緋弾のアリアドス   作:くものこ

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糸弾のアリアドス
第1弾


「キンジの野郎。あとで覚えとけよ」

 8時少し前。俺は臙脂色の制服に身を包み、自宅を出る。頭の中はキンジへの怨念で一杯である。別名、やつあたりとも言う。

 ブレザーの裏側にはオーダーメイドの拳銃が二丁。腰に巻かれたベルトの左右にはちょっと複雑な機械がそれぞれ取り付けられている。後ろには四次元にでも繋がっているのかと思うほど色々な物が入る巾着袋。履いている靴は武偵校指定の靴——を改造したもの。

 明らかに普通ではない。しかし、これが武偵校の普通。キンジはえらくこれを嫌っているけど。

 まあ、仕方ないよな。あいつは数ヶ月前、武偵の兄を失った。その時の周囲の人の態度が彼に武偵という存在の負の面を見せつけたのだ。

 武偵。武装を認められた探偵。警察と何が違うのか、と思うかもしれない。けれども、警察と武偵には決定的に違う点がある。

 それは金だ。

 武偵は金を払わないと動かない。逆に言えば、金さえ払えばどんな依頼でも引き受ける。それが武偵法を破らない限り。早い話が金稼ぎをする何でも屋。

 そのせいで、世間一般からの評判はあまりいいものではないのである。

 だから、キンジは武偵をやめたいらしい。そんな感じに見える。あいつに言わせれば、武偵はマトモじゃないらしいからな。

 ま、俺に言わせればだから何だって話だけどな。

 野生での生活は甘いもんじゃなかった。自らの目の前にある欲しいものは何が何でも手に入れる。そうしなければ、次はいつチャンスが訪れるか分からないからだ。

 ゆえに今与えられた職、立場。それに感謝して、全うすべきだ。キンジの考えを否定したいわけではないが。

「あ、糸丸」

 階段を降りたところにある駐輪場で自分の自転車を探していると、キンジがやってきた。彼も自転車で登校するらしい。

「今日はバスじゃないのか?」

 聞いてみたけど、聞かなくても大体予想はつく。大方、星伽さんを先に行かせ、その口実に何かをしていたらバスの時刻に遅れたのだろう。いつものこと、よくあることだ。

「この時間だともう乗り遅れる。次を待っていたら遅刻だ。始業式早々に遅刻なんて、転校に影響が出たら困る」

 そう、今日は始業式。人間ってのは面倒な儀式をやるもんだ。いったいこんな式のどこに意味があるのだか。毎年毎年同じ話を聞かされて飽きないのか?

「そういう糸丸だって今日は自転車なんだな」

「ああ。もう今日はこれ以上カップルを見たくないからな。自転車に乗れば気にならない」

「カップル?誰と誰を見たんだ?」

 お前と星伽さんだよ!

 ……なんて、つっこみたいけどできない。それはこのバカが星伽さんの好意に気付いていないからである。

 遠山キンジはどうしようもないほど鈍感なのだ。

 しかしそれには一応、理由がある。

 ヒステリア・サヴァン・シンドローム。通称HSSと呼ばれるそれは、遠山家に代々伝わる特殊な体質。性的に興奮すると、思考力、判断力、反射神経などが通常の30倍まで跳ね上がる。つまり変態。

 俺の調べでは、キンジは中学生の頃にこの特殊な体質を女子に利用され、ひどい目にあってきた。そのために、女子を避けるようになったのだ。もちろん色恋沙汰も。

 まあ、そんなこんなでキンジは恋愛に疎い。だから星伽さんにどれだけ好意を寄せられても気付かない。同時に、彼女の陰のヤバい行為にも気付いてないが。

 ある意味幸せな奴だな。

「じゃあ一緒に行くか?」

「ああ、そうすっか」

 俺らは自転車を並走させる。

 

 

 心地よい春風が自転車を漕ぐ俺の頬を撫でる。

 アスファルトに並ぶ桜の木々は、俺たちに花弁のシャワーを降り注ぐ。

 なんて気持ちの良い春の朝なんだろう。これで小鳥のさえずりなんかが聞こえたら最高だな。

「その チャリには 爆弾が 仕掛けて ありやがります」

 へえ。鳥が言葉を喋ってるよ。ペラップみたいだ。でも、この世界にポケモンはいなかったよな?

