緋弾のアリアドス 作:くものこ
地下倉庫とは優しく表現した時の名前で、実際には火薬庫なのだ。ここには着火、誘爆すれば学園島が吹っ飛んでしまう量の銃弾が保管されている。
そのため、DANGER、CAUTIONと書かれている張り紙やボードが見られる。危険だからここでは銃は使えないだろう。敵をお縄にかけるどころか、みんなまとめてお陀仏だ。
そういえば、アリアは魔剣が洋風の大剣を使うと言っていたな。なるほど、こちらの銃を封じるためにわざわざこんな場所を選んだのか。
しばらく進むと、キンジがいた。あいつも来ていたのか!
「キンジ!」
俺はキンジの方へと駆け寄る。
「糸丸⁉︎ ダメだ、来るな! 魔剣は超偵だ! 武偵じゃ勝てない!」
なにをいまさら。その程度——
「知ってるさ!」
「だったら逃げろ! 俺たちはいい!」
俺たち? やっぱり星伽さんもいるのか。だったらなおさら引けるかよ。
俺はナイフを二本、背中から取り出す。近くに魔剣がいる。それは確実だろう。
「ふっ、愚かな」
女の声とともに、前方から何かが飛来してくる。構うものか。
「俺だって超偵だ!」
サイコキネシスを用いて飛んできたものを無理やりカーブさせる。サーベルのような小剣。ヤタガンか。
「お前も⁉︎」
驚くキンジの脇を素通りしてナイフの飛んできた方向へ走る。そこは非常灯が消えて真っ暗になっている。闇に隠れてるってわけか。
「ッ!」
虫の知らせ。俺は立ち止まる。じっくりと目をこらすと、暗闇の中にピアノ線が張られているのが浮かび上がってきた。俺の首の位置。
「面倒なトラップを」
ナイフでピアノ線を切る。
「ちっ」
魔剣の舌打ち。気配が遠のいていく。一時撤退か?
「糸丸! 無事なのか?」
「ああ。星伽さんは?」
「そうだ! 白雪! 大丈夫なのか!」
「キンちゃん!」
星伽さんの声が火薬棚の向こう側から聞こえた。
俺らは棚をまわって星伽さんのもとへ駆け付ける。非常灯とキンジの携帯の画面だけを頼りに様子を確認する。怪我はしていないようだが、鎖で柱に縛られている。
「キンちゃん、大丈夫?」
「ああ。お前こそ大丈夫か?」
「う、うん」
武装巫女の格好をした星伽さん。でも、刀がない。魔剣が持って行ったのか。
「星伽さん、魔剣の顔は見た?」
「ううん。ずっと棚の陰に隠れてたから。そこの扉から逃げた時も、影しか見えなかったよ」
星伽さんが目で示したのは上階へと伝わる天井扉。ここから逃げたのか。
「分かった。俺は魔剣を追いかける。キンジは星伽さんを頼む。アリアもすぐ来るはずだ」
「あ、ああ。気を付けろよ」
キンジの言葉に送られながら俺は上の階へ。
地下倉庫の上。そこは壁のように巨大なコンピューターが無数に立ち並ぶ、HPCサーバー——いわゆるスーパーコンピューターの部屋だった。情報科や通信科が使うのだろう。
さっきの地下倉庫とは違って火薬の類はない。つまり、ここでは拳銃が使える。
そんなわけで、二丁の拳銃を構えて歩き回っているわけだが——
「ダメだ。ここにもいない」
一向に魔剣は見つからない。どこに隠れているんだ。
「糸丸!」
と、後ろからアニメ声が聞こえた。
「アリア? キンジと星伽さんは?」
「後で来るはずだけど。魔剣が排水管を壊したのよ」
彼女曰く、地下倉庫には水が流れてきたらしい。
「さっさと魔剣を捕まえて、あいつに白雪の鎖の鍵の開錠方法を吐かせるわよ」
「だな」
そうか、まだ星伽さんは鎖に縛られたままなのか。グズグズしてはいられないな。早くしなければ、星伽さんが溺死してしまうぞ。
「糸丸、あんたはあっちを探しなさい。あたしは向こうを探すから」
「ああ」
アリアに指示された場所を探してみるも、魔剣の姿は見当たらない。
「くそっ! 早くしないと星伽さんとキンジが水没するだろうが」
コンピューターの一つに八つ当たりする。バチッとスパークが迸る。
「糸丸! 白雪がいたわ!」
と、アリアの声が聞こえた。本当か!
