。けれど、もう日が落ちてしまって暗くなってしまい、残念ながら俺にはもう狙撃できそうにない。
「今日は終わりにしましょう。片付けてください」
レキの指示通り、狙撃銃を片付ける。
「糸丸さん、明日からゴールデンウィークの五連休です。予定は空いていますね?」
どうだったかな。たしか入っていたと思うけど。ブリガロンの処理とかが。
「空いてますね?」
チャキッ、と音がした。な、何だろう。俺の直感が警笛を鳴らしているんだが。
まさかドラグノフ狙撃銃を突きつけられたりなんかしてないよな?
「空いてますね?」
三回目の確認。ああ、沙那との食事、あれもゴールデンウィーク中にしようかと思ってたんだけど。
「空いてますね?」
無機質な声。ああ、エムとジャロと三人で話し合いをする予定もあったな。俺専用の移動手段を作るとか言っていた。
「空いてますね? 休み明けはアドシアードですよ?」
「はい、空けます」
はぁ。あいつらとの約束はどうしようか。
それからの五連休。俺は朝から晩まで狙撃の練習をレキとしていた。ある時は狙撃科の射撃場で的当て。ある時はレキの部屋からキンジと星伽さんの監視。またある時はコンビニと女子寮の間を全力ダッシュ。なぜかって? 世の中には知らない方がいいこともあるんだよ。
さて。訓練と称して人を自分の依頼に使うレキ教官だが、現在はこのレキの部屋にはいない。いるのは束の間の休息をカップ麺を食べながら過ごす俺と、双眼鏡でキンジの部屋を見ながら歯軋りをするアリアだけ。
「ぐぬぬ……。白雪、認めたくないけどなかなかに似合ってるじゃない」
なぜかは知らんが、白雪が浴衣を着ているらしい。しかも、自分で着付けたとか。さすがは武装巫女。
「どこかに出かけるのかしら?」
「さあ」
今もなおキンジと喧嘩中でレキの部屋に居候しているアリア。が、本人曰く魔剣を誘き出すための作戦らしい。一旦自分がボディガードから外れたと見せかけてキンジと星伽さんを囮にするらしい。でも、それってボディガードの依頼を受けた人としてどうなの? 依頼人を危険な目にさらしていいのかよ。
「あっ、キンジが帰ってきたわ」
じゃあそろそろレキも帰ってくる頃だな。カップ麺、見つかる前に処理しておかないと。
実はレキとキンジはファミレスで会っていたのだ。キンジがレキを通してアリアに護衛の近況を報告するんだってさ。残念ながら、その全てをアリアはもう知っているんだが。
「あっ、白雪とキンジが家を出たわ。ふ、二人で出かけるつもり⁉︎」
「なるほど、デートか」
「ででで⁉︎ で、デート⁉︎ 護衛対象とデートするつもりなの⁉︎ あのバカ、武偵失格よ!」
アリアはただ嫉妬しているだけだと思うが、たしかに護衛対象とそういうことをするのは良くないな。
ボディガードは依頼人と深い関係になってはいけない。これは基本中の基本である。教科書に書いてあるレベル。
「糸丸さん」
「あっ、レキ。おかえり……レキ⁉︎」
「あら、レキ」
いつの間にか背後にレキがいた。彼女の視線は俺の手元—すなわちカップ麺—に釘付けになっている。
「糸丸さん。カロリーメイトをオススメしたはずですが?」
「えっと、これは……」
何かいい言い訳はないかと頭をフル回転させていると、レキが窓の外へと視線を移す。
「キンジさんが外出するそうです。おそらく白雪さんと」
そして俺を見て、外を見る。うん、言いたいことが伝わったぞ。俺に尾行をしろと言いたいんだな?
「アリアさん、無線インカムはありますか?」
「はい、これ。こんなこともあろうかと思って用意しておいて良かったわ」
どんな予想を立ててたんだよ。
「糸丸さん。二人を追ってください」
「了解です」
あまり人様のデートを尾行するなんてのはしたくないんだけどな。
でも、あれだな。以前キンジにはアリアと二人で歩いていたのを尾行されたし、今度は俺の番ってことか。
無線インカムをつけて俺は外に出る。
女子寮の前に出た頃、インカムからレキの声が流れてきた。
『目標は駅へと向かっているようです。急いでください』
「はいはい」
ピシッ!
俺の制服の胸の第一ボタンが弾け飛んだ。お、おい。狙撃されたのかよ。
『返事は一回で十分です』
「……はい」
モノレールの駅の改札に向かう階段で俺は二人に追いついた。
制服姿のキンジ。一方、星伽さんは。
「うわぁ、綺麗だなぁ」
清楚な白地に撫子の花雪輪。白雪、ですか。鴇色の帯もちゃんと着付けてある。アリアが星伽さんは自分で着付けていたと言っていたが、もしそうならすごいな。
二人はモノレールの切符を買うと改札を通っていった。遠くからは花火の音が聞こえる。浴衣でデート、花火でも見に行くつもりか?