「チャリを 降りやがったり 減速 させやがると 爆発 しやがります」

 ボーカロイドとかいう、人の声を機械でいじった音声がする。へえ、鶯という鳥はホーホケキョと鳴くって聞いたけど、もしかしてこれがウグイス嬢という奴なのか?

「そんなわけ ないで あり やがります」

「だよな!」

 どうしてこうなったんだ⁉︎ ってか、なぜつっこんでんだ!

 振り返ればセグウェイの本来人が立つ場所に設置された銃座に備え付けられたUZI。イスラエルのIMI社の短機関銃で、1秒間に10発もの9ミリパラベラム弾をブッ放してくる。

「おい、キンジ! どうなってるんだよ!」

 俺は隣で自転車を漕いでいる友人に問う。

「俺が知るか!」

 答えながらキンジは自転車のサドルの裏を弄る。そして気付いたようだ。たしかに爆弾がある。

 俺も同じ位置にあるのでは? そう思い、俺もサドルの裏を指でなぞる。

 あった。それも結構なサイズ。爆弾に詳しいわけではないが、この容積は自転車どころか車まで吹っ飛ばすんじゃないか?

 自転車を全力で漕ぎながら、俺は上を見上げる。

 道路標識か何かがあれば。もしくは道路の真上まで伸びた、俺の体を支えられる枝があれば。

 しかし、俺の期待に反して頭上には何もない。道路脇の建物の屋上と、青空が見えるだけ。

「は?」

 その時、俺は屋上の縁に女の子を見た。たしかあの建物は女子寮。

 武偵校のセーラー服。長いピンクのツインテール。

 遠目でわかる情報はこれくらい。その少女は、まるで自殺願望がある人のように屋上の縁に立ち、下を見下ろしている。

 違う。俺らを見ている。

「お、おい。糸丸。上に女の子が——な⁉︎」

 キンジが驚きに満ちた声を上げる。俺も目が飛び出したんじゃないかというくらい驚く。

 女の子が飛び降りたのだ!

 どうする? ワイヤーを使ってこっちに引き寄せれば、助けられないこともない。だが、ここには爆弾、UZIには追われる。絶対にそんなことはしない方がいいだろう。しかしそれでは彼女を助けられない。

 と、思ったら。その女の子はパラグライダーを広げ、空を飛ぶ。予め用意しておいたのか。

 ホッとしたのも束の間。あろうことか、その子は俺らの元へと滑空してくるのだ! 隣でキンジが叫ぶ。

「バッ、バカ! 来るな! この自転車には爆弾が」

 しかしキンジの言葉が聞こえなかったのか、無視したのか。どちらかはわからないが、女の子は速度を落とさずに俺らへと接近する。

 そして、女の子は左右のふともものホルスターから銀と黒の大型拳銃—コルト・ガバメントだ—を二丁抜くと水平に構える。

 嫌な予感が脳裏をかすめる。こいつ、撃ってくる!

「ほらそこのバカども! さっさと頭を下げなさいよ!」

 女の子の怒声とほぼ同時に、俺は頭を下げる。

 頭上から聞こえてきたのはコルト・ガバメントが火を吹く音。続けて、俺の髪を掠めて飛んでいった弾丸が後ろで何かを破壊する音。

 顔を上げると、女の子はホルスターに拳銃をしまっていた。UZIを破壊したのか。

「サンキュな、ピンク!」

 俺は女の子に礼を述べると、目の前に見えてきた桜の木に向かって全速力で走る。UZIがいないのなら、あとは一人でなんとかできる。

「ちょっとあんた! 何をするつもりよ!」

「俺には構うな! キンジを頼む!」

 あいつは今ヒスってないからな。ヒスっていないキンジは一般男子高校生並みの運動神経しかない。自力で爆弾付き自転車を対処できるとは思えん。

 でも俺は。

 桜の木を通り過ぎる瞬間、自転車からジャンプして宙を舞う。同時に左腰の機械からワイヤーを打ち出す。

 ワイヤーの先端は、緩やかな曲線を描いてうまく木の枝に引っかかる。

 固定されたワイヤー。左腰のリールが逆回転を開始し、俺を引き寄せる。

 はるか前方を進む誰も乗っていない俺の自転車。ふっ、うまくい……

 

 シャーーー

 

 俺の真下を通過する自転車。あ、これキンジのじゃね?