「でかした!」
俺は声のした方へと向かう。そこにいたのは、アリアと濡れた服を着ている星伽さん。星伽さんは疲れているらしく、刀を杖代わりにしてやっと立っている状態だ。
「キンジは?」
「それが、上がってきた時にはぐれたんですって」
まあ時間的に水位は相当高くなっていたのだろう。はぐれるのも無理はないか。
「大丈夫か、星伽さん」
「う、うん。私は大丈夫。でもキンちゃんが……」
心配そうに辺りを見回す星伽さん。
「この階には来たんだろ? だったら問題はないだろ」
「そうね」
まずは魔剣を発見しないとな。奴の武器はデュランダルとヤタガン。拳銃を使えるならこっちに分があるはずだ。
星伽さんは魔剣に刀を取り上げられていたから、戦力にはならないとすると——
あれ? 今さっき星伽さんは刀を持っていなかったか?
「——しまった! アリア!」
俺はアリアの頭越しに星伽さんを、いや武装巫女の格好をした魔剣を撃つ。しかし、奴は滑るような華麗な動きで弾を避けるとこちらへと迫ってくる。
「糸丸⁉︎ 白雪⁉︎」
アリアは俺と星伽さんが戦闘を始めたと思ったらしく、当惑した顔で俺らを交互に見る。
「アリア、こいつは星伽さんじゃない!」
魔剣がヤタガンを投げる。サイコキネシスを使おうと思ったが、ヤタガンは直撃コースじゃない。何もしなくてよさそうだ。
俺の足元にヤタガンが刺さった。
「離れろ、アリア! そいつは魔剣だ!」
「ご名答!」
刀を振りかぶって接近してくる魔剣。俺はジャンプで後退しようとして——
「なっ! 足が動かない⁉︎」
ヤタガンが刺さった部分を中心に氷が張っている。それは俺の右足を床にくっつけていた。
「かかったな!」
「ああ、もう!」
ガキイイイッ!
魔剣が刀を振るう。俺は咄嗟にナイフでそれを受け止める。
「アリア、撃て!」
「ダメ! あんたに当たるわ!」
「さあ、いつまで保つか」
「魔剣、覚悟!」
小太刀に持ち替えたアリアがこっちに突っ込んでくる。
魔剣はサイドステップでアリアの突撃をかわす。
アリアは足裏が床に貼り付いて動かない俺の右足の膝、太ももを起点にして跳躍、スーパーコンピューターの画面で壁キックをすると魔剣へと斬りかかる。
数回刀を斬り結んだ後、両者は互いに後退する。
「魔剣! 未成年者略取未遂の容疑で逮捕するわ!」
「やれるものならやってみろ、ホームズ!」
魔剣が投擲したヤタガンを、アリアは刀をバットのように振り回して弾く。その間に俺はナイフで足元の氷を砕くと、魔剣に向けて左手に所持したままの拳銃をぶっ放す。
魔剣は刀の一閃で糸弾を二発とも斬り裂いた。さすがの剣術だ。
「なかなかやるな、魔剣」
「私をその名で呼ぶな。私には歴とした祖先がある」
「あたしにだってあるわ! あたしは神崎・H・アリア! この名前に覚えがあるでしょう! ママの冤罪107年分はあんたの罪よ!」
「ホームズ。たかだか150年程度の歴史で名を誇るな。私の名には600年の歴史があるのだ」
600年? 気が遠くなるような数字だな。俺なんてこの世界に祖先はないのに。
「偉大なる我が祖先——初代ジャンヌ・ダルクはお前のようにその姿は美しく愛らしく、しかしその心は勇敢だった」
「ジャンヌ・ダルク?」
俺は魔剣の言葉をオウム返しする。
その名前は聞いたことがある。たしか世界史の教科書にのっていた。百年戦争という戦争でカロス、じゃなくてフランスという国を勝利に導いた人物だったはず。
しかしだ。
「嘘よ! ジャンヌ・ダルクは火刑に処せられて死んだはずだわ!」
アリアの言う通りだ。教科書にも明記されていた。ジャンヌ・ダルクは19歳でその生涯を閉じたと。
でも、こいつがもし本当にジャンヌ・ダルクの子孫なら。火刑には処せられていないのか? ——いや、違うな。
「みがわりを使ったのか」
「そうだ。あれは影武者だ」
みがわり。ポケモンもよく使う常套手段だ。やはり人間も使うのか。
「私は30代目ジャンヌ・ダルク。我が始祖は危うく火に処せられるところだったのでな。その後この力を代々探究してきたのだ」
ジャンヌが動いた。床の上を滑るように動くヤツは速い!
