緋弾のアリアドス   作:くものこ

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第8弾

「これは……緊張するな」

 レキからもらった安物の狙撃銃を持ち、レキに弾き飛ばされたボタンを直していない制服の上着の代わりに以前エムに編んでもらった防弾チョッキを着た俺。その俺が今いる状況とは。

 俺と同じ部屋に揃っている他校の武偵。皆が皆、自慢の狙撃銃の整備をやっている。俺、整備方法なんて知らないけど。

 狙撃競技が行われる狙撃科の地下の狙撃レーン。長く伸びるそのレーンを目の前に、俺は緊張マックスで突っ立っている。俺は戦徒の莉央みたいに強靭な精神力を持ち合わせちゃいないんだよ。

「落ち着いてください。そうすれば、勝てます。それに風は大丈夫だと言っています」

 そんなこと言われても。あれか、武偵は悲観論で備え、楽観論で行動しろってことか? 楽観的に取り組めと?

「ほら、武偵校の生徒も応援しています」

 レキが指差したのは俺らの後ろでこっちを睨んでいる武偵校の生徒たち。たぶん、狙撃科の人たち。自分の狙撃銃を構えている人もいるんだけれど。そしてその銃口は俺に向けられている気がするんだけど。

「絶対応援なんてしてないよね? 明らかにレキの代わりに俺が出ることに対して怒ってるよね?」

「すみません、時間なので」

 俺の確認には答えずに淡白に告げ、ドラグノフ狙撃銃を背負うと、レキは狙撃レーンから出ていく。同時に、俺を睨む視線がキツくなる。

 視線を受けるのが辛くなった俺は、つい他の出場選手を観察してしまう。そして、ある一人の人物に目が止まった。

 酔っているかのように顔を赤くした男。とんがった口。黒目。長い手足。赤い派手な制服に身を包んだそいつは、やはり赤い狙撃銃の整備をしている。

 まるであのポケモンそのものじゃないか。

 気になった俺は手元にあった出場選手一覧からそいつの名前を確認する。奥田哲(おくた てつ)。やっぱりか。そういえば、あのポケモンもスナイパーだったな。

 レキの電波は間違っていなかったわけだ。

「競技を始めます。選手は使用しない武装及び荷物を用意されたスペースにおいて、集まってください」

 アナウンスが入る。俺は携帯で素早く莉央にメールを打つと、武器と腰のワイヤーをおいて集合場所へと向かった。

 と、武偵校生徒からお声がかかった。

「おい赤毛! 負けたら風穴開けるぞ!」

 ……マジで緊張する。

 

 

「東京武偵高校、芦長糸丸」

 狙撃競技は3部門の狙撃がある。純粋な距離を競うノーマル、動く的を狙うアクティブ、特殊環境下における狙撃能力を競うスペシャル。

 それぞれの部門で順位を競うし、3部門合計の成績を競う総合部門もある。今回俺がレキに狙えと言われているのはこの総合部門での優勝。

 現在俺が挑むのはノーマル。最初は大勢いた選手だが、現段階においてはほんの一握りしか残っていない。

 電光掲示板に距離が表示される。1900メートル。そろそろキツいぞ。

「ファイトだ、赤毛!」

「武偵校の意地見せろ!」

 そしていつの間にか俺の応援をしている武偵校生徒たち。人が勝ち進んでいるからって、ゲンキンな奴らだ。

 でも昨日の野生ポケモンは今日の手持ちポケモンとも言うしな。心の広い俺は許してやるのだ。

 深呼吸を一つすると、照準器を使ってターゲットに照準を合わせる。

「——私は一発の銃弾」

 これはレキが狙撃前にいつも口にする言葉。それを俺も諳んじる。なんとなく、そうした方が当たる気がするのだ。ルーティーンってやつだ。

「銃弾は人の心を持たない」

 全ての雑音が聞こえなくなる。

「故に何も考えない」

 心も無に。狙撃すること以外のことを何も考えるな。

「ただ目的に向かって飛ぶだけ——」

 ゼロイン。

 タンッ! ビシュッ!

 おおっ、と歓声が上がる。よかった、当たった。スペシャル部門においてすでに脱落してしまった俺は、ノーマルとアクティブで得点を稼ぐしかないのだ。てか、いきなり両サイドから銃弾が飛んでくるなんて。スペシャル難しすぎ。

「ふぅ」

 自分のレーンで俺は横になる。選手は競技中に自分のレーンの移動以外の理由で離れてはいけない。俺は次もノーマルだから、アクティブのレーンに移動することもない。ましてやすでに脱落しているスペシャルも。

 暇なので携帯を見る。周知メールが来ていた。

「えーっと……ケースD7⁉︎」

 事件発生。ただし、被害者の安全のため情報は公にはしない。アドシアードは通常通り運営。極秘裏に解決せよ。それがケースD7。

 事件の内容としては、星伽さんが失踪したらしい。あの星伽さんがサボるなんてことはないだろうから、魔剣がついに動いたのか。

 でも。

 俺はどうすればいい? 狙撃競技はどんな理由があれ、レーンから離れれば失格扱いとなる。どう考えても競技より人命の方が優先されるべきなのだろうが、極秘裏に解決ということは事情を説明して一時的に離脱なんてことはできないだろう。

 対応に窮していたところ、電話が入った。レキから。迷わず俺は出る。

「レキか? 俺はどうすればいい?」

『クライアントを探してください』

「狙撃競技を棄権していいんだな?」

『構いません。金メダルの名誉より、依頼人の命の方が大切です』

「了解だ!」

 俺は電話を切ると、狙撃銃を抱えてレーンを出る。

 レキは普段、感情がないからロボット・レキなんて呼ばれているが、ちゃんとあるじゃないか。人の命を大切にする心が。

 競技会場を疾走する俺に、狙撃科の生徒たちが声をかける。

「おっ、おい! 赤毛! 何してるんだよ、失格になるぞ!」

「悪い! 急用ができた!」

「は? あ、赤毛!」

 俺は競技会場を飛び出す。星伽さんはどこにいるんだ。何か手がかりはないのか?