 しかし、そこには誰も乗っていない。つまり減速気味。おい、まさか。

 一瞬で白く眩しい光に包まれた自転車は、轟音とともにとてつもない衝撃を俺へプレゼントしてくれる。

 耳が痛い。鼓膜が破れそう。

 目が痛い。とてもじゃないが開けていられない。

 全身が熱い。やめてくれ、俺は火が苦手なんだ。

 爆風で俺の身体は木よりも高く舞い上がる。

 そして。

 

 ブチッ

 

 痛む耳が、爆発音が轟く中、それでも捉えた微かな音。それはワイヤーが切れる音だった。

 ああ、これだけの爆発の衝撃に耐えられなかったんだな。

 下を見る。うわっ、結構高いな。この高さからフリーフォール? ははっ、死ぬんじゃね?もしそうだとしたら、結構短い第二の人生だったな。人間はこういう時、南無阿弥陀っていうんだっけ?

 

 だが、俺に抜かりはない。俺は死なない。

 

 腰の巾着袋から取り出したのは糸付きのゴム。それの糸の部分を手に持ち、一振りすれば、

 

 ばっ!

 

 一気に膨らむ。そう、これは"ふうせん"。でもただのふうせんではない。これを持っていれば、宙に浮くことができるのだ。

 宙に浮かぶ俺。さすが、あの娘が作ったアイテムだな。安定の安心感。

 フワンテのようにふわふわしながらゆっくりと下へと降りる。

 何やら黒いのがいくつか俺をお出迎えしている。ポチエナさんかな?

「……なんでセグウェイさんがまだいるんだよ」

 二台のセグウェイ。それが俺の真下にいる。これ、降りたら射殺されない?

「やばいやばいやばいやばい⁉︎ 上昇しろ!」

 しかしふうせんは上がらない。結局、人は重力には逆らえないのか。

 使えないな、このふうせん。後であの娘に文句言ってやる。

 

「生きて帰れたらだけど!」

 

 はっきりわかんだね、あのセグウェイ上のUZIの銃口が俺の方を向いているんだって。

 

 ズガガガガガガンッ!

 

 俺目掛けて飛んでくる銃弾。防弾制服を着ているとはいえ、顔や手などの露出している部位に当たったらひとたまりもないだろう。

 嗚呼! 神様、仏様、アルセウス様! 俺に特性"てんのめぐみ"を!

 祈りが通じたのか、弾は俺を掠めるだけで命中しない。

 ざまぁ!見たか、俺様の"きょううん"!アリアドスの特性じゃないけど!

 

 パンッ!

 

「あれ?」

 頭上での破裂音。頭に被さったゴム。あ、もしかしてふうせんが割れちゃった?

「ちょっと待て⁉︎」

 宙に浮く手段を失った俺は自由落下(フリーフォール)。地面に全身を打ち付ける。効果は抜群だ!

 さらに、目の前にはUZI。黒光りするその銃口は真っ直ぐに俺を捉える。

 もしかして死ぬ?今度こそ本当に死ぬ?

 

 まさか。

 

 仰向けの状態から右腰のワイヤーを真横に射出。近くに立てかけてあった木材にフックがかかり、俺はその場から緊急脱出。

 UZIは俺を必死に追いかける。けど、遅い。伊達に生まれ変わってからインドメタシンを飲み続けていない。

 引っ張られる力をうまく利用し、足と腹筋だけで体を起こす。同時に、防弾制服の内側のホルスターから二丁の拳銃を抜き出し、

 

 バンバンッ!

 

 UZIを沈黙させる。

「ふう」

 ちょっと気取って拳銃の銃口に息を吹きかけてみる。今の俺、もしかしなくても格好良い?

 それにしても、さっきのピンクの子。

 パラグライダーを用意して女子寮の屋上にいたわけだが、偶然にしては出来すぎている。明らかにこのチャリジャックを察知していた。

「調べてみる価値あり、だな」

 もしかしたらあいつも《プレハブ》かもしれないし。

 

 アルセウス様、俺は今日も頑張ってます。

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