「糸丸、連携!」
そう言うとアリアは黒と銀のガバメントで敵を迎え撃つ。連携って言ったって、大した訓練もしてないだろ。
糸弾で敵の足を狙う。ジャンヌは跳躍することでそれを避ける。
バッ、ババッ!
アリアのガバメントに臆することなく突っ込んでくるジャンヌ。服に当たった銃弾が弾かれる。その巫女服は防弾仕様かよ!
接近してきたジャンヌの刀を警戒するアリア。しかし、ジャンヌは刀で攻撃をするのではなく、アリアの手に息を吹きかけた。
「うあっ!」
アリアはその手からガバメントを落とす。床に落ちたガバメントが、氷の結晶に包まれる。
「アリア!」
俺はジャンヌの肌の露出している部分——刀を握る手を狙って拳銃を構えるが、ジャンヌはアリアの首に刀を当て、彼女を盾とする。
「動くな。アリア、お前も動くな。動いたら、動いた場所を凍らせる」
ジャンヌが当てているのはアリアの頸動脈。あと数センチでも刀を動かせば、アリアは——死ぬ。
足も糸も出ない。
「アリア。お前はもともとリュパン4世の獲物だったが、やつが失敗したのなら仕方ない。私がイ・ウーに連れて行ってやろう。
「お断りよ!」
「自分の立場が分かっているのか? 死にたいのならそれでも構わないのだが。私はそう言う展開も想定済みだ」
星伽さんの顔をしたままのジャンヌの持つ星伽さんの刀。その刀身が不気味な光を放つ。
「お前もだ、芦長糸丸。まさかお前が超偵だったとはな。一緒に連れていこう。
「くっ……」
唇を噛み締める。従うしかないのか? 一度イ・ウーに拉致られて内部から崩壊というのもなくはない。が、現段階では相応の準備ができていない。この状況でイ・ウーに行っても勝てない。
けれども、アリアを人質に取られてどうすればいいのだ。ジャンヌに勝つことはできるのか?
「そうだ。芦長、お前には礼を言わねばならなかったな。盗聴器とカメラ、役に立ったぞ」
「何の話よ?」
「芦長は遠山の家に小型のカメラと盗聴器を複数仕掛けていたのだ。私はそれをジャックして利用させてもらった」
「だから使えなかったのかよ」
「ああ。お前のコンピューターとの接続は切らせてもらったからな」
「まったく、お前はいったい何をしていたんだ、糸丸」
俺の背後から、溜息混じりの男の声が聞こえた。
「「キンジ!」」
下の階で水に浸かっていたせいで全身ビショビショだが、ベレッタを構えたキンジが立っていた。
「遠山か。生きていたとはな」
「さっきはどうも、魔剣——いや、"
君は数日前からこの武偵校に白雪に変装して潜入していた。そうだね? 糸丸の仕掛けたツールを利用して俺らを監視したり、アリアにTNKワイヤーの殺人罠を仕掛けたり。そうすることで俺らを分断したんだ」
キンジの口調が普段と違う。これはおそらく。
「キンジ、
アリアも気が付いたようだ。
「そうか。遠山、今のお前は
「さすがは策士。調査済みってわけか」
そうか。ヒステリアモードの時は女を守るという意識が第一に働いてしまう。だからアリアを人質に取られている今、キンジは手が出せない。……まあ、誰だってそうだろうけど。
「それとアリア。喋ったな? 口を動かした。悪い舌はいらないな」
ぐい、とアリアの顎を強引に押さえたジャンヌはアリアの口元に自らの唇を寄せる。凍気を吹き込むつもりか!
「まずいぞ、キンジ!」
焦る俺とは対照的に冷静にアリアとジャンヌを見つめるキンジは、フッと笑う。
「落ち着け、糸丸。
一人じゃない? キンジだけじゃないということは、もしかして——
「——アリア!」
室内に力強い声が響く。
普段の慎ましい様子からは想像できないその力強い声の発生源、上へと全員の視線が集まる。
3メートルを超える大きさのコンピューターの上。巫女装束に身を包んだ黒髪ロングの大和撫子——星伽白雪がそこにいた。