緋弾のアリアドス 作:くものこ
パァンッ!
俺のサイコキネシスによって軌道を逸らされた銃弾は、俺の顔に最接近した瞬間に破裂した。中から飛び出してきたのは黒い液体。
俺はそれを顔面でもろに受け止める。
「いっ!」
その液体の一部が目に入った。目にしみ、焼けるような痛みが走る。
まずい。目を開くことができない。このままだと追撃される——!
「先輩、こっちです!」
「莉央?」
誰かに手を引かれる。手を引かれるままに早歩きすると、固いアスファルトを足が踏みしめた。おい、こっちに行けば奥田に狙われるぞ!
「どっちに向かってるんだ! 奥田に狙い撃ちさせるぞ!」
「大丈夫です。先輩の弾が奥田に命中して、奥田は気絶しました」
「だったら! 俺なんかに構ってないで奥田を捕まえろ!」
「無理です!」
薄暗い場所—たぶん屋内だろう—に入ると、俺は壁に寄り掛かるように座らされる。目の前に莉央が膝をつく気配がした。
「だって、だって先輩は……先輩は私の……」
小さいけれど、温かくて優しい手が俺の目に添えられる。その手が触れた瞬間、目元が温まってくる。徐々に痛みが和らいでいく。
と、耳元で莉央に囁かれる。
「先輩。私が先輩のことを見捨てたりするわけ、ないじゃないですか。だって先輩は世界で一人なんですよ? 芦長糸丸はこの世に一人だけなんです。先輩は誰かの代わりじゃないし、先輩の代わりだって……」
莉央。それは反則だ。耳元でそんなことを言われたら、お前を守りたくなっちゃうだろ。普段より強くなるじゃんか。キンジのヒステリアではないけど。
目の痛みが完全に治った。まったく、"てだすけ"による俺の強化と同時に回復までやってのけるんだから。俺なんかよりずっとすごいやつだな、お前は。
ゆっくりと目を開ける。まず最初に目に飛び込んできたのは、涙をボロボロ流している莉央。鼻水も垂れかけている。フルフルと肩が震えている。あれ、なんかデジャブ。
「うっ……うっ……しぇんぱぁーいっ!」
「や、やめろ莉央! 抱きつくな!」
なんとか莉央を引き剥がす。ものすごい手こずった。おかしいな、俺は磁力なんて特性持ってないのに。
引き離した莉央を見る。が、彼女の顔は輪郭がぼやけていてはっきりとは分からない。30センチと離れていないのに。
そこでさっきの奥田の攻撃の正体に気付いた。タコの黒い液体といえば、これしかないだろう。
「オクタンほうか」
今の俺は視力が落ちている。残念ながら狙撃はできないだろう。
しかし狙撃ができないとなると非常に劣勢に立たされたな。俺は今現在、この狙撃銃しか武器がないのだ。
莉央だって、こいつの手甲鉤ではスナイパーの奥田に接近するのは至難の技だろう。接近する前に撃たれてしまうに違いない。
くそ、何か打つ手はないのか。やるとしたら莉央に狙撃銃で撃ってもらうくらいだろうが、狙撃に関しては素人の莉央が奥田に勝てるとは到底思えないのだ。
周囲を見回す。マットに防弾性の跳び箱。ハードルやボールなどが置かれている。ここは体育倉庫か。
積み上げられたマットに腰掛けた莉央は、どこからかカロリーメイトを取り出すと美味しそうに頬張り始める。
以前、レキに勧められて俺がカロリーメイトを食べていた頃、こいつは俺の真似をして食べ始めたのだ。それ以来ハマったんだと。本当、人の真似をするのが好きなやつだな。
——そうか!
「なあ、莉央」
「ふぁい?」
莉央はカロリーメイトを口に咥えたまま返事をする。キョトンと小首を傾げる様子が小動物みたいで少しだけ可愛かった。顔はボヤけていたけど。
「もし俺が撃たれたら、かたきうちしてくれるか?」
台車に載せた防弾仕様の跳び箱を運びながら、俺は学園島内を移動する。奥田の姿は以前として見えない。さっきの場所にはいなかった。どこかに隠れているのだろう。
目的地は狙撃科。やっぱり一度あそこに戻って武器とワイヤーを回収したほうがいいだろうからな。
しばらく移動すると、障害物の少ない開けた場所に出た。ここにいたらいい狙撃の的だな。
「っ!」
虫の知らせで危険を察知した俺は跳び箱の陰にダイブする。
ビシッ!