 星伽さんの姿を探しながら人混みを掻き分ける。しかし何の手がかりも得られない。魔剣のやつ、どこに行きやがった!

「すみません、先輩!」

「莉央?」

 校舎の角を曲がった俺の目の前に莉央が現れた。涙目で。

「逃げられました! 本当にごめんなさい!」

 90度以上に頭を下げて謝る莉央。

「奥田にか?」

 俺は狙撃競技の始まる前、莉央に奥田の見張りを頼んでおいたのだ。

「は、はい。先輩が狙撃レーンから外れたと聞いた奥田さんが、武偵弾みたいな弾を使ったんです。そしたら、部屋中が真っ黒になって。その間に逃げられてしまったんです」

 武偵弾。プロ武偵などに支給される特殊な弾丸だ。でも、それって一発数百万とかする超高級品だろ? それを使ったのか?

 いや、そんなことを気にしてる場合じゃないか。今は奥田のやつを探し出さねば。あいつは間違いなく元ポケモンだ。俺の直感がそう告げている。

 でも星伽さんの捜索もしなければならない。ちっ、どうしてこう面倒ごとが重なるんだ。

「莉央、お前は奥田を探してくれ。俺は星伽さんを——」

「その必要はないぜ」

 背後からねっとりした声がした。振り向くと校舎の上に赤い派手な制服を着て、茹で蛸みたいな火照った顔をした男。

「……奥田哲か」

「よう、イトマルさんや。そっちはリオルか?」

「私はルカリオですっ!」

 俺はアリアドスなんだが。まあ、俺はどこかのツタージャやルカリオみたいにいちいち訂正したりしない。

 そんな時間があるなら、さっさと仕掛けて——

「あ、れ? 拳銃がない?」

 ホルスターに手を突っ込んだものの、そこには拳銃がなかった。な、なぜだ。

「バーカ。狙撃競技のために使う狙撃銃以外は武装解除したじゃねぇか」

 そ、そういえば。ということは……。

 俺は恐る恐る背中に手を伸ばす。ない。ナイフもない。今の俺の武装はこの狙撃銃のみ。しかも、腰のワイヤー装置も外してある。

 まずい。非常にまずい。慌てすぎた。ちゃんと装備をしてから狙撃科を出ればよかった。

「さあ、タコ踊りを披露してみせろ!」

 奥田は狙撃銃で早撃ちをしてくる。放たれた弾はチョッキの上から、反応できなかった俺の腹に衝撃を与える。

「くっ!」

「先輩!」

 くの字型に吹っ飛んだ俺のもとに駆け寄る莉央。その背後で次弾をセットした奥田が銃を構える。狙いは莉央だ!

「危ない!」

 咄嗟の判断で靴裏のワイヤーを射出、莉央の足に絡めると彼女を転倒させる。

「わきゃっ⁉︎」

 ビシッ!

 外れた弾丸は俺の側の地面に撃ち込まれる。

 顔から地面に倒れこんだ莉央が起き上がる。その鼻っ面は擦りむいて赤くなっている。

「ひ、ひどいです! もっと違う助け方があったはずです!」

「次が来るぞ!」

 俺はワイヤーを戻すと立ち上がり、近くに立っていた木の陰に隠れる。別の木の後ろに莉央も隠れる。

「かくれんぼかい、イトマル」

 やつの声はするが、動いている気配はない。あくまでもそこからの狙撃にこだわるつもりか。

 だったらこっちだって狙撃してやる。

 まばたき信号(ウインキング)で俺は莉央に話しかける。

『俺に何かあったら頼む』

 目を見開く莉央。彼女は首をぶんぶん振って、俺に信号を返す。

『ダメです! 突撃なんて!』

 あのバカ。誰も突撃するなんて言ってないだろ。……いや、莉央。お前の気持ちも分からなくはないが。たしかに今の俺には突撃が似合いそうだ。

 でもそうじゃない。

 俺はポケットから小瓶を取り出す。最近沙那にもらったばかりの秘伝の薬だ。

 それを飲み干す。途端に頭がクリアになった気がする。

 瓶を投げ捨てると、俺は狙撃銃を構える。弾を確認。ちゃんと装填されているな。

 チャンスは一回だろう。一度この戦法を使えば、敵は警戒するだろうし。

 深く深呼吸。頭にさっき奥田がいた位置をイメージする。そして、そこに脳内で狙撃銃の照準を合わせる。

 私は一発の銃弾——。

 そうだ。奥田を撃つこと以外に何も考えるな。余計なことを一切、考えるな。

 心を整えると俺は木の陰から飛び出す。そして、校舎の上に向けて狙撃銃を構える。やはり先程と同じ位置でこちらに銃を向けている奥田がいた。予想していた通りの展開。この勝負、もらった!

 タンッ!

 まず、向こうが弾を撃ち出した。まっすぐ俺へと向かう弾丸。俺はそれと軌道がぶつからないように、奥田めがけて銃弾を撃つ。

 タンッ!

 空中で弾丸同士がすれ違う。さあ、集中しろ。ここからが肝心のポイントだ。

 弾に意識を集中させる。そして、サイコキネシスを使ってその軌道をずらす。俺へと直撃コースから逸らすのだ!

 うまく弾が上へとずれる。よし、成功だ——

 パァン!

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