まあ、それはさておき。尾行を続けるには俺もモノレールに乗らなければならない。
「レキさん。お金は後で出ますよね?」
『……』
タンッ!
返答はなかった。代わりにインカム越しに銃声が聞こえた。
いや、まさか。ここ、駅ですよ? どうやって狙い撃つんです?
ギンッ! ギンッ! ギィンッ! ビシュッ!
金属が擦れる音が何回か響いた後、俺の胸の第二ボタンが弾け飛ぶ。もともと二つしか胸にはボタンがないので、現在俺は制服をだらしなく開いた状態。
「
銃弾を何度も跳ねさせて、その跳ねた弾で俺のボタンを狙い撃ったのか⁉︎
『これはカップ麺を食べていた罰でもあります』
レキの声。自分で払えと言う。
仕方ない。こんな狙撃の麒麟児に狙われているなんて、どうやって逃げればいいというんだ。
というか、こんな腕前があるんなら風がなんと言おうとアドシアードに出るべきだろ。絶対金メダルだぞ。
モノレールで台場へ。ゆりかもめで有明。そこからりんかい線で新木場。最後に京葉線で葛西臨海公園駅。やっぱり目的は花火みたいだ。たしか今日はここから近い東京ウォルトランドで花火大会があったはず。
俺は乗り越し精算をしながら二人の様子を伺う。尊敬の眼差しでキンジを見つめる星伽さん。この程度で尊敬って。あまり外出したことがないのだろうか?
「ないんだろうな。星伽の出身なんだから」
『私語は謹んでください』
「すみません」
精算を済ませ、俺は二人を追う。この辺は人けがないからな。バレないようにある程度距離を置かなければ。
森のように木々の生い繁る葛西臨海公園を海の方へと歩いていく。花火の音が聞こえるが、まだ花火自体は見えない。
「レキって花火を見たことはあるのか?」
『私語は——』
「まあいいじゃないですか。俺は一人で辛いんですよ」
何が嫌でリア充の尾行を一人でしなければならないのだ。俺も誰かと一緒が良かったなぁ。
それに、ここならレキの
『ありません』
やっぱりそうだよな。レキはそういうのに一切興味はなさそうだから、そうだと思っていたよ。
「レキも来れば良かったのに。ほら、音聞こえる?」
『はい』
「きれいな音だろ? どうだ、音の感想は」
『銃声に少し近いでしょうか』
「あー、うん。そういう感想ですか」
Sランク武偵っていうのは常にそういうことを考えているのだろうか。疲れないか、それ?
そうこうしているうちに、人工なぎさに出た。人っ子一人見当たらない。
立てかけてある札書きを見ると、海水浴や釣り、バーベキューまでもが禁止されている。何のための砂浜だよ。人がいなくて当たり前だな。
でも、たしかにここからならウォルトランドがよく見える。穴場だな。残念ながら、花火はもう終わってしまったみたいだけど。
人工の防砂林の陰に隠れて二人の様子を観察する。海の方へと砂浜を歩いていた二人はやがて立ち止まり、キンジが星伽さんに上着をかけてどこかへと走っていった。
おいおい、依頼人を一人でおいていくのか? 武偵としてどうなんだ、それは。
周囲を見回す。特に怪しそうなヤツはいないな。
だだっ広い場所で一人立つ星伽さん。しばらくすると、急に跳ね上がった。携帯を取り出すとそれをじっと見ている。キンジからメールでも来たのか?
『どうですか、様子は。変化はありましたか?』
「……いや、何も」
キンジがいなくなったことを告げようかと思ったが、手に何かを持って戻ってきたので伝えないでおく。
『そうですか。変化があったらすぐに伝えてください』
「なあ、レキ」
花火を買ってきたキンジ。そのキンジを見る星伽さんを眺めながら、俺は気になったことを聞く。
「好きな人と花火をするって、楽しいことだよな?」
『少し待ってください』
レキの声の後、何を話しているのかは分からないが、二人の女子の会話が聞こえる。アリアと話しているのか?
『糸丸さん。アリアさんによれば、楽しいものだそうです』
「そうか。そうだよな、ありがとう」
それじゃあ俺の感じた違和感はおかしくないわけだ。
キンジの買ってきた線香花火を持つ星伽さん。好きな人であるキンジといるのに、浮かない顔をしている。
「レキ。もうそろそろ魔剣が動き出すかもしれない」
『根拠はあるんですか?』
根拠か。キンジはそれがないから、アリアを信じなかったんだよな。だとしたら、あいつは俺の意見にも反対だろうか。
「それはない。俺の直感だ」
『あんたの直感、あたしは信じるわよ』
「アリア?」
『あたしの考えとしては明日のアドシアードが好機ね。関係者に紛れて簡単に武偵校に侵入できるわ』
そうだな、アリアの言う通りだ。魔剣が仕掛けるとしたら、そのアドシアードが最大にして一度きりのチャンスだろう。
『だから糸丸。あたしを信じて』
俺の直感を信じると言ってくれたアリア。そのアリアが、自分を信じろという。
「もちろんだ」