直後に銃弾が駆け抜ける。やはりこっちの動きを察知していたか!
先程莉央が食べていたカロリーメイトの空箱を取り出す。俺はそれを跳び箱の陰の外へと投げた。
同時に、靴の裏のワイヤーを使って反対側へと飛び出す。
ビシュッ!
うまく敵は騙されたようで、カロリーメイトの箱が弾き飛ばされた。俺は校舎側面のパイプに撃ち込んだワイヤーを辿って移動をする。
——そろそろ次弾が来るな。
ワイヤーを急停止させる。俺の目の前を弾丸が通り過ぎた。予想的中。うまく回避することに成功する。
今までの三発で敵の位置は把握できただろう。あとは奥田が体を見せてくれれば、そこが狙い所だ。
俺は立ち上がると奥田のいる方向に体を向ける。今の俺はかっこうの狙いの的だろう。でも、それでいい。もう一発撃ってくれれば確実だ。
意識を集中させる。レキによる狙撃訓練で鍛え上げられた集中力を持ってすれば、視力が多少落ちていようとこれを成功させることができるはずである。
それに、俺には虫の知らせがある。弾の飛んでくるタイミングはつかめる。やれる。
神経をとがらせ、奥田のいる方向のみに意識を向ける。そろそろだ。
——来た!
サイコキネシスで弾の軌道を変える。莉央のてだすけで威力の上がったサイコキネシスは、俺の頭を狙って撃たれた銃弾は、俺の狙い通りに斜め下へと軌道をずらし——
「ぐっ!」
俺の左肩へと命中する。衝撃で後ろへと倒れた俺。向こうにとっては畳み掛けるチャンスだ。絶対に、一度身を隠すことなく撃ってくる!
肩の痛みを堪えて体を起こす。俺は当初の予定通りの展開に軽く笑みを浮かべながら——
「莉央!」
「先輩のぉ! かたきぃ!」
跳び箱の一番上の段を弾き飛ばし、中から飛び出したのは狙撃銃を構えた莉央。その目は撃たれた俺の仇を討つという意志によって燃えている。
タンッタンッ!
響いた二つの銃声。向こうからは弾は飛んでこない。作戦成功だな。
「やりました! やりましたよ、先輩!」
狙撃銃を背中にかけた莉央が俺へと飛びついてくる。それを受けとめてみたものの、先程弾を受けた左肩に痛みが走る。
「痛っ!」
「あっ、すみません!」
俺の左肩に手を当てて目を閉じた莉央。温かい何かに包まれた俺の肩。次第に痛みが和らいでいく。本当、癒される。
「莉央。狙撃科に行って俺の武器とワイヤーを持ってきてくれ。俺は先に奥田のところに行ってる」
「はいです!」
ピョンピョン跳ねながら嬉しそうに敬礼する莉央。回れ右をすると全力ダッシュで狙撃科へと走っていく。
こいつ、狙撃まで習得しちゃったか。
また新しい才能が
奥田がいたのは探偵科棟の屋上。莉央の狙撃によって赤い狙撃銃は破壊され、本人の赤い制服のちょうど肺の真上の部分には弾痕が残っている。
防弾制服といっても、肺に直撃させられたら衝撃で呼吸できなくなり、一時的に気を失うものなのだ。俺が以前飛行機内で理子にやられたように。
奥田に手錠をかけると、奥田のポケットを探る。もしかしたらアレがあるかもしれない。それがポケモンの習性だからな。
「あったあった」
俺が取り出したのはカプセル型の薬品、"ヨクアタール"。俺はそれを飲み込む。
ポケモンの習性。それは自分の攻撃の対処に有用な持ち物を持ち歩くことがあるというものだ。理由は諸説あるが、有力なのはフレンドリーファイアした仲間を助けるためだとか。
例えばロコン。炎タイプのあいつはチーゴのみを持っている。火傷した状態を治す木の実だな。
ヨクアタールは薬品だから、本来ポケモンは持っていても使えない。が、俺らは人間になった身だ。自分自身で使う事も可能なわけ。
うん、視界がはっきりしてきた。
「……ん……」
と、奥田が目を覚ましたようだ。
「よう、オクタン」
「……イトマルか」
アリアドスだけどな。まあ俺は気にしないけど。
「予想もしてなかった。まさかルカリオに狙撃手としての才能があったなんてな」
「いや、なかったさ」
「……? しかしあの狙撃はめちゃくちゃ精密だったぞ?」
「莉央——あいつの特技。それは"まねっこ"だ」
「じゃあ俺の狙撃を真似ただけだっていうのか?」
「ああ。3回も直接、集中して見れば、あいつには十分なんだと」
俺がわざわざこいつに撃たれたのは防弾製の跳び箱に隠れた莉央に狙撃を習得してもらうためだったってわけだ。
すごい才能だよな。そのうち俺よりずっと強くなるぞ。いや、もともとルカリオはアリアドスより強いと思うけど。
「でも、それって奥田の狙撃がそれだけ精密だったってことだよな」
「えっ」
「すごいな、お前」
なんかぽかんと口を開けた奥田の顔が面白くて、俺はつい笑ってしまう。
「あ、ありがとう」
「同じ"スナイパー"だけどさ。やっぱり全然違うよ。一回ノーマルの狙撃するところ見たけどさ、もう絵になるっていうか。かっこ良かったなぁ。あ、アドシアードはどうだった?」
「一応全部門で勝ち残ってたけど……」
「うわ、もったいない! 奥田なら間違いなく金メダルだろ。あっ、でも俺の師には勝てないかな?」
「あ、ああ」
なんかさっきから俺のこと見たまま生返事しかしない奥田。どうしたんだ。そんなに俺らに負けたのが悔しかったのか?
よくよく見てみれば顔が赤いな。あっ、元からか。
「とりあえず、悪いけどこの中に入ってもらうから」
俺は巾着袋からモンスターボールを取り出す。すると、奥田は慌てだした。
「まっ、待ってくれ! プレートは渡す! 何でもするから! だから俺をあっちの世界には戻さないでくれ!」
「はぁ?」
急に命乞いみたいなことを始める奥田に俺は戸惑う。
「あれだ! 俺をお前の所持ポケモンみたいに使っていいからさ!」
うーん。どうしようか。たしかに狙撃手の駒があれば役には立つだろう。レキでもいいかもしれないが、あいつは元ポケモンではなさそうだし、あまりこっちの事情に関わらせない方がいいかもしれない。
「保留しとくよ」
「ありがとう。そしたら……」
一度深呼吸をした奥田。そして、まっすぐに俺を見上げる。
「お、俺と友達になってくれないか?」
えっ、なにこの展開。さっきまで戦っていた奴が俺と友達になりたい?
でも、悪くはないかも。この世界で読んだ少年漫画というものによくある展開だったはず。
「ああ。よろしくな、奥田。俺は芦長糸丸だ」
「あ、ああ。よろしく、イトマル」
イントネーションが違うような……。まあ、いっか。
「先輩、お待たせです!」
そこへ莉央がやって来る。俺に拳銃とナイフ、ワイヤーを渡すと奥田の前に立つ。得意げな顔を浮かべる。
「えっへんです! 私の方が強いんですよ!」
ない胸を張って偉そうにする莉央。たしかに莉央のおかげで勝てたわけだが、俺は少しいじりたくなった。
「莉央、勝負は終わったんだ。今更てっぺき張ってどうする」
「てっぺき?」
言われて自分の体を見る莉央。凹凸のない体をペタペタ触った後、顔を奥田のように真っ赤に染める。
「ば、馬鹿にしないでください! セクハラです! 教務科に訴えます!」
「莉央、奥田の連行は頼んだ。司法取引の関係でモンスターボールに入れて転送はしないから、処置を間違えるなよ?」
「も、もう話題転換……は、はいです!」
「俺は星伽さんを探しにいく」
「りょ、了解です! ご武運を!」
「待った!」
屋上から出ようとしたところ、奥田が声をかけてきた。
「星伽と言ったか?」
「ああ」
「それなら、第9排水溝の先にいるぞ。女に頼まれたんだ。お前を足止めしてくれ、と」
なるほど。奥田が俺に仕掛けた理由はそういうことだったのか。そして第9排水溝の先。そこはたしか——
「気を付けろ。あの女は水タイプの俺でもビビるくらいの氷を使ってくる」
「ありがとう、奥田」
氷の超能力使いか。それなら、何とかなるかもな。炎とか言われたらどうしようかと思ってたところだ。
階段を下る途中、着信が入った。アリアから。
「糸丸! 魔剣の居場所が分かったわ!」
「奇遇だな。俺もだ」
「「